胸に響くその音を
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8.憧れ影落ちる
道場内に入れば質問攻めに合うかと思ったが皆各々で作業をしており話しかけられることはなかった。
小さく安堵し道場の隅の方で一人ストレッチを始める。
「小野木と何を話したの?」
不意に声をかけられ驚きつつ顔を上げるとそこに居たのは竹早だった。
「竹早くん…小野木くんが傷の手当をしてくれたの」
ジャージで見えにくくなっているが右肘の部分を軽く指差し教える。それを聞いた竹早が目を丸くしていた。
「小野木がそんな事を…」
「私もびっくりしちゃった。でも凄く優しく手当てしてくれて」
また指先から伝わって来た彼の優しさを思い出して笑みを浮かべる。
「…そう。ならいいんだ。さっきは確認のためとは言え腕を強く掴んでしまった…申し訳ない」
そう言いながら頭を軽く下げる竹早に慌てる。
「そんな!大丈夫だよ、隠そうとしてた事は本当だし…やっぱり部長って凄いんだな、と思った」
何でもお見通しなんだね、と笑みを湛えて返すも何も反応を示さない竹早を不思議に眺めれば何かを呟いたのが分かった。
何を言ったのか聞き取れなくてもう一度聞き返そうかと思ったが彼は教えてくれない。
「気にしなくて構わないよ。怪我をした君の練習メニューを考えていたんだ」
その様な雰囲気ではなかった気がするが無理強いして聞くのはよくない。
それ以上は詰め寄らず部長である彼からの練習メニューを聞き、言い渡されたジョギングをしに立ち上がるのだった。怪我をした自分にとっては有難かった。あんな事があった後では道場内に正直居たくない。
しかし昨日の取り巻きの女の子達は珍しく来ていなかった。気になりはしたが一安心しつつ、外に出る為靴を履く。
校舎の周りを走る様に言われ、少しだけ離れた道を走る。桜の花はもう葉桜になり、春が過ぎていくのを風と共に感じた。
すると見覚えのある人物が自転車でこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「鳴宮くん!」
反射的に声をかけてしまった。
彼はブレーキをかけ止まったものの不審そうに自分を見ている。
声をかけたのは自分なのに、自分でも驚いていた。何故呼び止められたのかと驚きと困惑の表情を隠せない様子の彼に走りよる。
「急に呼び止めてごめんね!私は一年の〇〇ハル。今部活で走り込みをしてるところで…」
「一年…だったら同級生か。俺達何処かで会ったことあるかな?」
「いえ…初めましてです…私は鳴宮くんを見た事があるからつい声をかけちゃって…驚かせてごめんね」
「あー…いや、大丈夫。それで何か用があったとか?」
鳴宮は戸惑いを隠せないながらも状況を理解してくれ、問いかけてくれる。
「用があったとかではなくて…その…」
急に憧れの人物が目の前に居ることに心拍数が上がり、思考が回らなくなる。自分でも何故呼び止めたのか分からなかったのだ。
ただ竹早や遼平、彼らの話を聞いて何かせずには居られなくなり思わず声が出ていた。
「…?何も用がないなら帰ってもいいかな。俺、寄るところがあるんだ」
そう言ってペダルに足を乗せる。
「ま、待って!その、私鳴宮くんの射を見た事があって…!」
一気にそこまで言うと彼の表情も同時に曇るのが分かった。しまった、と思いつつも言葉が止まらなかった。
「去年の、大会で…私、見ていて…」
「ああ…君も経験者?」
「ううん、初心者。鳴宮くんの射を見て弓道をしたいと思って…」
「俺の…どこを見てそう思ったか知らないけど…弓の話はしたくないんだ。」
