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犬と僕の暮らし

 昼過ぎ。早くも夕飯の思案を始めた山本に声を掛けたのは、草壁だった。
「今日はお暇ですか?」
「ああ、そうだけど。何かあるのな?」
 こくり。静かに草壁は頷き、紙袋を一つ、食卓の上に載せた。重量感のあるそれをのぞき込めば、大量の紙束が詰め込まれている。
「これを、アラウディの所へ届けてくださいませんか。私は他の用事があって」
「いいけど……俺でいいのな?」
「ええ。アラウディの仕事関係ですので、信用のおける方にお任せしようと」
 信用されているのは素直に嬉しい。けれど、山本が引っかかったのは、それを受け取るアラウディの方だった。
 彼が何者なのか。未だにその片鱗すら、山本は掴めていない。
「…………あの人、何してんの?」
「まあ、何でも屋とでも言いますか。情報屋にも等しいでしょうね。気まぐれですから何でも引き受けるという訳ではありませんが、腕は確かです」
「……情報屋」
 山本には、知りたいことがあった。確信を持ちたい事実があった。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないのな」
 フルフルと首を振って山本は紙袋を持ち上げた。

*****

「大所帯だね」
 山本を見て、アラウディは笑った。山本の隣に次郎、肩にロールと小次郎。動物たちに囲まれて、山本は苦笑して答える。
「雲雀んちに誰もいなくなっちまうから、皆連れてきちまった」
「黄色いのは?」
「あいつは気紛れだから、多分、雲雀についてったのな」
「そう」
 自分で聞いておいてどうでもいいのか。アラウディの返事は素っ気なかった。
「それで、何の用?」
「哲さんからお届け物なのな」
 草壁から預かった紙袋を手渡す。ふうん、早かったね。呟くと幾つか紙を取り出して紙束をめくる。しかしアラウディはすぐに顔を上げた。
「それだけ?」
 試すような薄青の視線と、問いかけ。山本は押し黙ってアラウディを見た。彼は、おそらく。山本がここにきた本当の目的に気づいているのだろう。相変わらずただ者ではないと、感心しかできない。
「アンタ、情報屋なんだろ」
 山本が言えば、アラウディは曖昧な表情で否定の仕草を見せた。首を横にゆるく振って、彼は答える。
「違う。けどまあそれでいいよ。便利屋とか言われるよりましだ」
「……調べてほしいことがあるんだ」
 断られるかもしれない。それでもいいと、山本は思った。暗く淀む記憶を閉じこめたパンドラの箱が開きかかっているのは自覚している。真実を求める反面、それが完全に開くのを、彼は恐れてもいた。
「話してごらん」
 静かに促されて。山本は、言葉を選んだ。いつもより重い語り口で、喋りだす。
「俺の親父は、十年以上前に死んだ。殺された。……その犯人が、あいつ……デーチモなのか、確かめたい」
「父親の名は?」
「山本剛」
 やまもとつよし、アラウディは鸚鵡返しに名を口に出す。袋から出した紙束をデスクに積み重ね、彼はまた山本に聞いた。
「どうして君はあの子が犯人だと思ってるの?」
「親父が殺された日、すれ違ったんだ」
「…………どういうことだい」
 アラウディの反応が変わった。青い目が見開かれて、微か息を呑む音が聞こえる。今まで誰にも、師の朝利雨月にすら話したことのない事実を、山本は固い声で答える。
「あの日、師匠がうちにくることになってて、けど俺はその前に用事があって出かけたんだ。その時、デーチモみたいな奴と……この間、神社で会った時あいつと同じ目をしたガキとすれ違った」
「なるほどね」
「帰った時には、親父はもう……」
「だから君は彼を疑っている、と」
 山本は一度、頷く。アラウディはそれを見て、すうと瞳を閉じた。そうして、思考を巡らせているらしくぴくりとも動かない。返事を待つ空白の数秒が、山本にはとても長く、感じられた。
「いいよ、調べてあげる」
 ようやく、出された回答に。山本は驚きの声を上げた。
「マジか⁉」
「嘘は言わない。恭弥が世話になっているし、――どうせ調べることだったから」
「…………?」
「君は気にしなくていい」
 それ以上の問いかけはさせてくれず、ふつりと話が途切れる。それじゃあ、と山本は一礼して部屋を出ようとした。
「ねえ、山本武」
 ふと、アラウディは山本の名を呼んだ。ドアから一歩出た山本が振り返れば、アラウディはまっすぐに彼を見ていた。窓から差し込む光に、金糸の髪が透ける。
「知ってるかい?」
「……何をっすか」
「どうして、あの子が『化け物』と呼ばれるか。――誰が最初にそう呼んだのか。君は知ってるかい?」
「え?」
 唐突な問いだった。あの子とは、考えるまでもない。山本が化け物と呼ぶのは、デーチモただ一人。
 そういえば、アラウディは一度も彼を化け物と、デーチモとさえも呼んだことがなかった。
 答えられず、問いの意味すら理解していない山本に、アラウディは言葉を続ける。
「分からないなら、宿題だよ。次――君の依頼に回答が出るまでに、考えておいで」
「………………何でなのな?」
 ようやく山本の口からこぼれた問いかけに、アラウディは首を横に振る。
「それも考えたら? ああ、ヒントだけあげよう。初めに呼んだのはね、君が化け物と呼ぶ彼を、誰よりも嫌っている人間だ」
「それって――」
 俺じゃないのか、そう言おうとした山本を遮って、アラウディは淡く笑った。
「君より、ずっと」
 それはどこか、悲しげな笑顔だった。


