きせつのもの
「ねえねえスクアーロ」
朝一番。ソファで新聞を読んでいたスクアーロの頭上に陣取って、マーモンは言った。
「プレゼント頂戴。というか、チョコレート買いに行こう」
「……溶けるぞお」
日差しは日に日に強くなって夏に向かいつつあるのに。そういう意味を込めて返事をしても、無論マーモンは折れない。
「クーラーボックスで持ち帰って、すぐ冷蔵庫に入れたらいいでしょ?」
「……どんだけ買う気だぁ?」
新聞から視線を上にやり、スクアーロは呆れた声で問う。にい、と笑ってマーモンは答えた。
「たくさん。僕は強欲だからね」
盛大な溜息を吐いたスクアーロは、しかしマーモンの言葉を否定しなかった。どうせ今日は何もない。ばさりとテーブルに新聞を投げ、立ち上がるとデスクのザンザスに顔を向け、言う。
「ボス、マーモンと買い出ししてくるぜえ。ついでに何かあるかあ?」
「………………」
返事はない。特に思いつかなかったのだろうと考えて、スクアーロは適当に言葉を続けた。
「ま、思い出したらメールか電話しろお」
「ああ」
返事を聞いたスクアーロがマーモンを頭に乗せたまま部屋を出れば、エプロン姿のルッスーリアとばったり出くわす。ふりふりのエプロンを半眼で見ながら、スクアーロはその事実を無視して言った。
「少し出るぜえ」
「あら、スクちゃん任務だったかしら?」
「僕の買い物だよ。スクアーロは財布」
「マーモン!!」
スクアーロの怒声に怯む人間は、残念なことにこの場にはいない。逆にあらあ、とルッスーリアは笑った。
「それはいいわね、楽しんでらっしゃい。あたしはあなた達が帰ってくるまでにケーキを仕上げちゃうわ」
「楽しみだな。ねえスクアーロ」
「チョコレートまみれになりそうだぜえ…」
すでに、ルッスーリアからはほのかに甘いチョコレートの香りが漂う。うんざりしている様子のスクアーロに笑って、ルッスーリアはウインクした。
「だって今日はマーモンのお誕生日だもの」
私服に着替えて街へ出るのは、久しぶりのようにも感じた。目立つから、と頭からスクアーロの腕の中に移動させられたマーモンは大人しく連れられている。黙っていれば、かわいい赤子に見えなくもないだろう。
ただし中身は正反対だ。産まれたときから――その前からこういう性格の、けれど姿だけはかわらない赤子。
「…………そういやあ」
誕生日だからか、そんな事を考えていたからか。ふと、スクアーロの中に疑問がよぎった。
「マーモン、身体はどうもねえのかあ?」
あと数年もしないうちに、スクアーロはマザーとなって二桁になる。つまりはマーモンの身体も、それくらいの期間を経過させている。
術者はその特異性から身体が保たなくなる年数が短いとは、マザーになった時に聞かされていた。そもそもマザーとなる前の――前の母から産まれた時のマーモンを、その体調が崩れていく姿をスクアーロは知っている。
六道骸に言われたこともあった。マーモンの身体がここまで保つのは、はじめてだと。
「不思議な事にね、何ともないんだ。特に力を制限したりはしてないんだけどね」
「……そうかあ」
「もしかして、スクアーロの丈夫さが遺伝したのかも」
は、とスクアーロは笑う。血の一滴すら繋がらない借り腹の関係に、遺伝も何もないだろうに。
「ヴァリアーがそう簡単にくたばってたまるかあ」
「そうだね」
彼女が言えばマーモンも口元をにんまりとゆるめて、笑った。マーモンの小さな指がさすチョコレート専門店に、スクアーロは大人しく入った。
もはや、なるようになれ、だ。
十数分後。大きな紙袋いっぱいにチョコレートを買い占めて、マーモンはほくほく顔で、スクアーロはうんざりとした表情で、店から出た。
「休憩するぜえ……」
「いいけど。僕もおやつ食べたいし」
「……もう食うのか、お前」
露天の物売りからミネラルウォーターを買い、ベンチに座ってスクアーロはそれを煽る。今は口を満たす甘いものを流してしまいたかった。
その隣でマーモンは早速、買ったばかりのチョコレートを口に運びながら、スクアーロをちらりと見る。そうして、言った。
「ねえスクアーロ」
「なんだあ?」
「僕は、君が僕のマザーでよかったと思ってるよ。僕の見立てに間違いはなかった」
「……そうかあ」
スクアーロ自身、マーモンの言葉と全く同じ事を考えていた。あの十ヶ月間を、彼女は大切なものだと、どこかで認識していた。
しかし、それを言ってやれるほど彼女は素直ではない。それに言わずとも、マーモンは気づいているのだろう。
そうでなければ、こんな関係にはならない。わざわざスクアーロに菓子を強請ったり、それをスクアーロが大人しく受け入れたりはしない。
「それでね、スクアーロ」
「ん?」
「僕、妹が欲しいな」
「っ!?」
すんでの所で、口に含んでいたミネラルウォーターを吹き出さずにすんだ。しかし、それは妙なところに入ったらしくスクアーロは俯いてせき込む。
噎せる彼女の背を叩いてやって、マーモンはくすくすと笑った。
「全く、手の掛かるママンだねえ」
*****
はぴばマーモン!!