苦悶の表情を浮かべる彼にかける言葉が見つからない。寧ろ、彼を不快な気持ちにさせてしまった自分に落ち込み始める。
「私の方こそ…急に呼び止めてごめんなさい…。」
俯きがちに謝罪の言葉を口にし、これで余計に弓道部に入部してくれなくなったらどうしようとそればかり考えてしまう。
じゃあ、彼はそう言ってペダルに再度体重をかけ直し勢いよく通り過ぎて行った。
遠くなる彼の背中をただただ見つめる事しか出来ず、取り返しのつかない事をしたのではないかと自分のした事に焦りが隠せない。
そんな気持ちを払拭させようとジョギングを再開させるのだった。
「失礼します。ただ今戻りました。」
鳴宮を悲しい気持ちにさせてしまった事から、弓道場に戻りにくいと感じジョギングを言われた周数よりも多めにゆっくり走り戻ってきた。
「おー。心配しとったんじゃよ。」
道場内に入るやトミー先生から話しかけられる。
「トミー先生…遅くなってすみません」
小さな声で頭を下げて謝る。
「無事戻って来たんじゃ。謝らんでよい。これ以上遅くなると心配じゃからみなで探しに行こうかと考えとった」
頭を上げるとトミー先生の後ろに竹早を始め弓道部の部員達がこちらを見ていた。
「皆…心配させてごめんね」
「何があったのか後で話を聞くとして、練習メニューを考えた僕に責任がある」
だから謝らなくていい、と安堵した表情で話す竹早。
「腕に怪我をしてるからジョギングしていたとは言え、事故とか巻き込まれたんじゃないかと心配したよ〜」
無事で良かった、と話すゆうな。
「ジョギングで基礎体力をつける事はいい事ですわ。とは言え、本当に無事帰って来て下さって安心しました」
凛とした佇まいでいる白菊だがどこか力が抜けたようにも見える。
「しかし顔色が悪い気がする…水分はちゃんと摂ってた?少し休んでから帰るといいよ」
体調面を気にしながら声をかける妹尾。
女子部員達の顔を順番に見つめ微笑み返す。
「皆、ありがとう。確かに水分は摂ってなかったかも…少し休んでから帰るね。皆もまた明日」
笑顔でいるように努め、軽く手を振り更衣室へ向かいお茶を取りに行く。
新入部員希望の人達は既に先に帰っているようだった。その方が有難い。今は一人になりたかった。静かな更衣室で鳴宮との出来事が頭の中で反芻する。
目の前がボヤけ始め慌ててタオルで目元を抑え少し落ち着けば顔を洗おうと外へ出ることにした。
道場内に入ると皆片付けの真っ最中だった。
「ハルちゃん、なんかあったの?」
そう声をかけてきたのは如月。
「何でもないよ、夢中になって走ってたらこんな時間になっちゃっただけなの」
心配かけてごめんね、と眉根を下げ謝る。
「当たり前じゃん。だって俺らはもう仲間っしょ!」
満面の笑みを浮かべ話す如月を見ていると少しだけ気持ちが和む。
「ありがとう、如月くん」
「ノンノン。七緒でいいよ!」
「じゃあ、七緒くんで」
「おい。七緒はまだ片付け残ってんじゃねぇか。お前も気分悪いなら早く帰れ」
七緒と話しているところに入ってきたのは小野木。モップを片手に持ち、またいつもよりも幾分か機嫌が悪い様にも見える。
「小野木くん…汗もかいたし顔を洗いに行こうと思って…」
「だったらタオルでふくらはぎなんかも冷やしておけ。」
「…?どうして?」
「あ?!んなもん、運動量が急に増えた体に疲労が貯まりやすいからだ!常識だろうが!」
勢いよくまくし立て話す小野木の気迫に押されながらも納得し、了承してからその場を後にした。
弓道場から離れた場所にある水場にやってきた。弓道場の傍にもある事はあるけれど、誰かにまた話しかけられたら今度こそ涙が溢れそうになると思い、あえてこの場所まで来た。
