ぐんじんかぞく。
イタリアの祖父(と、綱吉は思っている)の屋敷から知らない場所に連れてこられた綱吉は、母親の隣で自分がどうしてここに居るのか、少しだけ考えた。
朝から揃って黒い服を着た大人たちは、さっきから見たことの無い、大きな石の前で何か難しい話をしている。いつも遊んでくれる少年達も居ないらしく、構ってくれる人間もいない。
考えは上空を飛ぶ鳥の鳴き声に霧散してしまう。すっかり退屈してしまっていた綱吉は、母親の許可を貰って散歩に行くことにした。
「遠くへ行くなよ」
そう忠告されたが、滅多に行かない外国の草原は珍しいものばかりで、つい、奥へと進んでしまう。
きょろきょろと辺りを見回す綱吉の耳に、声が飛び込んできた。
「あら、つっくん」
ふわりとした、優しげな声。綱吉は足を止め、振り返った。
――そこにはいつの間に、一人の女性が立っていた。
誰からも呼ばれたことの無い愛称。綱吉は女性に近付きながら問いかける。
「おねーさん、つっくんっておれのこと?」
すると、女性――お姉さんは笑顔で頷いた。
「そうよ。お名前、さわだつなよしくん、でしょう?」
「うん!」
「どうやって、ここまできたの?」
問われ、あっちから、と綱吉は来た方向を指差した。小首をかしげて、お姉さんはあっち?と聞き返す。
「おかーさんとじーさまたちがね、あっちにいるの」
そう綱吉が答えると、彼女はようやく納得した様子でまた頷く。
「おねーさんは?」
「ずうっと遠くからよ。ちょっとだけ、こっちにいるの。どうしようかな、って思ってたんだけど……私はラッキーね」
「どうして?」
「だって、つっくんが来てくれたんだもの」
「……おれ?なんで?」
「なんででしょうね」
質問ばかりの綱吉に、お姉さんははっきりとした答えを返さず、にこにことしてばかりいる。
ふと、お姉さんは綱吉の頭を撫で、ふにふにの頬に手を添えて何かを呟く。そのてのひらは、氷のように冷え切っていた。
冷たいてのひらに、自分のてのひらを重ね、綱吉は不思議そうに尋ねる。
「おねーさん、てがつめたいね。さむいの?」
「寒くないわ。でも……そうね、つっくんと比べたら、冷たいわね」
「おれがあっためてあげる!」
言ってぎゅう、とお姉さんの両手を自分の掌で包んだ綱吉に、嬉しそうな声が掛かる。
「……ありがとう、つっくん。でも、時間みたい」
する、と手が離れる。瞬間強い風が吹いて綱吉はぎゅうと目を閉じた。
「……おねー、さん?」
目を開いたとき、そこにはもうお姉さんはいなかった。
音も、気配も前触れも無く、彼女は消えてしまった。
まるで、初めからそこには誰も居なかったかのように。
「…………っ」
急に、綱吉は悲しみでいっぱいになった。同時に怖くなった。
振り返り、彼は一目散に走り出す。早く、誰よりも安堵をくれるひとのところへ。
問わずとも場所は分かった。
導く声は自分の中から聞こえた。
「おかーさんっ!!」
茂みを掻き分け駆けてきた綱吉が、黒いスーツ姿のラルの足に、飛びつく。
「どうした、綱吉?」
「おかーさ……っ、おれ……」
見上げてくる琥珀色の瞳は今にも決壊しそうなほど潤んでいた。散歩と言って出て行く前までは、にこにこと機嫌良くしていたのに、この変わり様は何が起こったのか。
息子の様子を不審に思い、ラルは綱吉を抱き上げた。
「どうした?」
そう聞いた、途端、
「………っ、うわあああん!!」
大粒の涙を零しながら、綱吉はわんわんと泣き出してしまった。
事情が全く分からないラルは、困り果てて綱吉の頭を撫でる。
「どうした、綱吉」
もう一度聞くと、えぐえぐとしゃくりあげながら、途切れ途切れの答えが帰ってくる。
「おねーさんが……っ、いなくなっちゃ、た」
「おねえさん?」
「……うん」
「散歩の間に、誰かに会ったのか」
こくこく、綱吉は頷いて答える。
「おれのことっ、つっくんて……おはなし、したのに、いなくなっちゃったの」
「……つっくん…お前の事をそう呼んだのか?」
また頷いた綱吉にラルは苦しげな表情を浮かべ、そしてぽつりと、言った。
「今日は、もういないひとに祈る日なんだ」
「いないひと?」
綱吉は涙を浮かべた瞳をぱちぱち瞬かせる。零れ落ちたしずくをハンカチで拭ってやりながら、ラルは問いを肯定した。
「そうだ。遠くへいった人に、祈る日。帰ってくる日でもあったかもしれないな」
(おねえさんは、とおくからきたっていってた)
ぼんやりと綱吉は思う。あの優しい笑顔の人は、もう、いないひとなのかもしれない。
それを考えるとどうしてか、綱吉はまた悲しくなった。
「――そうだ、お前も祈ってくれないか?そのほうが、あの人も喜ぶだろう」
「……うん」
ラルに渡された紅い花を一輪、綱吉は花で飾られた白い石に手向ける。
遠くで、お姉さんの声が聞こえた気がした。
*****
紅い花は個人的にガーベラ。趣味といいます。名曲です。
