愛馬の次に
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1.
ある日、業務に隙間が出来たので厩舎で自分の愛馬の世話をしていた。
白馬のこの馬はどの馬よりも早く自分にとても合っていた。いつも無理ばかりをさせているので世話をしている時くらいは、と労わる。その世話もいつも仕事に追われてままならないのでたまに様子を見に来る。しかし世話がされていたので頼んでいる兵士に礼を言うと既に世話が成されていたというのだ。
—— 誰かが世話をしてくれているのか…?
不思議に思いながらも愛馬のお腹を撫でる。その時厩舎に一人の女性兵士が入って来た。馬に「今日もありがとう。この調子でお願いね」と声をかけているところを見ると訓練からの帰りだろう。自分達がいる列に馬を繋いでいる。何故か咄嗟に愛馬の影にそっと隠れた。隠れなくてもよいのだが。
「調子はどう?」
すると穏やかな声が聞こえ自分に話しかけられたと思い声を出そうとした。が、すぐに彼女の声が聞こえ開けた口を閉じた。
「なんだかご機嫌だね。ご主人様に会えたの?」
そっかそっか、会えたんだね、良かったね、と自分の愛馬に声をかけている。先程の問いかけも愛馬にしたものか。よくよく考えれば話し方からして団長の自分に話しかけるような口調ではない。
「あれ?今日は毛並みが綺麗。ふふっ、素敵じゃない。じゃあ今日は私がお世話しなくても大丈夫だね」
ご主人様にしてもらったの?、どうやら話の内容からしていつも世話をしてくれていたのは彼女のようだ。それよりも自分の馬がこうも他人に慣れるとは思っておらず感心した。
彼女は一向に自分には気付かないのか愛馬とお喋りを続けている。
「また壁外調査では団長…ご主人様を守ってね」
「私まだ一度も話したことがないの…一度でいいからお話してみたいなー…君はいいね。少し羨ましいよ」
妬けちゃうな、と馬に嫉妬しているという彼女の声を聞いて少し吹き出しそうになるのを慌てて口を手で覆った。気付かれたかと思ったが幸い彼女は気付いていないようだ。
「君のご主人様はどんな人?冷酷とか言われてるけど…」
本当にそうなのかな…と悲しげものに彼女の声が変わった。
「もしそうなのだとしたら君はそんなにご主人様のこと慕わないでしょう?君はご主人様の事大好きだもんね」
だから私も団長のこと信じてる、そんな言葉が聞こえてきて胸が熱くなった。兵士達の話しを直に聞くのはなかなかない。
—— 兵士達の声を聞くのも悪くない、
壁にもたれかかり彼女の声に耳を傾けた。
「君のお世話を勝手にしてるけど団長に怒られるかな…でも懐いてくれて良かった。初めて君に会った時は誰の馬か分からなかったけど…まさか団長の愛馬だったとは」
あの時背中に頭を擦り付けてきたのよね、と笑い声が聞こえてきた。
「ビックリしたんだから。でもおかげで涙が止まったから感謝しなきゃね」
ありがとう、と親しみを込めるように感謝の言葉が聞こえてきた。一体彼女に何があったというのだろうか。
「ん?なんであの時泣いてたかって?」
自分の考えていることが伝わってしまったのかと思うくらいタイミングがよく思わず鼓動が速くなる。
「あの時泣いてたのは…調査兵団に入ったのが怖くなったから…恐怖に押し潰されそうになったの」
「でも君や他の馬達が励ましてくれて嬉しかったよ。その後も同期や先輩達にも励まされて…今では入って良かったと思ってる。壁外調査は怖いけどその時だけ自由を感じるんだ。団長にもついていきたいしね」
ふふっと笑い声が聞こえる。
「エルヴィン団長…いつかお話ができたなら私の気持ちも聞いてくれるかな…君にだけ教えてあげる。私ね、団長の事尊敬してるの。でも…それだけじゃない気がする…」
だけど迷惑かけちゃうから君も秘密だよ?、と愛馬に語る彼女。
—— 彼女の気持ち…
その気持ちは恐らくそういう感情のものだろう。しかし自分にはそんな事には現を抜かしてはいられない。
—— 調査兵団に入団しようと決意した時から縁遠いものにしたのは自分だ…
懇願され体だけ重ねることはあっても気持ちは一切ない。それでもいいと相手は言うのだ。
—— 気持ちの通じ合った状態で体を重ねたことは今までにないな…
そんなことを考えているとまた彼女の声が聞こえてきた。
「そろそろ私行かなきゃ。じゃあまたね」
厩舎から出ようとする彼女の声が聞こえ自分も移動しようとしたが様子がおかしい。
