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よみきり

神社の裏は、人が少ない。だからここは武の、誰にも秘密の場所だった。
見られたくないとき。ひとりで居たいとき。人目を忍んでここにきて、垣根の端、低い石垣に座ってぼんやりと緑の葉とその先の空を見て。
「…………どうして」
言葉がそれ以上出ないままに武は空を見る。下を見たら、今まで我慢したものが爆ぜてしまいそうで、怖かった。




突然上がった爆発音に、武はびくりと小さな身体を跳ねさせた。そこを見れば白い煙、そしてその奥に立つ人影。
風に流れ薄れた煙の中から出てきたのは、一人の男だった。その男に、武は目を奪われた。
銀色の髪に緑色の目、外国の人だろうか。
男が武に気づき、小さく呟いた。
「…………うわ、まさか…」
瞬きをして、もう一度男を見て。そうして、武は眉を下げた。
男の見た目はこの間の真っ黒な洋服を着ていた父親の姿とよく似ていた。あの日は、皆――みんな、真っ黒だった。白い服を着ていたのは、たった一人だけだった。
「…………」
思い出すとかなしくなって武は膝を抱えて俯いた。
目の奥から熱がこみあげて、視界に映る柔らかな緑と土の色が、じわじわと滲んでいく。
「どうした?」
涙目に気付いたらしい男が聞く。武は答えず、ふるふると首を横に振った。
涙を堪えようとぎゅう、と目をつむる。けれどそれは逆効果で、頬を雫が伝うのがはっきり分かった。
闇に覆われた分鋭くなった聴覚が、くす、と男が笑う音を拾った。
「泣き虫だな」
「……ないて、ない」
震える声に、男はやはり笑う。けれどそれはやさしい色を帯びていた。
「泣いてるじゃねえか」
ぽん、と男の手が武の頭のうえに乗せられる。そして、男は彼の短い髪をわしわしと撫でた。
ごつごつと硬い指輪をいくつも付けた手のひら。父親のそれよりも細いけれど、それでも大人の、おおきな手だった。
「不安、だろうけどよ」
そのまま男は手のひらを武の背中に回し、彼をぎゅう、と抱きしめた。
煙草と香水の匂いがする。知らない、けれどなぜかその香りは武を落ち着かせた。
「大丈夫だ」
顔を上げると、緑色の瞳が優しげに笑んだ。止まらない涙を男の指が拭う。
「ひとりになんて、ならねえって。お前も、俺も」
不安を言い当てられて、武は更に涙を溢れさせる。嗚咽まじりに武は訴えた。
「……でも、かーちゃんは…っ」
「ん。いつか人は死ぬ。でもな、別れる分だけ――いや、それ以上に出会うんだぜ」
日に透けた銀色の髪がきらきら光って、きれいだった。
「であう?」
「ああ。俺達も…………お前の未来が俺と繋がってたら、すぐな」
幼い武をはぐらかす様に答え、男は立ち上がる。そして唐突に湧き上がった煙に、消えた。
あっけにとられて、武は男の消えた場所を見る。
「…………ゆめ、なのな?」
幻を見たのかもしれない。神社だから、ユーレイかもしれない。
けれど、涙を拭ってくれた男の指先を、撫でてくれたあの手を、ニセモノだとは思えなかった。
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