調べたところじゃ菊とか供えるらしいですね。
朝から揃って黒い服を着た大人たちは、さっきから見たことの無い、大きな石の前で何か難しい話をしている。いつも遊んでくれる少年達も居ないらしく、構ってくれる人間もいない。
考えは上空を飛ぶ鳥の鳴き声に霧散してしまう。すっかり退屈してしまっていた綱吉は、母親の許可を貰って散歩に行くことにした。
「遠くへ行くなよ」
そう忠告されたが、滅多に行かない外国の草原は珍しいものばかりで、つい、奥へと進んでしまう。
きょろきょろと辺りを見回す綱吉の耳に、声が飛び込んできた。
「あら、つっくん」
ふわりとした、優しげな声。綱吉は足を止め、振り返った。
――そこにはいつの間に、一人の女性が立っていた。
誰からも呼ばれたことの無い愛称。綱吉は女性に近付きながら問いかける。
「おねーさん、つっくんっておれのこと?」
すると、女性――お姉さんは笑顔で頷いた。
「そうよ。お名前、さわだつなよしくん、でしょう?」
「うん!」
「どうやって、ここまできたの?」
問われ、あっちから、と綱吉は来た方向を指差した。小首をかしげて、お姉さんはあっち?と聞き返す。
「おかーさんとじーさまたちがね、あっちにいるの」
そう綱吉が答えると、彼女はようやく納得した様子でまた頷く。
「おねーさんは?」
「ずうっと遠くからよ。ちょっとだけ、こっちにいるの。どうしようかな、って思ってたんだけど……私はラッキーね」
「どうして?」
「だって、つっくんが来てくれたんだもの」
「……おれ?なんで?」
「なんででしょうね」
質問ばかりの綱吉に、お姉さんははっきりとした答えを返さず、にこにことしてばかりいる。
ふと、お姉さんは綱吉の頭を撫で、ふにふにの頬に手を添えて何かを呟く。そのてのひらは、氷のように冷え切っていた。
冷たいてのひらに、自分のてのひらを重ね、綱吉は不思議そうに尋ねる。
「おねーさん、てがつめたいね。さむいの?」
「寒くないわ。でも……そうね、つっくんと比べたら、冷たいわね」
「おれがあっためてあげる!」
言ってぎゅう、とお姉さんの両手を自分の掌で包んだ綱吉に、嬉しそうな声が掛かる。
「……ありがとう、つっくん。でも、時間みたい」
する、と手が離れる。瞬間強い風が吹いて綱吉はぎゅうと目を閉じた。
「……おねー、さん?」
目を開いたとき、そこにはもうお姉さんはいなかった。
音も、気配も前触れも無く、彼女は消えてしまった。
まるで、初めからそこには誰も居なかったかのように。
「…………っ」
急に、綱吉は悲しみでいっぱいになった。同時に怖くなった。
振り返り、彼は一目散に走り出す。早く、誰よりも安堵をくれるひとのところへ。
問わずとも場所は分かった。
導く声は自分の中から聞こえた。
「おかーさんっ!!」
茂みを掻き分け駆けてきた綱吉が、黒いスーツ姿のラルの足に、飛びつく。
「どうした、綱吉?」
「おかーさ……っ、おれ……」
見上げてくる琥珀色の瞳は今にも決壊しそうなほど潤んでいた。散歩と言って出て行く前までは、にこにこと機嫌良くしていたのに、この変わり様は何が起こったのか。
息子の様子を不審に思い、ラルは綱吉を抱き上げた。
「どうした?」
そう聞いた、途端、
「………っ、うわあああん!!」
大粒の涙を零しながら、綱吉はわんわんと泣き出してしまった。
事情が全く分からないラルは、困り果てて綱吉の頭を撫でる。
「どうした、綱吉」
もう一度聞くと、えぐえぐとしゃくりあげながら、途切れ途切れの答えが帰ってくる。
「おねーさんが……っ、いなくなっちゃ、た」
「おねえさん?」
「……うん」
「散歩の間に、誰かに会ったのか」
こくこく、綱吉は頷いて答える。
「おれのことっ、つっくんて……おはなし、したのに、いなくなっちゃったの」
「……つっくん…お前の事をそう呼んだのか?」
また頷いた綱吉にラルは苦しげな表情を浮かべ、そしてぽつりと、言った。
「今日は、もういないひとに祈る日なんだ」
「いないひと?」
綱吉は涙を浮かべた瞳をぱちぱち瞬かせる。零れ落ちたしずくをハンカチで拭ってやりながら、ラルは問いを肯定した。
「そうだ。遠くへいった人に、祈る日。帰ってくる日でもあったかもしれないな」
(おねえさんは、とおくからきたっていってた)
ぼんやりと綱吉は思う。あの優しい笑顔の人は、もう、いないひとなのかもしれない。
それを考えるとどうしてか、綱吉はまた悲しくなった。
「――そうだ、お前も祈ってくれないか?そのほうが、あの人も喜ぶだろう」
「……うん」
ラルに渡された紅い花を一輪、綱吉は花で飾られた白い石に手向ける。
遠くで、お姉さんの声が聞こえた気がした。
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紅い花は個人的にガーベラ。趣味といいます。名曲です。
調べたところじゃ菊とか供えるらしいですね。