逃げないでほしい
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3.
それから数日経っても竹早と話す機会はなく時間だけが過ぎていった。モヤモヤした気持ちだけが胸の底にくすぶっている。
ーー結局まだ彼には謝れていないなー…
今日は回ってきた日直の仕事で一日のまとめを日誌に記入しており思わずため息が漏れる。
「竹早くん…まだ怒ってるかなー…」
「僕が怒るって?」
教室には誰もいないため独り言のように呟いたその時、聞こえるはずのない彼の声が耳に届き勢いよく振り返った。そこには鞄を肩にかけた彼が立っており困ったように笑っている。
今の言葉を彼に聞かれてしまった。
それだけで気持ちが焦りなんと話せばいいのか困惑して立ち上がると俯いたまま短く声をかける。
「ごめんっ!なんでもないの!」
じゃあ!、と日誌を持ち走って教室を出た。
職員室の前まで来ると呼吸を整え日誌を提出し帰ろうと下駄箱へ向かった。
「あ。鞄…」
焦りのあまり鞄を教室に置いてきてしまったことに愕然として自分の馬鹿さ加減に呆れてしまった。しかも彼にまた失礼な態度をとってしまってもう泣きたくなる。彼がもう帰っていることを祈りながら教室に着くとそっとドアを開けて中を覗く。幸い誰もおらず安心すると中に入って荷物をまとめ教室を出ようと後ろのドアに手をかけ開けると視界いっぱいに男子の制服が見えた。顔を上げると帰ったと思った彼がいて目を見開いて驚く。
「あ…」
彼は何も言わず自分の手を掴むと教室に入ってきてゆっくりとドアを閉めた。
「また逃げられちゃ困るからね」
そう言って微笑みながら掴んでる手に力を込める彼。
まさか手を握られるとは思わないので咄嗟の出来事に頭が追いつかない。
「ハルさん。どうして僕から逃げるのか教えてくれるかい?」
彼の顔が見れず俯いていると頭上から優しい声で問いかけられる。それでもどう説明しようかと悩んでいるとまた彼の声が聞こえた。
「僕の事が嫌い?」
「ち、違うよっ!」
彼の少し寂しそうな声と質問の内容を聞いて勢いよく顔を上げて否定する。
「やっとこっちを見てくれたね」
近い距離で彼と視線が交わり頬を染めてしまうがその優しい笑顔に目が離せなかった。
「じゃあ、なんで僕から逃げていたのか理由を教えてくれるね?」
見つめ合ったまま理由を聞かれ握られている手を少し捻ると両手で彼の手を掴む。
「ご、ごめんなさい!」
「どうして君が謝るんだい?」
「その…竹早くんが嫌いだから逃げてるんじゃなくてむしろその逆でどう話していいか分からなくて焦っちゃって…」
失礼な態度をとってごめんなさい、頭を下げて彼に誤った。嫌われるならそれでいい。でもやっと彼に謝ることができ一安心する。
「…一つ聞いてもいいかな?」
「うん。どうかしたの?」
謝罪出来たことで彼へ勝手に抱いていたわだかまりがなくなり笑顔で返事をするが彼の瞳は真剣だ。
「今のところで気になる部分があったんだけど…嫌いじゃなくてむしろその逆ってそれはどういう意味なんだろう?」
彼の話を微笑みながら聞いていたが最後まで聞いて頭で考えた。
ーーん?嫌いじゃなくてむしろ逆…
嫌いの逆……嫌いの反対語は……
そこまで考えが至ると彼の手を離して背を向けた。
「その…違うの!嫌いじゃないのは本当だけどそういう意味じゃないの!」
放言とはこういう事を言うのだろうか。
思ったことを何も考えずに言ってしまい恥ずかしくなる。
ーー穴があったら入りたい…
顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。
「ハルさん」
前の方から声がしたので顔を上げると彼もしゃがんで優しい表情でこちらを見ていた。
「君に嫌われていないのならよかった。それだけ分かっただけでも嬉しい」
そんな事を言うのでこちらが照れてしまってまた顔に熱が集まる。
「君は湊とは普通に話してるから気がおかしくなりそうだったよ」
「えっ…?」
彼から鳴宮の名前が出てきてキョトンと呆けてしまう。
「湊と話してるところを何度か見かけた事があって、その時は普通に…いや僕には楽しそうに見えたから」
湊の事が好きなの?、そう話して問いかける彼の表情と声は切なげだった。
確かに玄関で会ったあの時から時折鳴宮とは話すことはあるが別に彼を意識しているわけではない。むしろ今目の前にいる男子を意識して目が合うと頬を染めた。
「ううん…鳴宮くんの事はそういうんじゃない…」
「そっか。ならよかった」
彼は立ち上がると手を差し出してくれる。
戸惑うがその手を取り立ち上がると彼に手を握られた。
