胸に響くその音を
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9.胸の痛みと戸惑いと優しさ
「失礼します」
誰も居ない弓道場に自分の声が響く。流石に皆帰ったのだろう。鍵は開いていたから後で施錠して帰らなければいけない。
更衣室に入り、着替えを済ませる。
ちなみに遼平は外で待っている。先に帰るように話をしたのだが「女の子を一人で帰らせる訳にはいかないじゃんか!途中まででも送らせてくれよ!」と彼は彼で背が高い分、違う気迫がある。
その気迫さに根負けし、一緒に帰る事にしたのだ。
カバンから丸いコンパクトミラーを取り出し目元を確認する。腫れてはいないがまだ少し充血しているように見えた。
溜息一つ漏らし鏡をカバンにしまって更衣室を出ようと扉を開ける。
俯きながら一歩踏み出したところで誰かにぶつかった。遼平だと思い込み咄嗟に彼の名前を口にして謝った。
「わ、ごめん遼平くん。痛くなかっ…」
「君こそ平気かい?」
そこに居たのは遼平ではなく竹早だった。
「ごめん!てっきり遼平くんだと思って…竹早くんぶつかってごめんね、大丈夫?」
「僕は平気だよ。それより…」
竹早の両手が肩に乗ると後ろに軽く押され、必然的に後方に下がりまた更衣室へと入る形になった。
彼もまた更衣室に入ると扉を閉め、部屋の中に2人きりになる。
「竹早くん…?どうかしたの?」
「君の様子が気になってずっと待ってたんだ。部長でもある僕が話を聞いておかないといけないとも思ったしね」
どうしたのかと疑問に思いながら彼の言葉に耳を傾ける。心配して待ってくれていたことを知り申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、竹早くん…。もう大丈夫だから」
「遼平のおかげで、かな?」
「え?」
「いや…何でもない。それより目が赤いけど…泣いてたんだね」
じっと瞳を見つめられ隠す為に顔を横に逸らす。
「これは…さっき顔を洗った時に水が目に入って…」
「違う。君はさっきまで涙を流していた。それを遼平が慰めた」
そうだよね、と竹早に言われチラリと視線を向けると目が笑っていない彼に驚きつつ一歩後退りをした。
「えっと…確かに遼平くんも居たけど…」
「僕は部長だ。話を聞く権利がある。何があって泣いたのか、何故ジョギングからの帰りが遅かったのか」
彼の言葉は強く、有無を言わさないようにも聞こえ、しかもこの部屋からは出さないとでも言うに立ちはだかり、何故だか分からないけど彼の事が怖くなって怯えてしまう。
どこからどう話せばいいのか悩んでいると「おーい、まだかー」と遼平の声がした。
「りょ、遼平くんが呼んでるから行かないと…」
「ダメだよ。話してくれるまではここを通さない」
軽く両手を広げ通せんぼの形をとる竹早。
「…ジョギングの時に…鳴宮くんに会ったの…」
彼の、いつもと違う空気感に話さないともっと大変な事になりそうな気がして遂に鳴宮との事を話す事に。
鳴宮の名前を出すと目を見開く彼は腕を戻して雰囲気も少しだけ柔らかくなる。
「思わず呼び止めてしまって…それで…」
またあの時の彼の表情を思い出し、自分の心にも影が落ちる。
「湊と何を話たん…」
「ハルー、いつまで待たせるんだよー!早く来いよー!」
暗くなるぞー!、と竹早の言葉に被さる様に遼平の大きな声が聞こえてきた。
はぁ、と大きな溜め息を吐き出す竹早が「帰ろう」と部屋を出るように促してくれる。
更衣室を一緒に出て道場内に行くと遼平が玄関の方から顔を出してこちらを見ていた。
「静弥もいたならそう言ってくれよなー!!」
自分達の姿を見て大きく手を振る遼平に小さく手を振り返す。
と、そこへ真正面に竹早が立ちはだかれば上げていた手を掴まれる。
「…怪我をしてるしあまり動かさない方がいい」
動かしていたのが右手だったからかそう話してくれる彼。それでもなかなか手を離してくれない事に不思議に思っていると掴んでいた手を離さずにまた歩き出した。
「た、竹早くん…?」
「また逃げようとしないように掴んでおかないと」
