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よみきり

手には古い時代の硬貨が六枚。目の前には、深く長く広い川。その、河原に、僕は立っていた。
川を渡れば戻れないと、本能が告げている。
ああ、これが。

「三途の川、ね」

生者と死者を分かつ流れ。探せばどこかに渡し守がいて、この六文銭を対価に向こう岸まで連れて行ってくれるだろう。咬み殺してもいいけど。
こちらの岸は賽の河原。親不孝、と呼ばれてしまうものたちが、永久に石を積み上げる場所。
ふと気が向いて辺りを見渡せば、河原で石を積む子等の中に、知った姿がいた気がして。
探すと、意外なほどあっけなくそれは見つかった。
興味を惹かれた僕はその子供に近付いて、声を掛けてみる。

「山本武」
「…………ひばり?」

振り返った子供は、驚きに目を見開いて僕の名を呼んだ。
けど、この子は、僕の知る彼ではない。
大体僕が知っているあいつは大人で、僕と違ってまだぴんぴんして生きている筈だ。あいつはそういう奴だと、僕は思う。
泣いているだろうけど。
つまりこの子供は、パラレルワールド、そのどれかひとつに存在する筈の、山本武。
断定混じりの結論を出して、僕は聞いた。

「何をしているんだい」
「いしをつんでるんだ。なんでかわかんねえけど、そうしねーといけないみたいなのな」
「崩されるのに?」

賽の河原で石を積んで、塔を作ったところで獄卒共に崩されるのが関の山だ。
すると子供は平らな石を選んでは重ね、曖昧に苦笑した。

「うまくつめなくてさ、くずされるまえにくずれちまうんだ」

ほら、という間もなく崩れる積み石。
不器用なものだ。僕は嘆息して、しょげる子供の頭を撫でた。
触れた瞬間に覚える、違和感。
あるはずのない、温度。

「…………君は、」

まだ――。
言葉が続かない僕を、子供は不思議そうに見上げてくる。

「どうしたんだ?」
「君は、」
「おれは?」
「……馬鹿だね」

断言して、僕は子供の手を掴み、立ち上がらせた。相変わらず子供にはぬくもりがあって、それは冷え切った僕の手とは明らかに違うものだった。
そのまま首根っこを掴み、ぐ、と持ち上げる。子供は驚きに暴れだしたが、あまりにも非力で僕を止められるものではなかった。

「かえりなよ」

そう言ってぽい、と放り投げる。すると、子供はあっさりと境界の向こう側に飛んで、落ちた。

「ほら、やっぱり」

君は、まだ、かえれるじゃないか。僕とは違って。
山本武が立ち上がり、こちらを振り返る。いつの間に子供だった彼は少年へと姿を変えていた。それが、本来の彼の年齢であり、姿なのだろう。

「雲雀、」

先ほどよりは低い声が呼ぶ。僕はただ、『向こう側』を指差した。

「君は、あっちに行くんだよ」

連れていってやるのも一興だったが、僕には分かってしまっていた。
彼はまだ、生者だ。ギリギリで、踏みとどまっているらしい、けれど。幾分はこちら側に、引き寄せられている。
かえしてやるには、今しかない。

「まっすぐ、向こうに行きな。戻ってはいけないよ、君はまだやることが残っているだろう?」
「アンタは?」

声が届く。そういえば僕の声も向こうに届いているようだ。こんなに離れているのに。そういう、場所なのだろうか。

「僕は、いくよ」
「…………来れないのか、こっちに」
「うん」

まっすぐな瞳が僕を見る。それが悲しげに歪んだ気がして、僕は何故か笑う。

「早くいきな」
「……雲雀、ありがとな!」

叫んだ少年は、すぐに背をこちらに向けて走り出した。あの様子なら心配しなくてもかえれるだろう。

「山本武」

消えていく背中に、小さく、呼びかける。きっとこの声はもう、聞こえないだろう。

「待ってるよ」

君が、僕の君が、若しくは僕の知らない君が、おちてくるのを。
この先で。
待っているから。
――けれど本当は。
ただ君が、そちらに在ってくれるのならば、僕はそれだけでもう十分幸福なんだろう。
君が、きてくれなくとも。




*****
和都さんに振ったらあっさり「い、いい!」の反応を貰い、ついったーで140字の短文を書いたネタの長文版です。(調子に乗ったという)
パラレルワールドで死亡した大人雲雀さんと、瀕死でギリギリ死にぞこなって、その癖賽の河原で石積みをはじめてしまった山本(原作沿い)のお話でした。(説明が今更)
……積ませたかったんです、誰かに。石を。丁度死にかけがいたし。
早く復活すればいいよね。
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