「僕もハルさんのこと嫌いじゃない。むしろその逆だ」
自分が言った言葉を彼の口から聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「ほんと?!よかったー!もう怒って嫌われたんじゃないかと思ってたんだ!」
自分は彼の事を意識しているがそういう感情ではなく人としてクラスメイトとして考えていたため笑顔でそう伝えた。しかし彼は一瞬真剣な顔つきになると真っ直ぐに見つめられ、どうしたのかと彼を見返していると握られている手に力が入った。
「たぶん君の考えてるものとは違うと思うけど」
まぁ今は分からなくてもいいかな、そこまで言ってニコリといつもの笑顔に戻る彼。なんの事か分からなかったが今は彼と普通に話せるようになった喜びの方が大きかった。
「それじゃあ、またね!」
「うん。また明日」
また明日っ!、と彼に手を振って帰路につく。
これで高校生活三年間は無事に乗り切れそうだ、と呑気に鼻歌を口ずさみながら小さく微笑んだ。
ーーーー
「はぁ…湊に嫉妬して気付かされるとはね…」
正門から彼女のどんどん小さくなる後ろ姿を見送っている竹早は小さく呟く。彼女のことはクラスも一緒なので存在には気付いており時折友達と話して笑っている姿は見ていて安心するので遠くから見ていた。
でも湊と話してる姿を見て嫉妬する自分がいて彼女と話をしたい、側に居たいと思うようになった。友人に対して密かに嫉妬心を抱え彼女に対する気持ちにも気付いてしまう。
"嫌いじゃない。むしろその逆"
彼女にとってはクラスメイトとしての意味合いにとれたのだろう。思っていた反応とは違って彼女は鈍感なのだと心の中で複雑な感情が渦巻くが笑っている彼女を見るとこれでよかったのかもしれないと考えに至る。
ーーまぁ高校生活はまだ始まったばかり…
少しずつ距離を縮めればいいか
「僕は君のことを異性として好きだから」
いつかこの気持ちを打ち明ける日は来るのだろうか。
どちらでもいいようなでも彼女の特別は自分でありたいようなそんな心の葛藤を抱えながら帰路につく。
逃げる彼女をやっと捕まえる事ができた。
でも気持ちはまだ打ち明けないまま彼女との高校生活を仲間達と弓道を楽しもうと決めた。
ーーもう逃げないで僕を見てくれるかな
夕日が沈むのを眺めながら彼女の笑顔を思い出して小さく微笑んだ。
逃げないでほしい
fin.
2019.3.2
それから数日経っても竹早と話す機会はなく時間だけが過ぎていった。モヤモヤした気持ちだけが胸の底にくすぶっている。
ーー結局まだ彼には謝れていないなー…
今日は回ってきた日直の仕事で一日のまとめを日誌に記入しており思わずため息が漏れる。
「竹早くん…まだ怒ってるかなー…」
「僕が怒るって?」
教室には誰もいないため独り言のように呟いたその時、聞こえるはずのない彼の声が耳に届き勢いよく振り返った。そこには鞄を肩にかけた彼が立っており困ったように笑っている。
今の言葉を彼に聞かれてしまった。
それだけで気持ちが焦りなんと話せばいいのか困惑して立ち上がると俯いたまま短く声をかける。
「ごめんっ!なんでもないの!」
じゃあ!、と日誌を持ち走って教室を出た。
職員室の前まで来ると呼吸を整え日誌を提出し帰ろうと下駄箱へ向かった。
「あ。鞄…」
焦りのあまり鞄を教室に置いてきてしまったことに愕然として自分の馬鹿さ加減に呆れてしまった。しかも彼にまた失礼な態度をとってしまってもう泣きたくなる。彼がもう帰っていることを祈りながら教室に着くとそっとドアを開けて中を覗く。幸い誰もおらず安心すると中に入って荷物をまとめ教室を出ようと後ろのドアに手をかけ開けると視界いっぱいに男子の制服が見えた。顔を上げると帰ったと思った彼がいて目を見開いて驚く。
「あ…」
彼は何も言わず自分の手を掴むと教室に入ってきてゆっくりとドアを閉めた。
「また逃げられちゃ困るからね」
そう言って微笑みながら掴んでる手に力を込める彼。
まさか手を握られるとは思わないので咄嗟の出来事に頭が追いつかない。
「ハルさん。どうして僕から逃げるのか教えてくれるかい?」
彼の顔が見れず俯いていると頭上から優しい声で問いかけられる。それでもどう説明しようかと悩んでいるとまた彼の声が聞こえた。
「僕の事が嫌い?」
「ち、違うよっ!」
彼の少し寂しそうな声と質問の内容を聞いて勢いよく顔を上げて否定する。
「やっとこっちを見てくれたね」
近い距離で彼と視線が交わり頬を染めてしまうがその優しい笑顔に目が離せなかった。
「じゃあ、なんで僕から逃げていたのか理由を教えてくれるね?」