そう振り返りながら話す彼の瞳はやっぱり笑っていない。優しさもあればどこか冷たい雰囲気を併せ持つ彼に戸惑いを感じながらも玄関まで歩いた。
遼平が自分達の姿を確認して外に出てくれていて良かった。
「遅いぞー!」
手を握られたまま靴を履いて外に出れば遼平に話しかけられ、思わず掴まれていた手を引っ込めてしまった。
前にいた竹早の表情を恐る恐る覗き見るとまた目元だけ笑っていない笑顔を向けていた。
「静弥?なんかあったのか?」
そんな彼の雰囲気に気付いた遼平が声をかける。
「いいや、何でもないよ。施錠して職員室に届けるから先に行ってて構わないよ」
「了解!ありがとう静弥!」
流石部長だな!、と呑気に話している彼を横目に苦笑いを浮かべる。
これまでの竹早の様子を見ていると、彼は一番怒らせてはいけないタイプではないかと感じられずにはいられなかった。
竹早にお礼を伝えると遼平と共に歩き出す。
「もう大丈夫な感じ?」
泣いてる姿を見た遼平が心配して声をかけてくれ、見ると眉根を思い切り下げそれだけで気持ちが十分に伝わってきた。
彼は感情が豊かで分かりやすい。
「大丈夫だよ。ありがとう、遼平くん」
そんな彼を見て思わず笑みを零すと安堵したようにいつもの様に笑う彼。
「何かあったらいつでも俺の胸貸すから言ってくれよな!」
胸を張りながら、「任せろ!」と言う彼の姿に緊張の糸が解れ笑いが込み上げた。
「もしかして出しゃばり過ぎたかな…ごめん」
また落ち込む彼の姿にいたたまれなくなり彼の腕に自分の手を添え声をかける。
「心配してくれて本当にありがとう。いつもの遼平くんでいてくれたらそれで十分だよ!何かあったらまたよろしくね」
そう伝えると元気を取り戻し満面の笑みを浮かべる彼を見ていると、次第に耳と尻尾が生えてるように見えて来るほど犬っぽいと感じてしまった。
バス停まで着いたのだが「やっぱり家まで送る!」と言って聞かなかった。一人で帰りたい気持ちも強かったので丁重にお断りして、それならとバスが来るまで一緒に待つ事にする。
「暗くなってきたしやっぱり送る。女の子一人じゃ危ないって」
遼平の優しさに感謝しつつも家は歩いて帰れる距離だからと断る。
「だったら僕が送るよ」
遼平と声がした方へ視線を向けると立っていたのは竹早だった。鍵を返して来たのだろう。自分達の方を向いて笑顔を向けている。
「静弥が一緒なら大丈夫か。俺が送りたかったんだけどなー」
「彼女とは帰る方向も同じだし、遼平はバスの時間もある。ここは僕に任せて帰ったら課題をしてしっかり休むように」
課題の事までしっかり伝える竹早に部長らしいな、と思いつつ遼平もそんな竹早に信頼を寄せている感じからして昔からの知り合いにも感じ取れた。
「二人は同じ中学だったの?」
ふとそんな事を聞いていた。
「いや。遼平は小学校が途中まで同じで中学は違ったんだ。高校で再会して湊と驚いたところ」
「そうそう。静弥も湊も俺を見てびっくりしてたもんなー!」
「遼平は凄く背が高くなって本当に誰か分からなかったよ」
二人の話す様子から以前の同級だと分かり納得した。でも竹早と遼平の口から"湊"と名前も出たことから鳴宮も同級生だったようだ。
名前が出た事で一瞬で心に痛みが走る。
「そう言えば、さっき湊に会ったと話してたけど。何を話したのか教えてくれるかい?」
「そうだったのか!ハル、湊にいつ会ったんだよ!」
遼平が「俺が会いに行ってもいつも居なくなってんだよなー」と悲しそうに話していた。
「鳴宮くんにはジョギングの時に…つい呼び止めちゃって…」
「それで?湊は何を話したの?」
「鳴宮くんとは…自己紹介したら同級生と分かって…それで弓道の話を…」
「なるほどね。湊の前で弓の話をして、彼が怒ったか機嫌が悪くなったかそんなところかな。」
竹早の言葉を聞いて目を丸くさせ驚く。流石、鳴宮くんと共に弓を引いてきただけある。
「そうなの…竹早くんの言う通り…。彼が『弓の話はしたくない』って悲しそうな怒ってるような…そんな表情で…。私、鳴宮くんの事傷付けたんじゃないかと…それにそのせいで尚更弓を引きたくないと思わせてしまったら竹早くんや遼平にも申し訳なくて…」
そこまで話しているとまた視界がボヤけ始める。慌ててハンカチを取り出し目元を覆った。
