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【これは一種の詐欺である】

シュテルンビルトを揺るがしたウロボロスの事件からおよそ一ヶ月。
負傷したヒーローたちも皆退院し、街はいつもの喧噪を取り戻していた。
事の発端は出勤前の虎徹の手元が狂ったこと。
いつも特徴的な形の髭を維持している彼だが、その日に限ってうっかり滑ったカミソリが気づいたときには片方の髭をすっぱりと半分にしていた。
「やっべ… … っ、しょうがねえな! 」
自身の象徴として大事にしていても、ここまでアンバランスになってしまっては体を成さない。
コンマ五秒の逡巡で虎徹はシェービングクリームを髭全体に塗りつけた。



アポロンメディア本社ビルに足を踏み入れた途端、ざわりとした動揺の気配が虎徹の身体を取り巻いた。
何やら視線が痛い。
その筆頭は奥の方から口と目を盛大に開けてこっちを見つめてくる直接の上司。
仕方がないので近づいていく。
「おはようございます。ロイズさん」
とりあえず挨拶してみたものの返事がない。
どうするかと考えていると物凄い勢いで迫ってきて思わずのけぞった。
「… … you, 本当にワイルドタイガー? 」
「偽物ならI D カードで入ってきたりしないでしょうが」
「斉藤に変なもの飲まされたんじゃないの」
「どういう意味ですか! 」
「you がやたら若くなってるからじゃないの! 」
「髭剃っただけですよ! 」
突っ込むとそこでロイズも周囲も納得したような空気が広がった。
どうやら皆同じことを思っていたらしい。
「そういえばいつもの髭が無いね」
しげしげと顔を見つめていた上司だが、何かものすごくいいことを思いついた様子でにんまりと口の端をあげる。
途端、虎徹の背中を恐ろしく嫌な予感が走った。
「ロ、ロイズさん? 」
呼びかけるもとっくに自分の世界に入ってしまった彼はこっちを見向きもせず、ひたすら不気味な笑いを漏らして立ち去ってしまった。
「… … 俺、何されるの? 」
そう呟いた次の瞬間、虎徹は興味津々の社員に囲まれていた。
這々の体、といった様子で仕事場に転がり込んだ彼にとどめを刺したのは、他ならぬ相棒のバーナビ― のひとこと。
「虎徹さん… … 斉藤さんに何か飲まされたんですか? 」
「バニーちゃんまでそんなこと言うか… … 」
もはや何を言う気力もなく机にするめのごとく伸びる東洋人特有のしなやかな身体。
このまま沈没していたい、と言っているような。
上司のロイズが不気味な笑いでドップラー効果をまき散らしつつ去った後、何が変わったか理解した社員たちに質問攻めを喰らった。
女子社員の中に何人かやたらキラキラした目とか肉食獣のような瞳が混ざっていたようなのも精神的にかなり堪えている。
しかしあの共闘で虎徹にすっかり懐いた兎が彼を放っておかない。
「貴方が一晩でそんなに若くなっていたら誰だって言いますよ」
「誓って言うが整形とかは一切してねえぞ。髭剃っただけで」
「えーーー? 」
今頃気づいたのか、虎徹より細く見えるくせに実際は変わらない手が遠慮無く剃ったばかりの顎をなで回す。

普段髭があるので滅多に触られない箇所をぺたぺたと這い回る指。
触覚から伝わってくるくすぐったさに肩をすくめそうになったところでようやく相棒は手を離してくれた。
ふう、と息をついて前を向くとなぜかやや俯いているくるんくるんした金髪。

「何落ち込んでんだ? 」
「…… 僕としたことが虎徹さんの髭が無いことに今頃気づくなんて」
「そこかよっ! つーかそんなんで気落ちしなくていいだろうが」
「虎徹さんのことは全部知りたいんです」
「バニーッッ! 」
勘弁してくれと声に出さず叫ぶ。
あの大事件からこっち、ことあるごとに自分に対して吐く台詞が不穏当になっているバニーをどうにかするのが半ば日課だ。
受け入れてしまえばどうとでもなりそうだが、それはそれで別方面の恐ろしい何かを呼び込みそうな気がする。
幸い午前中がトレーニングに当てられているのをいいことに、会話を強引に打ち切ってトレーニングセンターへ相棒を引きずるようにして向かった。
―――それが更なる騒ぎを呼ぶかもしれないということを虎徹はさっきまでの騒動から何も学習していなかった。