*****


 デーチモたる沢田綱吉と、山本武に殆ど同じ依頼を受けたアラウディはいくつかの調査の後、とある場所へ向かった。連絡もせずにやってきた客人に、庭の草木に水をやっていた朝利雨月はおやおや、と驚き――しかし笑顔で、彼に声をかけた。
「こんにちは、アラウディ。どうしたでござるか?」
「やあ。暇かい」
「今日は稽古も何もないでござるよ。ああ、立ち話には眩しいでござるな。お茶をいれよう。アラウディも上がって」
「うん」
 頷いて、アラウディは雨月のしゃんと伸びる背を追った。
 風の通る縁側に通され、アラウディは出された茶を片手に早速、隣に正座する雨月に聞く。
「君に聞きたいことがあるんだけど」
「何でござるか?」
「山本剛の死んだ日について」
 単刀直入な言葉に、きょとんとしていた雨月の瞳が一瞬で真剣なものになった。しかし彼は黒い瞳を訝しげに向け、アラウディの真意を測ろうとする。
「アラウディ?」
 その疑問を持った呼びかけに答えず、アラウディはまっすぐな言葉を続ける。それはまた、ズシリと重いものだった。
「第一発見者は、君だろう?」
「…………どうして、そんなことを」
「彼を殺した人間が誰か、突き止めたい」
 薄青の瞳が雨月をじっと見つめる。柱時計がかちこちと秒針を動かす音がやけに大きく聞こえ、それが半分ほど回ってようやく、雨月は動いた。ひとつ、大きく息を吐いて。彼は沈んだ声で答えた。
「……私が、看取ったでござる」
「まだ生きていた?」
「そう、私が店に着いたときはまだ息があった。けれど致命傷には違いない、それと大事にはしたくないと言われたでござる」
 思い出すのが辛いのか、雨月の両手は膝の上でぎゅうと握りしめられる。たいせつな友人を悲しませている。ちくりと心を痛ませながらも、アラウディは問いかけを続ける。ひとつ、気になる言葉があった。
「…………事件にしたくない?」
「ええ。……だから、あの方が殺されたと知るものは少ない。おそらく私と武と、いるとしたら殺した当人くらいでござろう」
 確かに、山本剛は病死という触れ込みで周りには伝わっていた。昔山本武が住んでいた辺りの住人にそれとなく聞いて、アラウディは彼は突然心臓発作を起こして亡くなったのだと、教えられていた。
「犯人に心当たりは?」
「ござらん」
 固い声で雨月は言う。怨みを買うような人ではなかったと。そこは、聞いた話と同じだった。――それでも、何処かで誰かに怨まれたのだろうと、予感していた。
「だろうね。……ねえ、聞いてくれるかい」
「アラウディ?」
「いつもは話さないんだけどね」
 そう、前置きをして。アラウディは今回の調査の理由を、語りだした。いつもは機密だからと絶対に誰にも話さないのを知って、雨月は黙って彼の話に耳を傾ける。
「この件を僕に依頼したのは二人いてね。一人は、被害者の息子、つまりは山本武。そしてもう一人が――自称、加害者だ」
「…………⁉」
 はっと、雨月は目を見開いてアラウディを見た。分かってる、頷いて、アラウディは言葉を続ける。
「どちらも証拠は持っていない。けれど、山本武は自称加害者を犯人扱いして、自称加害者も自分が殺したのだろうと、言っている」
「その、自称加害者……とは」
 震える声に、アラウディの凛とした声が返った。
「沢田綱吉だよ。正しくは、『当時のあの子』だね」
「…………」
「山本武が、彼のような橙色の目をした子供とすれ違ったらしい。君は見たかい?」
「いや……見ていないでござる。……ただ、一つ思い出したことが」
「なに?」
 情報を、アラウディは欲しがる。しかし関係ないことかもしれないと前おいて、雨月はぽつぽつと言った。
「剛殿が、言っておられたのでござる。かわいそうな子だ、と。てっきり武のことだと思っていたが……もしかすれば、そのことを…」
 子供の好きな方であったから。そう、寂しげに言う雨月にアラウディはそうかい、と相槌を打つ。未だ堅く握られた雨月の手をさすってやれば、雨月は間近に寄ったアラウディに、首を傾げて問うた。
「アラウディは、どう思っているのでござるか」
「何が?」
「あの子が、犯人だと」
「……八割がた、という所かな。当時の資料はあいつが焼いてしまっただろうけれど、探せばまだ残っているだろうね」
 ほぼ、確実に。あの子供が山本剛を殺したのだろうと、アラウディは考えていた。足りないのは、確実な証拠だけだった。
 それさえ見つかったら。見つけてしまったら、残りの二割も埋まる。それは、二人の依頼者が欲しがる答えと同じ真実だ。
「…………」
「君は、あの子を憎むかい?」
 曖昧なアラウディの問いかけ。対して、静かに、雨月は首を否定に振った。
「………………あの子は、それを望んだわけではないのでござろう」
 肯定をアラウディは返した。ひとごろしを、アラウディは断罪しようとは思わない。彼はただ、子供を哀れんだ。あれは、おそらく、使われただけだろう。『あの名』で呼ばれて。
「けれど、それを山本武は知らない」
「……そうでござるな」
 答えを教えてしまえば、どうなるか。それも、アラウディには予想がついていた。雨月も同じだろうと、彼は聞いた。
「君は彼を止めるかい?」
「いや。……すべて、武が決めることでござる」
 しかし溜息を吐いて雨月は俯く。何も言わずじっと彼をみるアラウディの耳に、ちいさな言葉が入った。
「私は、武にも綱吉殿にも、雲雀殿にも、しあわせになってほしいでござる」
「…………そうだね」
 まるくなる背を撫でて、アラウディは頷く。
 雨月とアラウディにとって、それらは等しく、大切なこども達だった。