顔を洗い、タオルでそっと水気をとると水分を摂ろうと水筒を開けるも中身は既に空っぽだった。
「おーい!ハルー!」
少し離れた場所から名前を呼ばれ声の出処を探せば片手を高く上げ、こちらに向かって走り寄る遼平の姿だった。
「遼平くん、どうしてここに?」
「どうしてって心配だからに決まってんじゃん!」
既に制服に着替えて鞄を提げている為彼は早めに終わらせ帰ったのだろう。もしくは抜け出してきたか。
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だよ」
「うーん…俺には全然大丈夫そうには見えない!」
ほら、と笑顔で差し出されたのはスポーツドリンクのペットボトル。
目を丸くして遼平を見上げれば歯を見せて笑う彼。
「…ありがとう、遼平くん」
「いいって!しっかり水分補給はしておかないと体に悪いもんな」
いつもの笑顔の彼を見ていると罪悪感が生まれ思わず俯いてしまう。
「え、ちょ… ハル、どうしたんだよ」
視線を下げいる為彼の姿は見えないが、慌てふためいている様子が想像できた。
「ちょっと…ごめん…」
それだけ言うと我慢していたものが一気に溢れ出てしまった。
ポタポタと雫が垂れ落ち地面を濡らしていく。
顔を上げようにも上げられない。
その時、近くから誰かの声がした。
涙をタオルで拭うも次から次へと溢れ出て止まらない。
「えっと…どうしたら…ええーい!ごめん、ハル!」
遼平の慌てぶりが声から伝わり、謝罪の言葉と共に感じたのは何かの温もりだった。
一体何が起きたか分からず放心状態に。涙を拭きあげ、顔を動かせば微かに洗濯物の香りと汗の匂い。
目の前には黒の布に金色のボタンが見える。そのまま顔を上に向ければ間近に遼平の顔がそこにあった。
自分の置かれている状況を瞬時に理解し、一気に身体に熱が集まる。
彼と目が合うと、彼もまた困惑した表情を浮かべていた。
誰かの声が近くからすると彼は自分の顔をまた胸に抱き寄せる。
心拍数が上昇してるのが自分でもわかる。きっと彼にも伝わってるんじゃないかと思うくらい。じっと動かずにそうしていると不意に彼の鼓動も伝わってきた。
彼の鼓動も若干速い気がするがそれを聞いていると少し気持ちが落ち着く様な気がした。
そうしていると、話し声も次第に遠ざかりまた自分達の周りが静かになる。
「ふぅー…もう大丈夫。って、わぁ!ご、ごめん!本当にごめん!!」
急に彼が離れ、両手を合わせながら頭を提げていた。
「謝らないで、遼平くん。その…最初はびっくりしたけど顔…見えないようにしてくれたんだよね…?」
そう。
恐らく彼は人が来ている事で咄嗟に見られないように配慮する為にあの様な行動に移ったのだと判断した。
「あはは…もっとスマートに出来たら良かったんだけどなぁ」
肩を下げながら話す遼平にはやはり耳と尻尾が着いてるんじゃないかと錯覚に陥る。
「あれ、でもハル泣いてない!」
「そう言えば…涙止まってる…」
彼の行動に驚き涙も引っ込んだのだろうか。彼と目を合わせるとどちらからともなく笑っていた。
「落ち着いた?だったら早く帰ろう!」
一つ頷き、スポーツドリンクを開けると半分ほど一気に飲んでしまう。よほど喉が渇いていたのだろう。そんな事に全く気が付かなかった。
タオルを濡らしてふくらはぎを少し冷却させてから遼平と共に再度弓道場へと戻ったのだった。
遼平のおかげか鳴宮との間に起きた出来事で落ち込む気持ちがいつの間にか少し和らいでいた。
とは言え、鳴宮を傷付け悲しい表情をさせてしまった自分が許せなかった。
彼の抱えるものはとてつもなく大きいもので、自分にはどうする事も出来ないのだと不安と悲しみが心を覆った。
