Premier:夢から醒めた夢

夢から醒めて



目が醒める。
放課後を告げるチャイムが鳴り、教室の外はがやがやと騒がしかった。

「駅前でμがゲリラライブしてるらしいぜ!」
「ほんとに!?早く行かなくちゃ!」

どたどたばたばた。
足音が廊下で響き、壁を隔てているのに声が耳を劈いた。
いつもはそれほど気にならないのに、今日はどうにも煩く感じる。
もしかすると、可笑しな夢を見たせいかもしれない。

使命が、なんだとか。
自分はただの高校生だというのに。

宮比市立吉志舞高校の1年生。
青春真っ只中の花盛りな女子高生。
それが春咲優里菜という人物だ。
同じ学校に通う姉が3年にいて、中学時代から仲が良く、高校入学と同時に告白をしてくれた大事な恋人がいる。
人間関係に恵まれた、ただの女の子であった。

だから『使命』だとかいう大きなものを背負った覚えはない。
夢というものは時に支離滅裂なものだから、夢は夢。
優里菜はそう自分に言い聞かせながら立ち上がる。
今日中に返却する予定の本を図書館へ持って行かなければならない。

スマホが振動した。
画面を見ると大事な恋人からのメッセージ。

《今ホームルーム終わった、そっちのクラスに行く》
《シーパライソでのショー楽しみだな》

シーパライソ?水族館?ショー?
恋人のメッセージは、前々からデートの約束をしていたかのような口振りだ。
しかしそんな約束をした覚えが優里菜にはなかった。
恋人との約束を優里菜が忘れるはずがない、大事なのだから。

心臓が苦し気な音で高鳴り、嫌な汗が背中を伝う。
デートの約束はしていない、今日は借りていた本の返却日で、渋谷にある図書館に行かなければならない______。

「……渋谷…?あれ、今私がいるのって…」

宮比市。
その市立である吉志舞高校に優里菜は通っていて、いつもはバスで15分ほどかけて通っている。
宮比市には大きな図書館があるからそこで借りることができるはずなのに、どうして渋谷で本なんて借りたのだろうか。
今まで信じてきた世界の綻びに気付いてしまった気がした。

「優里菜ぁ〜、来たぞ〜」

気怠げな声が聞こえた。
恋人だ。名前は『坂田銀時』だ。
そうだ、自分には恋人が居る。
自分だけを愛してくれて大切にしてくれる、そんな恋人が居る。
きっとまだ頭が寝惚けていて架空の街の名前と勘違いしてしまったのだ。
渋谷なんて地名は存在しない、きっと本の中に書いてあったのだろう。
そう自分に言い聞かせながら、バッグを慌てて掴んで恋人を見て、そして絶望で目を見開いた。

グリッチ、モザイク。
人間の顔に存在していいわけが無い物。
それが、恋人の顔に着いていた。

「嘘……」
「優里菜?どうしたんだよ?」
「嘘、嘘だ……何かの間違いだよ!!」
「あ、おい待てよ!!」

優里菜は弾き出されたように走り出した。
がむしゃらに、じたばたともがくように。
何故恋人の顔が認識できないようにモザイクがかっているのか、グリッチがあるのか。
現実世界でそんなことは有り得るはずがない。きっと何かの間違いだと、壊れかかった自分の中の世界への信用に縋る。

階段を駆け上がり3階へ、姉の元へ。
途中に何度か転んでも、息が苦しくても走り続けた。
そうだ、姉なら何か分かるかもしれない。
いつも助けてくれて、庇ってくれる姉なら。

「お姉ちゃん!!!」
「っ!なんだ優里菜か、急に大声出すなよ」
「______うそ」

こちらを見た姉の顔はきっと呆れた顔だったに違いない。
だが判別をつけることなどできなかった。
恋人と同じように、姉の顔にもグリッチが。

「ぁ、ああ……あぁぁ……」

嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ。
これは悪い夢に違いない。
まだ目が覚めていないのだ、ぽこぽこと頭を叩いても世界は何も変わらない。
夢も覚めない。

つまり、この悪い夢こそ現実だった。

「あ、ぁぁあああ……!!!」

逃げ出した。
どこへ?どこでも良かった。
とにかくこの悪い夢を見ないで住む場所に行きたかった。
階段を駆け下り、学校の外へ。
上履きのままだということすら忘れて、必死に走った。
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