よみきり
雲雀が、死んで。
時間をかけてその事実を噛み砕いて飲み込んで理解した俺は、少しずつ、新しい日常に――雲雀のいない日々に、順応していった。
やけに静かな部屋にも熱の足りないベッドにも慣れて、うっかり料理を二人分作っちまう事も減って。
その代わりに、妙な夢を見るようになった。
毎晩のように、同じ夢を見る。
ベッドの中、俺は雲雀と向き合って、なにかを話している。俺はなぜか照れて少しだけ怒ってみせて、雲雀は余裕たっぷりに笑んで何か、告げて、俺にキスする。
そんな、夢。
何を話してるかは分からない。不思議な事に、その夢には音が無かった。
何となく、雲雀と実際にそういう会話を交わした気がする。内容は、何だったか。
「何、話したんだっけな」
ソファーに寝転がり、天井を見上げながらぼんやり思案してみる。
寝物語だの睦言なんかはしょっちゅうで、いつも他愛ない話ばかりしていた気がする。
記憶の糸を手繰り寄せてもその夜の俺達にはたどり着けなくて。
結局、思い出せないまま、俺は瞼を閉じた。
「――あげる」
雲雀の声が、聞こえた。からかうような響き。声の途中から急にボリュームをあげたように、言葉尻だけがはっきり聞き取れた。瞬間から一気に、世界に音が満ちる。
「君が、僕を追いかけてこなくても済むように」
くすくすと笑って雲雀は言う。やけに、機嫌がいい。
雲雀は俺の手を取ると、するりと互いの小指を絡めた。まるで、指切りをするように。
「まかり間違っても、屋上から落っこちたりしないように」
「その話題持ち出すの、禁止なのなー」
昔しでかした馬鹿を今更持ち出されて、俺は気恥ずかしさに顔を赤くした。
「前科持ちだからね」
「ひでえ話だぜ。つーか、縁起でもないこと言わないでほしいのな」
「念のためだよ。君は危なっかしいから」
頼んでみても、余裕ぶってかわされる。ふ、と雲雀は俺に顔を近づけた。相変わらず、綺麗で、まっすぐな漆黒の瞳。
「だから」
ちゅ、と軽い音。雲雀はいきなり、俺にキスした。驚いて動けなくなる俺を他所に、ゆっくりと唇が離れる。わずかに濡れたそれは綺麗な弧を描いて、やがて開いた。
熱を残す甘い声が――
「待っててあげる」
は、と覚醒する。いつの間にか昼寝をしちまってた、らしい。傾いて橙色に染まった光を眺めながら、俺は衝撃に身を撃ち抜かれていた。
あんまりにもリアルな夢だった。繋いだ小指の触れた唇の熱が、今も残っていると錯覚するほどに。
それだけじゃない。
やっと、思い出した。
あの晩、俺達は妙な話をしていた。『もし、雲雀が死んでしまったら』、と。
「君は泣くだろうね」
雲雀はそう言い切って、さらに俺をからかうように昔話を持ち出して。けどその時の雲雀はすごく、俺に甘かった。
先に、いなくなっても。「待ってる」と、雲雀は約束してくれたんだ。らしくもなく指切りなんてして。
「……ガキじゃねぇんだし、追いかけたりしねーよ、雲雀」
独り言が静かな部屋に落ちる。橙から紫、藍と夜色に塗り替えられていく窓ガラスの向こうに、川岸に佇む雲雀が見えた気がした。
静かな、暗い川岸。そこに、好んで着てた柄の和服姿で立つ雲雀。その光景に俺はまばたきを繰り返した。そんな俺に気付いて、雲雀は口許だけで笑む。
「なに、その間抜け面」
「……いや、ホントに居たと思って」
「馬鹿だね、君」
今度は声を立てて笑って、雲雀は俺の手を取った。持ち上げて、小指を絡める。
懐かしい、指切りのポーズ。
「約束してあげたでしょ」
「ん、ありがとな。……それと、悪りい。待たせた」
「待ったよ」
不満そうに言うけれど、雲雀は怒ってなんかいない。逆に、なぜか嬉しそうだった。
指切りをやめても、雲雀は俺の手を離さない。それどころか手のひらを重ねて指を組んできた。
所謂恋人繋ぎ。
今度こそ驚いた。まさか、あの、雲雀が。
「珍しいのな」
「今回だけだよ」
さらりと言ってのけるけど、その頬はほんのりと色づいていた。
「……もう離さねーよ」
ぎゅうと、手を握る。俺も雲雀ももう熱なんかもってない筈なのに、ひどく、あたたかかった。
*****
「例え君がこなくとも。」補完、大人山本視点でした。
結局死人です。結局。
私の文にしては珍しくマトモにカップリングしている、気がするです。
しっかし、うちの雲雀さんはよく笑うなぁ……。
