弱虫ペダルshort
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こんにちは、最後の彼
初めて会ったのはたまたま覗きに行った弟と妹の部活の時。卒業して1年は経っていたかしら?
綺麗な銀髪の彼が弟に負けて悔しがってる姿を見かけたの。多分一目惚れだったんだわ。今までそんなことなかったから、なんかソワソワしちゃたの。私から好きになることなんてなかったから。
「いっちゃん、彼は?」
「ん?あぁ兄貴の近くにいる人?黒田雪成って言うんだけど、入部した時から兄貴に噛み付いてるんだよね」
「ふぅん?」
第一印象はともくんに似てると思った。
とっても負けず嫌いなんだなって。
帰り道に見かけた彼は同じ道を練習したり、苦手なところなのかしら悔しそうに顔を歪めていたのを覚えてる。
ついつい気になっちゃって用事を思いついては箱根学園に通っていた。大学?ほとんど自主作成だったし行かなくてもいいの。
ある日、いっちゃんと話しながら帰ってくるのを待っていたら黒田くんが1人だけ先に戻ってきた。
「!!救急箱とってくる!」
「…悪い」
「黒田くん、これ使って?」
腕に大きな擦り傷を作って戻ってきた黒田くんに持っていたハンカチを濡らして渡す。
「いや、悪いんで」
「ダメ、血が固まった方が大変だわ。ちゃんと洗わないと…」
「……すいません」
丁寧に拭いて、水で流す。
大変な傷じゃなくてよかったわ。
「あの、このハンカチ洗って返すんで」
「いいのよ、気にしなくて?」
「いや、流石にそのまま返すのは…」
「そう?…じゃ、今度お休みの日にでもおでかけしましょ」
「へ?」
「あら、ダメだった?」
「い、いや。急でびっくりしただけっていうか…」
「ちょっと、おねーちゃん」
「ふふ、わかったわ。今度会えた時に返してね」
テキパキと応急手当てする妹を見ながらちょっと焦ったかしらなんて思った。
本気でお誘いしたんだけど…そうよね、急に誘われたら驚いちゃうわ。
「あの、荒北…さん?」
「あ、紛らわしいもの愛華でいいわ。いっちゃんもともくんもいるもの」
「愛華さん…すいません、ハンカチちゃんと返すんで」
「ふふ、いつでもいいのよ。多分また遊びにくるから」
「おねーちゃんってば箱学にいる時は来なかったのに」
「んー、忙しかったから。最近は大学もほとんど自主制作の時間だし」
「何か作ってるんですか?」
「洋服関係の学校なの。そのハンカチも私が刺繍したのよ」
「!器用ですね」
「褒めてもらえるのは嬉しいわ……さてと、そろそろ私帰るわね」
「はーい、またくるんでしょ?」
「もちろん、ハンカチも受け取らないとだし?デートでもよかったんだけど」
くすりと笑いながら黒田くんにウインク。
びっくりした顔可愛いわ。
「ほら、おねーちゃん!純情な青少年を弄ばないでよ」
ぐいぐいと背中を押される。
「あら、割と本気なのよ?」
「本気ならちゃんと本気だって伝わらないと意味ないでしょ」
「……それもそうね」
「おねーちゃんわかりずらいから」
「……そんなつもりないんだけどなぁ」
黒田くんが見えなくなったところで、背中を押すいっちゃんの手が緩む。
「黒田のこと本気なら、今までのことちゃんと精算してよ」
「当たり前だわ」
「散々不誠実なことしてたのおねーちゃんだし」
「そうね、いっちゃんにも迷惑かけたわ」
「……私はいいよ、おねーちゃんのことちゃんと知らない男がどうこう言ってるのなんて気にしないもん」
「いっちゃん…」
「けどさ、黒田は…ほらインハイ出れるかもしれないから頑張ってるし…振り回して欲しくない」
「そうね…振り回したいわけじゃないわ。ともくんも頑張ってるんでしょう?」
「うん、兄貴も頑張ってる…って言われるのは嫌いみたいだけど」
「そうね、頑張れって言われるの嫌いだもの……わたしね、黒田くんを最後の人にしたいのよ」
「……そっか」
「こんな気持ちになるの、初めてよ」
「おねーちゃんがちゃんとしてる…」
「ちょっと、わたしがちゃんとしてないみたいじゃない」
「ちゃんとしてなかったでしょー」
「…それもそうね」
「本気ならいいや、頑張ってね」
「いっちゃんも後悔がないように、ね?」
「…わかってるよ」
むくれてアヒル口になるいっちゃんの頭を撫でる。
こんないい子が妹なんだもの。苦労させるのはダメよね。
***
それから箱学にこようと思っていたのに制作が佳境に入ってしまって、気づくと1ヶ月経ってしまっていた。
ハンカチのことなんて忘れられてるかもしれないわ。スポーツドリンクを差し入れに車を運転する。
途中自転車に乗る集団を見た。
山を登る集団。
先頭は2人。見間違えることはないヘルメットからのぞく銀髪。黒田くんだわ…!