トレーニングセンターへ足を踏み入れた彼を歓迎したのは一瞬の硬直ののち物凄い勢いで迫ってきたヒーロー女子部筆頭ことファイヤーエンブレムだった。
遠慮会釈無く両手で顔をがっちり挟んで掴みあげるようにするものだから首がぐき、とか嫌な音を立てたので慌てて相手の手首を掴んで引きはがす。
「痛てぇ! ! 」
「あら、力が入りすぎたかしら。でも貴方がいけないのよ」
「どういう意味だ! 」
「だって髭が無いだけでこーんなに若くなっちゃって… … うふふふ、日系だから肌もさらさらで羨ましいわぁ」
そのまま頬にキスされそうになってぎゃーす! とか喚きかけたところをすんでのところで後ろから来た相棒が救出した。
「虎徹さん、無事ですか! ―――無闇に触らないでください」
台詞の後半はファイヤーエンブレムへ向けたもの。
だが、彼女( ? ) の上機嫌がそんなもので揺らいだり飛んだりするわけもなく。
「やーねえ、ハンサムったら。触るくらい良いじゃないの。せっかく滅多に見られない髭無しタイガーなんだもの」
んっふふー、という訳のわからない鼻歌と共に伸ばされる手から大事な相棒を死守しよう
とやっきになっているバーナビーの斜め後ろから声がかかったのはそのときだった。
「あ、お前手入れ失敗したのか? 珍しいな」
「ロックバイソン― ! 」
不安定に抱きかかえられた体勢から抜け出した虎徹がでかい背中に潜り込む。
空っぽになった両腕を何とも言えない表情で眺めるバーナビーだが、とりあえず虎徹が安
全圏に逃げたことで良しとしたらしい。
自分の後ろに隠れて出てこない友人を一瞬怪訝な顔で見やったロックバイソンだが、眼前の
人物を見てもの凄く納得した顔になった。
「… … 大変だな」
「ん」
「あれ、タイガーさん髭どうしたの? 」
素っ頓狂な声に横を向いてみれば、いつの間にか女性になる寸前の体躯が不思議そうに大
きな目を瞬かせている。
「お? どうしたドラゴンキッド。学校は」
「うん。今日は学校のシステムの一斉点検でお休みなんだ。ねえ、タイガーさん髭どうしちゃ
ったの? 」
触らせてというように手を伸ばす彼女に逆らわず、虎徹も少しかがんで好きに触らせた。
「いや、うっかり片方半分に剃っちまったんだよな。それならいっそ全部やった方が良いだろ」
「そっかー。ちょっと残念。格好良かったのに」
「ははは、ありがとう」
そのほのぼのとした光景にますます複雑な表情になったバーナビー。
しかし年下の少女の無邪気な行動に目をつり上げるわけにもいかず、睨まないようにしな
がら眺めるしかない。

