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コツコツコツ…
マンションのコンクリートの床を鳴らす革靴の音が、だんだんとこちらへ近づいてきている。もう何度も何度もこの音を聞いているから、わたしにはそれが誰が発するものなのか、瞬時に区別が出来るまでになってしまっていた。
この落ち着いた感じ、大きな歩幅、間違いなく彼のものだ。
足音の主を確認したわたしはいそいで最終調整に取り掛かる。
制服のスカートの裾を今一度直し、手と足の向きを確認。……よし、OK.
なるべく自然に。そう、ナチュラルに。
次にくるであろう瞬間に備えてそっと目蓋をおろした。
コツコツコツ……
ガチャ
「ただいま」
(来た!!)
思わずにやけそうになる頬をなんとか押さえてわたしはなおも目を瞑り続ける。
「…ただいま。オイなまえ お前なんつうとこで寝て……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………………………なまえっ!?」
ダンッ
小十郎さんが床へ鞄を取り落とし血相をかえて私に駆け寄ってきた。(…と、言ってもわたしは今目を瞑っちゃっているのであくまで想像に過ぎないのだけれど)
フローリングに直接耳をつけていたわたしは、そのあまりの音のでかさに一瞬耳を塞ぎたくなったもののここで動いてしまったら全てパァだと考え直し、耐えて固く目を瞑り続ける。
(て、いうか、小十郎さんめちゃくちゃ必死だ…!可愛いっ…!)
不謹慎だが、一瞬すごく胸がきゅんっとした。
ガバッ
うつ伏せに床に突っ伏していたわたしの肩を掴み、小十郎さんがわたしを抱え起こした。(近ぁっ!)
普段なら絶対に考えられない距離だ。ふわっと広がった小十郎さんの香り(柔軟剤のような、おひさまのような柔らかい香りだ…)に一瞬完全に天に召されかけたものの、やはりここもなんとか耐える。
いけ、いくんだなまえ!眠れる獅子なまえ!お前はやればできる子だ…!
「なまえッ!!おい返事しろ!!なまえ!」
「……」
「ッ」
さっと小十郎さんに手首を掴まれ、浮き出た血管に彼の三つ指を添えられた。多分、脈を測っているんだろうな。どうしよう、ときめきすぎて心拍数大変なことになってるかもしれない…!
ドキドキしながらも次の彼の行動を待ちわびる。脈を測ったら、次は救急車かな?もし小十郎さんが119番しそうになったら、その時は止めに入ろう。そんな呑気なことを考えていた時だった。不意に小十郎さんが再度わたしを床へ横たえ、ついで胸元に耳を寄せて心音を………
って、ほぎゃぁあああああああ!!!?
パーンとわたしの頭の中の何かが破裂した。
だめだだめだこれはだめだもうムリ限界…!!!心臓爆発する…!!!
「ス、ストップゥウウウウウウ!!!小十郎さんストップです!!ストップ!!」
「…………………あ?」
ガバリと身を起こし、わたしの方へ顔を寄せていた小十郎さんの頭をぐいぐいと必死になって押し返す。
いや、嬉しいけどね!こんなに近い距離で小十郎さんと触れ合えるなんてサイッコーに嬉しいけどね!天にも召されんばかりに嬉しいけども!
でもですね、モノには何事も順序ってもんがあるじゃないですか!
ああ、ヤバイ、わたし今絶対顔真っ赤だ!
「降参です、もっ、参りました!勘弁してください!わたしが悪ぅございやしたーっ!!」
「あ?」
あ、珍しい 小十郎さんのポカーン顔。
「写メッ…!」
「……いいわけねぇだろうが…殺すぞテメェ…」
携帯を取り出そうとスカートのポッケに突っ込んだわたしの手を彼は容赦なくぶっ叩いた。(いった!)
こんな時まで小十郎さんの行動はいたって冷静だ、けど、まだ少し頭は混乱しているのかもしれない。その恐ろしいはずの台詞はどこかいつもの迫力に欠けていた。
…え、ええと…大丈夫かな……?
「こ、小十郎さん……?」
「………………」
「………」
眉間にこれでもかと皺を寄せ、わたしを睨み付ける小十郎さんを見つめ返すこと数秒。
「……………!」
さっと小十郎さんの視線が廊下のカレンダーへと向けられる。今日は…そう、4月1日。世間一般でいうところのエイプリルフールというやつだ。
「………え、えへへ………………」
「………………」
ハラリ
小十郎さんの前髪が一房額へ落ちた。
(……あ、あれ?なんかこれ、ヤバイ…?)
おいたは
ほどほどにね!
