このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

Ciao,il mio iride

「骸様、お客様です」
自分を呼んだクロームの声がいつもより硬い気がして、骸はパソコンの画面から顔を上げながら不審に思った。誰か知らない者でも来たのか、もしくは隣の研究室で日がな動物を睨みつけている黒髪の青年か。あの青年にはいい加減クロームも慣れたと骸は思っていたが、実はそうでは無かったのだろうか。様々な思考が巡る。
「すぐ行きます」
そう声を掛け、彼はデスクを離れる。
そもそも骸の研究室に客が来ることは少ない。ボンゴレの機密を扱っているため、研究棟全体に厳しいセキュリティが施されているからだ。当然出入りできる人間も限られている。出会う人間のほぼ全てが顔見知りだろう。
「どなたですか」
言いながら研究室の入口に顔を出す。そこには困り果てた様子のクロームと、にこやかな笑みを浮かべる、暫く前に知り合った娘――沢田ツナがいた。骸に気付いたツナが笑顔のまま、彼に会釈する。
「お久しぶりです、六道先生」
――その細い首からは、銀色のタグが下がっていた。




人見知りの激しいクロームをとりあえず仕事に戻して、骸は手近にあった椅子を二脚引き寄せるとツナと対面に腰掛けた。
「お久しぶりです、ツナさん。お加減いかがですか?」
「まだ実感がわかなくて。……って、知ってるんですか」
ぱちぱちと瞬きして驚くツナの胸元を指差し、骸は答えた。
「見れば分かりますよ、貴女が付けているそれはマザーに支給されるタグでしょう」
「マザー?」
鸚鵡返しに聞いたツナはきょとんとした様子で、知りませんでしたか、と骸は小さく呟いた。
「ああ、代理母のことです。堅苦しいから、とかいう理由でそう呼んでいるんです。どなたかから聞きませんでしたか?」
「初耳です」
普通に代理母と呼ぶ人もいますからね、と説明を足し、骸は彼女を見たときから気になっていた疑問を投げかけた。
「で、今日は?」
「あのー……オレ、この一件で九代目直々に長期休暇を貰ったんですよ」
唐突とも取れるツナの発言に、骸はとりあえず相槌を打つ。
「まあ、今はともかく身重で仕事は大変ですよね」
「それもあるけど、……やっぱり、この子って秘密にしておきたいらしくて」
「確かに、機密扱いですね」
ツナは知らないが、骸の研究もそれに――その子供に、関係している。ボンゴレ内でもトップシークレットに関わる部類だ。ツナがマザーに選ばれた事実さえ、隠そうとしてもおかしくは無い。
「オレ未婚で恋人もいないから、怪しまれなくていいのは、嬉しいんですけど……」
口ごもったツナは非常に言いづらそうに続きの言葉を零した。
「暇、なんです」
「………………はい?」
思わず聞き返した骸に、ツナは先ほどよりははっきりと、暇だと告げた。どうやら、長すぎる休暇を早くも持て余してしまったらしい。頬をわずかに赤く染め、もじもじしながら彼女は主張する。
「まだ、ちょっとしたことなら出来ると思うんですよ。実際オレの課にもお腹に子供がいても仕事を続けた人はいましたし。……それで、九代目に相談したらここがいいって言われて」
ツナの口にした人物に骸は頭を抱えそうになった。どうしてそこで九代目の名前が出るのか、全く見当がつかない。そして、その内容にも頭が痛くなった。
「あの方は、また……」
溜息を吐いても事態は変わらない。それに、
「駄目ですか?ウチの片付けも掃除も全部やっちゃって、本当にやることが無いんです」
縋るような目でそこまで言われては、骸もツナを受け入れる以外選択肢が無かった。




余程手持ち無沙汰を解消したかったのか、早速山と積み重なった書類の束に手をつけたツナに、骸は聞いた。ひとつ、気になることがある。
「因みに、ですがツナさん」
「何ですか?」
「タグに刻まれているラインは、何色でしょう?」
ツナは胸元を見ることなく答えた。
「黄色、ですけど」
「…………やはり、そうですか。そうですよね、それしかありませんよね」
すでに得ている情報とたった今えた情報を掛け合わせ、一人納得する骸にツナは不思議そうな色の視線を向けた。余計なことを問われる前に、彼は口を開いた。
「いえ、こちらの話です。いずれ、お話しすることになりますが。……今はまだ内緒です」
まだ、早い。伝えるには早すぎる。
そう思って彼は話をはぐらかす。ツナは特に不信感も持たず、上手く騙されてくれたようだった。



*****
押し掛け職員ツナ。
どうも暇を潰すのが苦手のようです。……もしや無趣味?


3/19ページ
スキ