*****


「そこのガキぃ!」
 突然背後から投げつけられるざらついた声に、雲雀は立ち止まった。辺りに人影はなく、気配もなかった。しかし、男の低い声が聞こえ、見やった先には一人の男が立っていた。
 黒い服、銀の長い髪。目立つのに気配に気付けなかった。おかしい、思う雲雀に男は言う。
「てめえだろう、あいつと繋がってるのは」
「何のこと」
 覚えはない。目の前の男にだって見覚えはない。アラウディの仕事絡みで恨みでも買った奴かと思ったが、彼はそうヘマをする男でもなかった。
「山本武、知ってるな?」
 ぴく、と反応してしまった自分に、雲雀は内心後悔する。まさか、その名を出されるとは微塵も思っていなかった。
「…………あれが、どうしたの」
 答えれば、男はにやりと笑った。左手をポケットに入れ、雲雀をじっと見下ろして言う。
「情報は間違いじゃなかったかあ。だが、どうしてこんなガキに……」
「拾ったんだよ」
「……゛うおおい、そいつ、詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」
 一歩、男が雲雀に近づいた瞬間だった。
「何してんの」
 新たな声に、男は止まる。雲雀と男は同時にそちらを向いた。また気づかなかった。けれどその声を、雲雀は知っている。ツンツンした茶の髪と、琥珀の瞳の少年。
「……デーチモぉ?」
 男も、声の主の名を呼ぶ。どうやら知っているようだった。すたすたと二人の方に歩み寄るデーチモは、かばうよう雲雀の前に立って男と対峙する。銀色を見上げて、彼は首を傾げた。
「誘拐でも始めたのスクアーロ? ヴァリアーにしては珍しい仕事と思うけど」
「ちげえぇ‼」
 吠えて、スクアーロと呼ばれた男は雲雀を指して言った。
「こいつが、あのバカと繋がってるんだろう?」
「…………バカ?」
「山本武のことだよ」
 首をまた傾げて呟くデーチモを雲雀がフォローしてやれば、彼はああと納得した様子でいる。緊張感の足りないデーチモはそういや知り合いだったねえ、と腕の子ライオンに話しかけている。
「あいつがこのガキの所に転がり込んでんのは調べがついてるんだぜえ。なにが目的か、知らねえけどなあ」
「僕も知らないよ」
「しかも連絡つかねえし仕事してる様子もねえ。くたばったかと思ったが、そうじゃねえらしいなあ」
「携帯は壊れてたみたいだね」
 雲雀は適当に言葉を挟み、スクアーロは眉間に皺を寄せて雲雀を見る。
「最近飢えてんだぁ。このガキ叩っ斬ったら、嫌でもあいつは出てくるだろう?」
「どうだろうね」
 雲雀は、それを肯定しなかった。しかし、もしそうなったら。山本は、来てしまうのだろうとも内心で思っている。
「……物騒」
 それまで黙って静観していたデーチモはスクアーロの言葉を一言で片づけた。彼は呆れの宿る瞳でじとっとスクアーロを見て、ふと言う。
「なに、スクアーロ。もしかして山本のこと心配してたの?」
