A domani,Il cielo segreto.
朝から、ツナはそわそわしながらボウルの中身を泡立て器でかき混ぜていた。隣で手伝うラルも同じ様子で、後ろでエスプレッソを片手に眺めているリボーンが、呆れた声を掛ける。
「落ち着けお前等。失敗しても知らないぞ」
「だって!」
言い返そうとしたツナは、けれど失敗が嫌なのか黙ってボウルに向かった。それを手伝いながらも、ラルは不安そうな表情を隠さない。
「大丈夫だよ。シュークリームはおじさまのレシピだから」
「そっちじゃない。先に言っておくがチーズケーキでもない」
「……そっちも、大丈夫って。ね?」
ベイクドチーズケーキはこんがりと、おいしそうに焼けていた。シュークリームも生地はもうオーブンの中。後は、カスタードを作って中に詰めてしまえば、出来上がりだ。
そうしたら昼過ぎ、おやつの頃合いを見計らってハルとコロネロが京子を連れてくる。
そうしたら。
「……怖いか、ラル・ミルチ」
リボーンの問いかけに、ラルは答えなかった。それでも知れて、彼は僅かに笑う。
「そんなもんだな。つか、お前――」
「何だ?」
「ちょっと来い、聞きたいことがある」
呼ばれるまま、ラルはテーブルを伝ってリボーンの近くへ寄る。彼はラルに何か耳打ちして、そしてラルは首を横に振ってその何かに否定した。
「知ってはいるんだな」
「一応、聞いている。だが俺は……」
「変わらねえぞ、どっちにしろそれが決まりだからな」
不思議そうにツナが見守る中。
数秒後、ラルは俯きがちに、どこか頬を染めてリボーンに頷いていた。
午後三時、少し前。
コンコンと、軽い音でノックされたドアに、全員の視線が集中した。
「どうぞ」
研究室の主、骸の返事にドアが開き、京子がいつもの笑顔で顔を覗かせると部屋に入ってくる。
「こんにちは!皆さんお揃いなんですね、今日は美味しいお菓子があるってハルちゃんから聞いて――」
数歩歩いて、その足が、ぴたりと止まった。彼女の後ろから入ってきたハルとその腕の中のスカル、そしてハルの肩に乗っているコロネロは緊張した様子で京子を見守っている。
それは、ツナも――その場の誰もが同じだった。
京子の大きな瞳が、ラルを見つめている。ラルも同じように京子を見ていた。
「…………ラルちゃん?」
「ああ」
頷いて、ラルは京子に歩み寄る。京子も床に膝を突いて、ラルに視線を合わせた。
「はじめまして、だな」
そう言ってぎこちなく微笑むラルに対して、京子は眉を下げ、戸惑いの色を隠せないでいる。
「どうして……?」
「あいつに、感化された」
言いながら、ラルは京子から視線を離さない。力なくおろされた京子の手をそっと握って、彼女は小さな声で――けれどしっかりと、言った。
「Ciao,Il mio iride」
「――!」
それはいつか、コロネロが京子に言ったものと全く同じ挨拶。だから、その意味を彼女は知っている。
「つまらん意地を張って済まなかった。……俺はなりそこないだが、お前がマザーであることは変わらんからな」
「ラルちゃん……」
京子は、目に涙を浮かべてラルの手を握り返す。そうして、どうにか笑って見せた。ほろりと落ちた涙は、綺麗につたう。
「私こそ、ごめんね」
こわかったの。素直な京子の言葉に、ラルは俺もだ、と頷いて。二人はそろって照れ笑いを浮かべている。
「これからは、なかよくしてくれる?」
「……当たり前だろう。お前は俺のマザーだからな」
返答に、嬉しそうに頷いた京子はラルを抱き上げて見守っていた皆に、言う。
「皆も、ありがとう」
「気になさらず。僕等は場所を提供しただけです」
「そうだぜコラ」
「……だって、お菓子も私が好きなのばっかりだよ」
テーブルの上に乗るベイクドチーズケーキとシュークリームに、ハルはにこにことして京子の手を引っ張り、説明をする。
