林檎ステーション
その時、汽車が甲高く吠えた。私は汽車の方に振り向く。三分後、私は車上にいて、ここにはいないのだ。私はそれを恨んだ。時間は人々に平等に与えられる。公平に、ではない。あくまで平等に。時計なぞ消えて無くなってしまえ。わざわざ恩着せがましく平等性を可視化し、強調して何が楽しい。とにかく時間よ、そこを動くな。
「それでは、行きます。」
彼女は小さく頷いた。なんだか心と身体が別々になっているようだ。私はいつの間にか汽車に乗ろうとしていた。手にはトランクを持っていた。しず子さんに背を向けていた。汽車の方へ歩いていた。
「待ってるわ、日本で。」
彼女はもう一度同じことを言った。私の背に向けて言った。私は立ち止まる。まさか……?いやいや、これはお土産に対する「待ってる」だ。勘違いも甚だしい。私はまた歩き出した。
「純兵さん、私日本で待ってるわ。」
足が止まる。頭がぐゎんぐゎんする。ウヰスキーを飲んだみたいに。手足が痺れる。煙草をふかしたみたいに。息を吸う。深く吸う。吐きそうになる。心臓がどうどうと走り始めた。どうやら彼女には毒林檎を持たされたらしい。
今度は私が絵画になった。何もできない。何をすべきか分からない。何も分からない。訳の分からないまま、私は彼女の方に振り向いた。
私は彼女の眼を見るだけで精一杯であった。ただ、それだけで良かったのだ。彼女の星は瞬いていた。流星群が降り注いでいた。その事実だけでも、私は十分だった。それが存在するだけでも、私は十分だった。
「もうそろそろ発車でなくて?」
私は彼女の言葉で我に返った。慌てて小さい夜空から抜け出す。「ちょっと待って」と言って、私は重いトランクの金具を鳴らしながら汽車に急いだ。汚れなぞ気にしない。客車に走って入る。一番近くに空いていたコンパートメントにトランクを置き、固い窓を開けた。身を乗り出す。
「またね。」
私は言う。
「また後でね。」
しず子さんは言った。
「それでは、行きます。」
彼女は小さく頷いた。なんだか心と身体が別々になっているようだ。私はいつの間にか汽車に乗ろうとしていた。手にはトランクを持っていた。しず子さんに背を向けていた。汽車の方へ歩いていた。
「待ってるわ、日本で。」
彼女はもう一度同じことを言った。私の背に向けて言った。私は立ち止まる。まさか……?いやいや、これはお土産に対する「待ってる」だ。勘違いも甚だしい。私はまた歩き出した。
「純兵さん、私日本で待ってるわ。」
足が止まる。頭がぐゎんぐゎんする。ウヰスキーを飲んだみたいに。手足が痺れる。煙草をふかしたみたいに。息を吸う。深く吸う。吐きそうになる。心臓がどうどうと走り始めた。どうやら彼女には毒林檎を持たされたらしい。
今度は私が絵画になった。何もできない。何をすべきか分からない。何も分からない。訳の分からないまま、私は彼女の方に振り向いた。
私は彼女の眼を見るだけで精一杯であった。ただ、それだけで良かったのだ。彼女の星は瞬いていた。流星群が降り注いでいた。その事実だけでも、私は十分だった。それが存在するだけでも、私は十分だった。
「もうそろそろ発車でなくて?」
私は彼女の言葉で我に返った。慌てて小さい夜空から抜け出す。「ちょっと待って」と言って、私は重いトランクの金具を鳴らしながら汽車に急いだ。汚れなぞ気にしない。客車に走って入る。一番近くに空いていたコンパートメントにトランクを置き、固い窓を開けた。身を乗り出す。
「またね。」
私は言う。
「また後でね。」
しず子さんは言った。