「だからさっき泣いてたのか…」
遼平が涙の理由をして納得している。
「遼平は泣いてるのを見たの?」
竹早は泣いていた事を知っているのに敢えて知らないふりをして聞いていた。それが何故かは分からなかったけど、自分も何も言わずに二人のやり取りに耳を傾ける。
「え、ああー…と…うん。飲み物を渡そうと思って探したんだけど、見つけたら急に泣き出しちゃって…」
「さっきはごめんね。今は大丈夫、本当に辛い思いをしてるのは鳴宮くんだと思うから」
「ハルさんだって何も悪くない。湊の弓道への思いは消えてないと僕は思ってる。だから任せて欲しい。」
話してくれてありがとう、力強く話す竹早を見ていると大丈夫に思えてくる。
先程の弓道場での様子とは違いいつも通りでその点に関しても安堵していた。
弓道場での竹早の様子は少しだけ怖かった。何故あんなに怒っていたのか理由は分からないが、彼を怒らせまいと心に誓ったのだった。
「お。ちょうどバスが来た。二人ともまた明日な!」
大きく手を振りバスに乗り込む遼平に対し自分も手を上げ振った。勿論怪我をしていない左手で。
バスが行ってしまうと「帰ろう」と言う竹早の声掛けに頷き歩き出した。
「さっきの湊の話だけど…泣いてしまうほど辛かったのかな」
不意に問いかけられどう答えようか迷い、言葉を選びながら答える。
「そうだね…。鳴宮くんに限らずだけど、やっぱり悲しい表情を見ると自分も悲しくなるし、それが自分の言動によってなら尚更…」
そこまで口して立ち止まる。
竹早も一歩進んだところで立ち止まり振り返ってこちらを見やる。
「鳴宮くん…本当に大丈夫かな…。私謝りたい…。」
「大丈夫。湊はそんなにヤワじゃないよ。僕は湊の事で思い詰めてるハルさんの方が心配だよ。」
僕としては笑顔でいて欲しい、と話す彼の表情はとても穏やかだった。
彼の言葉に励まされいつか機会がある時に鳴宮くんには謝ろうと心に決め、また竹早と肩を並べて歩き始めた。
周りは夕方から夜にかけ暗くなる頃。
帰宅すれば親に帰りが遅いと怒られる様な気がしたが、もう少しだけ弓のこと、鳴宮くんのこと他の部員達のことなど話をしていたい、そう思える時間になっていた。
「失礼します」
誰も居ない弓道場に自分の声が響く。流石に皆帰ったのだろう。鍵は開いていたから後で施錠して帰らなければいけない。
更衣室に入り、着替えを済ませる。
ちなみに遼平は外で待っている。先に帰るように話をしたのだが「女の子を一人で帰らせる訳にはいかないじゃんか!途中まででも送らせてくれよ!」と彼は彼で背が高い分、違う気迫がある。
その気迫さに根負けし、一緒に帰る事にしたのだ。
カバンから丸いコンパクトミラーを取り出し目元を確認する。腫れてはいないがまだ少し充血しているように見えた。
溜息一つ漏らし鏡をカバンにしまって更衣室を出ようと扉を開ける。
俯きながら一歩踏み出したところで誰かにぶつかった。遼平だと思い込み咄嗟に彼の名前を口にして謝った。
「わ、ごめん遼平くん。痛くなかっ…」
「君こそ平気かい?」
そこに居たのは遼平ではなく竹早だった。
「ごめん!てっきり遼平くんだと思って…竹早くんぶつかってごめんね、大丈夫?」
「僕は平気だよ。それより…」
竹早の両手が肩に乗ると後ろに軽く押され、必然的に後方に下がりまた更衣室へと入る形になった。
彼もまた更衣室に入ると扉を閉め、部屋の中に2人きりになる。
「竹早くん…?どうかしたの?」
「君の様子が気になってずっと待ってたんだ。部長でもある僕が話を聞いておかないといけないとも思ったしね」
どうしたのかと疑問に思いながら彼の言葉に耳を傾ける。心配して待ってくれていたことを知り申し訳ない気持ちになった。
「ごめんね、竹早くん…。もう大丈夫だから」
「遼平のおかげで、かな?」
「え?」
「いや…何でもない。それより目が赤いけど…泣いてたんだね」
じっと瞳を見つめられ隠す為に顔を横に逸らす。
「これは…さっき顔を洗った時に水が目に入って…」
「違う。君はさっきまで涙を流していた。それを遼平が慰めた」
そうだよね、と竹早に言われチラリと視線を向けると目が笑っていない彼に驚きつつ一歩後退りをした。
