その瞳に捕らわれてーafter storyー
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・風見裕也
トゥルルルル、プッ
「もしもし」
『風見か?』
「はい」
『今すぐ君が用意してくれたマンションの僕の部屋に来てくれないか?』
「分かりました。到着は30分後になります」
『構わん』
プッ、ツーツー…
「はぁ…」
電話が切れた後、小さなため息をつく。
切れ長の目に眼鏡をかけたスーツ姿の男、風見裕也。
ここ最近、上司でもある降谷さんに振り回されているような気が。あの人はたまに無茶なことをする。
そんなことを考えながら指定されたマンションに到着する。インターホンを押し、中から人が出てきたが降谷さんじゃない。ましてや女。
「はい」
咄嗟に腰にある拳銃に手を伸ばし相手を伺う。
「あなたは誰です?」
「あ、私は桐谷ハルと言います」
何かご用意ですか?、不思議そうに見上げる女性。警戒心剥き出しに「失礼する」と中に入る。「ちょ、ちょっと…」女性が慌てて玄関を閉め声をかけられる。が、勢いよく振り向き彼女の手を掴んで壁に押さえつけた。拳銃を出し顎に突きつける。
「あなたは何者だ。ここの住人はどうした」
女性を見下ろせば拳銃を見て恐怖したのか小さく震えている。今にも泣きそうな顔をしながら見上げる視線が交差する。
—— …っっ……!
不覚にもその表情に鼓動が跳ねた。小さく頭を振り更に睨みを効かせ女性に詰め寄る。
「もう一度聞きます。貴女は誰ですか?」
女性はキツく瞼を閉じ小さな声で何かを呟いた。
"…零さん……"
それは降谷さんの本名。何故この女性が知っているのか。
「貴女は降谷さんの知り合いか?」
しかし女性は馴染みがないのか「降谷?」とオウム返しをする。
—— やはり違うか
「身分が証明されるまでは貴女をここで拘束します」
「そ、そんな!」
「抵抗しても無駄です。降谷さんの家で何をしていたのか吐いてもらいますよ」
「私は何も…!ふるやさんって…誰なのですか?零さんの苗字…?」
「貴女に教える必要はない」
腕を背中に回し自分のつけていたネクタイで女性の両手を縛る。
「あの…これを解いてください」
「駄目だと言っている。貴女の事が分からない以上、自由にするわけにはいかない」
「そんな…」
女性をリビングまで連れて歩き床に座らせた。降谷さんの姿を探すがどこにも見当たらない。
「ここの住人はどうした。何か知っているか?」
「…買い物に行きました。コーヒーがなくなるからって…」
「嘘をつくな。本当はどこだ?」
座っている女性に詰め寄りひと睨みする。
「それよりあなたこそ、誰なんですか?」
「貴女に名乗る必要はない」
冷たく素っ気ない態度を取り冷静に振る舞う。
—— 降谷さん…一体どこにいるんですか…?
