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犬と僕の暮らし

 その日。幼き主君が連れてきたイキモノに、草壁は目を丸くした。
「恭さん……どうしたんですか?」
「拾った」
 答えはいつもの彼らしく、あまりに簡潔。主の命は絶対の草壁としては『元の所に返してください』とも言えず、そのイキモノに目を遣る。返ってくるのは、背の高い青年の浮かべる苦笑い。
「拾われたのな」
「…………」
 どうしたらいいのか。主の拾ったイキモノは、まさしく人間――青年だった。
「……哲」
「なんでしょう、恭さん」
「彼に色々用意してやって。僕は部屋に戻る」
 そうしてすたすたと、自室に歩み去る子供。本当に、何を考えてこの方は。わずかの推測さえできずに、草壁は青年に向き直った。
「……名前は?」
「山本武です」
 苦笑のまま、けれど朗らかに青年は答える。
「雲雀に引きずられちまって、ご迷惑掛けます」
 ぺこりと下がる頭。礼儀はそれなりに身に着けているらしい。悪人だったらそう遠くないうちに主が咬み殺すだろう。主の望むままに。決心して、草壁は青年に礼を返した。


*****


 そもそもの話は、いまから四半時ほど前にさかのぼる。
 雲雀恭弥が『それ』を見つけたのは、夕闇に陰るある路地裏だった。黒のランドセルを背負った彼はそれを漆黒の瞳で見つめて、小さく首を傾げる。
 こんなところで、こういうものを見るのは初めてだった。そういうものがいるのは知っていても、こんなに近くにあるのは初めてだった。
 そして、雲雀がそれに声を掛けたのは、ただの気まぐれだった。
「死んでるの?」
「……いちお、生きてんのな」
 それ――短い黒髪の青年は、苦々しい口ぶりで、小さく返事をする。しかし目を開き、薄色で雲雀を見上げた彼はきょとりとして、誰なのな、とそのぽかんと開いた口が呟く。
「そんな幼い子供使うなんて、聞いたことねえのな」
「…………」
 沈黙が流れる。武器もない、僅かに身構える青年を睥睨して雲雀は固く結んだ唇を開いた。
「何の話?」
「…………えーと」
 青年は言葉に詰まって、静寂の後におずおずと尋ねてくる。
「俺を追いかけてきたわけじゃねえのな?」
「何それ?」
 雲雀は二度目の疑問符に眉間に皺を寄せる。初対面の人間にそういうことを言われるのは、なんだか面白くなかった。しかし、唐突に現れた異分子に、興味はあった。
 それなら、いっそ、手元に置いてみよう。
「ねえ、僕の家に来なよ」
「……は?」
「貴方、強そうだから」
 青年にはよくわからない理由をつけて、雲雀は彼の手を掴む。ぐい、と引き上げる力は子供にしてはやたらと強い。ふらりとぐらつきそうになる身体を気力で支えて、立ち上がった青年は雲雀に向き直る。
「よくわかんねえけど……世話になるのな」
 いいよ。子供らしくない笑顔で笑う雲雀は、ふと小首を傾げ尋ねてくる。
「貴方の名前は?」
「山本武……お前は何者なのな?」
「雲雀恭弥」
 それが、その出会いが、すべての始まりだった。
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