「これはですねえ、ツナさんとラルちゃんが京子ちゃんのために作ってくれました!」
「そうなの?」
問われ、ツナとラルはほぼ同時に頷いた。京子はツナをじいっと見て、やがてクスクスと笑う。
「ツナちゃんには何でもお見通しなんだね」
「そんな事ないよ。オレはお節介なだけなんだから」
けど、よかった。ツナも京子に笑みを返して、内心胸をなで下ろした。どうなることか、本当はツナは不安でたまらなかった。けれど、彼女の願ったとおりに一件落着したようだ。
「それでは、おやつにしましょうか。今日は珍しい紅茶を取り寄せてみましたよ」
緊張の解けた場はいつもより和やかな空気を帯びて、やがてふわりと紅茶の香りを漂わせる。
リボーンを抱いてその様子を見ていたツナに、ふとコロネロが近づいた。彼はラルと京子に気づかれないよう、小さな声で言う。
「世話になったなコラ」
「気にしないで。オレがやりたかっただけだから」
「……俺がどうにかしてやれたらよかったんだがなコラ」
「お前は、まあお前にしてはよくやったほうだぞ」
口を挟んだリボーンにお前それ褒めてるのか、とコロネロは渋い顔をする。次の句が彼の口から出る前に、
「コロネロ君もケーキ食べよう」
と、何も知らない京子が声を掛けた。はっと振り返ってコロネロは答える。
「おう、すぐ行くぜコラ」
小さな背中を見送って、ツナはぎゅうと腕のリボーンを抱きしめ直す。するとリボーンは小さく笑って、どんぐりまなこでツナを見上げた。
「どうした、ツナ。俺が恋しくなったか?」
「んー。そうかも、ね」
どうしてそうしたのかうまく答えられずにツナはリボーンに頷いてみせる。甘えるように身を寄せて、リボーンは言った。
「大丈夫だぞ」
「うん」
分かってるよ。また頷いて、ツナはリボーンをそっと撫でた。
*****
これにて一件落着。
一番気を揉んでたのはコロネロ。一番お菓子を楽しみにしてたのはハル。
一番ハラハラしてたのはツナだったりする。
「落ち着けお前等。失敗しても知らないぞ」
「だって!」
言い返そうとしたツナは、けれど失敗が嫌なのか黙ってボウルに向かった。それを手伝いながらも、ラルは不安そうな表情を隠さない。
「大丈夫だよ。シュークリームはおじさまのレシピだから」
「そっちじゃない。先に言っておくがチーズケーキでもない」
「……そっちも、大丈夫って。ね?」
ベイクドチーズケーキはこんがりと、おいしそうに焼けていた。シュークリームも生地はもうオーブンの中。後は、カスタードを作って中に詰めてしまえば、出来上がりだ。
そうしたら昼過ぎ、おやつの頃合いを見計らってハルとコロネロが京子を連れてくる。
そうしたら。
「……怖いか、ラル・ミルチ」
リボーンの問いかけに、ラルは答えなかった。それでも知れて、彼は僅かに笑う。
「そんなもんだな。つか、お前――」
「何だ?」
「ちょっと来い、聞きたいことがある」
呼ばれるまま、ラルはテーブルを伝ってリボーンの近くへ寄る。彼はラルに何か耳打ちして、そしてラルは首を横に振ってその何かに否定した。
「知ってはいるんだな」
「一応、聞いている。だが俺は……」
「変わらねえぞ、どっちにしろそれが決まりだからな」
不思議そうにツナが見守る中。
数秒後、ラルは俯きがちに、どこか頬を染めてリボーンに頷いていた。
午後三時、少し前。
コンコンと、軽い音でノックされたドアに、全員の視線が集中した。
「どうぞ」
研究室の主、骸の返事にドアが開き、京子がいつもの笑顔で顔を覗かせると部屋に入ってくる。
「こんにちは!皆さんお揃いなんですね、今日は美味しいお菓子があるってハルちゃんから聞いて――」