その時玄関の開く音がした。リビングの扉を薄く開き様子を伺えば降谷さんだ。
「風見?来ているのか?」
降谷さんの声がし一安心する。扉を開けて玄関へ向かった。
「どちらにいらしてたんですか?ここに女性が居たので先程拘束しました」
「女性?」
「はい」
「風見…お前、まさか…」
「?何でしょう。女性とは言え身分の分からぬ以上、拘束するしかないでしょう」
「…そうだな。だがこれは俺の失態だな」
「どういう意味です…?」
降谷さんが失態などするはずがない。降谷さんの後に続きリビングへ入る。
「ハルさん…すみません」
「零さん!良かった…何かあったのかと心配で…」
「何を言ってるんですか。僕はそんなにやわじゃないですよ?それより…以前僕は探偵をしていると言いましたね。実は警察でもあるんです。これは毛利さん達には絶対内緒ですよ?そして彼はその警察仲間。連絡をした時に貴女の事を伝え忘れてしまったようで…」
本当にすみません、降谷さんの普段自分に見せる顔とは違う柔らかい雰囲気で話す。どうやら顔見知りのようだが彼女は一体、降谷さんの何なのか…。
降谷さんは縛っていたネクタイを外し彼女の手首を見ている。
「少し赤くなっていますね…痛みますか?」
「ううん、大丈夫…でもちょっと怖かった…手が…」
彼女はそう言って手を降谷さんに見せている。少し待ってて下さい、彼はそう言って自分を見る。が、その視線が鋭い…。これは何か叱責されるか。
「風見…言いたい事があるが今は時間がない。彼女に話をするから少し席を外してくれるか?ああ、ついでに近くのコンビニで甘い物でも買ってきてくれ」
「甘い物、ですか?」
「そうだ。いいから早く行け」
「…承知、しました」
上司である彼には逆らえない。部屋を後にして外へと出た。コンビニがすぐそばにありそこで甘い物…と言っても自分は食べる気分ではない。先程の女性を思い出し手を縛った詫びにとケーキやプリンなどいくつか購入して再び部屋に戻る。
インターホンを念のため鳴らし降谷さんが出た。そのまま玄関で立ち話をする。
「風見、すまない…」
「いえ…説明して下さるのでしょう?」
「ああ。彼女は俺の部屋の隣人だ。もう一つのマンションのな…親しくなったのだが、黒の組織に面識が出来てしまった。今のところ1人だけだが…」
「彼女は組織の一味なんですか?」
「いや。ただの一般人だ。俺と関わったことで目をつけられた。彼女は俺が公安であることは知らない。名前は知ってるが…俺が組織の連中と会っている間、彼女に危険がおよぶ可能性がある。君も多忙なのは知っているが、任務に当たってる期間だけ護衛を頼みたい」
それで呼び寄せた、と彼が話す。ただの一般人にそんなことをするとは信じられず素直に驚く。
「一般人ならそこまでしなくても良いのでは?」
「一般人だが特別だ。頼む」
彼の頼みなど断る理由はないがなんだか腑に落ちない。
「分かりました。私もいない時はどうするおつもりで?」
「その時は別の所に頼む予定だ」
なるほど抜かりないな、と納得し話は終わる。リビングに戻ればソファーに座って彼女がテレビを見ていた。
「ハルさん。話は終わりました。先程も話したように僕が仕事でいない時は彼が側に居てくれます。何かあれば頼ってください」
「先程は失礼しました。私は風見裕也と言います。以後お見知り置きを」
彼女は少し警戒しつつもコクリと頷いている。
「では、僕はもういかないといけません。風見、後は頼んだ」
彼はそう言うと車の鍵を持ってまた出て行ってしまった。テレビは自分達が入ってきた事で静かだ。お互い何も喋らず静けさが部屋の中を支配している。
「あの…」
その沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「コーヒーか紅茶、飲みますか?」
「いや。結構だ。私に構わないでくれ」
「そう、ですか…」
とりあえず部屋の隅に立ち腕組みをする。
「あの、風見さん?」
「なんでしょう」
「ずっと立ってるのはしんどいでしょうからこちらに座って下さい」
彼女はソファーを指して座れと言っているようだ。
「いや。だから私には構うなと…」
話の途中で彼女に手を引かれソファーに座らされた。
「なんだか監視されてるみたいで嫌なんです。悪いことしてないのに…」
彼女が困ったように笑うので小さくため息を吐きソファーに身を預けた。ふと、彼女の手首に視線が向く。まだ赤い。思っていたよりキツく縛ってしまったようだ。何気なしに彼女の手を握る。
「…痛みますか?」
「…少しだけ…ヒリヒリするくらいです」
でも大丈夫、彼女の穏やかな声がし悪いことをしたと申し訳なさが込み上げた。立ち上がりキッチンに向かうとハンカチを冷水に晒す。再び冷えたハンカチを持ち彼女の手首に当てた。
「風見さん!いいですよ!大丈夫なので」
「そういうわけにもいかない。女性の体に傷を残しては男の名が廃る」
「風見さん…」
名前を呼ばれたので顔を上げると彼女がじっとこちらを見ていた。優しく微笑み「ありがとうございます」とお礼を言ってくれる。
—— …っっ…!
