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A domani,Il cielo segreto.

日なたの窓辺は暖かい。ツナはひとり、自室のラグマットに転がりまどろんでいた。
ふと気づけば、ゆさゆさと、何かが自分を揺さぶっている。ぼんやりと目を開けると、黒いスーツの小さな赤子が、ツナを見上げていた。
「起きろ、ツナ」
寝起きの頭でツナはその赤子を見返す。
見慣れた姿、けれどまだ慣れない家族といういきもの。彼女にとって、はじめての、そして余りに特別な存在。
「ツナ?」
呼びかけに心配する声色が混じって、ツナはなんでもない、と首を振った。そして、伸びをして返事する。
「おはよ。どうしたの、リボーン」
「もうとっくに昼だぞ。……あと、九代目が呼んでるぞ」
その声に、ツナは一気に覚醒する。十ヶ月前の提案が脳裏をよぎった。あの人今度は何をしでかすんだ。不安をそのままに彼女はリボーンに聞いた。
「……何で?」
「さあな。とにかく、二人で執務室まで来いと連絡があったぞ」
わざわざ呼び出されてしまったとなったら、逃げ出すわけにもいかない。そもそも、一端の構成員としてドン・ボンゴレの指示を無視することも、単に世話になりっぱなしの人間を無碍にすることもツナにはできなかった。
――用事はさっさと終わらせよう。
心に決めて立ち上がったツナの肩にリボーンが飛び乗る。どうやら読心術が使えるらしい彼は溜息混じりにツナに言って聞かせた。
「九代目も鬼じゃねえ、そんなに心配する必要ねえぞ」
「いや、あの人何するかわかんないから」
経験上、こうしとくに限るんだ。そうツナは言い返す。
「…………とりあえず行くぞ」
「うん」




執務室に入るといつもどおりにこやかに笑むボンゴレ九代目がいた。
「やあ、ツナ。元気そうで何よりだ。そしてリボーン、久しぶりだね」
「チャオっす、相変わらずそうだな九代目」
親しげに返事を返すリボーンと、疑わしげな視線を九代目に向け、それでも頭は下げるツナ。姿も行動も似ていない母子に、九代目は笑みを深める。
「で、オレ達に何の用ですか」
「まずはツナ、君にだ」
「…………何でしょう?」
「ボンゴレ九代目として、君に部署移動を命じる。諜報部から、研究部に異動だ」
言って、九代目はツナに一枚の紙を手渡した。それをまじまじと見て、ツナは呟く。
「研究部って……」
「六道君と雲雀君の手伝いをしていただろう?そこだ」
「それは、分かりますが……どうして」
「流石に十ヶ月空白期間があると怪しむ者もいるからね。それと、六道君が君に興味があるらしい」
挙がった名前が意外だったのか、ツナは瞬きして首を傾げた。
「六道先生が?」
「リボーンからも聞いただろう?君はある種初めてのケースだ、追って調べたい事があるのかもしれない」
少しだけ考える素振りを見せて、それでも何も問わずにこくりと、ツナは頷いた。それを了承ととり、九代目も頷き返す。
「それと、もう一つ」
九代目は隣室に続くドアを指さした。
「彼らが君に会いたがっているよ。私はまだリボーンと話があるから、君は彼らに元気な顔を見せておくれ」
「…………え」
「君が来ると言ったら会わせろと言って聞かなくてね」
彼ら、に思い当たりがあるらしい。言われた瞬間にツナは戸惑いの表情を浮かべた。それを隠さないままに彼女は九代目に問いかける。
「何人、ですか?」
「全員に決まってるじゃないか」
その答えを聞いたツナは、げんなりした表情で入ってきた扉を指差す。そして、小さな声で聞いた。
「……帰っちゃダメですか?」
「会いなさい。ずっと君の事を案じていてくれたんだ」
にこやかに、けれど確実に九代目は脅迫した。
「そうしないと向こうから押し掛けてくるよ」
「…………いってきます…」
ツナは溜息と一緒に返事をする。とぼとぼと消える背中に九代目は後で私達も向かうと声を掛けた。見送り、ぽつりとリボーンは呟く。
「あっちに何がいるんだ?」
「ツナのおじさま達だよ」
はぐらかすように、九代目は言った。