そこへ更にスカイハイと折紙が更衣室から出てきて目を丸くし駆け寄りそうになったと
き、全員のP D A が鳴り響いた。
『ボンジュール、ヒーロー。事件よ』
事件そのものは単なる強盗事件だったが、犯人グループの人数が多かったため出動したほ
ぼ全員が何かしらポイントを稼いでいた。
冷却装置がついているものの気温の上がってきた季節のヒーロースーツは多少暑く、虎徹は
インタビューを受ける寸前にマスクを開けた。
ちょうどそれを見ていたブルーローズが思わずまじまじと凝視していたが、されている本
人はさっぱり気づかず大きく息などついたりしている。
ファイヤーエンブレムに肩を叩かれようやく我に返ったブルーローズが真っ赤になって掴み
かからんばかりに口を開く。
「ちょ、ちょっと何アレなに! ? 」
「こらこら、ちょっと声が大きいわよ。あれね、髭を整えるのに失敗したみたい。それですっぱ
り全部剃っちゃうあたりタイガーよね」
「ええっ! 」
「だから声が大きいと言ってるじゃないのー」
はっと気づいた彼女が慌てて口をふさぎ振り向くと、話題の本人がインタビュアーに同じ
質問を喰らっている。
その横顔を再度眺めくるりと瞳を巡らせると、何かしら考え込み始めた。
何を考えているか察したファイヤーエンブレムはとりあえずH E R O T V のクルーに呼ば
れるまでは好きなようにさせておこうとそっと見守っていた。
ーーーその事件が放映された直後。
「ネットが凄いことになっているんです」
折紙のひとことに全員揃っていたヒーローが一斉に顔を向けた。
視線の先には琥珀色に真っ直ぐ視線を合わせる菫色の双眸。
最近めきめきと前向きになっている折紙なので人と視線を合わせるのは珍しくなくなって
いるが、瞳に宿っているのは困惑の色。
「あー、確かお前、ブログやってたっけ」
「はい」
「何が問題なの? 」
ブルーローズが思わず口を挟むと、はふ、という吐息。
「ーーー『ワイルドタイガーは本物か否か』って」
「え? タイガーさんはタイガーさんでしょ? 」
ドラゴンキッドが上げた声にロックバイソンがうんうんと頷く。
「確かに。こんなのが二人も居る訳ない」
「やい、どういう意味だコラ」
突っ込んだ虎徹に構わずスカイハイも続いた。
「ワイルド君はひとりだ。そうだひとりだけだ」
「… … … … もしかして髭のせい? 」
半眼になったブルーローズの指摘に折紙の淡い金髪が縦に動いた。
「そうみたいです」
ーーーシュテルンビルト最大の掲示板曰く。
『ワイルドタイガーの髭が無いぞ! 』
『意外に若くね? 』
『二〇代かな。でも髭があったときはしっかりおっさんだったけど』
『デビュー一八か一九ならアラサーだろ。だけどワイルドタイガー、東洋系みたいだから歳は
マジわからねえが』
『東洋系つったって若すぎだろ。誰かと入れ替わってないか? 』
『あそこまで景気よくモノをぶっ壊すヒーロー、他にいるのか? 』
『そういう目立つ行動ってのはむしろコピーしやすいだろ! 』
あーでもないこーでもないと喧々諤々らしい。
「とうとう僕のブログにもタイガーさんについて何か知らないかって書き込まれるようになっ
て。キッドさんから聞いたことだけ返しておきましたけれど」
「ーーーお疲れ様。大人の対応ね」

ファイヤーエンブレムの労いに折紙も顔をほころばせる。
その中で唯一全く違う動きをした者が居た。
バーナビーという名のそれは足音も立てずに己のバディへ近づくとわしっ! と音を立てる
勢いで細身を己の方へ抱き込んだ。
呆然と一同が見ている中、いち早く我に返ったのは抱きしめられている当人。
慌ててジタバタと暴れてみるが、身長差か人種の差か拘束する腕は微動だにせずむしろま
すます力が入って動きを封じられてしまう。
「ちょ、おま、苦しいって何なのバニーちゃん! 」
ハンドレッドパワーを使われていないのに抜け出せない状況で本格的に焦ったとき、ようや
く腕の力が緩む。
訳のわからない状況からやっと抜け出せた虎徹は眉間に皺を寄せてバーナビーに迫った。
「お前ね、本当に何したかったの」
尋ねて返ったのは真剣な瞳。
釣られて覗き込んだところでその下の口が動く。
「虎徹さんみたいに可愛い反応する人は世界の何処にもいません! 」
「お前それだけのためにやったのかあぁぁっ! ! 」
自信たっぷりに断言したハニーブロンドをぺーん! と張り倒す虎徹に脱力する数名、何か
納得したように目を見合わせる数名の中、この中で最も精神年齢が高い人間がやや憐憫の目
と共にしみじみと呟いた。
「タイガー、大変な子に好かれちゃったわねえ… … 」
更にその日の午後、上司に呼び出されたヒーローコンビのうち歳食ってる方は上機嫌の上
司からとんでもない仕事を押しつけられて困惑していた。
「ロイズさん、グラビア撮影がバニーじゃなくて俺ってどういう風の吹き回しですか? 雪どこ
ろか雹が降りますよ」
一応突っ込んでみても上司のご機嫌な表情は一ピコグラムも揺るがない。
その笑いを見て髭を全剃りしてしまった日の光景が脳裏にまざまざと蘇ってきた。
まさかという顔で問いを紡ぐ。
「あの、あの日もの凄い笑顔だったのって」
「これに決まってるじゃないの。あ、髭伸びかけてるのね。悪いけれど剃っといて」
「ちょっと待ってください! これ、俺のーーー」
「駄目。それ剃ってるの前提で話が通ってるから。そうそう、バーナビー君も一緒だからよろし
く」
「はい、わかりました」
儲ける戦略に心奪われている上司と二人そろっての仕事というだけで上機嫌なバディに挟
まれて抵抗できるわけもなく、虎徹は再び髭を剃ることになってしまった。
そしてそのグラビアが年齢疑惑やら[
ワイルドタイガーは本物か? ] 疑惑を沸騰させネッ
トを席巻した。
異変が起こったのは数日後。
ファイヤーエンブレムが借り切った個室で何ともいえない顔をしているアイマスクをした
浅黒い顔があった。
シュテルンビルトの英雄であるバーナビーには一歩及ばないが、彼の相棒であることとこ
このところの騒ぎでこんなところでないと落ち着いて話をすることもできない立場である。
しかしそこを苦にする男ではない故にその浮かない表情は言いようのない違和感を生じさ
せている。
「ーーー今日のハンサムの機嫌、やたら悪かったわね。怖いくらい」
真っ先に切り込んだのはやはり個室を借りた本人。
切り込まれた方はがしがしと髪を掻く。
「上がったり下がったり忙しい奴だぜ。前みたいな仮面貼り付けてるよりはああやって笑った
り怒ったりしてる方がずっといいけどな」
「で、不機嫌の原因は何だよ? 」
ロックバイソンの問いに滑ってきたのは一冊の雑誌。