一日チョコレートまみれだと思われます。ケーキはガトーショコラと、チョコレートのタルト。
朝一番。ソファで新聞を読んでいたスクアーロの頭上に陣取って、マーモンは言った。
「プレゼント頂戴。というか、チョコレート買いに行こう」
「……溶けるぞお」
日差しは日に日に強くなって夏に向かいつつあるのに。そういう意味を込めて返事をしても、無論マーモンは折れない。
「クーラーボックスで持ち帰って、すぐ冷蔵庫に入れたらいいでしょ?」
「……どんだけ買う気だぁ?」
新聞から視線を上にやり、スクアーロは呆れた声で問う。にい、と笑ってマーモンは答えた。
「たくさん。僕は強欲だからね」
盛大な溜息を吐いたスクアーロは、しかしマーモンの言葉を否定しなかった。どうせ今日は何もない。ばさりとテーブルに新聞を投げ、立ち上がるとデスクのザンザスに顔を向け、言う。
「ボス、マーモンと買い出ししてくるぜえ。ついでに何かあるかあ?」
「………………」
返事はない。特に思いつかなかったのだろうと考えて、スクアーロは適当に言葉を続けた。
「ま、思い出したらメールか電話しろお」
「ああ」
返事を聞いたスクアーロがマーモンを頭に乗せたまま部屋を出れば、エプロン姿のルッスーリアとばったり出くわす。ふりふりのエプロンを半眼で見ながら、スクアーロはその事実を無視して言った。
「少し出るぜえ」
「あら、スクちゃん任務だったかしら?」
「僕の買い物だよ。スクアーロは財布」
「マーモン!!」
スクアーロの怒声に怯む人間は、残念なことにこの場にはいない。逆にあらあ、とルッスーリアは笑った。
「それはいいわね、楽しんでらっしゃい。あたしはあなた達が帰ってくるまでにケーキを仕上げちゃうわ」
「楽しみだな。ねえスクアーロ」
「チョコレートまみれになりそうだぜえ…」
すでに、ルッスーリアからはほのかに甘いチョコレートの香りが漂う。うんざりしている様子のスクアーロに笑って、ルッスーリアはウインクした。
「だって今日はマーモンのお誕生日だもの」
私服に着替えて街へ出るのは、久しぶりのようにも感じた。目立つから、と頭からスクアーロの腕の中に移動させられたマーモンは大人しく連れられている。黙っていれば、かわいい赤子に見えなくもないだろう。
ただし中身は正反対だ。産まれたときから――その前からこういう性格の、けれど姿だけはかわらない赤子。
「…………そういやあ」
誕生日だからか、そんな事を考えていたからか。ふと、スクアーロの中に疑問がよぎった。
「マーモン、身体はどうもねえのかあ?」
あと数年もしないうちに、スクアーロはマザーとなって二桁になる。つまりはマーモンの身体も、それくらいの期間を経過させている。
術者はその特異性から身体が保たなくなる年数が短いとは、マザーになった時に聞かされていた。そもそもマザーとなる前の――前の母から産まれた時のマーモンを、その体調が崩れていく姿をスクアーロは知っている。
六道骸に言われたこともあった。マーモンの身体がここまで保つのは、はじめてだと。
「不思議な事にね、何ともないんだ。特に力を制限したりはしてないんだけどね」
「……そうかあ」
「もしかして、スクアーロの丈夫さが遺伝したのかも」
は、とスクアーロは笑う。血の一滴すら繋がらない借り腹の関係に、遺伝も何もないだろうに。
「ヴァリアーがそう簡単にくたばってたまるかあ」
「そうだね」
彼女が言えばマーモンも口元をにんまりとゆるめて、笑った。マーモンの小さな指がさすチョコレート専門店に、スクアーロは大人しく入った。
もはや、なるようになれ、だ。
十数分後。大きな紙袋いっぱいにチョコレートを買い占めて、マーモンはほくほく顔で、スクアーロはうんざりとした表情で、店から出た。
「休憩するぜえ……」
「いいけど。僕もおやつ食べたいし」
「……もう食うのか、お前」
露天の物売りからミネラルウォーターを買い、ベンチに座ってスクアーロはそれを煽る。今は口を満たす甘いものを流してしまいたかった。
その隣でマーモンは早速、買ったばかりのチョコレートを口に運びながら、スクアーロをちらりと見る。そうして、言った。
「ねえスクアーロ」
「なんだあ?」
「僕は、君が僕のマザーでよかったと思ってるよ。僕の見立てに間違いはなかった」
「……そうかあ」
スクアーロ自身、マーモンの言葉と全く同じ事を考えていた。あの十ヶ月間を、彼女は大切なものだと、どこかで認識していた。
しかし、それを言ってやれるほど彼女は素直ではない。それに言わずとも、マーモンは気づいているのだろう。
そうでなければ、こんな関係にはならない。わざわざスクアーロに菓子を強請ったり、それをスクアーロが大人しく受け入れたりはしない。
「それでね、スクアーロ」
「ん?」
「僕、妹が欲しいな」
「っ!?」
すんでの所で、口に含んでいたミネラルウォーターを吹き出さずにすんだ。しかし、それは妙なところに入ったらしくスクアーロは俯いてせき込む。
噎せる彼女の背を叩いてやって、マーモンはくすくすと笑った。
「全く、手の掛かるママンだねえ」
*****
はぴばマーモン!!
一日チョコレートまみれだと思われます。ケーキはガトーショコラと、チョコレートのタルト。