見つめ合ったまま理由を聞かれ握られている手を少し捻ると両手で彼の手を掴む。
「ご、ごめんなさい!」
「どうして君が謝るんだい?」
「その…竹早くんが嫌いだから逃げてるんじゃなくてむしろその逆でどう話していいか分からなくて焦っちゃって…」
失礼な態度をとってごめんなさい、頭を下げて彼に誤った。嫌われるならそれでいい。でもやっと彼に謝ることができ一安心する。
「…一つ聞いてもいいかな?」
「うん。どうかしたの?」
謝罪出来たことで彼へ勝手に抱いていたわだかまりがなくなり笑顔で返事をするが彼の瞳は真剣だ。
「今のところで気になる部分があったんだけど…嫌いじゃなくてむしろその逆ってそれはどういう意味なんだろう?」
彼の話を微笑みながら聞いていたが最後まで聞いて頭で考えた。
ーーん?嫌いじゃなくてむしろ逆…
嫌いの逆……嫌いの反対語は……
そこまで考えが至ると彼の手を離して背を向けた。
「その…違うの!嫌いじゃないのは本当だけどそういう意味じゃないの!」
放言とはこういう事を言うのだろうか。
思ったことを何も考えずに言ってしまい恥ずかしくなる。
ーー穴があったら入りたい…
顔を両手で覆ってしゃがみ込んでしまった。
「ハルさん」
前の方から声がしたので顔を上げると彼もしゃがんで優しい表情でこちらを見ていた。
「君に嫌われていないのならよかった。それだけ分かっただけでも嬉しい」
そんな事を言うのでこちらが照れてしまってまた顔に熱が集まる。
「君は湊とは普通に話してるから気がおかしくなりそうだったよ」
「えっ…?」
彼から鳴宮の名前が出てきてキョトンと呆けてしまう。
「湊と話してるところを何度か見かけた事があって、その時は普通に…いや僕には楽しそうに見えたから」
湊の事が好きなの?、そう話して問いかける彼の表情と声は切なげだった。
確かに玄関で会ったあの時から時折鳴宮とは話すことはあるが別に彼を意識しているわけではない。むしろ今目の前にいる男子を意識して目が合うと頬を染めた。
「ううん…鳴宮くんの事はそういうんじゃない…」
「そっか。ならよかった」
彼は立ち上がると手を差し出してくれる。
戸惑うがその手を取り立ち上がると彼に手を握られた。
「僕もハルさんのこと嫌いじゃない。むしろその逆だ」
自分が言った言葉を彼の口から聞いてホッと胸を撫で下ろした。
「ほんと?!よかったー!もう怒って嫌われたんじゃないかと思ってたんだ!」
自分は彼の事を意識しているがそういう感情ではなく人としてクラスメイトとして考えていたため笑顔でそう伝えた。しかし彼は一瞬真剣な顔つきになると真っ直ぐに見つめられ、どうしたのかと彼を見返していると握られている手に力が入った。
「たぶん君の考えてるものとは違うと思うけど」
まぁ今は分からなくてもいいかな、そこまで言ってニコリといつもの笑顔に戻る彼。なんの事か分からなかったが今は彼と普通に話せるようになった喜びの方が大きかった。
「それじゃあ、またね!」
「うん。また明日」
また明日っ!、と彼に手を振って帰路につく。
これで高校生活三年間は無事に乗り切れそうだ、と呑気に鼻歌を口ずさみながら小さく微笑んだ。
ーーーー
「はぁ…湊に嫉妬して気付かされるとはね…」
正門から彼女のどんどん小さくなる後ろ姿を見送っている竹早は小さく呟く。彼女のことはクラスも一緒なので存在には気付いており時折友達と話して笑っている姿は見ていて安心するので遠くから見ていた。
でも湊と話してる姿を見て嫉妬する自分がいて彼女と話をしたい、側に居たいと思うようになった。友人に対して密かに嫉妬心を抱え彼女に対する気持ちにも気付いてしまう。
"嫌いじゃない。むしろその逆"
彼女にとってはクラスメイトとしての意味合いにとれたのだろう。思っていた反応とは違って彼女は鈍感なのだと心の中で複雑な感情が渦巻くが笑っている彼女を見るとこれでよかったのかもしれないと考えに至る。
ーーまぁ高校生活はまだ始まったばかり…
少しずつ距離を縮めればいいか
「僕は君のことを異性として好きだから」
いつかこの気持ちを打ち明ける日は来るのだろうか。
どちらでもいいようなでも彼女の特別は自分でありたいようなそんな心の葛藤を抱えながら帰路につく。
逃げる彼女をやっと捕まえる事ができた。
でも気持ちはまだ打ち明けないまま彼女との高校生活を仲間達と弓道を楽しもうと決めた。
ーーもう逃げないで僕を見てくれるかな
夕日が沈むのを眺めながら彼女の笑顔を思い出して小さく微笑んだ。
逃げないでほしい
fin.
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