「どうしたの?ぅ、わぁあ!ちょっ…離してっ!」
ほんとにどうしたの?!、っと焦ってる彼女の声が聞こえ慌てて愛馬の影から出る。愛馬が彼女のジャケットを口で挟んで引っ張るような動作をしているのだ。こんな愛馬を初めて見た。
「大丈夫か?少し待ってくれ」
そして愛馬をどうどう、と宥めるとジャケットを離して落ち着くため彼女の方を向いた。
「君、大事ないか?」
座り込んでしまっている彼女と視線を合わせるためにかがんで話しかけるが当の彼女は放心状態だ。
「どうした。どこか痛むのか?」
声をかけるが何の反応もないし視線も合わない。肩に手をかけ軽く揺するとハッとしたように目と目が合う。
「えっ、あっ…団長……」
「大丈夫か?」
「は、はい…大丈夫です…」
やっと質問に答えてくれるようになったが今度は顔が真っ赤になっているではないか。
「い、いつからいらしてたんですか…?」
「ずっとここにいたが?」
「えっ!」
それを聞いて彼女は慌てふためき今にも卒倒しそうな勢いだ。
—— しょうがない…嘘をつくか…
このままでは今後にも影響を及ぼしそうなので小さな嘘をつくことに。
「愛馬の世話をしていたがここ最近寝不足で奥の方で居眠りをしていた。そしたら急に女性の驚いたような声が聞こえて飛び起きたら君がいたってところか」
信じてくれるか分からなかったが話を何も聞いていないフリをした。
「そ、そうだったんですね」
彼女はそれを聞いて安心したように笑っている。
「君は随分と私の馬に懐かれているようだな」
そう声をかけると体を強張らせているのが伝わってきた。
「すみません!団長!」
すると彼女はいきなり謝罪の言葉を述べたので驚く。
「勝手に団長の馬をお世話してました!」
それを聞いて小さく笑うと彼女の肩に手を置いて顔を上げるように言う。
「君だったんだな。世話をしてくれ感謝する」
そう伝えれば彼女は満面の笑みで「はいっ!」と返事をするので微笑ましく感じた。
「君、名前は?」
「ハルと言います。今調査兵二年目です」
分隊長の名前まで聞き、あそこの班かと把握する。
「調査兵として辛いこともあるだろうが…君たちの力が頼りだ。今後もよろしく頼む」
そう伝えれば起立して敬礼している彼女。その顔にはやる気に満ちており輝いて見える。
「だがなるべく生き残るように努力もすることだ」
「はっ!」
自分も立ち上がると彼女を見下ろした。
思っていたよりも背が低い。
彼女も似たようなことを思っているのかパチクリと目を見開いている。
「団長…近くで拝見すると大っきいんですね…」
などと言うものだから笑いが出そうになった。
「君は逆に小さいんだな」
ポンッと無意識に頭に手を乗せると彼女の顔がみるみる赤くなった。
「同期の中でも小さいんです…でもそれは嫌ですよ…」
「そうか?小さいならそれなりに小回りも利くと思うが」
「そうなんですけど、からかわれてばかりで…」
はぁ、とため息をつく彼女。
「あ!こんなどうでもいい話をしてしまい申し訳ございません!」
「いや。君とはもっと話をしてみたい。今日は難しいがまた馬の世話をする時は声をかけてくれ」
彼女は驚いた顔をしていたが顔を綻ばせ笑顔になると「はいっ!」と元気よく返事をしている。
それから時折彼女は馬の世話をする時には声をかけてくれるようになった。馬の話や同じ班のメンバーの話、家族の話など様々な話を馬の世話をしながら聞いていた。自分の話はあまりせず聞き役に徹していたが彼女もそれについては何も言ってこずこの時間が居心地のよいものになるのにそう時間はかからなかった。
彼女とこうやって馬の世話をしながら会話をしていると団長である前に一人の人間だと、そう思わせてくれるものを感じていた。気が付けば彼女の側に居たいと思うようになっている自分がいるのもまた事実。
—— どうやら馬の次に懐いたのは私の方か
彼女に馬が懐くのも頷けるような気がした。それくらい彼女は自然体で優しい性格の持ち主だった。
ある日、業務に隙間が出来たので厩舎で自分の愛馬の世話をしていた。
白馬のこの馬はどの馬よりも早く自分にとても合っていた。いつも無理ばかりをさせているので世話をしている時くらいは、と労わる。その世話もいつも仕事に追われてままならないのでたまに様子を見に来る。しかし世話がされていたので頼んでいる兵士に礼を言うと既に世話が成されていたというのだ。
—— 誰かが世話をしてくれているのか…?
