月明かりの下で
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2.夜道での語らい
春とはいえ夜は冷える。だから厚着をしてきたのに今はそれを失敗したと思ってしまうほど体が熱い。
「しかしまぁ…なんでこんな時間に神社なんかに?」
それは隣を歩く男性のせいであって、にこやかに話す彼にまた顔が火照るのを感じた。
「…夜桜を見ようと、思って…」
「ああ…それで。見事だろう…あの桜は俺も好きなんだ」
あなたもとても綺麗でした、なんて言えたらいいのだがそんな勇気は持ち合わせていない。
「自己紹介がまだだったな。俺は滝川雅貴、23歳。この神社で神職をしている」
「私は佐々木彩香、22歳で……就活中です」
無職なんて言えない。初対面なのに尚更。彼はそれを聞いて「そうか」とだけ返した。
「就活中、か……。俺も似たようなもんだな」
「でもあの神社で働かれてるのでは?」
「そうなんだが…別件でな」
苦笑する彼を見てそれ以上は何も聞けなかった。少しだけ気まずい空気が流れ何を話してよいのか分からない。
「君は、やりたい事はないのか?」
不意に問われるそれ。やりたい事などないからこんな事になってるのであって口ごもってしまった。
「ああ、質問を間違えたな。好きな事、はあるか?」
「好きな事?」
「ああ。好きな事があればそこから探っていけばいいんじゃないのか?って…初対面のくせして何言ってるんだって話なんだけどな」
はは、と笑う彼に自分の頬も緩む。
「滝川さんは好きな事あるんですか?」
「そうだな……探してるってところか」
「そうなんですね…」
「聞かないのか?」
「何をですか?」
「弓は好きじゃないのか、とか…」
「探してると言われたので…それに初対面じゃないですか。踏み込んでは聞けないです」
「へぇ…君は変わった子だな」
「…よく言われます」
「君もいずれ見つかるさ。でもやってみないと分からない…そうだろ?」
悪戯な笑みを浮かべる彼を見て小さく頷く。そうだ、何事もやってみないと分からない。
「私、古い物が好きなんです。歴史あるものに触れる仕事があればいいなぁ…」
「ほう…いいんじゃないか?探せばあるだろ」
「そうですね、探してみます」
何だか話をしている内にやる気が出てきた。初対面なのに変だと思いながらも彼ともっと話してみたい気持ちが湧いてくる。だが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもの。
「…すぐそこが私の家です。送って下さりありがとうございました」
「そうか。くれぐれも夜道は気を付けるんだぞ」
じゃ、と元来た道を帰っていく彼の背中を見つめる。だけど、これで終わりにしたくなくてその背中に呼びかけた。
「あ、あの!また…見に行ってもいいですか?」
「ん?桜をか?」
振り向きざまに答える彼に首を横に振る。
「滝川さんの弓を、です…」
「俺の?」
「はい……ダメでしょうか?」
「ダメじゃないが…夜になる事が多いからな」
「今度はもう少し早い時間に来ます!」
「そうじゃない。夜は気を付けないと…」
コツコツと歩み寄る彼が急に顔を近付け至近距離で見つめ合う…が、額に何か温かくて柔らかい感触が触れた。
「こうやって帰りオオカミに遭うかもしれないだろ?」
「…っ?!」
真っ赤だな、と笑いながら離れる彼。おでこにキスなんてされた事がなくて赤くなるばかり。
「冗談だ。見に来てくれると嬉しい」
またな、と今度こそ帰っていく彼をただただ無言で見送ることしか出来ずに呆けてしまう。彼の姿が見えなくなり静かに家に入った。
「あら、お帰り。どうしたの?顔が赤いけど…」
「?!別に何も…!!」
リビングに入って母に聞かれたが慌てて自分の部屋に向かう。顔に出ていたなんて。部屋に入るや否やベッドにダイブしため息を吐いた。
「滝川さん、か……」
また会えるなら…彼ともっと沢山の事を話そう。彼と話しているとやりたい事も見つかりそうな気がする。
この出会いが吉と出るか。
胸の高鳴りに身を委ね、夜桜と彼の弓が織りなす幻想的な情景を瞼に焼き付けた。
fin.