そして、自分が涙を流しその後遼平がとった行動の一連を"彼"に見られているとは知る由もなかった。
道場内に入れば質問攻めに合うかと思ったが皆各々で作業をしており話しかけられることはなかった。
小さく安堵し道場の隅の方で一人ストレッチを始める。
「小野木と何を話したの?」
不意に声をかけられ驚きつつ顔を上げるとそこに居たのは竹早だった。
「竹早くん…小野木くんが傷の手当をしてくれたの」
ジャージで見えにくくなっているが右肘の部分を軽く指差し教える。それを聞いた竹早が目を丸くしていた。
「小野木がそんな事を…」
「私もびっくりしちゃった。でも凄く優しく手当てしてくれて」
また指先から伝わって来た彼の優しさを思い出して笑みを浮かべる。
「…そう。ならいいんだ。さっきは確認のためとは言え腕を強く掴んでしまった…申し訳ない」
そう言いながら頭を軽く下げる竹早に慌てる。
「そんな!大丈夫だよ、隠そうとしてた事は本当だし…やっぱり部長って凄いんだな、と思った」
何でもお見通しなんだね、と笑みを湛えて返すも何も反応を示さない竹早を不思議に眺めれば何かを呟いたのが分かった。
何を言ったのか聞き取れなくてもう一度聞き返そうかと思ったが彼は教えてくれない。
「気にしなくて構わないよ。怪我をした君の練習メニューを考えていたんだ」
その様な雰囲気ではなかった気がするが無理強いして聞くのはよくない。
それ以上は詰め寄らず部長である彼からの練習メニューを聞き、言い渡されたジョギングをしに立ち上がるのだった。怪我をした自分にとっては有難かった。あんな事があった後では道場内に正直居たくない。
しかし昨日の取り巻きの女の子達は珍しく来ていなかった。気になりはしたが一安心しつつ、外に出る為靴を履く。
校舎の周りを走る様に言われ、少しだけ離れた道を走る。桜の花はもう葉桜になり、春が過ぎていくのを風と共に感じた。
すると見覚えのある人物が自転車でこちらに向かって走ってくるのが見えた。
「鳴宮くん!」
反射的に声をかけてしまった。
彼はブレーキをかけ止まったものの不審そうに自分を見ている。
声をかけたのは自分なのに、自分でも驚いていた。何故呼び止められたのかと驚きと困惑の表情を隠せない様子の彼に走りよる。
「急に呼び止めてごめんね!私は一年の〇〇ハル。今部活で走り込みをしてるところで…」
「一年…だったら同級生か。俺達何処かで会ったことあるかな?」
「いえ…初めましてです…私は鳴宮くんを見た事があるからつい声をかけちゃって…驚かせてごめんね」
「あー…いや、大丈夫。それで何か用があったとか?」
鳴宮は戸惑いを隠せないながらも状況を理解してくれ、問いかけてくれる。
「用があったとかではなくて…その…」
急に憧れの人物が目の前に居ることに心拍数が上がり、思考が回らなくなる。自分でも何故呼び止めたのか分からなかったのだ。
ただ竹早や遼平、彼らの話を聞いて何かせずには居られなくなり思わず声が出ていた。
「…?何も用がないなら帰ってもいいかな。俺、寄るところがあるんだ」
そう言ってペダルに足を乗せる。
「ま、待って!その、私鳴宮くんの射を見た事があって…!」
一気にそこまで言うと彼の表情も同時に曇るのが分かった。しまった、と思いつつも言葉が止まらなかった。
「去年の、大会で…私、見ていて…」
「ああ…君も経験者?」
「ううん、初心者。鳴宮くんの射を見て弓道をしたいと思って…」
「俺の…どこを見てそう思ったか知らないけど…弓の話はしたくないんだ。」
苦悶の表情を浮かべる彼にかける言葉が見つからない。寧ろ、彼を不快な気持ちにさせてしまった自分に落ち込み始める。
