悲しみの向こう側に見つけたもの
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1.
「ハルさん。これもお願いするよ」
「はい」
先日の壁外調査で急な天候不良に見舞われあってはならない思わぬ事故があり多大な犠牲を払ってしまった。エルヴィン団長はその責任を問われ王都に招集がかかり幹部達は犠牲となった兵士の弔問のために出払っている。そのため新兵も書類業務の補佐を必要以上に手伝わされていた。
今自分は第四分隊副長のモブリットの補佐で来ている。彼は分隊長のハンジの目付け役のような役割を果たしており話すのはこれが初めてだ。
ーーいつもハンジさんを大きな声で注意してるから怖い人なのかなと思ってたけど…全然違う。
ここ数日、行動を共にしていたが彼はとても優しく書類の整理で困っても怒ることはせず丁寧に教えてくれた。
「君は熱心に手伝ってくれるから助かるよ」
ニコリと笑う彼に少し頬を染め褒められたことが嬉しかった。
「何でも言ってください!私頑張りますから!」
背筋を伸ばして敬礼をするとふっと笑う彼。
「頼りにしているよ」
ポンッと頭の上に手が乗り彼は微笑むと資料室へと歩き出した。自分は頭に手を乗せると一気に顔が赤くなり手に持っている書類に顔を埋めた。
ーーい、今のは反則でしょ?!
「ハルさん。早く行きましょう。まだ半分も終わってませんから」
先を歩く彼が声をかけるので「今行きます!」と返事をしてまだ熱を帯びた頬をそのままに走って追いついた。
「あれ?ハルさん、風邪じゃないですか?顔が赤い」
熱があるのかも、と顔を近づけるとおでこをくっつけてくる。至近距離に彼の顔がありまた顔に熱が集まった。
「ほら。熱があるみたいですよ?今日はもう休んで…」
「いえっ!大丈夫ですからっ!」
ーーこれ以上近くに居たら心臓がもたないっ!!
一歩後ろに下がり彼から離れる。
そしてこの場から逃げるように慌てて声をかけた。
「わ、私先に行ってます!」
では!、と短く伝え資料室まで走った。
資料室に入るとヨロヨロと本棚に近寄り体を預ける。
彼が触れた頭やおでこが熱くまだおさまりそうになかった。資料を置いて窓を開け風に当たるとそよそよと心地よい風が頬を撫で熱も徐々におさまってきた。
顔を上げると空は澄み切ったような青空で眩しかった。その空に小さく微笑むがすぐに心臓を捧げた同期や先輩たちの顔が脳裏をよぎる。
「みんな…」
窓に腕を乗せ寄りかかってボーッとしていた。
「体を冷やしますよ」
その時ふわっと肩に膝掛けのようなものがかけられ振り返るといつのまにか彼が側まで来ていた。
「すみません!仕事に戻ります!」
仕事を放って物思いにふけるなど新兵にあってはならない。ただでさえ人員不足。迷惑がかからないようにしていたというのに。
慌てて窓を閉めて書類の山に向かおうとすると彼に手を引かれ止められた。
「やはり体調が優れないのでしょう」
彼は近寄るとじっと見下ろし両手で頬を包まれた。
そして顔が近付き目の前に彼の瞳が見える。
どうしたのかとドギマギしていると目の下を親指でそっと撫でられた。
「隈が出来てますよ。それもここ数日で酷くなってる。あまり眠れていないようですね」
彼の言葉を聞いて鼓動が速くなり俯く。
実際そうだからだ。初めて壁外調査に出て巨人に食べられる仲間の顔が、叫ぶ声が頭から離れず夜な夜なうなされていた。
「だ、大丈夫です。迷惑はかけませんから…」
俯いたまま話すと温もりを感じて顔を上げると彼の体が目の前にあり抱きしめられていた。
「あ、あのっ!」
「確か初めての壁外だったね。それがあんな酷いもので…辛かっただろう」
彼は優しく穏やかに声をかけてくれ目頭が熱くなった。目を閉じれば涙がこぼれ落ち彼の兵服を濡らしていく。
「ご、ごめん、なざい…モブリット、さんの服が…」
鼻水で鼻声の状態で彼に謝るが抱きしめられてる腕に力が入るだけだった。
「気にすることはありません。泣いて下さい」
彼の言葉に甘えてわんわんと子どものように泣きじゃくった。途中で足に力が入らなくなると彼はゆっくり座らせてくれ座っても尚、体は離さず抱きしめてくれていた。
ひとしきり泣いた後は瞼が重たくなり彼の温もりに包まれたまま微睡む。
ーーモブリットさんは優しい…
すごく落ち着くし、好きだなー…
そんなことを考えていると意識を手放した。