彼女の笑顔を見て不覚にも心臓が高鳴ったのが分かった。慌てて視線を逸らし手首に集中するようにきゅっと握りしめた。
しばらく黙ったまま冷やしていたがそのうちに彼女の頭が揺れ始めた。時折カクンと頭が落ちるので危うい。ハンカチをテーブルに置き彼女をソファーに寝かせた。近くにブランケットを見つけそれを彼女にかける。「んっ…」声がして彼女が顔を横に向けた。たまたま視界に入った首筋に赤いものが見え髪を掻き分け確認する。
彼女の白い肌に咲いている紅い花。
それが何なのかすぐに分かりほんのりと頬を染める。
—— 誰がつけた…?もしや降谷さん?
一番可能性が大きい。
それに先程彼女のことを特別だと言っていた。
—— 特別な関係、そういうことか。
なるほど、納得すると腑に落ちなかった部分がストンと落ち着き、上司の"特別な"彼女を守ろうと決めた瞬間にもなった。彼女が眠って何もすることがないため床に座りソファーにもたれ考えごとをする。次第に瞼が徐々に下がり自分まで睡魔に襲われた。
ふわりと何かが体にかかった気がして目を開けると彼女が顔を覗いていた。少し驚くが彼女は自分が起きたことに気がつくとまた微笑む。
「風見さん。起きましたか?」
「すまない…寝てしまったようだな」
—— これではまた降谷さんに怒られるな…
「眠気覚ましにコーヒー淹れますね」
あんな事をして警戒されるかと思ったが何事もなく彼女はキッチンに向かった。立ち上がって背広を脱ぎソファーにかけるとキッチンへ。
「座っててくれてもよかったのに」
コップを棚から出している彼女。
「いや。貴女を守るのが務め。視界に入る所にいてもらわなければ困る」
「そんな…家の中にいるときくらい気を抜いてて下さい」
大丈夫ですから、彼女は言うが組織の奴らはどこから何をするか分からない。大丈夫ではないのだ。彼女は知らないからそんなことが言えるのだろう。
承知した、返事をしつつも油断しないように心掛けた。
そして夜になっても降谷さんは戻ってこない。
「今日はなかなか戻って来ないですね…先にご飯食べちゃいましょう」
彼女が作ったご飯を一緒に食べることに。
「美味い…」
「本当ですか?!よかったー!零さんにも食べさせてあげたかったな〜」
「そういえば、彼とあなたとの関係はなんですか?」
気になっていた事をズバリ聞く。彼女は箸を止めこちらを向いた。その瞳は少し寂し気にしているのは気のせいか。
「関係ですか…正直なところ、分かりません…だって彼からは好きだの付き合ってほしいとかそんなことは一切言われてません。だから恋人、ではないと思います…でも誰にも渡したくない、そんなことを言われるので混乱しているのも事実です」
彼女は困ったように笑う。そうか、降谷さんの立場上はっきりとは言えないのか。"特別"だと言った上司の言葉に様々な気持ちが含まれているのだと改めて思う。
「ただの隣人ではなく、特別な隣人であることには違いないと思うのですが…これ以上を望んでしまってはいけない気がして。彼は何かを隠しています。それに触れるときっと私を置いてどこかへ行ってしまうような…」
すみません、彼女は謝る。謝る必要などないというのに。
「私も野暮なことを聞いてしまいました。すみません」
「いえ。気になるのも無理ありません」
食べましょう、彼女の言葉に夕食の続きをとった。食べ終わると一緒に片付けをする。並んで立って作業をするがこの頃にはだいぶ打ち解けたような気がした。そこへ彼が帰ってきた。
