A domani,Il cielo segreto.
それは、いつもピアノを弾いているときに現れる。
ピアノの音色に混じる、こつんこつんと窓を叩く音。銀髪の少年が手を取め、鍵盤から顔を上げてそちらに目をやれば見慣れた、黒髪の赤子。
アパルトメントの中層階。その出窓、植木鉢でも置くしかないような小さなスペースに、どうしてか赤子は現れる。少年が窓を開けてやれば、赤子は赤い衣をふわりと舞わせて部屋に飛び込んできた。
「お久しぶりですね。元気にしていましたか?」
髪と同じ黒の瞳を細めて、赤子は流暢に挨拶をする。その頭の上で白い猿がきい、と鳴く。反対に少年はおう、と適当な相槌だけを返してピアノへと戻った。当たり前のように、赤子もその後を追う。
赤子の静かな足音はふいにとん、と床を蹴り、楽譜が入っている本棚の上――いつもの場所に陣取った。彼が座るのを待って、少年は問いかける。
「曲は?」
「いつものを、お願いします」
お決まりの回答。少年は一つ頷くと、譜面に何も置かないまま鍵盤を叩いた。
何度もせがまれて弾いて、結局覚えてしまった静かな曲。
子守歌。それとも、今はレクイエムのつもりなのだろうか。少年はわからないまま、曲を紡いだ。
最後の音を弾けば、赤子はすこし間をおいて、ぱちぱちと手を叩いた。その真似か、赤子の頭の上で白い猿も手を叩く。
「お前、いつもこの曲だよな」
「彼女が――ラヴィーナがよく弾いてくれました。私に、あなたに」
答えて、赤子は本棚から降り、少年の膝に飛び乗った。そうして、彼の手をちいさなもみじの手で取って微笑う。
「あなたの音は、ラヴィーナによく似ていますね」
「…………そうか?」
「ええ。あなたは年を追うごとに、彼女に似ていく」
赤子に、少年は何も答えられなかった。
ラヴィーナは、少年の母親だった。しかし少年がそれを知ったときは、もう彼女はこの世の人ではなかった。
そうして彼女は、赤子の母でもあった。代理母として、体を借りたのだと言う。
赤子は、アルコバレーノという。小さな体で、けれど少年よりも長く生きているそうだ。
二人の関係はきょうだいであって、そうでないものだった。血のつながりはない。けれど、同じ女性を母とし、繋がっていて――だからか。先に生まれた赤子は、少年の事を弟のように扱っている。様子を見に来てはピアノの音を強請り、不満そうな少年にくすくすと笑みを向ける。
少年は何年経っても姿の変わらない赤子を見下ろして、思い出す。
そうだ。初めて赤子に出会ったのは、彼女の墓の前だった。
「なあ、風」
「何ですか?」
少年は、赤子――風の名を呼び、彼を緑の瞳で見つめて、問いかけた。
「どうしてあの時……最初に会ったときから、俺のこと知ってたんだ?」
あの時。風は今と同じ姿で、同じような服で、少年を見上げて、今と同じように笑って、言ったのだった。
「ああ、大きくなりましたね、隼人」
その時少年は――隼人は、風のことを知らなかった。けれど風はその時から、隼人のことをよく知っていた。
今更思い出して、そんな事を不思議がる。風はだって、と嬉しそうに答えた。
「ラヴィーナが、話してくれましたから。あなたが彼女のおなかにいる頃、生まれてからもずっと」
「母さんが?」
「ええ。……彼女はほんとうに、あなたのことを想っていました」
遠くを、風は見ているようだった。彼も、思い出しているのだろうか。隼人の知らない彼女の姿を。
隼人はこの小さな赤子を、さすがに兄と思ったことはない。けれど隼人にとって風だけが、なにの気兼ねもなくラヴィーナの話を、記憶に朧にしか残っていない彼女の事を聞ける唯一の存在だった。
「あんた、本当に母さんのこと好きだよな」
「彼女はよい母親でしたよ」
母親。自分で言ったその単語で、風は何かを思い出したようだった。はっとして、彼は忘れていましたと呟く。
「そうだ。今日はお願いにきたのです」
言って、風は懐から何かを取り出した。それが、ちらりと部屋のライトに光る。
華奢なチェーンに通された、銀のプレート。そこに一筋、赤のラインが走っている。
「これは?」
「ラヴィーナのものです。これがないとあなたはあそこに入れませんし……彼女の形見のようなものですからいつかあなたに渡そうと思っていました」
受け取ってよいものか。考える間もなく、それは隼人の手に乗せられた。
「一緒にきてほしい場所があります」
「……俺じゃないとダメなのか?」
「ええ。だって、あなたは彼女の子供ですから」
訳が分からない。けれど隼人は、よいですかと笑う風に向かいこくりと頷いてしまった。
遠い母が、すこし近くなればいいと願ってしまった。
*****
新キャラ、チーム赤組です(違)
アニリボで見ていける!と思ったコンビだったりします。同属性の相性ってどうなんですかね。