不思議に思いながらも愛馬のお腹を撫でる。その時厩舎に一人の女性兵士が入って来た。馬に「今日もありがとう。この調子でお願いね」と声をかけているところを見ると訓練からの帰りだろう。自分達がいる列に馬を繋いでいる。何故か咄嗟に愛馬の影にそっと隠れた。隠れなくてもよいのだが。
「調子はどう?」
すると穏やかな声が聞こえ自分に話しかけられたと思い声を出そうとした。が、すぐに彼女の声が聞こえ開けた口を閉じた。
「なんだかご機嫌だね。ご主人様に会えたの?」
そっかそっか、会えたんだね、良かったね、と自分の愛馬に声をかけている。先程の問いかけも愛馬にしたものか。よくよく考えれば話し方からして団長の自分に話しかけるような口調ではない。
「あれ?今日は毛並みが綺麗。ふふっ、素敵じゃない。じゃあ今日は私がお世話しなくても大丈夫だね」
ご主人様にしてもらったの?、どうやら話の内容からしていつも世話をしてくれていたのは彼女のようだ。それよりも自分の馬がこうも他人に慣れるとは思っておらず感心した。
彼女は一向に自分には気付かないのか愛馬とお喋りを続けている。
「また壁外調査では団長…ご主人様を守ってね」
「私まだ一度も話したことがないの…一度でいいからお話してみたいなー…君はいいね。少し羨ましいよ」
妬けちゃうな、と馬に嫉妬しているという彼女の声を聞いて少し吹き出しそうになるのを慌てて口を手で覆った。気付かれたかと思ったが幸い彼女は気付いていないようだ。
「君のご主人様はどんな人?冷酷とか言われてるけど…」
本当にそうなのかな…と悲しげものに彼女の声が変わった。
「もしそうなのだとしたら君はそんなにご主人様のこと慕わないでしょう?君はご主人様の事大好きだもんね」
だから私も団長のこと信じてる、そんな言葉が聞こえてきて胸が熱くなった。兵士達の話しを直に聞くのはなかなかない。
—— 兵士達の声を聞くのも悪くない、
壁にもたれかかり彼女の声に耳を傾けた。
「君のお世話を勝手にしてるけど団長に怒られるかな…でも懐いてくれて良かった。初めて君に会った時は誰の馬か分からなかったけど…まさか団長の愛馬だったとは」
あの時背中に頭を擦り付けてきたのよね、と笑い声が聞こえてきた。
「ビックリしたんだから。でもおかげで涙が止まったから感謝しなきゃね」
ありがとう、と親しみを込めるように感謝の言葉が聞こえてきた。一体彼女に何があったというのだろうか。
「ん?なんであの時泣いてたかって?」
自分の考えていることが伝わってしまったのかと思うくらいタイミングがよく思わず鼓動が速くなる。
「あの時泣いてたのは…調査兵団に入ったのが怖くなったから…恐怖に押し潰されそうになったの」
「でも君や他の馬達が励ましてくれて嬉しかったよ。その後も同期や先輩達にも励まされて…今では入って良かったと思ってる。壁外調査は怖いけどその時だけ自由を感じるんだ。団長にもついていきたいしね」
ふふっと笑い声が聞こえる。
「エルヴィン団長…いつかお話ができたなら私の気持ちも聞いてくれるかな…君にだけ教えてあげる。私ね、団長の事尊敬してるの。でも…それだけじゃない気がする…」
だけど迷惑かけちゃうから君も秘密だよ?、と愛馬に語る彼女。
—— 彼女の気持ち…
その気持ちは恐らくそういう感情のものだろう。しかし自分にはそんな事には現を抜かしてはいられない。
—— 調査兵団に入団しようと決意した時から縁遠いものにしたのは自分だ…
懇願され体だけ重ねることはあっても気持ちは一切ない。それでもいいと相手は言うのだ。
—— 気持ちの通じ合った状態で体を重ねたことは今までにないな…
そんなことを考えているとまた彼女の声が聞こえてきた。
「そろそろ私行かなきゃ。じゃあまたね」
厩舎から出ようとする彼女の声が聞こえ自分も移動しようとしたが様子がおかしい。
「どうしたの?ぅ、わぁあ!ちょっ…離してっ!」
