Prelude
情けは人の為ならずらしい
「じゃあ、整理すると、式島君は別に在校生代表の祝辞のせいで狂ったわけじゃなく、いきなり世界がおかしいことに気づいたから発狂したと」
「発狂って…」
「あれは誰がどう見ても発狂だよ…で、私がですよ、1時間駆けずり回って探してる間に世界の真実に気づいた面子で集まってる帰宅部に入ったと」
「待ってくれ1時間?」
愛菜は深く頷いた。腕を組んで仁王立ちで。
凄く態度が大きかった。
「体育は万年見学で、虚弱体質に定評のあるこの愛菜さんが、愛菜さんなりに1時間駆けずり回ったわけですよ」
「すみませんでした……?」
謝らなければならなそうな雰囲気だったので律は一旦謝っておいた。
実際少しだけ申し訳なさはあった、一応、おそらく、きっと。
琴乃はくすくすと微笑ましそうに眺めている。
彼としては切実に見てないで助けてほしかった。
なお笙悟は愛菜のテンションについていけないのか、我関せずといった様子で明後日の方向を見ている。裏切者、戦力外通告。
「謝罪が欲しいわけじゃないんですよ」
「じゃあ、あん肝クレープ」
「それは要らん」
即答された。
「私も、帰宅部に入れてよ、なんか手伝えることあると思うよ」
「…………え?」
3人の声が見事に重なった。
それはそうだろう、あまりにも脈絡がないからだ。
「いや、仲間は多いに越したことはないけど!!それでいいわけ!?」
今まで会話の行く末を見守ってたアリアも割って入った。
しかし愛菜はあっけらかんに言葉を続けた。
「帰宅部は現実に帰りたいという目的のために集まってるわけっしょ?でも今なんか困ってる雰囲気あるけど、前途多難?的な?」
「まぁ…なかなか手掛かりが、な…」
「ならなおのこと私の出番じゃないっすか~、私、2年全員と顔見知りだし3年の先輩との人脈もあるんで役立てると思いますけど」
「コミュ力バケモンだな……」
「WIREの友達ぎちぎちです」
ぴーすぴーす、といいながら笑顔を向けてくる目の前の女子高生は紛れもない陽ギャルだった。笙悟には眩しすぎた、ガード。
「でも、貴方は現実に帰りたいって思ってるの?」
「私ですか?………………ッスー」
あれ、やばい。
驚くくらい現実の自分が思い浮かばない。
メビウスに来る前って自分何してたっけ、考えたこともなかった。
頑張って思い起こそうとうんうん唸りながら愛菜考えこんだ。
無理そうだった。
「まぁ何とも言えないですね」
覚えてないんです現実のこと!とは言えなかったから無難なことを言っておく。
「でも、ポリシー的な?情けは人の為ならずじゃないですか、助けが必要そうなら最大限助けてあげたいなーって思ってて、できることをやらないのってなんかモヤッとするじゃないですか」
「……お前本当になんでメビウスにいるんだ?」
「ほんと何ででしょうね?経緯全く心当たりなくて」
愛菜は笙悟の言葉に同調した。仰る通りなので。
「だが、この世界の真実に気付いてる奴が1人でも多くいてくれるのはありがたいからな、俺は歓迎だ」
「私もよ、これからよろしくね愛菜ちゃん」
3年生2人は快く入部を受け入れてくれたが、律はしばらく難しい顔をしていた。それを見かねたようにアリアがその顔を覗き込んだ。
「ちょっとちょっとー、You!考えこんじゃってどうしたの?もしかして反対なの!?」
「いや、まるっきり反対というわけでもなくて……ただ、あまり体が強くない天ヶ崎に体を張らせるわけにもいかないと思う自分もいてな」
「……ふと思ったんだけど、メビウスで体調不良なんて概念あるの?」
愛菜はそれを聞いてから一瞬「もしやなんか疑いかけられてる!?潔白なのに!?」と思ったが、一理あった。
ここは仮想世界であり、実際に肉体があるわけではない。
簡単に考えると「幽体離脱した状態」で生活しているようなものだ。
そんな幽体に体調不良なんて概念があるのだろうか?
そしてこれにはアリアも頭を悩ませた。
「そもそもメビウスは人間達が生きやすいようにされてるから、自分から望まない限りは風邪を引くこともないはずなんだけど…」
「自ら苦行をしたいドMじゃないよ私はぁ!!」
「だよねぇ……もしかすると、愛菜は現実で結構病弱だったから深層心理が今の状態でも反映されているか……メビウスって言う空間が壊滅的に合わない特異体質なのかもしれない」
アリアが若干気まずそうな顔をしていた。
仮に後者であるとすれば、メビウスをかつてはμと共に創った身としては心苦しいのかもしれない。
いずれにせよメビウスにいる限り愛菜の虚弱体質が改善する見込みないのは確かだろう。
「じゃあこれで私にも帰る理由ができましたね、わんちゃん狙って虚弱体質からの卒業!!ということでよろしくお願いしまーす!」
終始明る過ぎて軽すぎる愛菜であった。