ピアノの音色に混じる、こつんこつんと窓を叩く音。銀髪の少年が手を取め、鍵盤から顔を上げてそちらに目をやれば見慣れた、黒髪の赤子。
アパルトメントの中層階。その出窓、植木鉢でも置くしかないような小さなスペースに、どうしてか赤子は現れる。少年が窓を開けてやれば、赤子は赤い衣をふわりと舞わせて部屋に飛び込んできた。
「お久しぶりですね。元気にしていましたか?」
髪と同じ黒の瞳を細めて、赤子は流暢に挨拶をする。その頭の上で白い猿がきい、と鳴く。反対に少年はおう、と適当な相槌だけを返してピアノへと戻った。当たり前のように、赤子もその後を追う。
赤子の静かな足音はふいにとん、と床を蹴り、楽譜が入っている本棚の上――いつもの場所に陣取った。彼が座るのを待って、少年は問いかける。
「曲は?」
「いつものを、お願いします」
お決まりの回答。少年は一つ頷くと、譜面に何も置かないまま鍵盤を叩いた。
何度もせがまれて弾いて、結局覚えてしまった静かな曲。
子守歌。それとも、今はレクイエムのつもりなのだろうか。少年はわからないまま、曲を紡いだ。
最後の音を弾けば、赤子はすこし間をおいて、ぱちぱちと手を叩いた。その真似か、赤子の頭の上で白い猿も手を叩く。
「お前、いつもこの曲だよな」
「彼女が――ラヴィーナがよく弾いてくれました。私に、あなたに」
答えて、赤子は本棚から降り、少年の膝に飛び乗った。そうして、彼の手をちいさなもみじの手で取って微笑う。
「あなたの音は、ラヴィーナによく似ていますね」
「…………そうか?」
「ええ。あなたは年を追うごとに、彼女に似ていく」
赤子に、少年は何も答えられなかった。
ラヴィーナは、少年の母親だった。しかし少年がそれを知ったときは、もう彼女はこの世の人ではなかった。
そうして彼女は、赤子の母でもあった。代理母として、体を借りたのだと言う。
赤子は、アルコバレーノという。小さな体で、けれど少年よりも長く生きているそうだ。
二人の関係はきょうだいであって、そうでないものだった。血のつながりはない。けれど、同じ女性を母とし、繋がっていて――だからか。先に生まれた赤子は、少年の事を弟のように扱っている。様子を見に来てはピアノの音を強請り、不満そうな少年にくすくすと笑みを向ける。
少年は何年経っても姿の変わらない赤子を見下ろして、思い出す。
そうだ。初めて赤子に出会ったのは、彼女の墓の前だった。
「なあ、風」
「何ですか?」
少年は、赤子――風の名を呼び、彼を緑の瞳で見つめて、問いかけた。
「どうしてあの時……最初に会ったときから、俺のこと知ってたんだ?」
あの時。風は今と同じ姿で、同じような服で、少年を見上げて、今と同じように笑って、言ったのだった。
「ああ、大きくなりましたね、隼人」
その時少年は――隼人は、風のことを知らなかった。けれど風はその時から、隼人のことをよく知っていた。
今更思い出して、そんな事を不思議がる。風はだって、と嬉しそうに答えた。
「ラヴィーナが、話してくれましたから。あなたが彼女のおなかにいる頃、生まれてからもずっと」
「母さんが?」
「ええ。……彼女はほんとうに、あなたのことを想っていました」
遠くを、風は見ているようだった。彼も、思い出しているのだろうか。隼人の知らない彼女の姿を。
隼人はこの小さな赤子を、さすがに兄と思ったことはない。けれど隼人にとって風だけが、なにの気兼ねもなくラヴィーナの話を、記憶に朧にしか残っていない彼女の事を聞ける唯一の存在だった。
「あんた、本当に母さんのこと好きだよな」
「彼女はよい母親でしたよ」
母親。自分で言ったその単語で、風は何かを思い出したようだった。はっとして、彼は忘れていましたと呟く。
「そうだ。今日はお願いにきたのです」
言って、風は懐から何かを取り出した。それが、ちらりと部屋のライトに光る。
華奢なチェーンに通された、銀のプレート。そこに一筋、赤のラインが走っている。
「これは?」
「ラヴィーナのものです。これがないとあなたはあそこに入れませんし……彼女の形見のようなものですからいつかあなたに渡そうと思っていました」
受け取ってよいものか。考える間もなく、それは隼人の手に乗せられた。
「一緒にきてほしい場所があります」
「……俺じゃないとダメなのか?」
「ええ。だって、あなたは彼女の子供ですから」
訳が分からない。けれど隼人は、よいですかと笑う風に向かいこくりと頷いてしまった。
遠い母が、すこし近くなればいいと願ってしまった。
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新キャラ、チーム赤組です(違)
アニリボで見ていける!と思ったコンビだったりします。同属性の相性ってどうなんですかね。