コースにはかからないから路肩に止める。
頑張って…!そう思った瞬間に、もう1人の子が不思議な加速をする。
……速い。
そのまま姿が見えなくなる。
多分これがいっちゃんが言ってたレギュラーを決めるレース。
黒田くんは負けてしまったってことになるのね。
車に乗り込んでちょっとだけ急いで箱学にいく。
「おねーちゃん」
「いっちゃん、これ差し入れ。……ちょっとまだ忙しいから、ハンカチ受け取ってもらってもいい?」
「…一応さ、私が預かろうか?って言ったの。そしたら黒田直接渡すからって」
「…そう」
「帰るの?」
「そう、ね」
「黒田いつくるんだって言ってたから…きてたって知ったら残念がるよ」
「ふふ、ハンカチ一枚でそこまで気にしなくてもいいのに」
「それだけじゃないんじゃない?」
「どうかしら…けど、今日はダメ。帰るわ」
「……わかった。じゃ、またね」
……わたしにはロードのことわからないけど、彼は多分なぐさめられるのをよしとしないと思うから。今日会うのは違うと思ったの。
車に乗って急いで出発する。また1週間後にでもくるわ。
***
「愛華さん!」
箱学で車を降りたらパッと彼が走ってきた。
そんなに待っててくれたの?なんて思って思わずキュンってしちゃった。
「黒田くん。ごめんなさいね、なかなか来れなくて」
「いえ、ハンカチありがとうございました!」
「あげてもよかったくらいなんだから気にしないで?」
「…これ、お礼というか…いつも差し入れももらってるんで」
差し出された可愛い箱を受け取る。
ほんのりと箱からいい匂いがして、開けてもいい?と確認してから中身を見る。
出てきたのは可愛らしいポプリ。強すぎない匂いがあたりに漂う。
「こんなに可愛いものもらえると思わなかったわ!ありがとう」
「いつくるかわかんなかったんで…匂い嫌いじゃないですか?」
「大丈夫よ」
そうだわ!思いついてすぐに車のミラーに引っ掛ける。これでいつでも一緒ね。
「あら、そういえば練習は?」
「今日は自主練の日なんです」
「そうなの?…黒田くんのお邪魔しちゃったかしら?」
「そんなことないです!…この間もきてたんですか?」
「えぇ、ちょっと作成が佳境だったのよ」
「大変なんですね…今日は大丈夫なんですか?」
「そうなの。だから黒田くんが走ってるところ見ようかなって思ったのよ」
「俺…ですか?」
「そうよ。わたしあなたのこと気に入ってる…んーと…わたし、黒田くんのこと好きなのよ」
「えっ!?」
「ふふ…少しでも考えてくれるなら嬉しいわ」
自転車のことはちゃんとわかってない。真波くん(後でいっちゃんに聞いた)の事をいいように思ってないのかもしれないけど。きっと色々考えて、感じることがあったのね。そういうところもかっこいいわ。
固まってる黒田くんを横目に部室へ向かう。
遠くからともくんが寿一くんに吠えてる声が聞こえる。ともくんがまた元気になって嬉しいわ。
そんなこと考えてたら、後ろから黒田くんが追いかけてきた。
「…!ま、愛華さん!本気ですか?」
「あら、本気じゃないように聞こえるかしら…?困ったわ…本気なんだけど…」
「そ、その…俺を…?」
「えぇ、好きよ。わたしを彼女にして欲しいなと思ってるんだけど…まだわたしのこと知らないでしょう?だから少しでも考えてくれればって思ったの」
「そりゃ…知らないですけど…それをいうなら愛華さんだって俺のこと知ってるんですか?」
「わたしが見たことある黒田くんだけね。でも好きだって思っちゃったから…そうね、わたしも信じてなかったんだけど…一目惚れ、ってこういうことだなって思ってるの」
「……その、愛華さんが本気なら…ちゃんと考えます」
「!!ありがとう!…よければデートでもしましょう?わたしのことも知って欲しいの」
「…その、俺で良ければ」
「あなたがいいの」
休みの日あったら教えてと連絡先が書いてあるメモを渡す。
今日来た甲斐があったわ!黒田くんの連絡先も手に入ったし!
