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短編

「こんにちは」

 私から声をかけたことがそんなに嬉しいのかしら。
 そんなに嬉しそうに笑うなんて。
 まあいいけど。
 読みかけの本に目を落とす。
 あぁ、…あなたに声をかけていたらどこまで読んでいたかわからなくなったじゃない。ふむ。
 ちらりとあなたを覗き見る。
 何事もなかったかのように本を読み始めていた。あなたを見ている私に気づかないまま、読み耽ってる。
 本を読む気分でも無くなってしまった。

「……ねぇ、旅人さん」

 本から顔を上げて。
 少し間延びした声がなに?なんて返した。

「暇になってしまったの」

 あなたは少し考えるそぶりを見せて困ったように首を傾げた。
 まぁそうよね。こんな本以外に何もない場所で『暇だ』なんていっても本を読む以外に選択肢はないでしょうね。
  
「暇ねぇ…」

 そうだね。
 パタンと本を閉じる乾いた音が小さな書斎に響く。
 
「それにしても、変なものね」

 あなたが来るまでは暇になんてなったことがないのに。
 ずっと本を読んでいることが苦痛になんてならなかったのに。
 本は私にとっての呼吸だったのに。
 あなたが私の肺にでもなってしまったのかしらね。
 なんにしても、変なものだわ。

「なんでもないわ。気にしないで」

 あなたと『暇だ』っていいながら過ごす時間も、悪いものじゃない。なんて、ガラじゃないわ。

「仕方ないわね。本の整理でもしてこようかしら」

 あなたもやる?
 嬉しそうに頷いたあなたが、なんだか可愛く思えて、面白くなって笑ってしまった。
 不思議そうに首を傾げるあなたに、なんでもないと返して書斎の奥へ進んでいく。ひょこひょこ後ろをくっついてくる姿も可愛い…。
 
「暇なのも、いいものね」

 同意の声が後ろから聞こえて、幸せだな、なんて思う。
 あなたがいなければ知ることもなかった気持ち。
 つくづく思うけれど、私にとってあなたはいなくちゃいけないものになってしまったのね。
 本しかなかった私に、荷物が増えた。
 ふふ、別にお荷物だっていってるわけではなくて。
 ただ、大事なものが増えたって、言ったのよ。
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