「私の方こそ…急に呼び止めてごめんなさい…。」
俯きがちに謝罪の言葉を口にし、これで余計に弓道部に入部してくれなくなったらどうしようとそればかり考えてしまう。
じゃあ、彼はそう言ってペダルに再度体重をかけ直し勢いよく通り過ぎて行った。
遠くなる彼の背中をただただ見つめる事しか出来ず、取り返しのつかない事をしたのではないかと自分のした事に焦りが隠せない。
そんな気持ちを払拭させようとジョギングを再開させるのだった。
「失礼します。ただ今戻りました。」
鳴宮を悲しい気持ちにさせてしまった事から、弓道場に戻りにくいと感じジョギングを言われた周数よりも多めにゆっくり走り戻ってきた。
「おー。心配しとったんじゃよ。」
道場内に入るやトミー先生から話しかけられる。
「トミー先生…遅くなってすみません」
小さな声で頭を下げて謝る。
「無事戻って来たんじゃ。謝らんでよい。これ以上遅くなると心配じゃからみなで探しに行こうかと考えとった」
頭を上げるとトミー先生の後ろに竹早を始め弓道部の部員達がこちらを見ていた。
「皆…心配させてごめんね」
「何があったのか後で話を聞くとして、練習メニューを考えた僕に責任がある」
だから謝らなくていい、と安堵した表情で話す竹早。
「腕に怪我をしてるからジョギングしていたとは言え、事故とか巻き込まれたんじゃないかと心配したよ〜」
無事で良かった、と話すゆうな。
「ジョギングで基礎体力をつける事はいい事ですわ。とは言え、本当に無事帰って来て下さって安心しました」
凛とした佇まいでいる白菊だがどこか力が抜けたようにも見える。
「しかし顔色が悪い気がする…水分はちゃんと摂ってた?少し休んでから帰るといいよ」
体調面を気にしながら声をかける妹尾。
女子部員達の顔を順番に見つめ微笑み返す。
「皆、ありがとう。確かに水分は摂ってなかったかも…少し休んでから帰るね。皆もまた明日」
笑顔でいるように努め、軽く手を振り更衣室へ向かいお茶を取りに行く。
新入部員希望の人達は既に先に帰っているようだった。その方が有難い。今は一人になりたかった。静かな更衣室で鳴宮との出来事が頭の中で反芻する。
目の前がボヤけ始め慌ててタオルで目元を抑え少し落ち着けば顔を洗おうと外へ出ることにした。
道場内に入ると皆片付けの真っ最中だった。
「ハルちゃん、なんかあったの?」
そう声をかけてきたのは如月。
「何でもないよ、夢中になって走ってたらこんな時間になっちゃっただけなの」
心配かけてごめんね、と眉根を下げ謝る。
「当たり前じゃん。だって俺らはもう仲間っしょ!」
満面の笑みを浮かべ話す如月を見ていると少しだけ気持ちが和む。
「ありがとう、如月くん」
「ノンノン。七緒でいいよ!」
「じゃあ、七緒くんで」
「おい。七緒はまだ片付け残ってんじゃねぇか。お前も気分悪いなら早く帰れ」
七緒と話しているところに入ってきたのは小野木。モップを片手に持ち、またいつもよりも幾分か機嫌が悪い様にも見える。
「小野木くん…汗もかいたし顔を洗いに行こうと思って…」
「だったらタオルでふくらはぎなんかも冷やしておけ。」
「…?どうして?」
「あ?!んなもん、運動量が急に増えた体に疲労が貯まりやすいからだ!常識だろうが!」
勢いよくまくし立て話す小野木の気迫に押されながらも納得し、了承してからその場を後にした。
弓道場から離れた場所にある水場にやってきた。弓道場の傍にもある事はあるけれど、誰かにまた話しかけられたら今度こそ涙が溢れそうになると思い、あえてこの場所まで来た。
顔を洗い、タオルでそっと水気をとると水分を摂ろうと水筒を開けるも中身は既に空っぽだった。
「おーい!ハルー!」