「えっと…確かに遼平くんも居たけど…」
「僕は部長だ。話を聞く権利がある。何があって泣いたのか、何故ジョギングからの帰りが遅かったのか」
彼の言葉は強く、有無を言わさないようにも聞こえ、しかもこの部屋からは出さないとでも言うに立ちはだかり、何故だか分からないけど彼の事が怖くなって怯えてしまう。
どこからどう話せばいいのか悩んでいると「おーい、まだかー」と遼平の声がした。
「りょ、遼平くんが呼んでるから行かないと…」
「ダメだよ。話してくれるまではここを通さない」
軽く両手を広げ通せんぼの形をとる竹早。
「…ジョギングの時に…鳴宮くんに会ったの…」
彼の、いつもと違う空気感に話さないともっと大変な事になりそうな気がして遂に鳴宮との事を話す事に。
鳴宮の名前を出すと目を見開く彼は腕を戻して雰囲気も少しだけ柔らかくなる。
「思わず呼び止めてしまって…それで…」
またあの時の彼の表情を思い出し、自分の心にも影が落ちる。
「湊と何を話たん…」
「ハルー、いつまで待たせるんだよー!早く来いよー!」
暗くなるぞー!、と竹早の言葉に被さる様に遼平の大きな声が聞こえてきた。
はぁ、と大きな溜め息を吐き出す竹早が「帰ろう」と部屋を出るように促してくれる。
更衣室を一緒に出て道場内に行くと遼平が玄関の方から顔を出してこちらを見ていた。
「静弥もいたならそう言ってくれよなー!!」
自分達の姿を見て大きく手を振る遼平に小さく手を振り返す。
と、そこへ真正面に竹早が立ちはだかれば上げていた手を掴まれる。
「…怪我をしてるしあまり動かさない方がいい」
動かしていたのが右手だったからかそう話してくれる彼。それでもなかなか手を離してくれない事に不思議に思っていると掴んでいた手を離さずにまた歩き出した。
「た、竹早くん…?」
「また逃げようとしないように掴んでおかないと」
そう振り返りながら話す彼の瞳はやっぱり笑っていない。優しさもあればどこか冷たい雰囲気を併せ持つ彼に戸惑いを感じながらも玄関まで歩いた。
遼平が自分達の姿を確認して外に出てくれていて良かった。
「遅いぞー!」
手を握られたまま靴を履いて外に出れば遼平に話しかけられ、思わず掴まれていた手を引っ込めてしまった。
前にいた竹早の表情を恐る恐る覗き見るとまた目元だけ笑っていない笑顔を向けていた。
「静弥?なんかあったのか?」
そんな彼の雰囲気に気付いた遼平が声をかける。
「いいや、何でもないよ。施錠して職員室に届けるから先に行ってて構わないよ」
「了解!ありがとう静弥!」
流石部長だな!、と呑気に話している彼を横目に苦笑いを浮かべる。
これまでの竹早の様子を見ていると、彼は一番怒らせてはいけないタイプではないかと感じられずにはいられなかった。
竹早にお礼を伝えると遼平と共に歩き出す。
「もう大丈夫な感じ?」
泣いてる姿を見た遼平が心配して声をかけてくれ、見ると眉根を思い切り下げそれだけで気持ちが十分に伝わってきた。
彼は感情が豊かで分かりやすい。
「大丈夫だよ。ありがとう、遼平くん」
そんな彼を見て思わず笑みを零すと安堵したようにいつもの様に笑う彼。
「何かあったらいつでも俺の胸貸すから言ってくれよな!」
胸を張りながら、「任せろ!」と言う彼の姿に緊張の糸が解れ笑いが込み上げた。
「もしかして出しゃばり過ぎたかな…ごめん」
また落ち込む彼の姿にいたたまれなくなり彼の腕に自分の手を添え声をかける。
「心配してくれて本当にありがとう。いつもの遼平くんでいてくれたらそれで十分だよ!何かあったらまたよろしくね」
そう伝えると元気を取り戻し満面の笑みを浮かべる彼を見ていると、次第に耳と尻尾が生えてるように見えて来るほど犬っぽいと感じてしまった。
バス停まで着いたのだが「やっぱり家まで送る!」と言って聞かなかった。一人で帰りたい気持ちも強かったので丁重にお断りして、それならとバスが来るまで一緒に待つ事にする。
「暗くなってきたしやっぱり送る。女の子一人じゃ危ないって」
遼平の優しさに感謝しつつも家は歩いて帰れる距離だからと断る。
「だったら僕が送るよ」
