01/新しい世界
しばらく歩いて、やっと理事長室の前に着きました。
外から見たときも思いましたが、この学園は広いですね。
ひとりだと迷子になりそうです;
「私の仕事はここまでです」
「あのっ、ありがとう、ございました……っ」
僕は慌ててお礼を言って頭を下げる。
けれどあの方は、顔を上げたときには居なくなっていて──
「あ……」
結局、あやまることはできませんでした。
次会えたら、しっかりとあやまりたいです。
次こそは絶対にあやまります!
そう決意してから、理事長室の扉に向きなおる。
大きくて綺麗な細工がしてある高級そうな扉です。
繊細なデザインで、触ると壊してしまいそうで怖いのですが……インターフォンとかありませんね;
ノックして、いいのでしょうか?
──このままでは遅れてしまいます。
仕方ありません、ノックさせていただきます!
でも、少し怖くて控え目にさせてもらいました。
き、聞こえたでしょうか;
『どうぞ』
「あ……はいっ!」
聞こえたみたいです。
よかった。
「えと、失礼いたします」
そう声をかけてから静かに扉を開ける。
うぅ、緊張します;
でも失礼のないようにしなければっ。
まずは基本の挨拶です!
「は、初めまして、編入生の、沖守 凛と申します。よろしくお願いいたします」
僕はしっかりと頭を下げて、丁寧に挨拶をする。
「しっかり挨拶できたね」
そうしたらお褒めの言葉をいただいたのですが、この声は──
不思議に思ってすぐに顔を上げて声のしたほうを見ると、そこには思ったとおりの人がいました。
「春人 さん!」
やっぱり春人さんでした。
えっ、な、なんで?
春人さんは僕の叔父さんで、僕がこの学園に通えるようにしてくれた優しい人です。
あ、叔父さんといっても27歳と若いんですよ!
でも、どうしてここに?
「いらっしゃい、凛。じつはね、ここは俺の学園なんだよ」
「えぇ!?」
「嘘を言うな、春人」
「あ……」
部屋の奥から人が出てきました。
春人さんと親しそうですが、誰でしょう?
「悪い、わるい。ちょっと凛を驚かせたくてな」
「まったくお前は……君が凛君か」
「あ、は、はい。沖守 凛と申します」
「春人の友人で理事長の甘露寺 一樹 だ。栞菜学園へようこそ、凛君」
そう言って、きれいに優しく微笑んで手を差し出してくれました。
その手を取って、僕も笑い返す。
何か思うところがあるみたいですが、笑顔に嘘はありません。
本当に歓迎してくれてます。
春人さんのお友達に嫌がられなくてよかった。
これなら変につっかえず、普通に喋れそうです。
「ありがとう、ございます。よろしくお願いいたします」
「よろしく。……突然だけど少し聞きたいことがあるんだ。そこのソファーへ座ってくれ」
「あ、はい」
促されてソファーに座る。
ふぅ、やっと落ち着きました。
そういえば、聞きたいこととはどんなことでしょう?
僕は促すように目の前に座っている理事長さん達に目線を投げる。
「実はね、凛君。この学園では全寮制の男子校という環境故に起こることがある」
「な、なにが起こるのでしょうか?」
「恋愛対象がね、同性に向かいがちになるんだ」
「同性に、ですか?」
えっと、それは……男性が男性を好きになる、ということでしょうか?
「男同士とか、偏見はあるかい?」
偏見、ですか?
「えっと、そういったことで人を選ぶつもりはないので大丈夫です」
「そうか」
僕がそう答えると、理事長さんはチラリと春人さんを見ました。
どうしたのでしょう?
「あとね、生徒に金持ちの息子が多いせいか、アクの強い人間が多いんだ。大丈夫かい?」
アクの強い人、ですか……
「まだおひとりとしか会ってないので、自信を持って大丈夫とは言えません。でも、春人さんが折角くれたチャンスです。簡単に折れたりしません」
「──そうか、なら大丈夫だろう。それじゃあ、困ったことがあったらいつでも来なさい」
そう言って出されたのは黒いカード。
なんなのでしょう?