少し離れた場所から名前を呼ばれ声の出処を探せば片手を高く上げ、こちらに向かって走り寄る遼平の姿だった。
「遼平くん、どうしてここに?」
「どうしてって心配だからに決まってんじゃん!」
既に制服に着替えて鞄を提げている為彼は早めに終わらせ帰ったのだろう。もしくは抜け出してきたか。
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だよ」
「うーん…俺には全然大丈夫そうには見えない!」
ほら、と笑顔で差し出されたのはスポーツドリンクのペットボトル。
目を丸くして遼平を見上げれば歯を見せて笑う彼。
「…ありがとう、遼平くん」
「いいって!しっかり水分補給はしておかないと体に悪いもんな」
いつもの笑顔の彼を見ていると罪悪感が生まれ思わず俯いてしまう。
「え、ちょ… ハル、どうしたんだよ」
視線を下げいる為彼の姿は見えないが、慌てふためいている様子が想像できた。
「ちょっと…ごめん…」
それだけ言うと我慢していたものが一気に溢れ出てしまった。
ポタポタと雫が垂れ落ち地面を濡らしていく。
顔を上げようにも上げられない。
その時、近くから誰かの声がした。
涙をタオルで拭うも次から次へと溢れ出て止まらない。
「えっと…どうしたら…ええーい!ごめん、ハル!」
遼平の慌てぶりが声から伝わり、謝罪の言葉と共に感じたのは何かの温もりだった。
一体何が起きたか分からず放心状態に。涙を拭きあげ、顔を動かせば微かに洗濯物の香りと汗の匂い。
目の前には黒の布に金色のボタンが見える。そのまま顔を上に向ければ間近に遼平の顔がそこにあった。
自分の置かれている状況を瞬時に理解し、一気に身体に熱が集まる。
彼と目が合うと、彼もまた困惑した表情を浮かべていた。
誰かの声が近くからすると彼は自分の顔をまた胸に抱き寄せる。
心拍数が上昇してるのが自分でもわかる。きっと彼にも伝わってるんじゃないかと思うくらい。じっと動かずにそうしていると不意に彼の鼓動も伝わってきた。
彼の鼓動も若干速い気がするがそれを聞いていると少し気持ちが落ち着く様な気がした。
そうしていると、話し声も次第に遠ざかりまた自分達の周りが静かになる。
「ふぅー…もう大丈夫。って、わぁ!ご、ごめん!本当にごめん!!」
急に彼が離れ、両手を合わせながら頭を提げていた。
「謝らないで、遼平くん。その…最初はびっくりしたけど顔…見えないようにしてくれたんだよね…?」
そう。
恐らく彼は人が来ている事で咄嗟に見られないように配慮する為にあの様な行動に移ったのだと判断した。
「あはは…もっとスマートに出来たら良かったんだけどなぁ」
肩を下げながら話す遼平にはやはり耳と尻尾が着いてるんじゃないかと錯覚に陥る。
「あれ、でもハル泣いてない!」
「そう言えば…涙止まってる…」
彼の行動に驚き涙も引っ込んだのだろうか。彼と目を合わせるとどちらからともなく笑っていた。
「落ち着いた?だったら早く帰ろう!」
一つ頷き、スポーツドリンクを開けると半分ほど一気に飲んでしまう。よほど喉が渇いていたのだろう。そんな事に全く気が付かなかった。
タオルを濡らしてふくらはぎを少し冷却させてから遼平と共に再度弓道場へと戻ったのだった。
遼平のおかげか鳴宮との間に起きた出来事で落ち込む気持ちがいつの間にか少し和らいでいた。
とは言え、鳴宮を傷付け悲しい表情をさせてしまった自分が許せなかった。
彼の抱えるものはとてつもなく大きいもので、自分にはどうする事も出来ないのだと不安と悲しみが心を覆った。
そして、自分が涙を流しその後遼平がとった行動の一連を"彼"に見られているとは知る由もなかった。