Premier:夢から醒めた夢

醒めた者の救世主



この世界はどこまで行っても偽物の世界だった。
彼女にとって当たり前だった『魔法』は使えず、大切な人は皆『紛い物』。
魔法が使えなければ優里菜が持ち合わせている運動神経と体力はよろしくない。今までは魔法によって肉体的スペックを上方修正していた。それができない今、すぐに息を切らしてしまう。
走る、立ち止まり息を整える、また走る。
その繰り返し。

がむしゃらに走るうちにいつの間にか駅前広場に辿り着いた。
広場にはステージがあり、そこでは歌姫と呼ばれているμがライブをしている。ステージ下では学生達が熱狂的な盛り上がりを見せていたが、優里菜は状況が状況なだけに気分が悪くなった。
どうしてこんな世界で、純粋にライブなんか楽しめるのか。
そもそも醒める以前からμの歌にはまるで興味のなかった優里菜からすれば理解できる要素が全くない。

ふと、μと目が合った。
どきりと心臓が跳ねる。逃げなきゃ、本能が告げた。

慌てて駅の中へ入ろうとしたが、見えない壁に阻まれる。
優里菜は完全にパニックを起こし、その見えない壁をがむしゃらに叩いた。

「出して!出してよ!」
「ごめんね、まだ町の外は作ってないから駅には入れないんだ」

すぐ後ろで声がした、咄嗟に振り向くとそこにはμがいた。
申し訳なさそうな表情を浮かべるμは優里菜に優しく声をかける。

「でも、必要なものなら私がなんでも出してあげられる!何が欲しいのかな、言ってみて!」
「……帰して…銀にぃのとこに、お姉ちゃんのとこに、帰して!」
「それは、できないんだ…ごめんね、でも銀にぃ?とお姉ちゃんのことを作ってあげられるよ!」

___何を言っているのか理解ができなかった。
無いなら作ればいい?たとえ作っても偽物では心が満たされない、だから本物であることに価値があるのに。
優里菜は押し黙った。不快感がふつふつと湧き上がる。

「それじゃだめ…それじゃダメなの!!!」

そんな必死な叫びをμにぶつけた。
彼女は困ったように、少し悲しそうにたじろぐ。
すると_____

「おい、お前μに向かってなんて口を利くんだ!」
「謝れよ、μに!!」

ライブの観客たちが一斉に優里菜に敵意を剥き出した。
μが宥めても、観客は優里菜を責め立てる。
そのうち彼女は耐え切れず逃げ出した。
観客のうち数名はその後を追う。

「ど、どうしよう……」
「μ、一体何が?」
「プシュケー!実はね……」

今起きたことを打ち明けると、プシュケーは全てを聞き終えてから諭すようにμに言い聞かせた。

「貴女は何も悪くはありません、観客の行動も間違いではないんです、彼女はメビウスにとって一番重要な貴女のライブを妨げた…叱責を受けて然るべき蛮行です。でもそうですね、場を治めるために歌っていただけますか?皆、貴女の歌を心待ちにしています」

励ますように、母が子を諭すようにμの頬を優しく撫でながら言い聞かせる。
μは「うん、わかった、私頑張るね!」と意気込んで再びステージに立った。
純粋で、子供のように無垢な歌姫を見守っていたプシュケー。
一度デジヘッド化した観客達が去っていった方角を冷淡に一瞥してから、ステージの方を再び見やった。


# # #


「もう逃げられねぇぞ!」
「こいつも帰宅部の仲間か?」
「どっちだっていい、やっちまえ!」

追い駆けられるうち、行き止まりに追い込まれ逃げ場を失った優里菜。そんな彼女に一斉に襲い掛かる、黒い鎧を纏い異形化した観客。
魔法も使えない、つまり抵抗手段が優里菜には存在していない。
咄嗟に目をつむったが______耳に入ったのは打撃音でもなく、体に痛みはない。
代わりに耳にしたのは空を切る音、そして銃声。
そして異形化した者の苦悶の声。

「一人の女の子を寄って集って追い詰めるなんて恥を知りなさい」

優しく凛とした女性の声が聞こえた。
恐る恐る目を開けると、そこに居たのは恐ろしい異形の人々ではない。
弓を持った綺麗な女子高生と、二挺拳銃を持った男子高生。2人は異形ではない代わりに、胸から棘が突き出していた。
優里菜を襲おうとしていた数名は異形ではなくなっており、地面に倒れている。
きっと2人が倒してくれたのだろう。

「あ……」
「ねぇ、大丈夫だった?怪我はないかしら」

2人は武装を解き、普通の学生らしい姿になり優里菜を見据えた。
女子高生の方は心配そうに視線を合わせてくれている、男子高生の方は後からやってきたもう一人の男子高生になにやら説明しているようだった。
いずれにせよ、もう安心していいと言えるだろう。そう確信した優里菜はへなへなと地面に座り込み、嗚咽を漏らした。
2人が居なければどうなっていたか分からない、何も成せないまま死んでいたかもしれない。
今はただただ助けて貰えたことへの安堵と喜びから涙を流していた。
彼女が泣いてしまったのを見て、3人の高校生達は顔を見合せる。

安全なところで話を聞いた方がいいかもしれない。
満場一致だった。
3/9ページ
スキ