もちろんロイズのろくでもない企みによってグラビア撮影に駆り出されてしまったアレで
ある。
めくってみるとポーズを決めたところだけではなく、撮影の合間に撮られたと思われるモ
ノも三枚ほど載っていた。
その中に一枚、ひときわ目を惹く構図。
ライトが暑かったのかシャツの襟をくつろげタイを緩めた虎徹、否、ワイルドタイガーの姿。
気怠い表情に絶妙な角度と面積で見える鎖骨、顔からそこまで流れた汗が意外なほどの艶
やかさを醸し出す。
一緒に覗き込んだファイヤーエンブレムが目を輝かせて身をくねらせた。
「いやーん、タイガーのお色気オ・ト・コっ」
「虎徹、お前… … 」
まさかこれか! ? と問いかける視線に返ってきたのは何より雄弁に肯定を示す沈黙。
「… … 確かにお前にしちゃ珍しい写真だけどな、機嫌が悪くなるほどのことか? 」
「そうなんだよ。わけわかんねえ」
ここのところ引っ張りだこのヒーローコンビだが虎徹は基本的に映像はともかくグラビア
撮影を良しとしない性質のせいで、そっちはもっぱらバーナビーが引き受けているような感
がある。
ごく稀にしかないそれもきっちりと構図を決めたモノばかりで、こんな気を抜いたところ
は珍しいからファンには受けるかもしれないがそれだけのことだ。
野郎二人が首を捻っているとファイヤーエンブレムが大きく息をつく。
「あら、私はわかるような気がするけど」
「へっ! ? 」
同時に振り返ったのにまた吐息をつこうとした彼女。
しかしそれはいきなり背後に出現したモノに遮られた。
「虎徹さん! 」
「のぉえわっ! ? 」
「バ、バニー? 」
思わず素に戻って野太い驚愕の声を上げたファイヤーエンブレムに構わずハンドレッドパワ
も使わずに一瞬で近づいた彼は、先日よりも荒っぽく細身の身体を抱きかかえた。
あまりの早業で抵抗できないのをいいことに、険しい顔がバディを恐るべき力ーーーまた
もやハンドレッドパワー不使用ーーー引きずっていく。
「今日という今日はもう我慢できません。余計な仕事はしないって言っていたのにあの× ×
( あまりに下品なスラングにより検閲削除) カメラマン! 虎徹さんも虎徹さんです。油断しな
いでくださいああいう表情は僕の前でだけ見せていれば良いんです」
「バニー! お前こそその発言人前で堂々とするんじゃねえぇぇぇっっ! ! 」「僕は極めて正論を述べていますが何か」
「それのどこが正論だっっ! ! 」暴れながらもいつ出動要請がかかるかという懸念のためハンドレッドパワーを使うわけも
いかずドナドナされる虎徹。
ドップラー効果を残して遠ざかっていく二人を見ながらロックバイソンがぽつりと呟く。
「なあファイヤーエンブレム」
「… … 皆まで言わないで」
ーーーバーナビーも大概だが虎徹( ワイルドタイガー) も大概だ。
同じことを思ったのを察し合った二人はそろって肩をすくめる。
「ハンサム、復讐終わっていろいろ吹っ切れたと思ったらどっかのネジも飛んでいったみたい。
結構極端な子だわ」
「虎徹の奴も最初大人げなかったけど、今じゃすっかり保護者っつーかなんつーか」
どちらからともなく浮かぶ苦笑。
ロックバイソンが開いたまま放置された扉を閉める。
「まあ、飲み直すかもったいない」
「そうね」
「っつてケツをさわんなっ! 」
「口直しよく・ち・な・お・し」
ーーーその夜、完全防音のはずのゴールドステージ某マンションで格闘するような音が響い
たとか何とか。

