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犬と僕の暮らし

「こんにちはアラウディさん。これ、おみやげです」
 呼んでもいないのにやってきた綱吉は、アラウディに挨拶するなり瓶をひとつ、彼に手渡した。とろりとした金色で満ちた瓶。ラベルには色とりどりの花が描かれている。
「はちみつ?」
「百花蜜です。こないだのお詫びに姫がくれました。いくつかもらったからアラウディさんにもお裾分け」
 プレゼントにわざわざ百花蜜を選ぶのにも、理由はあるだろう。綱吉の言う姫の顔を思い浮かべ、アラウディは呟いた。
「ミルフィオーリ、ねえ」
 そういう話も、耳には挟んだことはある。石膏と黒百合と、千の花の噂話。それとこの間の一件に深い意味があるのか。
 問う前に、綱吉は顔の前で手を振って否定した。
「あー、そういやそうですけど。姫のお詫びって言うのはアルコバレーノとしてだって」
 アルコバレーノ。それは、虹の名を宿した呪いと、それによって繋がった連中。アラウディも知っている人間が属していることもあって、知らない訳ではない。大体、彼等からアラウディは綱吉の異変について連絡を受けたのだ。ちゃんと依頼料も受け取っている。
 それでもわざわざ詫びを寄越した理由のほうは、考えずとも一つしかなかった。
「やっぱり、……この間のはあれらだった?」
 綱吉は肯定して、深い溜息を吐いた。半眼になった少年はぶつぶつ言いながらアラウディの出した紅茶に砂糖を落とし、くるくるとかき回す。
「ヴェルデが開発した特殊弾の試作品だって。……ホントあいつら、次会ったらただじゃおかないんだから」
「君もつくづく面倒な連中に好かれるね」
 アラウディとしては、苦笑するしかない。綱吉――ボンゴレのデーチモとアルコバレーノの仲は、良いものではないが山本武のように険悪でもない。どうも、アルコバレーノたちにとって綱吉は格好の遊び相手らしく、ちょっかいを出しては反撃を食らっている。
 そうだ。ちょうどいいと、アラウディは綱吉に気になっていたことを問うことにした。
「そういえば、この間の件でいくつか確認しておきたいことがある。いい?」
「覚えてる限りなら」
「まず、あのナイフは?君のじゃないだろう」
 山本相手に立ち回ったときに使っていた幅広のコンバットナイフ。アラウディはそれに見覚えはなかった。第一、綱吉はそういう類のものを持ち歩くことはしない。
 綱吉は乾いた笑いを浮かべ、答えた。
「あー。コロネロのを持ってったみたいです。オレは覚えてないけど」
「…………」
 名に覚えはある。アルコバレーノの一人で、青を司る少年だ。だがアルコバレーノがデーチモたる綱吉にホイホイ物を貸すわけがない。綱吉だってそういうことを彼らに、頼みすらしないだろう。理性が飛んで暴走していたことを踏まえて推測すると。
 ――奪った、か。
「……ちゃんと返しましたよ」
 じっと送られるアラウディの視線に言いたいことを読みとったのか、綱吉はしょぼんと眉を下げて言い訳がましい返事をよこす。
「もう使い物にならないだろうに」
「らしいですね。ボロボロにしちゃったみたいです」
「あの刀相手でよく折れなかったものだ」
「へえー。……丈夫だったんですねえ」
 自分で使ってそうしたというのに他人事である。確かに使った覚えはないだろうが。弁償沙汰にならなかったのは、ひとえにアルコバレーノが、自分たちが原因だと自覚していたからだろう。それと、姫も一枚噛んでいる。
 アラウディは一つ一つ問いかけ、回答を手にする。
「次。撃たれてから、どこまで覚えてるの?」
 綱吉はうーん、と唸って。首を傾けながら答えた。考えているときの癖だろうか、綱吉の膝の上で子ライオンがもみくちゃに撫でられている。
「すごく、おぼろなんですけど、神社に着くあたりまで……かな?なんか、ここなら誰もいないって思いました」
「意外と保ったね」
 特殊弾は速効性が強い。運が悪ければ撃ったアルコバレーノが襲われていた可能性だってあった。そうならなかったのには、綱吉の意志が関係しているようだ。
「必死でしたから。誰かに会って、それで……殺しちゃったらどうしようって」
 理性と、あの状態では人間を避ける本能もあったのだろうか。あの状態でひたすら遁走をしていたらしい。神社を見つけた安堵感で弱った理性が特殊弾の引き起こした狂気に持って行かれた。簡単にアラウディは顛末を想像する。それが正しいか間違いかは、今更どうでも良かった。
「そもそもあれを呼べばもっと早く…………ああ、あの時は出ていたか」
 思いつきの言葉をいい掛け、アラウディは思い出す。綱吉相手に切り札となり得るたったひとりの人間は、そういえばあの日国外にいた。
「うん、出張だったんだ。だから、アラウディさんがすぐに捕まってくれてよかったです」
「僕を便利屋にするな」
 不機嫌さを隠さないアラウディに綱吉はおびえの色一つ見せずけらけら笑う。
「あんまり変わらないじゃないですか。あ、便利屋ついでにお願いがあるんですけど」
「……何だい?」
 綱吉は急に真剣な顔つきになり、ゆっくりとアラウディに言葉を渡した。
「やまもとつよし、って人のこと……調べてください」
「そいつがどうかしたの?」
「オレが殺した人です」
 すう、とアラウディの瞳が冷たい色を帯びて綱吉を見据えた。
 この少年が、そういう単語を使うのは稀だ。例えデーチモとしての任務であろうと、彼が他人を殺めることは無い。――その様に、ボンゴレの任務は選んで与えられている。
「……断言するね。身に覚えがあるのかい?」
「無いけど……でも、きっとそうなんだ。けど証拠がない。だからそれが本当かどうかを、調べてください」
 調べることは、たやすい。ただアラウディが不審に思ったのは、綱吉がそうする理由だった。自分の罪を求めて、彼は何をしようとしているのか。
「それが事実だとして、君はどうする?」
「罰があるなら、受けます。……それしかオレにはできないから」
「いいのかい?」
「どうして、そんなことを聞くんですか?」
 綱吉はきょとんと、アラウディに聞き返した。伝わっていないのか――そんな訳はないと、アラウディはすぐに考えを改める。
 言外の意味を察せないほど愚かな少年ではない。理解できていないなら、彼はアラウディにそんなことを聞かない。
「君は――それで満足なのかい」
「はい。オレは、もう十分すぎるくらいしあわせになれたから。だから、いいんだ」
 淡く、少年は微笑む。けれど琥珀色の瞳はしっかりとした意志を帯びて、その奥がちらりと橙に光った。


「君は、それでいいかもしれないけど……」
 窓の外、駆けていく少年の小さな背。門扉を過ぎて消えるまで見送り、アラウディはひっそりと呟いた。
「人は繋がっている」
 百花蜜がアルコバレーノの姫から綱吉を辿り、アラウディに渡ったように。伝わるのは、暗い物ばかりではない。甘い物も明るい物も、等しく繋がる。
 陽光に百花蜜の瓶を透かし、アラウディはふと考えた。
 この蜂蜜、どうしたものか。
 甘い物の消費方法を、彼はあまり多く持たない。

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