目の前に並んだ書類を眺め、リボーンは深い溜息を吐いた。それが聞こえたのか、テレビを見ていた綱吉がくるりと振り向いた。
そういえば、今日は一人ではない。軍属夫婦の出張が珍しく重なり、もちろん留守番出来ない綱吉はリボーンのもとに預けられている。明日か明後日かには、両親のどちらかは戻るだろうと、昨晩電話越しにラルが言っていた。
「どうしたの、リボーン」
子供の頬に付いたきなこに、リボーンはまた溜息。ガキは暢気でいいな、と愚痴も理解しない綱吉はこてりと首を傾げる。
「むずかしいおかお」
「大人は大変なんだぞ」
「ふうん」
興味がないのか、素っ気ない返事をして綱吉はフォークに刺したわらびもちを頬張った。
黒蜜ときなこの絡まったもちもちのわらびもちは、綱吉をリボーンのマンションまで送ったバジルが、おやつにどうぞと渡してきたものだった。
店のものかと思いきや、わらびもちは庶民的なタッパーに入っていて。どうやらバジルの手作りらしい。
――もしかすれば、きなこも黒蜜もお手製か。門外顧問は暇なのか。ツッコミはバジルの上司に向けるとして、リボーンはテーブルに肘を突いてもぐもぐ口を動かす綱吉をじっと見て聞く。
「……うまいか、ツナ」
「うん！リボーンも、たべる？」
「一口もらう。黒蜜少ないところでいいぞ」
うん、頷いた綱吉はガラス皿の端にある残り少ないわらびもちをフォークで突く。持ち上げて、白にうっすらきなこの掛かるそれをリボーンに向けた。
「あーん」
「ん。……うまいな」
「でしょー」
何故か誇らしげに答えて、綱吉はにこにこと笑う。何となくそれが小憎たらしく可愛くて、どうしてあの男から――沢田家光からこういう可愛い生き物が生まれたのかと、リボーンは綱吉の実父を思いだして首を傾げたくなる。
あの男の遺伝子は、本当に継いでいるのか謎だ。何せ、綱吉は母親似に育っている。性格はまだ分からないが、どうもラルの影響がありそうでコロネロが少しだけ怯えていた。
ガラス皿がすっかり空になると、リボーンはウェットティッシュを取って綱吉の口元を拭いた。
「口の周りベトベトじゃねえかおまえ」
「んー。くろみつおいしかったの」
「よかったな」
拭われてきれいになった綱吉の頬は、わらびもちに負けず劣らずもちもちしている。つい、リボーンはその両頬に指をあてて、真横に引っ張った。
「うー‼」
「もちもちだな、お前。食ったら旨そうだぞ」
引き寄せて膝に乗せて、リボーンは子供の頬を痛くない程度につついてつまんで楽しむ。ふにふにと弄ばれ、綱吉は短い手足をばたつかせた。
「やあだあ！」
「コロネロにはさせてる癖に」
そうやって父子で遊んでいるのを、リボーンはよく見かけていた。手を離して言えば、綱吉はぷうと頬を膨らませて答える。
「だって、リボーンがすると、くすぐったいもん」
「お前がくすぐったがりだからだぞ。つうか、くすぐったいのはここだろ」
するりと手を下ろし子供のわき腹をくすぐれば、きゃあと綱吉は声を上げる。それはすぐに笑い声に変わって、思わずリボーンも笑った。
「リボーン‼」
「悪かったな。ま、いい運動になったろ。ほら、風呂行くぞ」
不満が綱吉の口からでてくる前に、リボーンは綱吉を抱いて立ち上がる。彼の首元に手を回して抱きついて、綱吉はうん、と頷いて、聞いた。
「あひるさんいる？」
「レオンも入れるから、頼んだら変身してくれるぞ」
「わーい！」
ちら、とリボーンの視界に先ほどの書類が入る。端に印刷された、憎き鉄の仮面。少し考えて、けれどリボーンはそれから離れた。特に情報もないものだ、後で焼いてしまおう。
「……見たくもねえ顔が載ってやがるしな」
「なあに？」
呟きに返事した綱吉の頭をわしわし撫でて、リボーンは笑う。
「お前はかわいいまんまでいろよ」
このまま母親似に育て。出来れば外見も中身も。
「じゃねえと、周りが大変だぞ」
言外の意味を、綱吉は知らない。