夢見るあの子の甘い罠
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密かに潜り込ませていた忍からの報告によると、例の国人への武器の横流しには、どうやら豊臣が一枚噛んでいるらしいことが分かった。
「Ha!こりゃまた随分と大物が釣れたな。」
「相応の国力を持つ者とは思っておりましたが、まさか豊臣とは…。これは一筋縄では行きませんな。」
「ま、やるしかねぇだろ。」
大方、件の狸親父は豊臣軍の、あの妙に頭の切れる軍師にでも唆されたのだろう。馬鹿な野郎だと小十郎は呆れた。いざという時、その豊臣軍が背後を守ってくれる保証などどこにもないというのに。なんなら、同じ奥州の中で潰し合ってくれれば御の字、とすら思っていることだろう。そういう野郎だ、竹中半兵衛という男は。
「裏で糸を引いてるお山の大将は後でゆっくり引きずり下ろしてやるとして、ひとまず目の前の敵が先か。」
「叩きますか。」
「ああ、そろそろ頃合いだ。」
だが、正面から例の国人を叩けば、その背後からは豊臣軍が駆け上がってくるだろう。豊臣軍ほどの軍事力があれば、一月と待たず奥州まで到達するにちがいない。
小十郎は、敵が豊臣軍で有ることを想定し、先を見越して予め策を弄していた。それが、先だって武田軍の総大将、武田信玄に書状を宛てた理由であった。
その内容とは、武田・伊達両軍の一時的休戦調停、ならびに、期限付きの同盟関係締結に関する書状であった。
この事は、伊達軍であっても一部の者しか知らない。
「俺はまだ納得してねぇからな。」
拗ねたような声に隣の主を見やれば、不満そうな表情を浮かべ顔をしかめている。
「武田のおっさんと同盟たぁ、人生何がどう転ぶかわからねぇな。」
「…勢いに乗った今の豊臣軍を正面から迎え撃つ事は、政宗様率いる我が伊達軍といえど、得策とは言えますまい。武田軍を上手く利用し、奥州を目指す豊臣の力を削ぐ。豊臣本隊を叩くのはそれからでも遅くはないでしょう。真田幸村との勝負の決着も、未来永劫果たせなくなったわけではございませぬ。折を見てまた挑めば良いことかと。」
「I see.分かってる。小十郎、お前の言うことは正しい。」
「は、」
「分かっちゃいるんだがな…」
…気持ちは分からなくもない。
言いつつ、どこか不満げな様子の主を見るに、同盟の意図は理解しているものの、納得できていないのだろう。
主はまだ若く、そして血気盛んだ。
自分の生涯の好敵手と認めた相手を目の前にし、仲良しこよしの同盟を組むとは、果たしてどのような気分なのだろうか。
小十郎には想像がつかないが、さぞもどかしいものなのだろうと思う。
「だが、俺はお前を信じるぜ。」
「は。この小十郎、我が命に変えても、政宗様の御為、全身全霊尽くす所存にございます。」
「頼んだぞ。」
小十郎の目には、めらめらと野心に燃える主越しに、奥州の城下の様子が映っている。
栄養をよく含んだ山の雪解け水が川に流れ込み、下流の田畑を潤し始めている。
木々の枝先には若い新芽が顔を出し、鳥は囀り、春を告げている。
冬が終わろうとしていた。
なまえが熱を出して寝込んでいる、と小十郎が聞いたのは、政宗と今後の事を話し終え、自宅へ帰ろうかと思っていた矢先の事であった。
廊下でたまたますれ違った年配の女中に声を掛けられ、一日も終わりかけた頃になって、やっと知ったのだった。
「なに?なまえが?」
「ええ。」
「容態は。」
「安定しております。日中は大層お辛そうでしたが、夕刻からはだいぶ落ち着かれましたわ。お可哀想に、悪寒が止まらず節々が痛むご様子で。」
「流行り風邪か。言わんこっちゃねぇ…」
「へ?」
「…いや。で、あいつは今どこにいる?」
聞けば、今は自室で眠っているとのこと。
「ずっとうなされていていらっしゃいました。今時分は落ち着いて、ようやく眠られたようです。」
「そうか。わざわざすまねぇな。」
礼を言い会釈をすると、女中は立ち去るものかと思ったが、なぜかその場から動こうとしない。
訝しく思い見れば、何か言いたげな表情でこちらを伺っている。
いつになく堅い小十郎の表情に、女中は言いたいことが言えずにいるようにも見える。
「どうした。」
問うてやれば、少しの間の後、年輩のその女中は思い切ったように口を開いた。
「片倉様」
「?ああ」
「…なまえ様は、熱にうなされながら、片倉様のお名前を呼んでおられました。」
「俺を?」
「ええ。…それを聞いた者が、では片倉様を呼んで参りましょうかと申しますと、それはだめだ、と。絶対に呼ばないでと仰るのです。この大事な時期に片倉様に病を移してはきっとこっぴどく叱られてしまうから、となまえ様はおどけてみせるのですが、ただひとえに、片倉様にご迷惑をかけたくない一心でその様な事を仰るのだと思いまして…」
「……」
「まだまだ幼いなまえ様のお気持ちを思うと、皆やるせなく、しかし何もしてさしあげることも叶わず、心苦しい気持ちで看病をしておりました。ですのでもし、もし、片倉様にお時間がおありならば、少しでもなまえ様に顔を見せて差し上げては頂けないか、と。…失礼かとは思いましたが、差し出がましいことを承知で、ご報告させて頂いた次第にございまする。」
「いや…謝ることじゃねぇ。表をあげてくれ。」
深々と頭を垂れる女中を制止し、顔を上げさせる。
目上の者にも臆せず、はっきりと物を言うよくできた女中だ、と小十郎は感心し、そうやって明後日の方向に考えを逸らした。そうでもしないと、自分の足は後先考えず今すぐにでもなまえの部屋に向かってしまいそうだったからだ。
…そうか。なまえは今も一人、あの広い部屋でうなされているのか。自分を呼びながら、きっと声も立てず泣いているのだ。
「その話、確かに聞き届けた。」
「なれば、」
「ああ、この後あいつの様子を見に行く。お前には世話を掛けたな。」
小十郎の言葉に、年老いた女中は安心したようで、一気に緊張が解けたような表情に変わった。ありがとうございます、と何度も礼を言い、胸の前で手を合わせ頭を垂れる。
そんなに俺の表情は固かったのだろうか。こちらのせいで緊張させてしまっていたのなら申し訳なかった、と小十郎は内心反省をした。
そうして改めて女中に礼を伝えると、小十郎は急ぎなまえの部屋へと向かったのだった。
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