Premier:夢から醒めた夢
嚙み合った歯車
音楽準備室。
帰宅部にとっての拠点にして部室。
一先ず話を聞くために優里菜をそこへ招き入れた。
二挺拳銃を使っていた男子生徒は『式島律』、弓使いの女子生徒は『柏葉琴乃』という名前らしい。ちなみにもう一人の男子生徒は『琵琶坂永至』というらしく、彼はまだ正式な帰宅部ではないのだという。
尤も「まぁそれも時間の問題だけどね」と大人の余裕を見せていたが。
部室に着いたが優里菜はまだ事情を話せる状態にはなく、先に永至の帰宅部入部をどうするか、という話し合いから始まった。
が、満場一致。即決。猶予はほぼなかった。
ごく自然な流れで全員の視線が優里菜に向く。
「優里菜ちゃん、って言ったかしら。さっき、誰かを探しているみたいだったけど……詳しく聞いてもいいかしら?」
琴乃が優里菜と視線を合わせるように、しゃがみこんだ。
諭すように、宥めるように問いかける。
そんな琴乃
それからようやく優里菜は自分の身に起きたことを少しずつ話始めた。
ある瞬間、気づいたら見える世界が普通ではなくなっていたこと。
今まで大切な恋人だと思っていた相手も、姉だと思っていた相手も偽物だったこと。
気づいてしまったことでパニックを起こし、逃げまどっていたこと。
それら全てを彼女はゆっくりと、語った。
「私、どうしてこんなところにいるの?帰りたい、帰りたいよ、銀にぃのとこに、お姉ちゃんのとこに、みんなのとこに」
しばらく誰も何も言えない。
琵琶坂だけは何か気の利いた事でも言うこともできたが、『大人の男』として空気を読み黙っていた。
どうしてこんなところにいるのか。
この言葉から察するに、恐らく優里菜はまだ完全には醒めきってはいないのだろう。このメビウスという世界の異常さにだけは気づいているが、現実のことは思い出せていない。
とはいえ、何らおかしな話ではない。
帰宅部にも1人、現実でのことを思い出せていない部員がいるからだ。
「なんか、愛菜先輩と似た事情ですね」
美笛が琵琶坂を除く帰宅部メンバーの思ったことを代弁した。
「まな……」
「あっ…天ヶ崎愛菜っていう2年生の先輩なんですけど…帰宅部で副部長をしてるんです」
聞いたこともない名前であったのか、優里菜は首を傾げた。そんな彼女のために鈴奈は慌てて補足する。
とはいえそう説明をされても面識がない以上、理解を得るのは難しそうだった。優里菜の表情は相変わらず浮かない、右も左もわからないが故の不安だろう。
そこへ、噂をすればなんとやら。
部室の扉がガラリ、と開けられた。
「戻りましたぁ~」
若干萎びた、少し元気がない愛菜が戻ってきた。
どうやら体調を崩してしまったらしく、保健室で少し休んでいたらしい。
「愛菜ちゃん、大丈夫だった?もう少し休んでてもよかったのよ?」
「いや~、忙しい時に自分だけベッドでねんねするわけにはいかな…あれ?人増えた?」
部室に入ってすぐ愛菜はいつものメンバーに新しい顔が2つ増えていることに気づいた。琵琶坂をまず見ると何故かファイティングポーズをとっていたが。
「酷いな愛菜君、急に臨戦態勢を取るなんて」
「いや、ついにカチコミに来たのかと」
「僕のことをなんだと思ってるのかなぁ君は?」
大人の男は若干ピキった。
が、すぐに苛立ちを引っ込める。
愛菜も愛菜でこれ以上の刺激は身を滅ぼすと悟ったのか、今度は優里菜の方に視線を投げかけた。
優里菜は________じわりと目を見開き、押し黙っていた。
「えっと、こっちの子は?2年でも3年でもなさそうだけど…」
「1年の春咲優里菜っていうらしいですよ、多分メビウスに来て間もないんだと思います」
流石の愛菜でも面識がなかったらしく、鍵介に説明を受けながらその辺にあったパイプ椅子に腰かけていた。座った理由は「とりあえずお前は座れ」と笙悟に言われ、鼓太郎に椅子を押し付けられたから。
「じゃあなおのこと面識ないわけだ…すっごい凝視されてるんだけど」
助けを求めるような視線を律に向ける。
目を逸らされた。裏切者。
そんな裏切り者を座りながらポカポカとする愛菜を、優里菜は変わらずじっと見つめていた。
彼女の中で歯車が嚙み合ってしまったのだ。
同時にすべてを思い出した。
忘れていたわけではない。
深層心理の奥底に硬く、封印されていたに近い。
それが天ヶ崎愛菜という存在を目視し、その声を聞いたことで解けた。
何のためにこの世界を訪れ、どうして記憶がなかったのか。
目の前の彼女が何なのか、どういった存在なのか。
全て、何もかも、思い出した。
そして彼女は思った。
これは自分にとって向き合えない嫌なことだ、と。
「……そっか、貴女が副部長さんなんだ!」
「お、おぉいきなりだ。そうだね、副部長をやらせてもらってる天ヶ崎愛菜でーす、よろしく…でいいのかな?」
先程まで元気がなかったのはどこへ行ったのか。
一転して元気を取り戻したらしい優里菜に珍しく愛菜はたじろいだ。
しかし、聞いているのかいないのかはよくわからなかった。彼女はすぐに部室にいる全員を見渡してから、笑顔で言った。
「あの、良かったら私も帰宅部に入れてほしいです!私、現実に帰って大事な人に会いたい!!…それに、思い出したんだ……メビウスに来ちゃった理由を」
理由。
誰しもが抱えている傷にも近しい1人1人が抱えているはずの重い物だ。
「私、大切な物を奪われちゃって……それを取り戻したい想いが強くて、来ちゃったんだと思う……でも、もっと前に1回はちゃんと思い出してたの!その大切な物を奪った人に偶然会っちゃって、その拍子に」
「でもそのあとにまた忘れちまった、ってことかよ?」
鼓太郎の言葉に優里菜は深く頷いた。
2度記憶を消されるなんて…と思ったが、アリアと鍵介はある可能性が頭をよぎっていた。
「その優里菜から大切な物を奪ったって人間……もしもその人間が記憶も封じたのであれば…」
「恐らく、楽士の1人なのかもしれませんね」
現実に気づいてしまったものをオスティナートの楽士達は、『再洗脳』という形で忘れさせる手段を取っている。
仮に優里菜が出会った『大切な物を奪った者』が楽士の1人であるなら、もう一度忘れてしまったことにも説明がつくかもしれなかった。
なんとも惨い話である。
「んー、いいんじゃないかな?」
あっさりと賛成をしたのは愛菜だった。
「相手が楽士かもしれないなら、私達もいずれ会うことになる可能性高いっしょ?そしたら優里菜ちゃんもその人から奪った物の在り処聞けるかもだし、だったら入部させてあげる方がいいと思うな~」
真っ当な意見である。
そもそもの話、愛菜はおそらく反対することはまずない。
が、その賛成意見に説得力を持たせるのがうまい。だから他のメンバーからも特に反対意見は出なかった。
しかし、律と琵琶坂だけは僅かな違和感を持っていた。
「みんな…ありがとう!私頑張る!」
明確な後押しをしたのは愛菜であるはずだが…優里菜はあの暫し固まっていた瞬間以降、一度たりとも愛菜を見ていない。
微かすぎる違和感だったが、妙に引っかかった。
「よろしくね~」
しかし、当の本人は特に気にしていない様子だったため、2人も気のせいということにした。
