犬と僕の暮らし
綱吉は惚けたように満月を見上げていた。頭は真っ白で、何か考えようとしてそれは絡まって解けない。
ただ、腕の中の子ライオンはあたたかで、だからこそ彼は現実を見失わずにいる。
「なあ、ナッツ」
ぽつり、言葉が静寂に落ちる。名を呼ばれた子ライオンはぱっと顔を上げて、がう、と答えた。それを聞いて、綱吉は僅か震える声で、聞いた。
「お前は、オレがいなくなったら、さびしい?」
「がう!」
返事は、強い肯定。それくらい綱吉にだってわかる。それほどの時間を、一緒に過ごしてきたから。
けれど、それに続く人の声までは予想していなかった。
「俺もさびしいぞ、綱吉」
はっと視線をあげれば、先ほど山本が立っていた場所より遠く、人の影。月の光を浴びて光る金色の髪。いつか見た姿と同じ、黒の外套とピンストライプのスーツ。
「…………ジョット?」
名を呼べば、彼は頷いて綱吉へと歩み寄る。微かな足音が確かに聞こえて、綱吉は幻ではないと思い知る。
「なんで」
「迎えに来たんだ。さあ、帰ろう」
ジョットは笑みをたたえて答えると、綱吉に手を差し出した。眉を下げたままの少年が動けずにいると、彼はしゃがみ込み綱吉の手を取って、立ち上がらせる。片手にナッツを抱え、もう片手にジョットの手を握って、綱吉は小さな声で聞いた。
「なんで、わかったの」
「分かるさ。お前のことだから」
「…………ごめんなさい」
「勝手に家を出たことなら、セコに謝りなさい。あれが一番心配性だから」
「そうじゃ、なくて――」
言いかけて、けれど綱吉は続く言葉が思いつかなくて下を向いた。かつんかつん、ジョットに手を引かれ連れられるがままに石段を下りながら、ぽつりぽつり、綱吉は声を落とす。
「山本、オレのこと化け物じゃないって」
「当然だろう?お前は人間、沢田綱吉だ」
「……けど、」
「なあ、綱吉」
ふと立ち止まって、ジョットは言った。綱吉も立ち止まって、声に耳を澄ませる。まっすぐな、穏やかな声。
「世界はね、白と黒だけで出来てはいないのだよ。沢山の選択があって、沢山の答えがある。許さずとも許されずとも、共に生きる道もある」
「………………」
綱吉は頷くことも否定することも出来ずに、ただ俯いている。するとジョットはするりと綱吉から手を離すと、両手で彼の頬を挟み、綱吉の顔を上げさせた。オレンジ色が優しく、琥珀の瞳を見る。
「誰よりお前が、お前のことを許せないのはよく知っている。だから、殺されたがっていたことも。けどね、俺は、お前が生きていてくれて――あの青年がお前を殺さずにいてくれて、とても嬉しいんだ」
「……嬉しい?」
ぼんやりとした声で、鸚鵡返しに綱吉は言う。ジョットは力強く頷いて、きらきらとした笑顔で答えた。
「ああ。俺の大事な末の家族がいなくならずにいてくれて、本当に嬉しい。な、ナッツ」
「がう!」
頼もしい返事だ。思って、けれどジョットは綱吉に答えは求めない。ただ彼の頬がほんのりと熱を帯びたのを手のひらに感じて、ジョットはそうっと手を離した。綱吉はもう俯かず、彼を見上げている。月光の射す琥珀色が、僅かに潤んでいることは、見ないふりを決め込んだ。
「さあ、遅くなってしまわないうちに帰ろう」
二人はまた手をつないで歩き出す。またかつんかつんと、石段を踏む音が二つ、響く。
やがてその音に、綱吉の声が重なった。
「……ジョット」
「何だい、綱吉」
「ありがとう、迎えに来てくれて」
ぎゅうと、繋ぐ綱吉の手に力が入る。隣をみずとも、可愛い家族がどんな顔をしているのかジョットには想像がつく。ああ、きっとこの子はもう――。