***


ツナがドアの向こうに消え、けれどそれからたっぷりと待って、九代目はリボーンに向き直った。隣室へのドアを気にしている彼の様子に、リボーンは問いかける。
「俺への用事はツナには秘密なのか?」
「これは私からの個人的な願いだからね。恥ずかしくてツナの前では言えないよ」
静かに。温厚な、いつもと変わらない様子で。
けれど、懇願するように九代目は言った。
「リボーン。……ツナを頼むよ。君だけが唯一、あの子の家族になれた」
「…………」
「あの子の為にも、私はあの子を私の家族に迎えてやることはできなかった」
ツナの宿す血と、炎。それがあまりにボンゴレに有用であったが為に、九代目はツナを家族として受け入れなかった。受け入れられなかった。
産まれた日にツナが言った事を、再認識させられる。
彼は、自分にはできなかったことを、リボーンに託そうとしている。悟って、リボーンはまっすぐに九代目を見た。
「どうか、あの子を守っておくれ」
「当たり前だぞ。ツナは俺のママンだからな」
「……ありがとう、リボーン」
眉を下げて、九代目は安心した様子でリボーンに笑いかけた。彼はすぐにもとの表情に戻って、先ほどツナが消えたドアを見やる。
「さ、いい加減あちらに行かないと。彼ら相手に放っておけばツナが暴走してしまう」
そちらに向け歩き出した九代目を追いながら、リボーンは先ほどのツナと九代目のやり取りを思い返した。ドアの先には彼女のおじさま、と呼ばれる奴等がいて、九代目の推定するところツナはなにやらヒートアップしているらしい。
そんな事を仕出かすのが何者か、リボーンは知らない。
「…………ツナのおじさまって奴等か。誰だ?」
彼女に親類縁者がいる事はない。疑問を浮かべるリボーンに、九代目は浮かべていた笑顔を苦笑めいたものに変える。
「うちの守護者だよ。たまに保護者代わりに使っていたらツナも乗り気になってね」
「……そりゃあ大層なおじさま達だな」
リボーンも、苦笑を返す以外なかった。
九代目がドアを開けるなり、ツナの声が聞こえる。
「あーもう、ちょっとは黙ってください!」
見れば大のおとな――六人の守護者を相手取り、ツナが声を荒げていた。想像もしなかった光景に、さすがのリボーンも驚く。リボーンと九代目が来た事にも気付かず、彼女はまた叫ぶように言った。
「いい歳した大人に何させるんですか!」
だが、歴戦の勇かはたまた慣れか何か、守護者達は全く動じない。
「いや、成長してないだろう」
「学生時代のまんまじゃないか。老けないな、お前は」
「……だからなんでおじさま達はそんな事しか言わないんですか!!」
「スキンシップだろ?」
軽口を叩いた雷の守護者を、ツナはぎっと睨む。
「ガナッシュおじさま、触ったらセクハラで九代目に言いつけますからね」
「おお、ツナが怖い子に育ったぞ。どうする」
「どやされるか?」
「九代目直々の説教だな」
「怖いですねえ」
口々に守護者達は怖がってみせるが、彼らは皆笑っていて、口調も軽い。その態度が、ツナの怒りの炎に油を注ぐ結果になるのは見えきっていた。
「どこが怖がってる態度ですか!おじさま達のーー」
馬鹿、とツナが守護者に対しあるまじき暴言を吐こうとした瞬間、隻腕の嵐の守護者が彼女の口に何かを放り込んだ。その味に気づいて、ツナは口をつぐむ。
「…………!!」
「食べながらしゃべるのはマナー違反だ、ツナ」
さも当然の主張をしてみせる九代目の右腕に、むぐむぐと口を動かしながらツナは恨みがましい視線を向ける。ごくり、と飲み込んで彼女は叫んだ。
「コヨーテおじさま!」
「ナッツのヌガーはお前の好物だろう?」
「そ、そうですけど……そんなんでオレはほだされませんから!」
「じゃあ、いつもの詰め合わせはいらないのか?」
ローテーブルに無造作に置かれた紙袋を、コヨーテは指し示し言う。
それは何の変哲も無い、茶色の紙袋だった。中に何かが入っているらしく、何となくずっしりとした印象をリボーンは受ける。そして彼が見る限り、その中身をツナは知っているようだった。
守護者達も黙り込んで、ツナの答えを待っている。じっとその紙袋を見つめていたツナは、やがてぼそりと答えた。
「…………いる」
――いるのかよ。
リボーンは内心でツッコんだ。そんな彼の隣では九代目がにこにことその様子を見守っている。守護者達の間にも案の定、という苦笑と安堵の空気が流れた。
その反応からすれば、これは日常風景なのだろう。
「……九代目」
「なんだい、リボーン」
「いつも、ああなのか?」
「大抵はそうだね。意外とツナは意地っ張りだろう?」
マザーの新たな一面を知り、リボーンはツナから目を離さないまま、九代目の問いかけに頷く。視線先でツナは、コヨーテから紙袋を受け取っていた。
「ほら」
「ありがとう、おじさま達」
紙袋をそっと抱きしめ、ツナはぼそりと答えた。その頬がほんのり赤らんでいるのは、騒いだせいだけではないだろう。そんな彼女を見て、六人の守護者は満足そうに笑んだ。




肩にはリボーンを乗せ、腕には紙袋を持ってツナはぼやいた。
「おじさま達、またオレで遊びやがって……」
「最後は見事に懐柔されてたな」
「だって絶対おいしいんだもん」
近付いてみて分かったが、紙袋からは甘い香りが漂う。リボーンはそれを横目で見て、聞いた。
「何が入ってるんだ、それ」
「おじさま達のお菓子だよ。昔から、会う度にくれるんだ」
先ほどコヨーテに食べさせられたヌガーにガナッシュをたっぷり使ったトリュフ、ブラウニーにビスコンティ、シュニッテンとちいさなクロカンブッシュ。それぞれの守護者の名と同じ菓子があると、ツナは説明する。
「最初は早く名前を覚えるように、ってくれて。で、美味しいって言ったらそれからずっと」
始まりがいつからなのか、まだリボーンは知らないけれど。どうやら自分のマザーはボンゴレの家族にはなれずとも、なんだかんだ可愛がられて育ったらしい。
そういう関係もいいけれど、それでも自分はツナの家族でありたいとリボーンは願う。ツナを守りたいと思うのは九代目に託された事でも、彼自身の決意でもあった。
「ねえリボーン、帰ったらおやつにしよう」
「ああ。俺はエスプレッソがいいぞ」
ツナのキッチンに置かれた真新しいエスプレッソマシンを思い出して、リボーンは答えた。



*****
やること山積みでいるちぇろ始動です。
お菓子袋は九代目の守護者達の名が出たときからやろうと思ってたネタ。今回書くために調べましたが、シュニッテンの結論が出ないままだったりします……いやはや、美味しそうな人達です。

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