Premier:夢から醒めた夢

追跡!Storkを追え!



春咲優里菜は見た。
鍵介と笙悟がタオル一枚の紫ツインテールの女性が轢かれた瞬間を。


女性組が中に入っていった後、鍵介は女湯を覗かんとばかりの挙動を取っており、鼓太郎がそれを妨害していた。謎の攻防戦。
それを愉快そうに眺める永至と、呆れ返る笙悟に律。
優里菜はというと、休憩用にと置いてあるベンチに座り、所在なさげに脚をぶらぶらとさせながらその様子を見守っていた。
結局、鼓太郎という防壁を突破できないと悟ってか、鍵介は女湯の入り口前に座り込んだ。
彼女には彼の意図がよくわからない、ただ邪魔になるよ~と思っていた。

しかし、そろそろ永至も呆れ始めた頃のこと。
女湯の中から悲鳴が聞こえてきた。全員の視線が暖簾の向こう側へとむけられる。それとほとんど同時くらいに、紫ツインテールの女性が走って出てきたではないか。
急ブレーキもかけず、止まることもない彼女はそのまま軌道上にいた鍵介と笙悟を轢いて走り去っていく。

「酷いわ酷いわ~!!!酷すぎりゅうううううう!!!」
「わぁ、すごい勢いだ……」

しばらく呆然としていた衝突を免れた優里菜達。
最初に我に返った鼓太郎が走り去っていった女性の背に指を向ける。

「お、おい、スイートPだ!!」
「グッ……お、追え!」
「裸だったよあの人!?」
「中身はおっさんだ……行け!」

ようやく探していたスイートPをみつけたと同時に、永至と優里菜は男湯と女湯で皆が迷っていた理由をやっと理解した。
スイートPは見た目こそは可憐な乙女だが、中身はおっさん。
外面と内面の性別が異なってるせいでどっちの湯にいるのか見当がつかなかったのである。ようやく合点がいった、そりゃ迷う。

鼓太郎と永至が2人で逃げたスイートPを追っていく。
その背をぽけーっと優里菜は眺めていたが、再びどたどたという足音が女湯の方から聞こえてきた。しかも先程とは違い複数。

「キャアアアアアア!!覗き!変態よーーー!!」

複数名の女子学生の波が今度は律も含めて轢いていった。
彼女らが走り去った跡に残されたのは、哀れにもその勢いに敗北した男子達。かくして優里菜以外、皆倒れたのであった。

「み、みんなー!!」

倒れ伏した三人に向けて彼女は悲痛っぽく、しかし棒読みで叫んでおく。
傍に座り込んで衝撃を受けたフリ、特に意味はない演出。

「えーと、なにこれ、湯けむり殺人事件?」

その珍妙すぎる光景をまず目撃したのは美笛と鳴子、そして愛菜。
轟沈している3人の男子達を見下ろして、苦笑交じりに仲間を全員倒された人ごっこをしている優里菜を見た。

「ほんとに何してるんですか!?」
「なんか、聞くだけヤボそうだねぇ~?」

これにて暗転オチはない


結局、スイートPには逃げられてしまったらしい。すごすごと鼓太郎と永至が戻ってきたところで、一度情報共有をすることとなった。
事前に簡単にはWIREで説明がなされていたため、最初から本題だ。

「じゃあそのStorkって奴は……」
「女性客に擬態して、混乱に乗じて逃げたに違いないわ」
「ぶちょーさん達を轢いていったあの中にいたってことか~…」

気づかない精度だよ~、と優里菜は語る。
かなり高度な擬態だった、見分けがつかないくらい。
一方で鍵介はかなり憤慨していた。
堂々と覗きをしていたというところに怒りが籠っている。だが純粋な許せないという感情が単体というより、羨望も混ざっていそうだった。
変態だった、むっつりだった。

「でも困りましたね……スイートPさんにも覗き魔さんにも逃げられちゃいましたし」
「いいえ、あの変態はまだこの施設にいると思うわ」

琴乃はそう断言してから、鍵介に視線を向けた。

「鍵介君、好き放題に覗ける女湯があったら、捨てて逃げる?」
「逃げるわけありませんよ!」

言い切った。一瞬の迷いもなく。
あまりにも迷いない断言だったために、美笛と鳴子から「変態だ」だの「Storkが変身してたりして」だの好き勝手言われる羽目になっていた。
当然、反論する鍵介だが……

「今のは僕がStorkだったらっていう意味で……い、いや!僕はStorkじゃありませんよ!?」
「じゃあ、鍵介の意見なんじゃん!HENTAI!」
「変態だー!!」「変態だ~!!」
「み、美笛ちゃん!優里菜ちゃんまで!」

もう何を言っても墓穴を掘り続ける鍵介である。
思春期真っただ中の男子だなぁ、と暢気に眺める愛菜。それはそれとして彼女も内心「変態だぁ」とは思っていた、少し、若干、ほんのりと。
すると、どこからともなく謎の人物の声が聞こえてきた。

