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短編

 忌々しい声が響く。いつもの声だ。あの女声とも男声とも言い難い違和感と不快感をこねくり回したような声。あぁ、もう。イライラする。今すぐにでもあのクソ壁男を叩き壊して、殺してやりたい。
 私を否定する声。
 失敗したのだと嘲笑う声。
 あぁ、嗚呼、もう。
 きつく目を閉じる。いつもこうして下らない声をやり過ごす。目蓋の裏に貴方の姿を映して、気の抜けた笑い顔を思い浮かべて、少しだけ落ち着いた声に軽く息をつく。
 でもまだだ。
 まだ、いる。
 うざい、うざい、消えて。
 よりきつく目蓋を結ぶ。盲目で真っ暗な世界。何も見えないはずなのに壁男の姿がぼんやりと浮かぶ。吐き気が巡る。殺意がとぐろを巻いている。鎌首をもたげて、あぁ手が足が、出てしまいそう。
 かたン
 音が響いた。壁男の姿が遠のいていく。私を呼ぶ声が。やっと来たのね、待っていたわ。目を開く。いつもの顔がこちらを見ていた。少し心配そうに潜められていた眉がゆっくりと解かれて、訪問者は穏やかに微笑んだ。それから何事もなかったかのように訪問者はソファーに座って本を読み始めた。……貴方専用の書斎があるはずだと言ったのはもう忘れてしまったのかしら。まぁ、いいけれど。
 気がつけばもうすっかりあの声はしなくなっていた。
 やっぱり貴方は、

「きょうは何を読んでいるの」

 問うた声に応じるように手の中にあった本を見せた。ドグラマグラ。あぁとうとう読み始めてしまったのね。終わりも近いかしら。

「読破できるといいわね。それが貴方にとっての結末なのだろうから」

 そう言った私の声に苦笑を返した訪問者。どうやら繰り返されるあの言葉に辟易してしまっているようで。そんなんじゃ当分は読破なんて出来なさそうね。……好都合だけれど。夢は、続く限り続くに越したことはないわ。
 
「焦って読む必要はないわよ。本を読み終えるということは物語を終えるということだから。何につけても終えるという行為にはタイミングがあるものよ。今がタイミングじゃないだけ」

 この物語も、もう少し。
 ぶぅぅ……ん
 どこからともなく聞こえる時計の音。

「それを読み終える頃にはきっとあるべき場所へ戻っているわ。貴方もその本も、私も。いいのよ。いまは分からなくて。そのうち、ね」

 貴方が誰なのか。
 旅人なのか、《私》なのか、博士なのか、青年なのか。
 はたまた私、なのか。

 ぱたん、本が閉じられた。
 どうやら諦めるようで。

「ふふ……。今じゃなかったみたいね。……そうね、そんな貴方に取っておきの診断があるの」

 一冊の本を手渡した。
 小さな絵本。
 物語を紡ぐ診断。

「さぁ、貴方のものがたりを聞かせて頂戴」
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