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よみきり

恋わずらい
症状:安眠効果


「別に症状がそれならいいだろ」
軽口を叩くシャマルを睨みつける。年を重ねても飄々としてやがるヤブ医者は、俺の視線をいつも通りあっさりと受け流して、軽く手を振った。いつもの、追い払う仕草だ。
「お前に出す薬もねえよ。つうか、おとなしく認めちまえ。そっちがお前のためだぜ」
「……それができるなら、てめえに頼ったりしねえ」
結局医者も役に立たない。溜息混じりに帰った俺を待っていたのは、いつもの、間抜けの笑顔だった。
「お帰り獄寺!! 飯、作っといたぜ」
「…………てめえ、また勝手に上がり込みやがって」
合鍵を渡したのが間違いだったか、ちょっと後悔したがもう遅い。つか、鍵を増やしたところで逆効果だったりする。――一度やったら、ドアを壊された。
「先に飯にするか?それとも、風呂?……いちおうどっちも用意してんだけど」
「…………飯」
足下にすり寄る瓜も腹が減ったのかにょんにょん鳴いている。そういえば俺も昼から何も食べていなかった。夕食にはもう遅いが、軽く食べておかないと身が保たないだろう。
「おっけ、あっためなおすから座ってな」
こいつだっていろいろ仕事があるだろうに、なんだかんだ俺の世話を焼く。嫌がってもしつこくして、いつしかそれを諦めた。
食事はまだいい。
問題は、こいつがほぼ居候の形になってることだ。
食事と風呂を終えて寝室に入ると、どうしてか山本は既にベッドに乗っていた。
「…………邪魔だ」
「いいだろー、獄寺。おまえのベッド広いんだし」
「意味分かんねえ」
げし、と蹴りつけてもへらへらと笑って。そのまま俺をベッドに引きずり込んだ。瓜は、と思えばベッド横の籠ですでに寝息を立てている。
「明日も早いんだろ?さっさと寝ようぜ」
「……ああ」
電気を消して、それでも簡単には眠れなくて俺はだんだんと視界になじむ闇と浮かび上がる天井を眺める。隣ではもう穏やかな寝息。
手を伸ばせば山本の温もりが伝わって、じわじわと意識がとろける。
これだから、困る。
山本の体温が、存在が、眠りを誘う。
まどろみそうな目をどうにか閉じないようにして、山本の頬にくちづけた。
「おやすみ」
このおまじないを、知る奴は誰もいない。
分かってる。俺は、こいつのことが好きなんだ。だから、眠れるんだ。
けれどこんなこと、絶対に言えやしない。
――たとえ、既に見抜かれてたとしても。