練習を眺めてから帰る。ついつい黒田くんを見てしまって、目があってしまう。
…わたしのこと気にしてくれてる…それだけでこんなに幸せになってしまうのね。
今までの男が、霞んで消えてしまうわ。
その日の夜。
わたしは今までの男の連絡先を消すことにした。黒田くん以外の連絡先なんていらないわ。
連絡をしてきた男には本命ができたの、これからは連絡しないでと伝える。基本的にワンナイトで互いに本気じゃない人が多いから変な人以外は大丈夫。
……その、変な男は自称彼氏だって言い張るんだけどそんなこと言った覚えがなくて困ってしまう。
でも、黒田くんに告白したのだから、その人たちともきちんと切らないといけない。
ちゃんと本命ができたこと彼氏じゃないことを伝える。電話は…ごめんね、着拒にさせてもらう。家で会ったことある人はいないし、大丈夫。
…………不安がないわけじゃない。
このことで黒田くんに嫌われてしまったら?迷惑をかけてしまったら?それを考えるだけで胸が痛い。
「…こんなに好きになってたのね」
驚く。今までにない気持ちなのだ。
だって、人をこんなに好きになったことがないんだもの。尽くされるのが当たり前で、それをいいようにしてたのはわたし。
だから、わたし…あなたを最後の人にするって決めたから……だから、貴方だけに尽くしたい。
…………まだ彼女でもないのに、こんな想いを持ってるなんて知られたら引かれちゃうかもしれないわね。
***
それから何回か休日にデートをした。
無難に映画やテーマパーク、買い物やご飯を食べに行ったわ。デートに行くようになってからは、黒田くんじゃなくてゆきくんって呼ばせてもらってる。
最初は緊張してた感じだったけど、だんだん打ち解けてくれたみたい。季節は進んでそろそろ秋になる季節。今では敬語も外れて、仲良くなれたと思うわ。
「ゆきくん、ごめんね待たせちゃったかしら?」
「全然、むしろ時間の5分前」
「毎回約束の時間より早くくるんだもの」
「そりゃ、まぁ……楽しみだから」
「!…そう、ふふ。嬉しいわ」
わたしとのデートを楽しみにしてくれてるなんて!あれよね、脈ありってやつよね。
「で?今日は何にも聞かされてないけどどこ行くんだ?」
「行きたいところがあるの」
「なんか上機嫌だな」
「そうね、ゆきくんが一緒に出かけてくれるだけでわたし幸せだもの」
「そっか」
手を繋いで歩き出す。待ち合わせしたのはわたしのお店の近く、よく籠るアトリエもあるのでそこへ向かっている。
他愛無い話をしながらアトリエに入る。部屋の中央にマネキンに着せた服。
「あのね、ゆきくんに…作ったんだけど…」
「…すっげぇ」
季節柄使うかなと思ったカーディガンとベスト。ワンポイントに黒猫ちゃんを入れてみた。
ズボンは箱学カラーのジャージ。普通のよりはスキニーで自転車に絡まることもないと思うの。あとはタオルとか小物。
「……その、良ければもらってくれるかしら…?」
「俺、愛華からもらってばっかりで…本当にいいのかよ」
「もちろん、わたしがゆきくんに作ったものだもの」
「…………」
「?ゆきくん…?」
「いや、ここまでしてもらってるのに…つか今までちゃんと返事してないのも悪いよな…」
「!いいのよ、わたし…一緒にいられるだけで嬉しいの、嘘じゃ無いわ」
「それは、一緒にいたしわかるって。その、好きだって言ってくれた時はなんで俺?って思ったけど、一緒に出かけたりとかして…愛華のこともわかったっていうか………あー…その、俺も愛華が好きだ」
「っ!!ありがとう!ゆきくん!」
嬉しいっ!嬉しいわ!思わず抱きついちゃったけど、ゆきくんがしっかり受け止めてくれて、キュンキュンしちゃうわ…!
