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林檎ステーション

私の座席は三等車にある。庶民は三等席で精一杯なのだ。スーツがすすで汚れないように、私は気を付けながら客車に入ろうとした。
その時、
「純兵さん、少し待って。」
と私の名を呼ぶ声が聞こえた。声で分かる。しず子さんだ。彼女はここ満州でお世話になった私の隣人だ。後ろを振り向く。やはり、そこにはしず子さんが立っていた。
「こんにちは、どうしました?私忘れ物してましたか?」
「違うの、これを持っていってほしくて。あと、お見送りに。」
彼女はそう言って、三つの林檎を渡してきた。彼女は林檎農家の娘である。よく収穫の際には手伝って、籠いっぱいの林檎を貰ったものだ。
「採れたてよ。」
「美味しそうだ。林檎と見送り、どうもありがとう。」
彼女はそれっきり無言になってしまった。私もつられて無言になってしまう。沈黙がこの空間を支配する。空に響くシギの声と風の音だけが、彼女との間を取り持ってくれている。
「夏には、帰ります。」
私は間を埋めようと分かりきったことを伝えた。彼女にはそんなことはとっくに話していた。言った瞬間、しまった、と後悔した。
「えぇ。」
また無言。沈黙。私は黙って腕で抱える林檎をじっと見る。と、突然黒い獣が高く叫んで私たちの間を裂く。発車まであと五分。この空気感を変えなければ。
「来年の梅の花もきっと綺麗でしょうね。代わりに見といて下さい。」
彼女は私の目を見て、
「えぇ。」
とまた頷いた。私は彼女からたまらず目を逸らした。彼女は私にとって眩しすぎたのである。彼女は泣きそうであった。いや、静かに泣いていた。
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