「゛うるせえええ‼」
 どうやら図星だったようだ。叫んだスクアーロはふと冷笑すると、刹那彼の手には短刀が握られている。次の瞬間それが風を斬った。
「やるなら、てめえでもいいなあ、デーチモ?」
 標的にされたのはデーチモだった。がう! と腕の子ライオンが唸る。鋭い刃先で頬の端を斬られたデーチモは、しかし僅かに怯むことなくスクアーロを睨んだ。
「こんな所で騒動を起こすのは、メリットがないと思うんだけどな」
「どうでもいいぜえ、んなこと。てめえの首を土産に持ち帰ればチャラだあ」
「……そう簡単にやられるつもりはないけど。どっちにしても、お断りだな」
 ふるふる首を振って、デーチモはポケットから携帯電話を取り出した。カチカチと何か操作をして、それを男の視線に持ち上げる。
「これ以上騒ぐつもりなら、ティモッテオ呼ぶよ」
「゛うおぉい‼」
 人名に、スクアーロは目に見えて動揺した。デーチモは追い打ちを掛けるよう、言葉を続ける。
「あの人、後方支援担当だから大体うちにいる。だからすぐに来てくれると思うよ。それに、お前やあいつにも会いたがってたし」
「こっちは会いたくねえぞぉ……」
「じゃあ退いて」
 舌打ちして、スクアーロは短刀を収めた。デーチモも携帯をポケットに戻すと、まだ唸り声を上げる子ライオンを宥めるように撫でて苦笑する。スクアーロは苦々しい視線でデーチモを居抜き、言った。
「運が良かったなあ、デーチモ」
「お互いにね」
「小僧、山本に伝えとけ。次会ったとき腕が鈍ってたら、三枚に下ろしてやる、となあ!」
「三枚って……」
 あれ、魚だったの?雲雀のつぶやきは誰にも答えられず、スクアーロは黒衣と銀髪を風に翻らせて去った。
 残ったデーチモも、ふうと溜息を吐いて雲雀を見る。そうして、ふと笑った。
「災難でしたね、お互い」
「あれ、なに?」
「オレの同業者、ってことにしておいてください。山本にも……まあ、そんなに仲悪い様子じゃなかったから教えてもいいんじゃないかな。じゃあ、オレ行きますね」
 言い去ろうとしたデーチモの手を、雲雀は掴んだ。
「……雲雀さん?」
「頬、」
 流れた血は途中で固まってしまっている。デーチモも平気です、と笑顔を濃くした。
「これくらいかすり傷ですよ」
 だが、雲雀が気にしているのは、そこではない。ぐい、と強くデーチモの手を引いて雲雀は言う。
「借りを作るのは嫌いなんだ」
 礼を言うつもりはなかった。けれど、間違いなく助けられたのだろうと、理解もしていた。彼が来なかったら。自分は。
(あれに勝てるほど、僕は強くない)
 きり、と見上げればデーチモは僅かに瞠目する。
 銀髪の男に勝てない、しかし今のデーチモになら、勝てる。思って雲雀は強気に出た。
「君が嫌と言っても引きずっていくからね」
「……分かりました」
 眉を下げ、諦めたように苦笑して、デーチモは頷いた。