「そんな喜んでくれるならもっと早くいえばよかったな、悪い」
「ううん、気にしないで。わたしのわがままが始まりだもの、答えもらえるまで待つつもりだったわ。それに自転車を頑張ってるゆきくんが好きなんだもの」
「来年は、インターハイに出る。応援来てくれるだろ?」
「もちろんよ!ゆきくんがかっこいいところちゃんとみてるわ」
「……かっこいいかはわからないけどな」
「どんなゆきくんだってわたしからしたらかっこいいわ!」
ぱっと顔を上げると思いの外近くにあるゆきくんの顔。とっても綺麗でカッコいい…。こんな近距離で視線が合うことがほとんどないからか、ゆきくんの頬に朱がさす。
あーもうっ!かわいいわ!!
勢い余ってゆきくんの薄い唇に自分のを押し付ける。
キスしてるだけなのにとっても気持ちがいい。
ゆっくり食んで、味わって。
「ふふ、奪っちゃった」
「…こういうのって男からリードするもんだろ」
「いいのよ、私がしたかったんだもの」
これから先はずっと彼の隣に。
初めて会ったのはたまたま覗きに行った弟と妹の部活の時。卒業して1年は経っていたかしら?
綺麗な銀髪の彼が弟に負けて悔しがってる姿を見かけたの。多分一目惚れだったんだわ。今までそんなことなかったから、なんかソワソワしちゃたの。私から好きになることなんてなかったから。
「いっちゃん、彼は?」
「ん?あぁ兄貴の近くにいる人?黒田雪成って言うんだけど、入部した時から兄貴に噛み付いてるんだよね」
「ふぅん?」
第一印象はともくんに似てると思った。
とっても負けず嫌いなんだなって。
帰り道に見かけた彼は同じ道を練習したり、苦手なところなのかしら悔しそうに顔を歪めていたのを覚えてる。
ついつい気になっちゃって用事を思いついては箱根学園に通っていた。大学?ほとんど自主作成だったし行かなくてもいいの。
ある日、いっちゃんと話しながら帰ってくるのを待っていたら黒田くんが1人だけ先に戻ってきた。
「!!救急箱とってくる!」
「…悪い」
「黒田くん、これ使って?」
腕に大きな擦り傷を作って戻ってきた黒田くんに持っていたハンカチを濡らして渡す。
「いや、悪いんで」
「ダメ、血が固まった方が大変だわ。ちゃんと洗わないと…」
「……すいません」
丁寧に拭いて、水で流す。
大変な傷じゃなくてよかったわ。
「あの、このハンカチ洗って返すんで」
「いいのよ、気にしなくて?」
「いや、流石にそのまま返すのは…」
「そう?…じゃ、今度お休みの日にでもおでかけしましょ」
「へ?」
「あら、ダメだった?」
「い、いや。急でびっくりしただけっていうか…」
「ちょっと、おねーちゃん」
「ふふ、わかったわ。今度会えた時に返してね」
テキパキと応急手当てする妹を見ながらちょっと焦ったかしらなんて思った。