「これは……?」
「学園内ならどこでも開けれるカードだ。ここに来るのに使うといい」
「どこでも開けれるカード、ですか」
「……」
気にかけてくれているのに、こんなことを言ったら嫌われてしまうかもしれません。
でも、言わないと──
「お気持ちは嬉しいですが、受け取れません」
「──どうしてだい?」
理事長さんは僕の言葉にスっと目を細めて見つめてくる。
その目に悲しくなりながらも、僕は理事長さんとまっすぐ視線を合わせて言葉を返した。
「僕は、ただの一生徒です。それを持つには相応しくありません。だから……受け取れません」
「そうか」
ぽつりと呟くように言われたその言葉。
それに僕は、これ以上反応を見るのが怖くなってうつむく。
せっかくの好意を断ってしまったのです。
僕は、優しくしてくれたこの方に嫌われてしまったでしょう……
「いい子だな、春人」
「だろ?」
「え……?」
内心でビクビクしてたのに、なぜか理事長さんの優しい柔らかい声が聞こえました。
その反応に思わず顔を上げてふたりのほうを見ると、ふたりとも、僕を優しく見つめながら微笑んでいました。
予想とは違う反応で、びっくりです。
「不安にさせて悪かったね、凛君。実は、春人と賭けをしていたんだ」
「賭け、ですか……?」
いったい、どんなものでしょう?
まったくわからなくて、思わず首がななめに傾く。
「あぁ。編入試験で優秀な結果を出し、君がこのカードを受けとらず私が気に入ったら、事情もなにも聞かずに学園に受け入れるってね」
「え……? じゃあ、もし駄目だったら──」
「あらいざらい全部話してもらうか、編入を取り消しにしていたよ。与えられる餌をただ享受するだけの存在は、あまり好きではないからね」
優しく笑いながら衝撃的な事実を聞かされました。
偽名で編入できるなんて不思議に思っていましたが、そんな事情があったなんて!
「は、春人さん!」
僕は思わず春人さんを見る。
こんな、こんな重要なことを黙っているなんて、どういうことですかっ!
「いや、凛なら絶対大丈夫だと確信してたからね」
僕の視線を受けて、春人さんが悪びれなく笑いました。
その笑顔に僕は脱力して苦笑する。
まったくもう……
でもよかったです。
駄目だったら、春人さんにものすごい迷惑をかけるところでした;
「改めて、おめでとう凛君。栞菜学園は君を歓迎するよ」
「よかったな、凛」
「あ、ありがとうございます」
僕はあわてて頭を下げてお礼を言う。
ふたりのあたたかい眼差しと優しい声に、少し涙が出そうになりました。
「そうだ凛。これ、俺からの編入祝い」
「え……?」
感動に浸ってると、春人さんがそう言って僕になにかを差し出してきました。
見れば、それは春人さんも使っているスマートフォンというものでした。
うわぁ、とても薄くて小さいです!
すぐそばでしっかり見ることもなかったそれを、興味津々で見つめる。
もっとしっかり見てみたくなって、思わず手をのばしそうになったけど──
──はっ、なにしてるんですか僕は!
こんな、スマートフォンなんて高価そうなもの貰えませんっ!
僕は慌てて手を引いて、首をぶんぶん振りながら断る。
「は、春人さん。僕、貰えません;」
「遠慮することない」
「でも……」
ただでさえお世話になっているし、迷惑もかけているのに──
「全寮制だから入るとなかなか会えないだろ? 付き合い上必要になるだろうし」
「うー……」
「俺のためにも、な?」
「……わ、かりました」
気になりましたが、春人さんが僕のために用意してくれたものです。
嬉しいのは嬉しいので、しっかりとお礼を言って受け取ります。
「ありがとうございます、春人さん」
「どういたしまして。俺の連絡先は入ってるから、いつでも連絡してこいよ?」
「はい」
説明書の入った袋も受け取って、大事に胸に抱く。
自然と顔が緩みます。
「よかったね、凛君」
「はいっ」
「春人、凛君を寮まで頼む。じつはこれから会議なんだ」
「わかった。凛、行くよ」
「あ、はい」
春人さんは理事長さんに軽く手を振って、スタスタと入り口まで歩いて行きます。
僕は理事長さんにしっかりお辞儀をしてから、春人さんのあとを着いていきました。
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外から見たときも思いましたが、この学園は広いですね。
ひとりだと迷子になりそうです;
「私の仕事はここまでです」
「あのっ、ありがとう、ございました……っ」
僕は慌ててお礼を言って頭を下げる。
けれどあの方は、顔を上げたときには居なくなっていて──
「あ……」
結局、あやまることはできませんでした。
次会えたら、しっかりとあやまりたいです。
次こそは絶対にあやまります!