ほんとにどうしたの?!、っと焦ってる彼女の声が聞こえ慌てて愛馬の影から出る。愛馬が彼女のジャケットを口で挟んで引っ張るような動作をしているのだ。こんな愛馬を初めて見た。
「大丈夫か?少し待ってくれ」
そして愛馬をどうどう、と宥めるとジャケットを離して落ち着くため彼女の方を向いた。
「君、大事ないか?」
座り込んでしまっている彼女と視線を合わせるためにかがんで話しかけるが当の彼女は放心状態だ。
「どうした。どこか痛むのか?」
声をかけるが何の反応もないし視線も合わない。肩に手をかけ軽く揺するとハッとしたように目と目が合う。
「えっ、あっ…団長……」
「大丈夫か?」
「は、はい…大丈夫です…」
やっと質問に答えてくれるようになったが今度は顔が真っ赤になっているではないか。
「い、いつからいらしてたんですか…?」
「ずっとここにいたが?」
「えっ!」
それを聞いて彼女は慌てふためき今にも卒倒しそうな勢いだ。
—— しょうがない…嘘をつくか…
このままでは今後にも影響を及ぼしそうなので小さな嘘をつくことに。
「愛馬の世話をしていたがここ最近寝不足で奥の方で居眠りをしていた。そしたら急に女性の驚いたような声が聞こえて飛び起きたら君がいたってところか」
信じてくれるか分からなかったが話を何も聞いていないフリをした。
「そ、そうだったんですね」
彼女はそれを聞いて安心したように笑っている。
「君は随分と私の馬に懐かれているようだな」
そう声をかけると体を強張らせているのが伝わってきた。
「すみません!団長!」
すると彼女はいきなり謝罪の言葉を述べたので驚く。
「勝手に団長の馬をお世話してました!」
それを聞いて小さく笑うと彼女の肩に手を置いて顔を上げるように言う。
「君だったんだな。世話をしてくれ感謝する」
そう伝えれば彼女は満面の笑みで「はいっ!」と返事をするので微笑ましく感じた。
「君、名前は?」
「ハルと言います。今調査兵二年目です」
分隊長の名前まで聞き、あそこの班かと把握する。
「調査兵として辛いこともあるだろうが…君たちの力が頼りだ。今後もよろしく頼む」
そう伝えれば起立して敬礼している彼女。その顔にはやる気に満ちており輝いて見える。
「だがなるべく生き残るように努力もすることだ」
「はっ!」
自分も立ち上がると彼女を見下ろした。
思っていたよりも背が低い。
彼女も似たようなことを思っているのかパチクリと目を見開いている。
「団長…近くで拝見すると大っきいんですね…」
などと言うものだから笑いが出そうになった。
「君は逆に小さいんだな」
ポンッと無意識に頭に手を乗せると彼女の顔がみるみる赤くなった。
「同期の中でも小さいんです…でもそれは嫌ですよ…」
「そうか?小さいならそれなりに小回りも利くと思うが」
「そうなんですけど、からかわれてばかりで…」
はぁ、とため息をつく彼女。
「あ!こんなどうでもいい話をしてしまい申し訳ございません!」
「いや。君とはもっと話をしてみたい。今日は難しいがまた馬の世話をする時は声をかけてくれ」
彼女は驚いた顔をしていたが顔を綻ばせ笑顔になると「はいっ!」と元気よく返事をしている。
それから時折彼女は馬の世話をする時には声をかけてくれるようになった。馬の話や同じ班のメンバーの話、家族の話など様々な話を馬の世話をしながら聞いていた。自分の話はあまりせず聞き役に徹していたが彼女もそれについては何も言ってこずこの時間が居心地のよいものになるのにそう時間はかからなかった。
彼女とこうやって馬の世話をしながら会話をしていると団長である前に一人の人間だと、そう思わせてくれるものを感じていた。気が付けば彼女の側に居たいと思うようになっている自分がいるのもまた事実。
—— どうやら馬の次に懐いたのは私の方か
彼女に馬が懐くのも頷けるような気がした。それくらい彼女は自然体で優しい性格の持ち主だった。
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