本気でお誘いしたんだけど…そうよね、急に誘われたら驚いちゃうわ。
「あの、荒北…さん?」
「あ、紛らわしいもの愛華でいいわ。いっちゃんもともくんもいるもの」
「愛華さん…すいません、ハンカチちゃんと返すんで」
「ふふ、いつでもいいのよ。多分また遊びにくるから」
「おねーちゃんってば箱学にいる時は来なかったのに」
「んー、忙しかったから。最近は大学もほとんど自主制作の時間だし」
「何か作ってるんですか?」
「洋服関係の学校なの。そのハンカチも私が刺繍したのよ」
「!器用ですね」
「褒めてもらえるのは嬉しいわ……さてと、そろそろ私帰るわね」
「はーい、またくるんでしょ?」
「もちろん、ハンカチも受け取らないとだし?デートでもよかったんだけど」
くすりと笑いながら黒田くんにウインク。
びっくりした顔可愛いわ。
「ほら、おねーちゃん!純情な青少年を弄ばないでよ」
ぐいぐいと背中を押される。
「あら、割と本気なのよ?」
「本気ならちゃんと本気だって伝わらないと意味ないでしょ」
「……それもそうね」
「おねーちゃんわかりずらいから」
「……そんなつもりないんだけどなぁ」
黒田くんが見えなくなったところで、背中を押すいっちゃんの手が緩む。
「黒田のこと本気なら、今までのことちゃんと精算してよ」
「当たり前だわ」
「散々不誠実なことしてたのおねーちゃんだし」
「そうね、いっちゃんにも迷惑かけたわ」
「……私はいいよ、おねーちゃんのことちゃんと知らない男がどうこう言ってるのなんて気にしないもん」
「いっちゃん…」
「けどさ、黒田は…ほらインハイ出れるかもしれないから頑張ってるし…振り回して欲しくない」
「そうね…振り回したいわけじゃないわ。ともくんも頑張ってるんでしょう?」
「うん、兄貴も頑張ってる…って言われるのは嫌いみたいだけど」
「そうね、頑張れって言われるの嫌いだもの……わたしね、黒田くんを最後の人にしたいのよ」
「……そっか」
「こんな気持ちになるの、初めてよ」
「おねーちゃんがちゃんとしてる…」
「ちょっと、わたしがちゃんとしてないみたいじゃない」
「ちゃんとしてなかったでしょー」
「…それもそうね」
「本気ならいいや、頑張ってね」
「いっちゃんも後悔がないように、ね?」
「…わかってるよ」
むくれてアヒル口になるいっちゃんの頭を撫でる。
こんないい子が妹なんだもの。苦労させるのはダメよね。
***
それから箱学にこようと思っていたのに制作が佳境に入ってしまって、気づくと1ヶ月経ってしまっていた。
ハンカチのことなんて忘れられてるかもしれないわ。スポーツドリンクを差し入れに車を運転する。
途中自転車に乗る集団を見た。
山を登る集団。
先頭は2人。見間違えることはないヘルメットからのぞく銀髪。黒田くんだわ…!