「……で、なまえちゃんこんなとこで正座してるんだ?」
「はい…」
俺様の言葉になまえちゃんは目に見えてしょぼんと肩を落とした。うん、分かりやすい。
大方、右目の旦那関係だろうなと予想はついていたから敢えて理由を聞くようなことはしなかったのだけど、ぽつりぽつりと溢したなまえちゃんの言葉を聞いていれば大体の状況は飲み込むことが出来た。さすがにそれは旦那も怒るんじゃないの?死んだふりはちょっとまずかったと思うよ、と彼女をたしなめれば、そうですよね…なんて、目に見えて落ち込んでしまった。うん、本人も一応、自覚と反省はしているみたいだ。
いやはや…。まさかこんな時間、しかもこんな場所で彼女と話すことになろうとは俺様全く想像もしてなかったよ。相変わらずやってくれる。
「…に、しても。さっきはほんっと心臓飛び出すんじゃないかってくらいびっくりしたよ~俺様」
「?…そうですか……」
「そうだよ。だって、バイトから帰ってきたら真っ暗なマンションの廊下に女子高生が正座してんだもん!普通びっくりするでしょ」
「あ、あはは~……」
うっわ… 暗っ……!
「げ、元気だしなよなまえちゃん!あ、そうだ、なんなら今から俺様んち来る?ここにいたってあれだし…なんならあったかいもんも用意してあげるよ、ね?」
「え…」
なまえちゃんが明らかに困ったような顔をした。眉が八の字に下がってしまっている。それもそうだろう、なんてったって『反省するまでそこで正座してろ』って言った片倉の旦那の言い付け破ることになっちゃうんだからね。小十郎さんは絶対!のなまえちゃんにとっちゃ、悩むところだよね、そりゃあ。
でもさぁ、
「さすがにそろそろ、風邪引いちまうと思うんだけど?」
「うっ……」
「しばらくして戻ってくりゃあばれないばれない、ね?」
「………」
あはは、悩んでる悩んでる
「ホラ、」
「その必要はねぇ」
聞き覚えのある声に顔を上げる。
顔を確認するまでもないが、見れば案の定、目の前には片倉の旦那が。
なまえちゃんも少し遅れて気が付いたようで、ビクリと肩が大きく揺れた。
「こ、小十郎さ…!」
「なまえ、中入ってろ。」
旦那がなまえちゃんの腕をぐいっと引いた。…おーっと、これはこれは。
おぶっ、だとかなんだとかよく分からない声を上げて、勢い余ったなまえちゃんが片倉の旦那の胸に飛び込んだ。うわ…鼻赤くなってる…
「猿飛テメェ…なにしてんだ人んちの前で」
「あははー… そんじゃ、俺様そろそろ退散しようかなー」
旦那に思い切り睨まれ、思わず苦笑いを浮かべながらそろそろと後退りする。触らぬ神に祟りなし、ってね。なまえちゃんのことは嫌いじゃないけど、わざわざ旦那に怒られる理由もないし。
さっさと身を翻し、それじゃあと手を上げ足を進めようとした。
とその時、部屋に入れと言われたはずのなまえちゃんが旦那の腕を引き止めるように引っ張った。
突然の行動に旦那も珍しく目を見開いている。
「小十郎さん、猿飛さんもお部屋入れてあげてください」
「は、」
「え、」
いやいやいや、…え?
なんで?と視線で彼女に問い掛ける。
そんなに旦那と二人きりになりたくないの?
「猿飛さん、夕飯まだなんですって。今から一人でご飯つくるなんて淋しいじゃないですか…」
私のこと励ましてくれたお礼がしたくて。
猿飛さん、迷惑でなければ、せっかくだからうちで食べて行ってください。
と。
「………」
「だ、駄目ですか…?」
なまえちゃんが少し心配そうに旦那と俺を見る。彼女はまだ旦那が怒っているとでも思っているのかもしれない。旦那の眉間にぐっと皺が寄った。俺様には分かる。旦那は今すっげー迷ってる。それはもう迷ってる。
大方旦那は、この後の夕飯の時になまえちゃんに先程少し厳しく叱り過ぎてしまったことを詫びるつもりだったんだろう。(あったかい飲み物でも渡してさ!)もちろんそんなの、プライドの高い旦那は俺様が目の前にいたんじゃ出来るわけがない。しかも今タイミングを逃したらそのままズルズルと謝ることが出来ないままになってしまう。旦那にとったら俺様はいないに越したことはないはずだ。
だけど、実際旦那は迷っている。なぜか。答えは簡単だ。
(…なんだかんだいって旦那も、なまえちゃんには甘いところあるよねー…)
オラ入れ…なんて、結局俺様を部屋に入れることを許可してくれた旦那と、そんな旦那のあとを不安げに着いていくなまえちゃんの後ろ姿を見ていたら、不器用ってのもまた損な性格だよなーと改めて思った。
せめて旦那が彼女に謝る時は、トイレなりなんなり、どこか二人からちょっと離れたところからこっそり様子を見ていようかな………なんてね。
2011.4.8
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「わっココアだ!…あれ、でも冷たい……」
「なまえちゃん、それは冷たいんじゃなくてね、たぶん」
「余計なこと言うんじゃねえぞ猿」
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