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犬と僕の暮らし

 満月が昇ろうとしている夜の手前。綱吉は、困っていた。誰にも見つからず、夜になる前にここを出て行かないとならないのに。それができない。
自分の部屋にこっそりと持ち込んだスニーカーの上にナッツが乗って、動こうとしない。
「ナッツ、こないだのことまだ根に持ってるの?」
 もふもふのオレンジ色をしたたてがみを撫でて機嫌を取ろうとしても、子ライオンは頑なだった。その理由は、綱吉には予想がついている。
 三日前――山本にカードを渡しに行ったあの日。家に置いていかれたことを、ナッツは怒っているらしい。
「がう」
 ナッツの返事に、綱吉はがくりと肩を落とした。予想通りだ。もちろんそれは予想していて、懐柔しようと対策していたのに、どうして今日のナッツはこんなに強情なんだろう。彼は思いながら、今度は子ライオンの背を撫でて頼み込む。
「ちゃんとお土産にジャーキー買っただろ? また買ってくるからさ、お願い」
「がうがう!」
 嫌だと。きっぱり返答されて、綱吉は深い溜息を吐く。
 おかしいなあ、いつもはこれで騙されてくれるのに。内心で呟いて、ふいと綱吉は思いつきを聞いた。
「もしかして、ジョットに何か言われた?」
 けれど、ナッツは答えない。くりくりとしたオレンジの瞳をぷいとそらして、不機嫌そうに尾でたしんたしんと床を叩く。
 答えの判断がつかない綱吉は考え込んで、やがて諦めた。
 この調子だとナッツとの会話はずっと平行線、けれどそろそろ家を出る時間だ。今日ばかりは、遅刻なんて出来やしない。
「……ナッツ、頼むから、大人しくしてるんだぞ」
「がう!」
 ぴん、と尾が伸びてナッツはうれしそうに綱吉の胸に飛び込む。ぐるぐる鳴く喉を一度撫でて、綱吉はしい、っと人差し指を唇に当てた。察したらしいナッツは大人しくなり、綱吉は音を立てないようにベランダに出る。靴を履いて、外へ出て、振り向かずに走る。
 しばらく走って、立ち止まれば約束の神社も近い。だんだんと遅くなる足はその石段の前で止まり。彼はぽつりと、傍らの子ライオンに言った。
「本当はな、ナッツ。オレはお前を巻き込みたくないんだ。できたら今すぐうちに帰したい。……だってお前は関係ないし」
「……がう?」
「オレ一人で、十分だ」
 子ライオンを見下ろす琥珀色は、不思議と暗い。いつもの柔らかな色とは、どこか違う悲しげな光。
「ごめんな」
 呟くように謝罪して、綱吉はナッツをぎゅうと抱きしめた。腕の中、子ライオンはどうしようもないくらいに暖かだった。だから、綱吉は決意する。
「――お前だけは、絶対に守るから」
 小さな誓いを、ナッツは不安そうに見上げていた。

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