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よみきり

ツナがいなくなった。
連絡を受けて飛び込んだ病室は本当にもぬけの殻で、俺は途方に暮れた。
意識を取り戻して二日も経ってない怪我人――しかも重傷者だ――が病室から抜け出すだなんて、誰が想像するか。
「どこに行ったんだ、ツナ……」
思わず呟いてしまう、そのとき。
どこかで、ピアノの音色が聞こえた気がした。
「…………え?」
ボンゴレにピアノを弾く人間なんていない。かつては、いたけど。今はいない。
思わず、俺はその微かな音を追った。
かなしい、音色。
誰が。
ピアノは、そういえば屋敷のどこかにあるらしい。古い型のがあったとか、獄寺が昔言ってた。
ただ、どこにあるかっていうのは、俺は知らない。
探して、俺はひたすらに音を探す。音の主を追う。
「だれ、だ?」
ツナも消えちまって、その上侵入者でも入れちまったのか?
戸惑いと混乱がぐるぐる回る。
ピアノを弾く人間なんて、もういない筈なのに。
あいつは――獄寺は、三年前に、このセカイから居なくなってしまったから。
病気だった。
あいつのかーちゃんと、同じ病気で。薬を使っても何をしても、進行が止まらない、と。
俺は知ってた。獄寺本人から、伝えられた。
ただ、あいつはツナにだけは、言おうとしなかった。心配させちゃいけねえと強がって。
――でも最終的にあっさりバレて。ま、あんなに薬持ってたらバレない訳ねーのな。
そんで大喧嘩になった。ツナは泣いて、獄寺はひたすら謝ってた。
大変だった。仲介役って楽じゃねーのな。大泣きして逃げるツナを捕まえて、謝り倒す獄寺を宥めて、仲直りさせて。あの時は年甲斐も無く大騒ぎしたもんだ。
元々仲が悪いわけじゃねえんだ、すぐに仲直りしたけど。
そして平穏な日常が戻って、ほっとした矢先に、あまりにあっさりと。
獄寺は死んじまった。




獄寺がいなくなって、ツナは笑わなくなった。
笑いはする。でもそれは作り笑顔だ。ガキの頃から一緒にいたから、分かる、けど。他の奴等は騙せてしまうほど、上手なニセモノの笑顔。
笑うだけじゃない。怒るとか悲しむとか、そういう全部の感情が、前よりも薄くなってしまって。
そういや、獄寺の葬式でも、ツナは泣かなかった。
それを見て皆が、右腕がいなくなってもドン・ボンゴレは強いと噂した。
けど、きっとあれは仮面に覆われた姿だった。
俺はまだ忘れられない。表情がごっそり抜け落ちて、セカイに絶望するように墓の前に立ち尽くすツナの姿を。
それから、今までずっと。ツナはさびしそうだった。
俺にも誰にも、そのさびしさを埋めることはできなかった。できる奴はもう居なかった。
「…………あ」
思考が大きくなる音色に引き戻される。
ようやく、ピアノが鳴っているらしい部屋を見つけた。何かあっても、何がいてもいい様に背の刀に手を。もう片手で、音を立てないように扉を開ける。
僅かな隙間から中を伺う。カーテン越しに外光が差し込む部屋に、ピアノと人の影。
その影の――音の主に、俺は言葉を失った。
「…………ツ、ナ?」
ピアノを弾いてるのはツナだった。まさか。
あっけに取られる俺の立てた音に包帯だらけの腕がぴたりと止まって、ツナはこっちを見た。
まだ、信じられねえ。あの音色の主が、ツナだなんて。
「見つかっちゃった」
あーあ、とツナは呟いた。それがあんまりいつものツナだったから、やっぱり俺は驚きから立ち直れない。
「さ、探したんだぜ……」
「ごめん」
言うと素直に謝って、でもツナはピアノの正面から動こうとしなかった。名前を呼んで俺は説得を図ることにする。
「病室に戻ろうぜ?皆心配してんのな」
「ごめん、山本。もうちょっとだけ」
また、謝って。ツナはそう言う。
ツナって思いのほか強情で、言い出したら聞かないのな。仕方ねーから俺は了承することにした。
でも、ほっとくこともしねーよ。
「…………ツナが戻るまで俺も動かねえのな」
「……ありがとう」
ほっとしたように感謝の言葉を俺に言って、ツナはピアノに向き直った。人差し指を白い鍵盤に置く。
ぽーん、と、音が部屋に響いた。
「ピアノ、弾けるのな」
俺は知らなかった。
ツナが、ピアノを弾けるなんて。
「知らなかったぜ」
「練習したんだ」
そういって、ツナは口元を苦笑に緩める。そんな笑い方も、昔はしなかった。ドン・ボンゴレと呼ばれるようになってから上手になった、作り笑顔。
最近はもっと上手になって。
「誰かに聞かせるの初めてだな、そういえば」
独白したツナのほっそい両指が鍵盤に乗る。
奏でられる、やわらかでかなしい音。俺の知らない静かな曲。
ふいに。俺はわかってしまった。
ツナはまだ、獄寺を探してるんだ。その、音の中に。
「うめーのな。いっぱい練習したんだろ?」
「まだまだだよ。……獄寺君みたいに弾ける様になれたらな、って思ったけど、オレには無理みたいだ」
「……そっか」
そう小さく答えたツナの横顔があんまり痛々しくて、俺はそれ以上何を言ってやることもできないまま、悲しげな音色に耳を傾けた。




*****
ピアノの音の中に獄寺を探すツナ。
弾く人によって音が変わるって、あるんですよね確か。
文も絵も音も個性が出ると思います。
とか上手く纏めようとしながら、実質は死ネタ萌えの暴走を止められなかった結果。
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