その翌日、偶然同じ場所での取材になったブルーローズは生えかけだった髭がしっかり再生
されているのに目を丸くした。
「タイガー、あんたその髭」
「… … ブルーローズ、わかってる。わかってるから何も言ってくれるな」
妙に疲れた様子でソファに腰を下ろす虎徹の顎をまじまじと眺めてみると、妙な違和感が
ある。
逸る心臓を押さえてグローブを脱ぐと、指先でそっと触れてみた。
「え、何これ? 」
明らかに髭でなく何か顔料で描かれた感触。
サッカーの試合でサポーターがよく顔にいろんな模様を描いているが、あれと似たような
ものだろうか。
しかし一体誰が、と考えたところでそんなことをする人間なぞ一人しか居ない事実に突き
当たった。
「あんたの相棒? 」
返事をしないのが正解の証。
知らず氷の色をした唇から疑問がこぼれ出そうになったところで、こんな無体を働いたど
こぞのスーパールーキー様が何を考えたかわかってしまって眉をしかめた。
髭を剃ってしまった虎徹は妙にもてた。
壮絶に鈍いもんだから女性からのアプローチも粗方スルーしていたが、露骨に迫ってくる
輩をさばくのに苦労していたのを数回見ている。
決定打はこの間雑誌に載っていた妙に扇情的な一枚だろう。
偶然発売日に見かけてめくっていたら出くわしたそれに、気づいたときには精算した雑誌
を抱えて書店を出るところだった。
現在その写真は退色防止フィルムで挟んだ上で鍵のかかる引き出しに入れてある。
おそらくあのまっしぐらな兎ちゃんはこれ以上世間様に相棒の内面を晒すような真似を
したくないに違いない。
その気持ち、わかりすぎるくらいわかるのだがーーー
「ーーーむかつくわ」
思わずこぼれたひとことを虎徹は全く違う意味で受け取ったらしい。
「あ、いや、あいつも何か考えた末みたいだったし」
さっき相棒の横暴にぐったりしていたくせに何をフォローしているのか。
「そっちじゃないわよ。私、あんたは髭がある方がいいと思うわ」
この間うっかりよからぬ考えにふけってしまったけれど、やはりこの顔にこの髭が無いと物
足りない。
さらりと出た台詞に虎徹が破顔する。
「ブルーローズ、サンキュ! すげえ嬉しいわ」
「べっ別に。単にそう思っただけだから! 」
「それで十分だって」
結構な破壊力を持つ笑顔にブルーローズがパニックを起こしかけたそのとき、扉を開けて
入ってきたことの張本人が虎徹を呼ぶ。
「虎徹さん、そろそろですよ」
「お、そうか」
んじゃな、と部屋を出て行こうとする虎徹の死角で特徴のありすぎる癖毛に包まれた顔が
一瞬、ひどく不敵に口の端を上げる。
氷の女王様に挑戦状をたたきつけるかのように。
驚愕に固まった彼女に文字通りの『上から目線』もたっぷりと注いだ彼は、先に行ったバデ
ィを追いかけるため背を向けた。
扉が閉まった数秒後、謎の雄叫びとブリザードが部屋を埋め尽くした…… らしい。
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