コースにはかからないから路肩に止める。
頑張って…!そう思った瞬間に、もう1人の子が不思議な加速をする。
……速い。
そのまま姿が見えなくなる。
多分これがいっちゃんが言ってたレギュラーを決めるレース。
黒田くんは負けてしまったってことになるのね。
車に乗り込んでちょっとだけ急いで箱学にいく。
「おねーちゃん」
「いっちゃん、これ差し入れ。……ちょっとまだ忙しいから、ハンカチ受け取ってもらってもいい?」
「…一応さ、私が預かろうか?って言ったの。そしたら黒田直接渡すからって」
「…そう」
「帰るの?」
「そう、ね」
「黒田いつくるんだって言ってたから…きてたって知ったら残念がるよ」
「ふふ、ハンカチ一枚でそこまで気にしなくてもいいのに」
「それだけじゃないんじゃない?」
「どうかしら…けど、今日はダメ。帰るわ」
「……わかった。じゃ、またね」
……わたしにはロードのことわからないけど、彼は多分なぐさめられるのをよしとしないと思うから。今日会うのは違うと思ったの。
車に乗って急いで出発する。また1週間後にでもくるわ。
***
「愛華さん!」
箱学で車を降りたらパッと彼が走ってきた。
そんなに待っててくれたの?なんて思って思わずキュンってしちゃった。
「黒田くん。ごめんなさいね、なかなか来れなくて」
「いえ、ハンカチありがとうございました!」
「あげてもよかったくらいなんだから気にしないで?」
「…これ、お礼というか…いつも差し入れももらってるんで」
差し出された可愛い箱を受け取る。
ほんのりと箱からいい匂いがして、開けてもいい?と確認してから中身を見る。
出てきたのは可愛らしいポプリ。強すぎない匂いがあたりに漂う。
「こんなに可愛いものもらえると思わなかったわ!ありがとう」
「いつくるかわかんなかったんで…匂い嫌いじゃないですか?」
「大丈夫よ」
そうだわ!思いついてすぐに車のミラーに引っ掛ける。これでいつでも一緒ね。
「あら、そういえば練習は?」
「今日は自主練の日なんです」
「そうなの?…黒田くんのお邪魔しちゃったかしら?」
「そんなことないです!…この間もきてたんですか?」
「えぇ、ちょっと作成が佳境だったのよ」
「大変なんですね…今日は大丈夫なんですか?」
「そうなの。だから黒田くんが走ってるところ見ようかなって思ったのよ」
「俺…ですか?」
「そうよ。わたしあなたのこと気に入ってる…んーと…わたし、黒田くんのこと好きなのよ」
「えっ!?」
「ふふ…少しでも考えてくれるなら嬉しいわ」
自転車のことはちゃんとわかってない。真波くん(後でいっちゃんに聞いた)の事をいいように思ってないのかもしれないけど。きっと色々考えて、感じることがあったのね。そういうところもかっこいいわ。
固まってる黒田くんを横目に部室へ向かう。
遠くからともくんが寿一くんに吠えてる声が聞こえる。ともくんがまた元気になって嬉しいわ。
そんなこと考えてたら、後ろから黒田くんが追いかけてきた。
「…!ま、愛華さん!本気ですか?」
「あら、本気じゃないように聞こえるかしら…?困ったわ…本気なんだけど…」
「そ、その…俺を…?」
「えぇ、好きよ。わたしを彼女にして欲しいなと思ってるんだけど…まだわたしのこと知らないでしょう?だから少しでも考えてくれればって思ったの」
「そりゃ…知らないですけど…それをいうなら愛華さんだって俺のこと知ってるんですか?」
「わたしが見たことある黒田くんだけね。でも好きだって思っちゃったから…そうね、わたしも信じてなかったんだけど…一目惚れ、ってこういうことだなって思ってるの」
「……その、愛華さんが本気なら…ちゃんと考えます」
「!!ありがとう!…よければデートでもしましょう?わたしのことも知って欲しいの」
「…その、俺で良ければ」
「あなたがいいの」
休みの日あったら教えてと連絡先が書いてあるメモを渡す。
今日来た甲斐があったわ!黒田くんの連絡先も手に入ったし!