「ワ~オ!紳士の密かな嗜みを穢した帰宅部諸君……君らを決して許しはしない」

Storkだった。
ついでに言うならとんでもない逆恨みである。

「見つけられるものなら見つけてみたまえ、じっくりたっぷり睨め回してやる!」

変態だ。
言い回しが本当に変態でしかなかった。

「おぉぉ、ここまでステレオタイプに気持ち悪い人初めてだわ…」
「ま、愛菜先輩、鳥肌がすごいですよ…」
「ぞわぞわするもん……」

わざとらしく身震いをする愛菜。
変態への体勢はどうやらないようだ、ギャルにも弱点はある。
そんな中、唐突に鍵介はある事実に行きついた。
この施設内に流れるStorkの楽曲は、甘いラブソングの皮を被った犯行声明なのではないか、と。

「鍵ちゃん流石、よく見抜けるね~」
「犯罪者の心理を一番理解できるのは犯罪者、変態の心理がわかるのは変態なんだなぁ」

優里菜が若干引き気味に褒める一方で、永至はなかなかストレートに酷いことをさらりと言っていた。
いずれにせよ、施設内のどこかにいるStorkを見つけ出すことが急務だ。
重曹泉内での出来事のせいで気絶してしまった女性、天本彩声に全員は目を向けた。
彼女は今回のStorkの件における最大の被害者だ、彼女のような被害者を増やすわけにはいかない。

ただ1つ問題があった。

「このまま野放しにしておいたら、死人が出るかもしれん」
「つっても、帰宅部に入れたら俺らが殺されるぞ。尋常じゃないだろ、こいつの男嫌い」

これには部長である律も言葉を「うっ」と詰まらせる。
これまで、校内とパピコで2度彼女と遭遇しているが…特に何もしていないにも関わらず怯えられた。
それが今となっては律達のようにカタルシス・エフェクトを解放し、攻撃手段を持っている。野放しにすればいつどこで男性がその餌食に合うかわかったもんではない。

「でも放置はできないし、一旦話してみるよ」
「えぇ、説得は私達女子に任せて」

副部長の愛菜やしっかり者の琴乃のを筆頭とした女子組が、彩声に説明と説得を試みることになった。
さて、手持無沙汰な男性陣の元へ、ある2人の影が近づいた。
Storkの件に巻き込まれ今の今まで帰宅部達のやり取りを静観していた紫依と萃の2人だった。

「あの、皆さんは帰宅部っていうんですか」
「あ、あぁ、そうだが……」
「いきなりで大変恐縮なんですけど、私達もついて行かせて貰ってもいいですか?」

申し訳なさそうに頼み込む萃に一瞬、律は首を傾げた。
永至が「一応理由を聞こうじゃないか」と、尋ねれば紫依が今度は口を開いた。

「実は、私達の他にもう1人この温泉施設に連れがいるはずなんですけど、どこかに行ってしまって……それに聞き込みして回るのも難しく…」
「でもなんで俺らと一緒に来ると見つかるんだよ?」
「その、上騒ぎがあるところに寄って来る性質というか、習性というか」
「なんか動物みたいだなそいつ……」

一時は部長として、個性派ぞろいのメンバーを纏めていたことがある笙悟としては2人の苦労が伝わってくる。
ただ問題は、この2人はメビウスの事実に気づいているか否か。
気づいていなかったとして、迂闊に質問もできない内容なだけに判断に悩む。結果として律に判断を仰いだ。

「1つ聞きたいんだが、温泉内で彩声って子がStorkって男に何かしたと思うんだが、覚えているか」
「あぁ、盾のような何かで感電させてましたね…すみません、あの時は彼女を一度抑えるのに必死で、あまり詳しくは見てなくて」
「う、面目ない」

カタルシス・エフェクトが見えている。
紫依が堪えていたがこの様子なら萃も見えると考えてよいだろう。世界のことに気づいていない者は、カタルシス・エフェクトの視認ができずただの乱闘くらいにしか見えない。だが見えているとなれば、この2人もメビウスのことに気づいていると言ってよい。

「そうか…いや、一応確認しておきたかっただけなんだ、俺達も同じ力を使って戦うことがあるからな、念のために」
「あ、そういうことだったんですね…でも羨ましいですね、凶暴化した学生はなぜか打撃とか効きにくくて」

困った…と、言った様子で萃は呟いているが今までそれで対処できていたことの方が驚きである。普通デジヘッドは素手では倒せないのだが……。

「みんなお待たせ~」
「ほら彩声、みんなに挨拶しちゃって!」
「天本彩声です……その節は失礼しました……私ももうこんな世界にいたくないので、帰宅部に入れてください」

どことなくぎこちなさはあるが、会話がまるっきりできないというわけではなさそうだった。がちがちに緊張した彩声を愛菜が「リラックス~」と宥めている。

「えーっと、そっちの2人組は?」
「此奴らも事情があって一緒に来ることになったんだ」
「……そっかー」

意味深に紫依と萃の2人、そして優里菜の視線が交差する。
とにもかくにも、Stork追跡劇が今幕を開けたのであった。
8/9ページ
スキ