処方:感情吐露

風邪を引いた。それでも動けるだろうと思って仕事をしていたら、十代目に笑顔で追い出された。……あの笑顔は怖かった。
今日は、山本は来ない。奴は任務で国外に出ている。あと数日帰ってこないだろう。
瓜も匣に戻したから、一人きりだ。
「…………飯、面倒だな」
食欲は全く無い。薬を飲まなきゃならねえのは分かってるが、作る気も食べる気も起きない。胃が荒れるのを覚悟してミネラルウォーターで適当に風邪薬を流し込み、布団に潜り込む。
冷たいシーツ。風邪を自覚して熱が上がったのか、少しだけ心地言い。けれど。
「眠れねえ……」
熱が足りない、こんなにあついのに、それじゃダメなんだ。
「……はぁ」
闇に慣れた目で見上げるいつもの天井。これだから困る。
この間シャマルを訪ねたのは、この不眠をどうにかするためだった。
一人では、眠れない。素直に言ってしまえば、あの野球バカがいないと眠れない。
体温が足りない。今も。
「………………ばか」
薬が効かない。じわじわと体温が上がって、視界がゆがみ出す。ふわりと、奇妙な浮遊感。
あつい。とけそうだ。いやだ。
眠くないのに、眠れないのに、視界だけがくるくると壊れて感覚が狂う。
誰のせいだ。自分の不摂生が祟っていると自覚して、けれど人のせいにしたがって思わず呟く。
「やきゅうばかの、ばか」
てめえのせいで、眠れないんだ。
「ひどいのな、そんなこと言うなんて」
「……あ?」
声。重い頭を動かせば、ベッドの横に山本。なんでだ? 出張はどうした。いや、いい加減俺の頭が沸いたのか。やばい、それって右腕失格じゃねえか。
「玄関開けても気づかねえからおかしいな、って思ったら……大丈夫か?」
隣でしゃがみ込む気配。ぺたりと大きな手が額に乗せられる。どうやらこれは本物らしい。すこし冷たくて、心地いい手のひら。ゆらりと奥底で眠りがゆらぐ、ような。
熱出てんな。呟いて、山本は聞いてくる。
「飯は?」
「……くってねえ」
「じゃあ薬もか?」
「のんだ。けど、きかねえ」
「お前なー、胃が弱いんだからそんなことすんなって」
ぽんぽんと、そっと撫でて額から熱の移った手が離れる。思わず、手を伸ばしてそれを引き留めてしまった。
「どうした?」
「……なんでもねえ」
離すと、俺の手は力が入らなくなってぼとりと落ちた。その手を山本は布団にいれて、また俺の頭を撫でる。何か察したのか、それともいつもの甘ったるい優しさか、いつもながらよく分からねえ。
「お粥作ってくっから、大人しくしてな。すぐ、戻るのな」
「……ああ」
浮かびかけた眠気がまた消えて。けれど覚めはしないまま、俺は布団の中で山本を待つ。まるで子供みたいだと笑おうとして、そういえばそういう経験はなかったと思い出した。
あの城を出てから、ずっと、一人だった。
眠るのも、何もかも。
あいつにあうまでは。
「………………」
耳を澄ませてようやく聞こえる、ドアの向こうの足音。気配を探る事は出来ない。そういえば玄関の開く音も山本が部屋に入る音も気がつかなかった。そういう神経すら熱暴走しやがったのか。
待ちぼうけでドアを眺めていると不意にがちゃ、と開いた。片手にトレーを乗せて山本が入ってくる。
「待たせたのな、起きれるか?」
「……なんとか」
くらつく頭を押さえて起きあがる。膝の上にトレーがまるごと乗せられて、その上には湯気を立てる白い粥。食欲はいまいち出なかったが、それでも一口運んだ。
薄く塩と卵の味。
「うまい?」
「うすい」
「まあ、そんなもんなのな」
視線に促されて、また一口。食欲はないけど入ることは入る。何とか食べて、次に差し出された薬を水で飲んで、促されて横になる。至れり尽くせりってこういう事なのか。
そんでじゃら、と妙な音。絞る音。ぽんと濡れタオルを額に乗せられた。つめたい。きもちいい。あの音は氷水だったのか。
「獄寺ん家、冷却シートとかねえのな」
「おいてねえ」
「……んー、常備しとくと便利だぜ。つーか獄寺、ほっぺた真っ赤なのな」
氷水で冷えた手が両の頬を包み込んで。じわじわと俺の熱を奪っていく。代わりに、柔らかな眠気を与えて。
「やまもと、」
「どうした?なんか飲みたい?」
ぬるい手を取って、引く。ああけど、力が入らない。
「はいれ」
「…………獄寺?」
「いいから。はいれ」
「……おう」
従順に病人のベッドに入る山本。うつるぞ。いやあれか、野球馬鹿は鍛え方が違うのか。うらやましい奴め。
いつもより低く感じる体温に抱きつく。今にも意識の飛びそうに熱に狂うあたまと、それでも日課を覚えているらしい身体。
半ば条件反射でキスする。かさついた唇の感触は、けれど少し温度が低い。いや、俺が高いだけなんだが。
山本は薄色の目をまんまるに見開いたから、それがひどく可笑しかった。
「すきだ」
「獄寺……?!」
答えは聞かない。聞くどころじゃなく、眠たい。あんだけ遠かった眠気が今は俺にぴったり寄り添って、夢に引きずり込もうとする。
「……おやすみ」
意識がふつりと、やわらかい所に落っこちた。




山本の看病のせいあってか、数日後には風邪は完治した。
…………っていうか延々一緒に寝ておいて全くうつらないとか、どういう事なんだ。馬鹿は風邪を引かないから、やっぱり野球馬鹿は馬鹿なのか。
そんな馬鹿は、たまにひどくうろたえて、顔が近いと真っ赤になって、どうも様子がおかしい。
――原因はあの日俺がしたキスらしい。
「すっかり良くなったのな!」
平熱を表示する体温計を見て、嬉しそうに言う山本。そーだなと適当な相槌を打って、俺は伸びをした。これで身体が鈍ってないといいが。
そうだ。
「おい、野球馬鹿」
「どうした?」
思い出して声を掛ければ、いつもの調子の返事。近付きさえしなければ普通なのかこいつ。
「お前もう、うちに住め」
半ば住んでるようなもんだったが、敢えて明言してやる。すると山本は慌てだした。…………こいつが何を考えてるか、いまだによく分からない。
「何で急に」
「てめえは俺の抱き枕になれ」
「……家具扱いなのな…?」
正しくは寝具だろう。思ったが、そこの訂正は面倒だ。躊躇いと戸惑いの表情を見せる山本の腕を掴んでぐい、と引く。顔を寄せればすぐ赤くなって、俺は真っ赤になった頬にキスした。
伝わる熱に、ああこいつ可愛いなとか思ったのは気のせいにしたいが、もうそうじゃなくてもいい。俺も大概馬鹿だな。こいつに毒されたか。
「あん時言ったろ、好きって」
「だ、だって獄寺……熱出てたじゃん」
「アレくらいで正気失うのはてめえくらいだ」
こみ上げる笑いを隠さないままにぺし、と額を叩いて俺は山本を抱きしめてみた。いつもの体温に戻って、そうしたらやっぱりこいつのほうがあったかい。
「で、住むのか?」
「も、もちろんなのな!」
「よし」
「……よろしくな獄寺!!」
ぎゅう、と思いっきり抱きしめ返される。くるしい。文句を言おうとした矢先に耳元で、俺も好き、と甘ったるい声が落ちた。
それだけで許せるなんて、俺も随分ほだされたもんだ。
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