「どういたしまして」
漸く、心の底から安堵して、ジョットは答えた。
ただ、腕の中の子ライオンはあたたかで、だからこそ彼は現実を見失わずにいる。
「なあ、ナッツ」
ぽつり、言葉が静寂に落ちる。名を呼ばれた子ライオンはぱっと顔を上げて、がう、と答えた。それを聞いて、綱吉は僅か震える声で、聞いた。
「お前は、オレがいなくなったら、さびしい?」
「がう!」
返事は、強い肯定。それくらい綱吉にだってわかる。それほどの時間を、一緒に過ごしてきたから。
けれど、それに続く人の声までは予想していなかった。
「俺もさびしいぞ、綱吉」
はっと視線をあげれば、先ほど山本が立っていた場所より遠く、人の影。月の光を浴びて光る金色の髪。いつか見た姿と同じ、黒の外套とピンストライプのスーツ。
「…………ジョット?」
名を呼べば、彼は頷いて綱吉へと歩み寄る。微かな足音が確かに聞こえて、綱吉は幻ではないと思い知る。
「なんで」
「迎えに来たんだ。さあ、帰ろう」
ジョットは笑みをたたえて答えると、綱吉に手を差し出した。眉を下げたままの少年が動けずにいると、彼はしゃがみ込み綱吉の手を取って、立ち上がらせる。片手にナッツを抱え、もう片手にジョットの手を握って、綱吉は小さな声で聞いた。
「なんで、わかったの」
「分かるさ。お前のことだから」
「…………ごめんなさい」
「勝手に家を出たことなら、セコに謝りなさい。あれが一番心配性だから」
「そうじゃ、なくて――」
言いかけて、けれど綱吉は続く言葉が思いつかなくて下を向いた。かつんかつん、ジョットに手を引かれ連れられるがままに石段を下りながら、ぽつりぽつり、綱吉は声を落とす。
「山本、オレのこと化け物じゃないって」
「当然だろう?お前は人間、沢田綱吉だ」
「……けど、」
「なあ、綱吉」
ふと立ち止まって、ジョットは言った。綱吉も立ち止まって、声に耳を澄ませる。まっすぐな、穏やかな声。
「世界はね、白と黒だけで出来てはいないのだよ。沢山の選択があって、沢山の答えがある。許さずとも許されずとも、共に生きる道もある」
「………………」
綱吉は頷くことも否定することも出来ずに、ただ俯いている。するとジョットはするりと綱吉から手を離すと、両手で彼の頬を挟み、綱吉の顔を上げさせた。オレンジ色が優しく、琥珀の瞳を見る。
「誰よりお前が、お前のことを許せないのはよく知っている。だから、殺されたがっていたことも。けどね、俺は、お前が生きていてくれて――あの青年がお前を殺さずにいてくれて、とても嬉しいんだ」
「……嬉しい?」
ぼんやりとした声で、鸚鵡返しに綱吉は言う。ジョットは力強く頷いて、きらきらとした笑顔で答えた。
「ああ。俺の大事な末の家族がいなくならずにいてくれて、本当に嬉しい。な、ナッツ」
「がう!」
頼もしい返事だ。思って、けれどジョットは綱吉に答えは求めない。ただ彼の頬がほんのりと熱を帯びたのを手のひらに感じて、ジョットはそうっと手を離した。綱吉はもう俯かず、彼を見上げている。月光の射す琥珀色が、僅かに潤んでいることは、見ないふりを決め込んだ。
「さあ、遅くなってしまわないうちに帰ろう」
二人はまた手をつないで歩き出す。またかつんかつんと、石段を踏む音が二つ、響く。
やがてその音に、綱吉の声が重なった。
「……ジョット」
「何だい、綱吉」
「ありがとう、迎えに来てくれて」
ぎゅうと、繋ぐ綱吉の手に力が入る。隣をみずとも、可愛い家族がどんな顔をしているのかジョットには想像がつく。ああ、きっとこの子はもう――。
「どういたしまして」
漸く、心の底から安堵して、ジョットは答えた。