遼平と声がした方へ視線を向けると立っていたのは竹早だった。鍵を返して来たのだろう。自分達の方を向いて笑顔を向けている。
「静弥が一緒なら大丈夫か。俺が送りたかったんだけどなー」
「彼女とは帰る方向も同じだし、遼平はバスの時間もある。ここは僕に任せて帰ったら課題をしてしっかり休むように」
課題の事までしっかり伝える竹早に部長らしいな、と思いつつ遼平もそんな竹早に信頼を寄せている感じからして昔からの知り合いにも感じ取れた。
「二人は同じ中学だったの?」
ふとそんな事を聞いていた。
「いや。遼平は小学校が途中まで同じで中学は違ったんだ。高校で再会して湊と驚いたところ」
「そうそう。静弥も湊も俺を見てびっくりしてたもんなー!」
「遼平は凄く背が高くなって本当に誰か分からなかったよ」
二人の話す様子から以前の同級だと分かり納得した。でも竹早と遼平の口から"湊"と名前も出たことから鳴宮も同級生だったようだ。
名前が出た事で一瞬で心に痛みが走る。
「そう言えば、さっき湊に会ったと話してたけど。何を話したのか教えてくれるかい?」
「そうだったのか!ハル、湊にいつ会ったんだよ!」
遼平が「俺が会いに行ってもいつも居なくなってんだよなー」と悲しそうに話していた。
「鳴宮くんにはジョギングの時に…つい呼び止めちゃって…」
「それで?湊は何を話したの?」
「鳴宮くんとは…自己紹介したら同級生と分かって…それで弓道の話を…」
「なるほどね。湊の前で弓の話をして、彼が怒ったか機嫌が悪くなったかそんなところかな。」
竹早の言葉を聞いて目を丸くさせ驚く。流石、鳴宮くんと共に弓を引いてきただけある。
「そうなの…竹早くんの言う通り…。彼が『弓の話はしたくない』って悲しそうな怒ってるような…そんな表情で…。私、鳴宮くんの事傷付けたんじゃないかと…それにそのせいで尚更弓を引きたくないと思わせてしまったら竹早くんや遼平にも申し訳なくて…」
そこまで話しているとまた視界がボヤけ始める。慌ててハンカチを取り出し目元を覆った。
「だからさっき泣いてたのか…」
遼平が涙の理由をして納得している。
「遼平は泣いてるのを見たの?」
竹早は泣いていた事を知っているのに敢えて知らないふりをして聞いていた。それが何故かは分からなかったけど、自分も何も言わずに二人のやり取りに耳を傾ける。
「え、ああー…と…うん。飲み物を渡そうと思って探したんだけど、見つけたら急に泣き出しちゃって…」
「さっきはごめんね。今は大丈夫、本当に辛い思いをしてるのは鳴宮くんだと思うから」
「ハルさんだって何も悪くない。湊の弓道への思いは消えてないと僕は思ってる。だから任せて欲しい。」
話してくれてありがとう、力強く話す竹早を見ていると大丈夫に思えてくる。
先程の弓道場での様子とは違いいつも通りでその点に関しても安堵していた。
弓道場での竹早の様子は少しだけ怖かった。何故あんなに怒っていたのか理由は分からないが、彼を怒らせまいと心に誓ったのだった。
「お。ちょうどバスが来た。二人ともまた明日な!」
大きく手を振りバスに乗り込む遼平に対し自分も手を上げ振った。勿論怪我をしていない左手で。
バスが行ってしまうと「帰ろう」と言う竹早の声掛けに頷き歩き出した。
「さっきの湊の話だけど…泣いてしまうほど辛かったのかな」
不意に問いかけられどう答えようか迷い、言葉を選びながら答える。
「そうだね…。鳴宮くんに限らずだけど、やっぱり悲しい表情を見ると自分も悲しくなるし、それが自分の言動によってなら尚更…」
そこまで口して立ち止まる。
竹早も一歩進んだところで立ち止まり振り返ってこちらを見やる。
「鳴宮くん…本当に大丈夫かな…。私謝りたい…。」
「大丈夫。湊はそんなにヤワじゃないよ。僕は湊の事で思い詰めてるハルさんの方が心配だよ。」
僕としては笑顔でいて欲しい、と話す彼の表情はとても穏やかだった。
彼の言葉に励まされいつか機会がある時に鳴宮くんには謝ろうと心に決め、また竹早と肩を並べて歩き始めた。
周りは夕方から夜にかけ暗くなる頃。
帰宅すれば親に帰りが遅いと怒られる様な気がしたが、もう少しだけ弓のこと、鳴宮くんのこと他の部員達のことなど話をしていたい、そう思える時間になっていた。