数歩歩いて、その足が、ぴたりと止まった。彼女の後ろから入ってきたハルとその腕の中のスカル、そしてハルの肩に乗っているコロネロは緊張した様子で京子を見守っている。
それは、ツナも――その場の誰もが同じだった。
京子の大きな瞳が、ラルを見つめている。ラルも同じように京子を見ていた。
「…………ラルちゃん?」
「ああ」
頷いて、ラルは京子に歩み寄る。京子も床に膝を突いて、ラルに視線を合わせた。
「はじめまして、だな」
そう言ってぎこちなく微笑むラルに対して、京子は眉を下げ、戸惑いの色を隠せないでいる。
「どうして……?」
「あいつに、感化された」
言いながら、ラルは京子から視線を離さない。力なくおろされた京子の手をそっと握って、彼女は小さな声で――けれどしっかりと、言った。
「Ciao,Il mio iride」
「――!」
それはいつか、コロネロが京子に言ったものと全く同じ挨拶。だから、その意味を彼女は知っている。
「つまらん意地を張って済まなかった。……俺はなりそこないだが、お前がマザーであることは変わらんからな」
「ラルちゃん……」
京子は、目に涙を浮かべてラルの手を握り返す。そうして、どうにか笑って見せた。ほろりと落ちた涙は、綺麗につたう。
「私こそ、ごめんね」
こわかったの。素直な京子の言葉に、ラルは俺もだ、と頷いて。二人はそろって照れ笑いを浮かべている。
「これからは、なかよくしてくれる?」
「……当たり前だろう。お前は俺のマザーだからな」
返答に、嬉しそうに頷いた京子はラルを抱き上げて見守っていた皆に、言う。
「皆も、ありがとう」
「気になさらず。僕等は場所を提供しただけです」
「そうだぜコラ」
「……だって、お菓子も私が好きなのばっかりだよ」
テーブルの上に乗るベイクドチーズケーキとシュークリームに、ハルはにこにことして京子の手を引っ張り、説明をする。
「これはですねえ、ツナさんとラルちゃんが京子ちゃんのために作ってくれました!」
「そうなの?」
問われ、ツナとラルはほぼ同時に頷いた。京子はツナをじいっと見て、やがてクスクスと笑う。
「ツナちゃんには何でもお見通しなんだね」
「そんな事ないよ。オレはお節介なだけなんだから」
けど、よかった。ツナも京子に笑みを返して、内心胸をなで下ろした。どうなることか、本当はツナは不安でたまらなかった。けれど、彼女の願ったとおりに一件落着したようだ。
「それでは、おやつにしましょうか。今日は珍しい紅茶を取り寄せてみましたよ」
緊張の解けた場はいつもより和やかな空気を帯びて、やがてふわりと紅茶の香りを漂わせる。
リボーンを抱いてその様子を見ていたツナに、ふとコロネロが近づいた。彼はラルと京子に気づかれないよう、小さな声で言う。
「世話になったなコラ」
「気にしないで。オレがやりたかっただけだから」
「……俺がどうにかしてやれたらよかったんだがなコラ」
「お前は、まあお前にしてはよくやったほうだぞ」
口を挟んだリボーンにお前それ褒めてるのか、とコロネロは渋い顔をする。次の句が彼の口から出る前に、
「コロネロ君もケーキ食べよう」
と、何も知らない京子が声を掛けた。はっと振り返ってコロネロは答える。
「おう、すぐ行くぜコラ」
小さな背中を見送って、ツナはぎゅうと腕のリボーンを抱きしめ直す。するとリボーンは小さく笑って、どんぐりまなこでツナを見上げた。
「どうした、ツナ。俺が恋しくなったか?」
「んー。そうかも、ね」
どうしてそうしたのかうまく答えられずにツナはリボーンに頷いてみせる。甘えるように身を寄せて、リボーンは言った。
「大丈夫だぞ」
「うん」
分かってるよ。また頷いて、ツナはリボーンをそっと撫でた。
*****
これにて一件落着。
一番気を揉んでたのはコロネロ。一番お菓子を楽しみにしてたのはハル。
一番ハラハラしてたのはツナだったりする。