ーーーーーー
自分の腕の中で声を上げて泣いている彼女。
新兵の彼女には先日の壁外調査は酷なものになったに違いない。
ーーあれは今までの中でも酷かったな…
急な悪天候に見舞われ視界不良になり信煙弾も機能せず陣形が乱れた。霧のせいで一寸先も見えない状態になった時、近くでドォンと凄まじい音がしハンジ分隊長と馬で駆け寄ると荷馬車同士がぶつかって怪我人が出ていた。そこへ巨人が多数近付き応戦したが数が多く何人も仲間が犠牲になったのだ。自分達と同じように様子を見に来た仲間も巻き込まれた。
彼女は運悪くその場に居合わせてしまい動けずにいたところを自分が手綱を引いて馬を走らせた。
チラリと彼女を見れば絶望的な表情をしておりその時から気にかけるようにしていたのだ。
無事帰還してからも気が抜けたように何も喋らず基地に着いても馬に乗ったままだった。声をかけても反応がないため体を揺するとそのまま気を失い馬から落ちてくるので慌てて抱きとめた。
ーーあの時は正直焦ったな
思い出して小さく笑う。
そして分隊長に声をかけ彼女を医務室まで運びベッドへ寝かせた。
これからの事が決まり書類整理に新兵も使えと団長から話があった時は一番に彼女の顔が浮かんだ。
「分隊長。書類整理の件で一つよろしいですか?」
「いいよ〜モブリット!彼女を補佐につけといてあげる♪」
分隊長は気付いていたようでにやけながら言われた。
ーーはぁ…ハンジさんは勘がよすぎる…
苦笑いをしながらお礼を言ったことも思い出した。
団長から新兵を含む生き残った調査兵にこれからの説明があった後、彼女に声をかけた。初めは驚いていたが次の瞬間には真剣な顔つきで敬礼をしていたがその瞳の奥には何かを感じた。
ーーやはり顔色は悪いまま、か…
それでも懸命に職務を果たそうと彼女の健気な姿が微笑ましく側に居たいと思うようになった。
数日後、顔が赤いためおでこをくっつけて熱があるか確認するとやはり熱い。風邪でも引いたのかと心配になるが彼女は大丈夫と離れ顔を真っ赤にしたまま走って行ってしまった。
ーー顔を真っ赤にさせて…
走る元気があるなら風邪ではないのか。
ふっと小さく笑うと彼女が向かったであろう資料室へ自分も足を動かした。
資料室に入ると風が吹いているのに気付く。窓に近寄ると彼女が窓を開けて空を見上げていた。その横顔は切なげで儚く見え遠くに行ってしまいそうな表情をしていた。
近くにあった膝掛けを手に取り彼女の肩にかけるとこちらを振り向き焦って仕事に戻ろうとするため引き止めた。
ーーあんな表情を見たら仕事よりも彼女の方が大事だ…
彼女の顔を覗き込むと隈が酷くなっている。
ーー先日の壁外調査のせいで寝不足か…
新兵にはよくあることだ。
特に初めての壁外調査でダメージを受けて寝不足になる新兵も見かける。いつもは眺めるだけで他の兵士が慰めているのを見かけたことがあった。だが、彼女には自分が慰め側にいたいと気持ちが芽生え気が付けば彼女を腕の中におさめていた。
「確か初めての壁外だったね。それがあんな酷いもので…辛かっただろう」
そう優しく声をかけると静かに泣き出す彼女。
服の事を気にするため気にしないで泣いけばいいと伝えれば声を上げて泣き出した。
彼女の泣き声を聞いていると自分も胸が苦しくなりつられて目頭が熱くなった。途中で彼女がフラつくのでゆっくり床に座らせそれでもそのまま抱き寄せる。
しばらくすると泣き声が小さくなり落ち着いてきたようだった。体を預けるように体重がのしかかる。
顔を覗くと目を閉じてウトウトしていた。
ーーこんなに目を赤く腫らせて…
目元に手を添えると彼女から声が聞こえた。
「モブリットさん……好きだなー……」
ボソッと囁くような小さな声だったので近くにいなければ聞こえなかっただろう。でも今は彼女は腕の中にいて図らずも聞いてしまったそれ。
一瞬考えたのち顔が赤くなるのがわかった。
ーーな…今のは自分に対して…か?
名前を言っていたので自分に対してなのは分かったがまさか告白をされるとは。
「まぁ……僕も同じ気持ちなんですが」
スヤスヤと眠る彼女を優しく抱き寄せ耳元で囁いた。
"僕もハルの事が好きですよ。
だから…早く目を覚まして下さい"
彼女のおでこに触れるだけの口付けを落とし小さく微笑んだ。
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