2020.2.12
春とはいえ夜は冷える。だから厚着をしてきたのに今はそれを失敗したと思ってしまうほど体が熱い。
「しかしまぁ…なんでこんな時間に神社なんかに?」
それは隣を歩く男性のせいであって、にこやかに話す彼にまた顔が火照るのを感じた。
「…夜桜を見ようと、思って…」
「ああ…それで。見事だろう…あの桜は俺も好きなんだ」
あなたもとても綺麗でした、なんて言えたらいいのだがそんな勇気は持ち合わせていない。
「自己紹介がまだだったな。俺は滝川雅貴、23歳。この神社で神職をしている」
「私は佐々木彩香、22歳で……就活中です」
無職なんて言えない。初対面なのに尚更。彼はそれを聞いて「そうか」とだけ返した。
「就活中、か……。俺も似たようなもんだな」
「でもあの神社で働かれてるのでは?」
「そうなんだが…別件でな」
苦笑する彼を見てそれ以上は何も聞けなかった。少しだけ気まずい空気が流れ何を話してよいのか分からない。
「君は、やりたい事はないのか?」
不意に問われるそれ。やりたい事などないからこんな事になってるのであって口ごもってしまった。
「ああ、質問を間違えたな。好きな事、はあるか?」
「好きな事?」
「ああ。好きな事があればそこから探っていけばいいんじゃないのか?って…初対面のくせして何言ってるんだって話なんだけどな」
はは、と笑う彼に自分の頬も緩む。
「滝川さんは好きな事あるんですか?」
「そうだな……探してるってところか」
「そうなんですね…」
「聞かないのか?」
「何をですか?」
「弓は好きじゃないのか、とか…」
「探してると言われたので…それに初対面じゃないですか。踏み込んでは聞けないです」
「へぇ…君は変わった子だな」
「…よく言われます」
「君もいずれ見つかるさ。でもやってみないと分からない…そうだろ?」
悪戯な笑みを浮かべる彼を見て小さく頷く。そうだ、何事もやってみないと分からない。
「私、古い物が好きなんです。歴史あるものに触れる仕事があればいいなぁ…」
「ほう…いいんじゃないか?探せばあるだろ」
「そうですね、探してみます」
何だか話をしている内にやる気が出てきた。初対面なのに変だと思いながらも彼ともっと話してみたい気持ちが湧いてくる。だが、楽しい時間というのはあっという間に過ぎるもの。
「…すぐそこが私の家です。送って下さりありがとうございました」
「そうか。くれぐれも夜道は気を付けるんだぞ」
じゃ、と元来た道を帰っていく彼の背中を見つめる。だけど、これで終わりにしたくなくてその背中に呼びかけた。
「あ、あの!また…見に行ってもいいですか?」
「ん?桜をか?」
振り向きざまに答える彼に首を横に振る。
「滝川さんの弓を、です…」
「俺の?」
「はい……ダメでしょうか?」
「ダメじゃないが…夜になる事が多いからな」
「今度はもう少し早い時間に来ます!」
「そうじゃない。夜は気を付けないと…」
コツコツと歩み寄る彼が急に顔を近付け至近距離で見つめ合う…が、額に何か温かくて柔らかい感触が触れた。
「こうやって帰りオオカミに遭うかもしれないだろ?」
「…っ?!」
真っ赤だな、と笑いながら離れる彼。おでこにキスなんてされた事がなくて赤くなるばかり。
「冗談だ。見に来てくれると嬉しい」
またな、と今度こそ帰っていく彼をただただ無言で見送ることしか出来ずに呆けてしまう。彼の姿が見えなくなり静かに家に入った。
「あら、お帰り。どうしたの?顔が赤いけど…」
「?!別に何も…!!」
リビングに入って母に聞かれたが慌てて自分の部屋に向かう。顔に出ていたなんて。部屋に入るや否やベッドにダイブしため息を吐いた。
「滝川さん、か……」
また会えるなら…彼ともっと沢山の事を話そう。彼と話しているとやりたい事も見つかりそうな気がする。
この出会いが吉と出るか。
胸の高鳴りに身を委ね、夜桜と彼の弓が織りなす幻想的な情景を瞼に焼き付けた。
fin.
2020.2.12
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