「あ、零さん!お帰りなさい」
「ただいま……なんですかそれは」
「ん?なんですか?何のこと?」
彼はこちらをじっと見つめて自分と彼女を見ている。
—— なるほど…
「私は夕飯をご一緒したので片付けを手伝っているだけですよ」
「あ、風見さんが珍しいことをしてるとか?」
「あなたは失礼ですね」
「いや風見さんだって失礼な時ありますから」
「私が?いつ失礼なことをしましたか?」
「初めて会う女性の手を縛り上げるとか…失礼でしょ?」
話も聞いてくれなかったし、などと不貞腐れる彼女が微笑ましくて小さく笑う。
「待った。それ以上はいい。風見も帰ってくれて構わん」
「了解です」
それを聞いて手を拭くといつのまにかハンガーにかけられていた背広をとり羽織る。彼女がいつの間にかかけてくれたのだろう。その小さな配慮に胸が温かくなる。ネクタイもしっかりと締め玄関へと足を進めた。
「では。お疲れ様でした」
「ああ。不本意ではあるが明日も頼む」
靴を履く頃パタパタと彼女が走ってきた。
「風見さん。今日はありがとうございました。また明日」
彼女はまた笑ってくれるので「こちらこそまた明日」と微笑み返し挨拶を交わす。彼女の背後で腕組みをしこちらを見ている上司にチラリと視線を向けると軽くお辞儀をして部屋を出た。
—— やれやれ。彼女も大変だな
恐らく嫉妬で渦巻いているであろう上司のことを思いクスリと笑うと明日また彼女に会えるのが楽しみになったのだった。
ーーーーーー
「随分と懐いているようですね?」
「え?懐いてなんかいませんよ?普通だけど…」
「いいえ。彼があなたに懐いているようです」
「ええ?そんなことないよ?」
「そんなことあります。僕のものだともっと印がいりますね…」
「印?…って、零さん!まって…やめ……やぁ!」
彼が帰ったあと甘く激しく抱かれ、彼女の肌にたくさんの紅い花が咲いたことは言うまでもない。
次の日、彼女を目にした風見はその印に気付き顔を赤くしたとかしてないとか……。
風見裕也 fin.
2019.1.24
2019.12.1
↓こちらに続きます。
君からほしい……バレンタイン/本編ヒロイン
トゥルルルル、プッ
「もしもし」
『風見か?』
「はい」
『今すぐ君が用意してくれたマンションの僕の部屋に来てくれないか?』
「分かりました。到着は30分後になります」
『構わん』
プッ、ツーツー…
「はぁ…」
電話が切れた後、小さなため息をつく。
切れ長の目に眼鏡をかけたスーツ姿の男、風見裕也。
ここ最近、上司でもある降谷さんに振り回されているような気が。あの人はたまに無茶なことをする。
そんなことを考えながら指定されたマンションに到着する。インターホンを押し、中から人が出てきたが降谷さんじゃない。ましてや女。
「はい」
咄嗟に腰にある拳銃に手を伸ばし相手を伺う。
「あなたは誰です?」
「あ、私は桐谷ハルと言います」
何かご用意ですか?、不思議そうに見上げる女性。警戒心剥き出しに「失礼する」と中に入る。「ちょ、ちょっと…」女性が慌てて玄関を閉め声をかけられる。が、勢いよく振り向き彼女の手を掴んで壁に押さえつけた。拳銃を出し顎に突きつける。
「あなたは何者だ。ここの住人はどうした」
女性を見下ろせば拳銃を見て恐怖したのか小さく震えている。今にも泣きそうな顔をしながら見上げる視線が交差する。
—— …っっ……!