*****


 夕飯の買い出しから戻った山本は、居間をのぞき込んで絶句した。茶とおやつを引っ張りだしてくつろいでいる雲雀。そこまでは、日常だ。
 けれどその隣で、緊張した様子で座っているデーチモは、明らかに異常だった。
「やあ、早かったね」
 雲雀はいつもと全く変わらない様子で山本に声を掛ける。デーチモはというと、眉を大きく下げて、山本に曖昧に会釈をした。
「お、おじゃましてます……」
「…………何でなのな?」
 雲雀が、デーチモに対して警戒が薄いことは感づいていた。しかし、どうしてわざわざ家まで連れ込むのか。しかもデーチモは大人しくついてきたのか。
 混乱する山本に、雲雀は菓子の包装紙を剥きながら、言葉を投げる。
「変なのに絡まれてたら彼が通りかかったんだ。それで、追い払ってもらった」
「……変なの?」
「黒くて銀髪の……」
 それに思い当たる節はある。まさかと山本は驚いてその名を口にした。
「スクアーロ⁉」
「知り合いなの?」
「まあ、知らない奴じゃねえけど……何であいつ…」
 態々日本に来るような仕事でもあったのか。疑問を、はっとして飲み込む。雲雀に聞かせるような話ではないと彼はぎりぎりで気付く。
「連絡が通じないって言ってたけど。君、携帯壊してたでしょう」
 それじゃないの。雲雀に言われて、山本はすこし納得した。そういえば最近、彼とも全く連絡を取っていない。好敵手、と以前言われた関係がそのままなら、スクアーロは自分を放っておかないだろう。
 向こうは根っからの戦闘狂だ。
「で、そっからどうしてこいつが?」
 疑問を解決させた山本は、次に少年を睨んで言う。すると、当のデーチモが子ライオンをぎゅうと抱きしめて、しどろもどろに答えた。
「あ、オレ……あの、スクアーロが物騒なことしたら危ないかなあ、って首突っ込んじゃって。ティモッテオの名前出したら退くって分かってたし」
 デーチモが口にする名は、山本は聞いたことがない。彼の知人か何かだろうとは思っても、それさえ疑わしいと思ってしまう。雲雀はちら、とデーチモを見て、その後を続けた。
「その時に怪我したから連れてきた」
「かすり傷だし平気って言ったんですけど……」
 よくよくデーチモを見れば、頬に絆創膏が貼ってある。確かに、彼にとってはかすり傷だろう。
 しかし。化け物と呼ぶ危険な人間を連れ込むのは、山本にはどうしても解せなかった。
「…………雲雀」
 思わず低くなった声に、雲雀は動じなかった。ごく、と茶を飲んで彼は黒の瞳をまっすぐに、答える。
「聞かないよ。ここは僕の家だ」
 逆にデーチモはそんな雲雀を見てあわあわとして、山本を困った様子でちら、と見上げた。全く、山本の知るデーチモの――化け物の面影はない。
「ひ、雲雀さん! オレ帰りますね、あんまり遅くなるといけないし‼」
 ばたばたと立ち上がってデーチモは言う。雲雀はうん、と一つ頷いて動かない。山本はといえば、走り去る勢いで居間を出たデーチモを追った。
「なあ」
 呼べば。玄関先、踵を潰しかけのスニーカーを履いたデーチモはくるりと振り返る。
「何?」
「……何もしてねえよな?」
 こくんと、デーチモは頷いた。そうして、山本をじっと見上げると、不意にこんなことを言う。
「雲雀さん、君のこと、心配して……それと、その……もっと、知りたがってる」
 最初、山本はその意味が分からなかった。よく言葉を噛んで飲み込んで、首を傾げる。
「……俺を?」
 ちっとも気付かなかった。心の中で思いながら問えば、デーチモはまた頷く。
「オレは何も言ってないよ。……アラウディさんから、雲雀さんはまだこっちじゃないって言われてるし」
「…………」
 アラウディ。その名にふと、山本は彼から貰った宿題を思い出した。
 そうして、ひらめく。
 直接、聞くという手があった。恐らくは、今しか聞けないだろう。ここを逃してしまったら、次は無い。デーチモが山本の近辺に自ら来ることは無い。
「なあ、お前……どうして化け物って――」
「オレは化け物だよ。だから、雲雀さんにも気をつけるように言って」
 問いを遮って、デーチモは山本に淡く微笑み掛ける。笑顔と、自分をそれだと言い切った単語が一致しない。
「じゃあ、お邪魔しました。ごめんなさい、驚かせて」
 ぺこり、頭を下げてデーチモはぱたぱたと走り去る。その姿は、山本には逃げる子供のように、映ってしまった。

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