そう決意してから、理事長室の扉に向きなおる。
大きくて綺麗な細工がしてある高級そうな扉です。
繊細なデザインで、触ると壊してしまいそうで怖いのですが……インターフォンとかありませんね;
ノックして、いいのでしょうか?
──このままでは遅れてしまいます。
仕方ありません、ノックさせていただきます!
でも、少し怖くて控え目にさせてもらいました。
き、聞こえたでしょうか;
『どうぞ』
「あ……はいっ!」
聞こえたみたいです。
よかった。
「えと、失礼いたします」
そう声をかけてから静かに扉を開ける。
うぅ、緊張します;
でも失礼のないようにしなければっ。
まずは基本の挨拶です!
「は、初めまして、編入生の、沖守 凛と申します。よろしくお願いいたします」
僕はしっかりと頭を下げて、丁寧に挨拶をする。
「しっかり挨拶できたね」
そうしたらお褒めの言葉をいただいたのですが、この声は──
不思議に思ってすぐに顔を上げて声のしたほうを見ると、そこには思ったとおりの人がいました。
「
やっぱり春人さんでした。
えっ、な、なんで?
春人さんは僕の叔父さんで、僕がこの学園に通えるようにしてくれた優しい人です。
あ、叔父さんといっても27歳と若いんですよ!
でも、どうしてここに?
「いらっしゃい、凛。じつはね、ここは俺の学園なんだよ」
「えぇ!?」
「嘘を言うな、春人」
「あ……」
部屋の奥から人が出てきました。
春人さんと親しそうですが、誰でしょう?
「悪い、わるい。ちょっと凛を驚かせたくてな」
「まったくお前は……君が凛君か」
「あ、は、はい。沖守 凛と申します」
「春人の友人で理事長の
そう言って、きれいに優しく微笑んで手を差し出してくれました。
その手を取って、僕も笑い返す。
何か思うところがあるみたいですが、笑顔に嘘はありません。
本当に歓迎してくれてます。
春人さんのお友達に嫌がられなくてよかった。
これなら変につっかえず、普通に喋れそうです。
「ありがとう、ございます。よろしくお願いいたします」
「よろしく。……突然だけど少し聞きたいことがあるんだ。そこのソファーへ座ってくれ」
「あ、はい」
促されてソファーに座る。
ふぅ、やっと落ち着きました。
そういえば、聞きたいこととはどんなことでしょう?
僕は促すように目の前に座っている理事長さん達に目線を投げる。
「実はね、凛君。この学園では全寮制の男子校という環境故に起こることがある」
「な、なにが起こるのでしょうか?」
「恋愛対象がね、同性に向かいがちになるんだ」
「同性に、ですか?」
えっと、それは……男性が男性を好きになる、ということでしょうか?
「男同士とか、偏見はあるかい?」
偏見、ですか?
「えっと、そういったことで人を選ぶつもりはないので大丈夫です」
「そうか」
僕がそう答えると、理事長さんはチラリと春人さんを見ました。
どうしたのでしょう?
「あとね、生徒に金持ちの息子が多いせいか、アクの強い人間が多いんだ。大丈夫かい?」
アクの強い人、ですか……
「まだおひとりとしか会ってないので、自信を持って大丈夫とは言えません。でも、春人さんが折角くれたチャンスです。簡単に折れたりしません」
「──そうか、なら大丈夫だろう。それじゃあ、困ったことがあったらいつでも来なさい」
そう言って出されたのは黒いカード。
なんなのでしょう?