不覚にもその表情に鼓動が跳ねた。小さく頭を振り更に睨みを効かせ女性に詰め寄る。
「もう一度聞きます。貴女は誰ですか?」
女性はキツく瞼を閉じ小さな声で何かを呟いた。
"…零さん……"
それは降谷さんの本名。何故この女性が知っているのか。
「貴女は降谷さんの知り合いか?」
しかし女性は馴染みがないのか「降谷?」とオウム返しをする。
—— やはり違うか
「身分が証明されるまでは貴女をここで拘束します」
「そ、そんな!」
「抵抗しても無駄です。降谷さんの家で何をしていたのか吐いてもらいますよ」
「私は何も…!ふるやさんって…誰なのですか?零さんの苗字…?」
「貴女に教える必要はない」
腕を背中に回し自分のつけていたネクタイで女性の両手を縛る。
「あの…これを解いてください」
「駄目だと言っている。貴女の事が分からない以上、自由にするわけにはいかない」
「そんな…」
女性をリビングまで連れて歩き床に座らせた。降谷さんの姿を探すがどこにも見当たらない。
「ここの住人はどうした。何か知っているか?」
「…買い物に行きました。コーヒーがなくなるからって…」
「嘘をつくな。本当はどこだ?」
座っている女性に詰め寄りひと睨みする。
「それよりあなたこそ、誰なんですか?」
「貴女に名乗る必要はない」
冷たく素っ気ない態度を取り冷静に振る舞う。
—— 降谷さん…一体どこにいるんですか…?
その時玄関の開く音がした。リビングの扉を薄く開き様子を伺えば降谷さんだ。
「風見?来ているのか?」
降谷さんの声がし一安心する。扉を開けて玄関へ向かった。
「どちらにいらしてたんですか?ここに女性が居たので先程拘束しました」
「女性?」
「はい」
「風見…お前、まさか…」
「?何でしょう。女性とは言え身分の分からぬ以上、拘束するしかないでしょう」
「…そうだな。だがこれは俺の失態だな」
「どういう意味です…?」
降谷さんが失態などするはずがない。降谷さんの後に続きリビングへ入る。
「ハルさん…すみません」
「零さん!良かった…何かあったのかと心配で…」
「何を言ってるんですか。僕はそんなにやわじゃないですよ?それより…以前僕は探偵をしていると言いましたね。実は警察でもあるんです。これは毛利さん達には絶対内緒ですよ?そして彼はその警察仲間。連絡をした時に貴女の事を伝え忘れてしまったようで…」
本当にすみません、降谷さんの普段自分に見せる顔とは違う柔らかい雰囲気で話す。どうやら顔見知りのようだが彼女は一体、降谷さんの何なのか…。
降谷さんは縛っていたネクタイを外し彼女の手首を見ている。
「少し赤くなっていますね…痛みますか?」
「ううん、大丈夫…でもちょっと怖かった…手が…」
彼女はそう言って手を降谷さんに見せている。少し待ってて下さい、彼はそう言って自分を見る。が、その視線が鋭い…。これは何か叱責されるか。
「風見…言いたい事があるが今は時間がない。彼女に話をするから少し席を外してくれるか?ああ、ついでに近くのコンビニで甘い物でも買ってきてくれ」
「甘い物、ですか?」
「そうだ。いいから早く行け」
「…承知、しました」
上司である彼には逆らえない。部屋を後にして外へと出た。コンビニがすぐそばにありそこで甘い物…と言っても自分は食べる気分ではない。先程の女性を思い出し手を縛った詫びにとケーキやプリンなどいくつか購入して再び部屋に戻る。
インターホンを念のため鳴らし降谷さんが出た。そのまま玄関で立ち話をする。
「風見、すまない…」
「いえ…説明して下さるのでしょう?」