時間をかけてその事実を噛み砕いて飲み込んで理解した俺は、少しずつ、新しい日常に――雲雀のいない日々に、順応していった。
やけに静かな部屋にも熱の足りないベッドにも慣れて、うっかり料理を二人分作っちまう事も減って。
その代わりに、妙な夢を見るようになった。
毎晩のように、同じ夢を見る。
ベッドの中、俺は雲雀と向き合って、なにかを話している。俺はなぜか照れて少しだけ怒ってみせて、雲雀は余裕たっぷりに笑んで何か、告げて、俺にキスする。
そんな、夢。
何を話してるかは分からない。不思議な事に、その夢には音が無かった。
何となく、雲雀と実際にそういう会話を交わした気がする。内容は、何だったか。
「何、話したんだっけな」
ソファーに寝転がり、天井を見上げながらぼんやり思案してみる。
寝物語だの睦言なんかはしょっちゅうで、いつも他愛ない話ばかりしていた気がする。
記憶の糸を手繰り寄せてもその夜の俺達にはたどり着けなくて。
結局、思い出せないまま、俺は瞼を閉じた。
「――あげる」
雲雀の声が、聞こえた。からかうような響き。声の途中から急にボリュームをあげたように、言葉尻だけがはっきり聞き取れた。瞬間から一気に、世界に音が満ちる。
「君が、僕を追いかけてこなくても済むように」
くすくすと笑って雲雀は言う。やけに、機嫌がいい。
雲雀は俺の手を取ると、するりと互いの小指を絡めた。まるで、指切りをするように。
「まかり間違っても、屋上から落っこちたりしないように」
「その話題持ち出すの、禁止なのなー」
昔しでかした馬鹿を今更持ち出されて、俺は気恥ずかしさに顔を赤くした。
「前科持ちだからね」
「ひでえ話だぜ。つーか、縁起でもないこと言わないでほしいのな」
「念のためだよ。君は危なっかしいから」
頼んでみても、余裕ぶってかわされる。ふ、と雲雀は俺に顔を近づけた。相変わらず、綺麗で、まっすぐな漆黒の瞳。
「だから」
ちゅ、と軽い音。雲雀はいきなり、俺にキスした。驚いて動けなくなる俺を他所に、ゆっくりと唇が離れる。わずかに濡れたそれは綺麗な弧を描いて、やがて開いた。
熱を残す甘い声が――
「待っててあげる」
は、と覚醒する。いつの間にか昼寝をしちまってた、らしい。傾いて橙色に染まった光を眺めながら、俺は衝撃に身を撃ち抜かれていた。
あんまりにもリアルな夢だった。繋いだ小指の触れた唇の熱が、今も残っていると錯覚するほどに。
それだけじゃない。
やっと、思い出した。
あの晩、俺達は妙な話をしていた。『もし、雲雀が死んでしまったら』、と。
「君は泣くだろうね」
雲雀はそう言い切って、さらに俺をからかうように昔話を持ち出して。けどその時の雲雀はすごく、俺に甘かった。
先に、いなくなっても。「待ってる」と、雲雀は約束してくれたんだ。らしくもなく指切りなんてして。
「……ガキじゃねぇんだし、追いかけたりしねーよ、雲雀」
独り言が静かな部屋に落ちる。橙から紫、藍と夜色に塗り替えられていく窓ガラスの向こうに、川岸に佇む雲雀が見えた気がした。
静かな、暗い川岸。そこに、好んで着てた柄の和服姿で立つ雲雀。その光景に俺はまばたきを繰り返した。そんな俺に気付いて、雲雀は口許だけで笑む。
「なに、その間抜け面」
「……いや、ホントに居たと思って」
「馬鹿だね、君」
今度は声を立てて笑って、雲雀は俺の手を取った。持ち上げて、小指を絡める。
懐かしい、指切りのポーズ。
「約束してあげたでしょ」
「ん、ありがとな。……それと、悪りい。待たせた」
「待ったよ」
不満そうに言うけれど、雲雀は怒ってなんかいない。逆に、なぜか嬉しそうだった。
指切りをやめても、雲雀は俺の手を離さない。それどころか手のひらを重ねて指を組んできた。
所謂恋人繋ぎ。
今度こそ驚いた。まさか、あの、雲雀が。
「珍しいのな」
「今回だけだよ」
さらりと言ってのけるけど、その頬はほんのりと色づいていた。
「……もう離さねーよ」
ぎゅうと、手を握る。俺も雲雀ももう熱なんかもってない筈なのに、ひどく、あたたかかった。
*****
「例え君がこなくとも。」補完、大人山本視点でした。
結局死人です。結局。
私の文にしては珍しくマトモにカップリングしている、気がするです。
しっかし、うちの雲雀さんはよく笑うなぁ……。