練習を眺めてから帰る。ついつい黒田くんを見てしまって、目があってしまう。
…わたしのこと気にしてくれてる…それだけでこんなに幸せになってしまうのね。
今までの男が、霞んで消えてしまうわ。
その日の夜。
わたしは今までの男の連絡先を消すことにした。黒田くん以外の連絡先なんていらないわ。
連絡をしてきた男には本命ができたの、これからは連絡しないでと伝える。基本的にワンナイトで互いに本気じゃない人が多いから変な人以外は大丈夫。
……その、変な男は自称彼氏だって言い張るんだけどそんなこと言った覚えがなくて困ってしまう。
でも、黒田くんに告白したのだから、その人たちともきちんと切らないといけない。
ちゃんと本命ができたこと彼氏じゃないことを伝える。電話は…ごめんね、着拒にさせてもらう。家で会ったことある人はいないし、大丈夫。
…………不安がないわけじゃない。
このことで黒田くんに嫌われてしまったら?迷惑をかけてしまったら?それを考えるだけで胸が痛い。
「…こんなに好きになってたのね」
驚く。今までにない気持ちなのだ。
だって、人をこんなに好きになったことがないんだもの。尽くされるのが当たり前で、それをいいようにしてたのはわたし。
だから、わたし…あなたを最後の人にするって決めたから……だから、貴方だけに尽くしたい。
…………まだ彼女でもないのに、こんな想いを持ってるなんて知られたら引かれちゃうかもしれないわね。
***
それから何回か休日にデートをした。
無難に映画やテーマパーク、買い物やご飯を食べに行ったわ。デートに行くようになってからは、黒田くんじゃなくてゆきくんって呼ばせてもらってる。
最初は緊張してた感じだったけど、だんだん打ち解けてくれたみたい。季節は進んでそろそろ秋になる季節。今では敬語も外れて、仲良くなれたと思うわ。
「ゆきくん、ごめんね待たせちゃったかしら?」
「全然、むしろ時間の5分前」
「毎回約束の時間より早くくるんだもの」
「そりゃ、まぁ……楽しみだから」
「!…そう、ふふ。嬉しいわ」
わたしとのデートを楽しみにしてくれてるなんて!あれよね、脈ありってやつよね。
「で?今日は何にも聞かされてないけどどこ行くんだ?」
「行きたいところがあるの」
「なんか上機嫌だな」
「そうね、ゆきくんが一緒に出かけてくれるだけでわたし幸せだもの」
「そっか」
手を繋いで歩き出す。待ち合わせしたのはわたしのお店の近く、よく籠るアトリエもあるのでそこへ向かっている。
他愛無い話をしながらアトリエに入る。部屋の中央にマネキンに着せた服。
「あのね、ゆきくんに…作ったんだけど…」
「…すっげぇ」
季節柄使うかなと思ったカーディガンとベスト。ワンポイントに黒猫ちゃんを入れてみた。
ズボンは箱学カラーのジャージ。普通のよりはスキニーで自転車に絡まることもないと思うの。あとはタオルとか小物。
「……その、良ければもらってくれるかしら…?」
「俺、愛華からもらってばっかりで…本当にいいのかよ」
「もちろん、わたしがゆきくんに作ったものだもの」
「…………」
「?ゆきくん…?」
「いや、ここまでしてもらってるのに…つか今までちゃんと返事してないのも悪いよな…」
「!いいのよ、わたし…一緒にいられるだけで嬉しいの、嘘じゃ無いわ」
「それは、一緒にいたしわかるって。その、好きだって言ってくれた時はなんで俺?って思ったけど、一緒に出かけたりとかして…愛華のこともわかったっていうか………あー…その、俺も愛華が好きだ」
「っ!!ありがとう!ゆきくん!」
嬉しいっ!嬉しいわ!思わず抱きついちゃったけど、ゆきくんがしっかり受け止めてくれて、キュンキュンしちゃうわ…!
「そんな喜んでくれるならもっと早くいえばよかったな、悪い」
「ううん、気にしないで。わたしのわがままが始まりだもの、答えもらえるまで待つつもりだったわ。それに自転車を頑張ってるゆきくんが好きなんだもの」
「来年は、インターハイに出る。応援来てくれるだろ?」
「もちろんよ!ゆきくんがかっこいいところちゃんとみてるわ」
「……かっこいいかはわからないけどな」
「どんなゆきくんだってわたしからしたらかっこいいわ!」
ぱっと顔を上げると思いの外近くにあるゆきくんの顔。とっても綺麗でカッコいい…。こんな近距離で視線が合うことがほとんどないからか、ゆきくんの頬に朱がさす。
あーもうっ!かわいいわ!!
勢い余ってゆきくんの薄い唇に自分のを押し付ける。
キスしてるだけなのにとっても気持ちがいい。
ゆっくり食んで、味わって。
「ふふ、奪っちゃった」
「…こういうのって男からリードするもんだろ」
「いいのよ、私がしたかったんだもの」
これから先はずっと彼の隣に。
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