「ああ。彼女は俺の部屋の隣人だ。もう一つのマンションのな…親しくなったのだが、黒の組織に面識が出来てしまった。今のところ1人だけだが…」
「彼女は組織の一味なんですか?」
「いや。ただの一般人だ。俺と関わったことで目をつけられた。彼女は俺が公安であることは知らない。名前は知ってるが…俺が組織の連中と会っている間、彼女に危険がおよぶ可能性がある。君も多忙なのは知っているが、任務に当たってる期間だけ護衛を頼みたい」
それで呼び寄せた、と彼が話す。ただの一般人にそんなことをするとは信じられず素直に驚く。
「一般人ならそこまでしなくても良いのでは?」
「一般人だが特別だ。頼む」
彼の頼みなど断る理由はないがなんだか腑に落ちない。
「分かりました。私もいない時はどうするおつもりで?」
「その時は別の所に頼む予定だ」
なるほど抜かりないな、と納得し話は終わる。リビングに戻ればソファーに座って彼女がテレビを見ていた。
「ハルさん。話は終わりました。先程も話したように僕が仕事でいない時は彼が側に居てくれます。何かあれば頼ってください」
「先程は失礼しました。私は風見裕也と言います。以後お見知り置きを」
彼女は少し警戒しつつもコクリと頷いている。
「では、僕はもういかないといけません。風見、後は頼んだ」
彼はそう言うと車の鍵を持ってまた出て行ってしまった。テレビは自分達が入ってきた事で静かだ。お互い何も喋らず静けさが部屋の中を支配している。
「あの…」
その沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「コーヒーか紅茶、飲みますか?」
「いや。結構だ。私に構わないでくれ」
「そう、ですか…」
とりあえず部屋の隅に立ち腕組みをする。
「あの、風見さん?」
「なんでしょう」
「ずっと立ってるのはしんどいでしょうからこちらに座って下さい」
彼女はソファーを指して座れと言っているようだ。
「いや。だから私には構うなと…」
話の途中で彼女に手を引かれソファーに座らされた。
「なんだか監視されてるみたいで嫌なんです。悪いことしてないのに…」
彼女が困ったように笑うので小さくため息を吐きソファーに身を預けた。ふと、彼女の手首に視線が向く。まだ赤い。思っていたよりキツく縛ってしまったようだ。何気なしに彼女の手を握る。
「…痛みますか?」
「…少しだけ…ヒリヒリするくらいです」
でも大丈夫、彼女の穏やかな声がし悪いことをしたと申し訳なさが込み上げた。立ち上がりキッチンに向かうとハンカチを冷水に晒す。再び冷えたハンカチを持ち彼女の手首に当てた。
「風見さん!いいですよ!大丈夫なので」
「そういうわけにもいかない。女性の体に傷を残しては男の名が廃る」
「風見さん…」
名前を呼ばれたので顔を上げると彼女がじっとこちらを見ていた。優しく微笑み「ありがとうございます」とお礼を言ってくれる。
—— …っっ…!
彼女の笑顔を見て不覚にも心臓が高鳴ったのが分かった。慌てて視線を逸らし手首に集中するようにきゅっと握りしめた。
しばらく黙ったまま冷やしていたがそのうちに彼女の頭が揺れ始めた。時折カクンと頭が落ちるので危うい。ハンカチをテーブルに置き彼女をソファーに寝かせた。近くにブランケットを見つけそれを彼女にかける。「んっ…」声がして彼女が顔を横に向けた。たまたま視界に入った首筋に赤いものが見え髪を掻き分け確認する。
彼女の白い肌に咲いている紅い花。
それが何なのかすぐに分かりほんのりと頬を染める。
—— 誰がつけた…?もしや降谷さん?