「これは……?」
「学園内ならどこでも開けれるカードだ。ここに来るのに使うといい」
「どこでも開けれるカード、ですか」
「……」
気にかけてくれているのに、こんなことを言ったら嫌われてしまうかもしれません。
でも、言わないと──
「お気持ちは嬉しいですが、受け取れません」
「──どうしてだい?」
理事長さんは僕の言葉にスっと目を細めて見つめてくる。
その目に悲しくなりながらも、僕は理事長さんとまっすぐ視線を合わせて言葉を返した。
「僕は、ただの一生徒です。それを持つには相応しくありません。だから……受け取れません」
「そうか」
ぽつりと呟くように言われたその言葉。
それに僕は、これ以上反応を見るのが怖くなってうつむく。
せっかくの好意を断ってしまったのです。
僕は、優しくしてくれたこの方に嫌われてしまったでしょう……
「いい子だな、春人」
「だろ?」
「え……?」
内心でビクビクしてたのに、なぜか理事長さんの優しい柔らかい声が聞こえました。
その反応に思わず顔を上げてふたりのほうを見ると、ふたりとも、僕を優しく見つめながら微笑んでいました。
予想とは違う反応で、びっくりです。
「不安にさせて悪かったね、凛君。実は、春人と賭けをしていたんだ」
「賭け、ですか……?」
いったい、どんなものでしょう?
まったくわからなくて、思わず首がななめに傾く。
「あぁ。編入試験で優秀な結果を出し、君がこのカードを受けとらず私が気に入ったら、事情もなにも聞かずに学園に受け入れるってね」
「え……? じゃあ、もし駄目だったら──」
「あらいざらい全部話してもらうか、編入を取り消しにしていたよ。与えられる餌をただ享受するだけの存在は、あまり好きではないからね」
優しく笑いながら衝撃的な事実を聞かされました。
偽名で編入できるなんて不思議に思っていましたが、そんな事情があったなんて!
「は、春人さん!」
僕は思わず春人さんを見る。
こんな、こんな重要なことを黙っているなんて、どういうことですかっ!
「いや、凛なら絶対大丈夫だと確信してたからね」
僕の視線を受けて、春人さんが悪びれなく笑いました。
その笑顔に僕は脱力して苦笑する。
まったくもう……
でもよかったです。
駄目だったら、春人さんにものすごい迷惑をかけるところでした;
「改めて、おめでとう凛君。栞菜学園は君を歓迎するよ」
「よかったな、凛」
「あ、ありがとうございます」
僕はあわてて頭を下げてお礼を言う。
ふたりのあたたかい眼差しと優しい声に、少し涙が出そうになりました。
「そうだ凛。これ、俺からの編入祝い」
「え……?」
感動に浸ってると、春人さんがそう言って僕になにかを差し出してきました。
見れば、それは春人さんも使っているスマートフォンというものでした。
うわぁ、とても薄くて小さいです!
すぐそばでしっかり見ることもなかったそれを、興味津々で見つめる。
もっとしっかり見てみたくなって、思わず手をのばしそうになったけど──
──はっ、なにしてるんですか僕は!
こんな、スマートフォンなんて高価そうなもの貰えませんっ!
僕は慌てて手を引いて、首をぶんぶん振りながら断る。
「は、春人さん。僕、貰えません;」
「遠慮することない」
「でも……」
ただでさえお世話になっているし、迷惑もかけているのに──
「全寮制だから入るとなかなか会えないだろ? 付き合い上必要になるだろうし」
「うー……」
「俺のためにも、な?」
「……わ、かりました」
気になりましたが、春人さんが僕のために用意してくれたものです。
嬉しいのは嬉しいので、しっかりとお礼を言って受け取ります。
「ありがとうございます、春人さん」
「どういたしまして。俺の連絡先は入ってるから、いつでも連絡してこいよ?」
「はい」
説明書の入った袋も受け取って、大事に胸に抱く。
自然と顔が緩みます。
「よかったね、凛君」
「はいっ」
「春人、凛君を寮まで頼む。じつはこれから会議なんだ」
「わかった。凛、行くよ」
「あ、はい」
春人さんは理事長さんに軽く手を振って、スタスタと入り口まで歩いて行きます。
僕は理事長さんにしっかりお辞儀をしてから、春人さんのあとを着いていきました。
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