一番可能性が大きい。
それに先程彼女のことを特別だと言っていた。
—— 特別な関係、そういうことか。
なるほど、納得すると腑に落ちなかった部分がストンと落ち着き、上司の"特別な"彼女を守ろうと決めた瞬間にもなった。彼女が眠って何もすることがないため床に座りソファーにもたれ考えごとをする。次第に瞼が徐々に下がり自分まで睡魔に襲われた。
ふわりと何かが体にかかった気がして目を開けると彼女が顔を覗いていた。少し驚くが彼女は自分が起きたことに気がつくとまた微笑む。
「風見さん。起きましたか?」
「すまない…寝てしまったようだな」
—— これではまた降谷さんに怒られるな…
「眠気覚ましにコーヒー淹れますね」
あんな事をして警戒されるかと思ったが何事もなく彼女はキッチンに向かった。立ち上がって背広を脱ぎソファーにかけるとキッチンへ。
「座っててくれてもよかったのに」
コップを棚から出している彼女。
「いや。貴女を守るのが務め。視界に入る所にいてもらわなければ困る」
「そんな…家の中にいるときくらい気を抜いてて下さい」
大丈夫ですから、彼女は言うが組織の奴らはどこから何をするか分からない。大丈夫ではないのだ。彼女は知らないからそんなことが言えるのだろう。
承知した、返事をしつつも油断しないように心掛けた。
そして夜になっても降谷さんは戻ってこない。
「今日はなかなか戻って来ないですね…先にご飯食べちゃいましょう」
彼女が作ったご飯を一緒に食べることに。
「美味い…」
「本当ですか?!よかったー!零さんにも食べさせてあげたかったな〜」
「そういえば、彼とあなたとの関係はなんですか?」
気になっていた事をズバリ聞く。彼女は箸を止めこちらを向いた。その瞳は少し寂し気にしているのは気のせいか。
「関係ですか…正直なところ、分かりません…だって彼からは好きだの付き合ってほしいとかそんなことは一切言われてません。だから恋人、ではないと思います…でも誰にも渡したくない、そんなことを言われるので混乱しているのも事実です」
彼女は困ったように笑う。そうか、降谷さんの立場上はっきりとは言えないのか。"特別"だと言った上司の言葉に様々な気持ちが含まれているのだと改めて思う。
「ただの隣人ではなく、特別な隣人であることには違いないと思うのですが…これ以上を望んでしまってはいけない気がして。彼は何かを隠しています。それに触れるときっと私を置いてどこかへ行ってしまうような…」
すみません、彼女は謝る。謝る必要などないというのに。
「私も野暮なことを聞いてしまいました。すみません」
「いえ。気になるのも無理ありません」
食べましょう、彼女の言葉に夕食の続きをとった。食べ終わると一緒に片付けをする。並んで立って作業をするがこの頃にはだいぶ打ち解けたような気がした。そこへ彼が帰ってきた。
「あ、零さん!お帰りなさい」
「ただいま……なんですかそれは」
「ん?なんですか?何のこと?」
彼はこちらをじっと見つめて自分と彼女を見ている。
—— なるほど…
「私は夕飯をご一緒したので片付けを手伝っているだけですよ」
「あ、風見さんが珍しいことをしてるとか?」
「あなたは失礼ですね」
「いや風見さんだって失礼な時ありますから」
「私が?いつ失礼なことをしましたか?」
「初めて会う女性の手を縛り上げるとか…失礼でしょ?」
話も聞いてくれなかったし、などと不貞腐れる彼女が微笑ましくて小さく笑う。
「待った。それ以上はいい。風見も帰ってくれて構わん」
「了解です」
それを聞いて手を拭くといつのまにかハンガーにかけられていた背広をとり羽織る。彼女がいつの間にかかけてくれたのだろう。その小さな配慮に胸が温かくなる。ネクタイもしっかりと締め玄関へと足を進めた。
「では。お疲れ様でした」
「ああ。不本意ではあるが明日も頼む」
靴を履く頃パタパタと彼女が走ってきた。
「風見さん。今日はありがとうございました。また明日」
彼女はまた笑ってくれるので「こちらこそまた明日」と微笑み返し挨拶を交わす。彼女の背後で腕組みをしこちらを見ている上司にチラリと視線を向けると軽くお辞儀をして部屋を出た。
—— やれやれ。彼女も大変だな
恐らく嫉妬で渦巻いているであろう上司のことを思いクスリと笑うと明日また彼女に会えるのが楽しみになったのだった。
ーーーーーー
「随分と懐いているようですね?」
「え?懐いてなんかいませんよ?普通だけど…」
「いいえ。彼があなたに懐いているようです」
「ええ?そんなことないよ?」
「そんなことあります。僕のものだともっと印がいりますね…」
「印?…って、零さん!まって…やめ……やぁ!」
彼が帰ったあと甘く激しく抱かれ、彼女の肌にたくさんの紅い花が咲いたことは言うまでもない。
次の日、彼女を目にした風見はその印に気付き顔を赤くしたとかしてないとか……。
風見裕也 fin.
2019.1.24
2019.12.1
↓こちらに続きます。
君からほしい……バレンタイン/本編ヒロイン
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