main
ㅤ___うちの家は祖母が祖父と結婚した事から全てが始まりました。
ㅤ祖父は博多の商家の長子で跡取りとして育てられたのですが、母親に愛されず故に父親や弟妹にさえ見捨てられ、家内では肩身を狭くしていたそうです。けれど、祖父は誰を憎むというのはなく、ただただ理不尽を当たり前の様に受け入れ穏やかに過ごすばかり。
穏やかに、というのは祖父の気性がそう思わせるだけで祖母曰く自分であったなら既に家出していたとの事。
ㅤ祖母は5人兄妹の2番目で、女手一つで子供を育てる曾祖母の為に出稼ぎをして家に貢献し、16歳の時祖父と見合いをしたそうです。見合いの席でお互いを見つめ合い、愁いを帯びた目をする祖父が自分の好みそのもので、無口な方だが人を気遣いお喋りな祖母の話を淡々と聞き、時節笑う姿に尚惚れ込んだと幼い頃はよく惚気られました。
ㅤ結婚後、祖父の籍に入った祖母は祖父を蔑み疎む祖父の両親の様子に違和感を抱いた。そして伯父が産まれてからもその理不尽は続き、遂に祖母の堪忍袋の緒がそれはもう切れに切れてしまった。
「そうだ中国に行こう」
ㅤ当時の祖母は「何私の愛する人を傷つけくさってからにうちの旦那はあんたらの都合のいい傀儡やないんよ?」という気持ちを鉄のような仮面で隠し貫いていたそうなのですが、子供(つまり伯父や伯母と母)を3人産んだあたりで祖父の家族からの立場等の改善の余地が見られない事から見切りをつけることにしたそうです。
(蛇足ですが、祖父の2番目の妹さんだけは祖父の味方で後に出奔したそうです)
ㅤ時期的に黒船来航、長崎で南蛮人がいっぱいくらいの話が聞こえてきた頃なので元々同じ場所に留まれない性分の祖母が外に興味を持つことは不思議ではなかったのです。
ㅤ結果、祖父母は子供達を連れて十何年間亜細亜を旅する事になった。日本に帰ってきたのは母が14歳の時。
ㅤしかし、土地勘がある訳でもないのに国を歩き回った祖父母がたどり着いたのは実家のある博多ではなく、北海道の小樽だった。その時はどうしようかと思ったけれど、中国で習った漢方の知識や民族衣装の裁縫知識を元に祖父母は小樽で商売を始めることにしたというのは祖母の談。
ㅤ転んでもただで起きないのが我が家の特徴、生まれながらの祖父の商売根性なわけです。
祖母が知見を広げる旅に祖父を連れ出した事で祖父は家族を愛し守るという覚悟を決め、自己を改め自信をつけた事でその商売根性が顕になった。
ㅤつまり、祖母の突拍子もない決断は間違いではなかったのです。
ㅤその後、祖父母はずっと小樽に根を下ろし祖父の死後、祖母が跡を継いで薬作りを自分の弟や妹と続けています。
「うちの家では祖父母に中国語と英語を教えられています。一等卒如きの知識が鶴見中尉殿にお役に立てられるか不安ではありますが、祖父母の教えは誇りですのでお役に立てれば幸いです。嗚呼でも、自分は弟よりも出来が悪く漢方の方はてんでダメなんですよネ」
ㅤ自虐じみた言い方で気を惹いたが、事実俺は勉学どころか生きることすら弟や妹に劣っている。そんな俺に出来ることは一等卒程度の事であり、上等兵など夢のまた夢。
ㅤ祖父母の末の娘である母から生まれた俺は、現在、軍人として第七師団27聯隊に身を寄せていた。満期を達したが、まあ運良く一等卒になれたし、家に帰っても特にすることは無いので友人達同様に鶴見中尉に着いていく事にした。
ちなみにこれから北海道のアイヌが隠していた遺産、アイヌの金塊を見つけだすという大仕事をするそうだ。
ㅤ生き残った戦友と尊敬する中尉達と共に、死んで行った仲間の弔いとその家族の将来のために金塊を見つけて武器工場を作り、武器を売りさばくという...、俺にはよくわからない大きな野望を叶える為に小樽で駐屯している。
ㅤ地元が小樽ということで、今まで普通の一等卒だった俺は、土地勘と顔が広いと言う点で金塊探しに重要な刺青人皮の情報を得るのに打って付けな人材となった。
ㅤそれで鶴見中尉殿に祖父母の恋物語を聞かせる事になったが、きっと寝る前に熱狂的な鶴見中尉の信者(人に聞かれたら誰かに殺されそうなので軽々しく言えない)である宇佐美上等兵に殴られるのは想像に難くない。
全く俺が何をしたって言うんだ。
ㅤしかし、鶴見中尉殿は悪くないので祖父母の惚気話と母が網走で看護師として働いている事や妹が家の手伝い(漢方の出張販売)で小樽の芸者や遊女達と仲がいいので聞けば教えて貰えるかもしれないというような話もした。
ㅤ祖父は博多の商家の長子で跡取りとして育てられたのですが、母親に愛されず故に父親や弟妹にさえ見捨てられ、家内では肩身を狭くしていたそうです。けれど、祖父は誰を憎むというのはなく、ただただ理不尽を当たり前の様に受け入れ穏やかに過ごすばかり。
穏やかに、というのは祖父の気性がそう思わせるだけで祖母曰く自分であったなら既に家出していたとの事。
ㅤ祖母は5人兄妹の2番目で、女手一つで子供を育てる曾祖母の為に出稼ぎをして家に貢献し、16歳の時祖父と見合いをしたそうです。見合いの席でお互いを見つめ合い、愁いを帯びた目をする祖父が自分の好みそのもので、無口な方だが人を気遣いお喋りな祖母の話を淡々と聞き、時節笑う姿に尚惚れ込んだと幼い頃はよく惚気られました。
ㅤ結婚後、祖父の籍に入った祖母は祖父を蔑み疎む祖父の両親の様子に違和感を抱いた。そして伯父が産まれてからもその理不尽は続き、遂に祖母の堪忍袋の緒がそれはもう切れに切れてしまった。
「そうだ中国に行こう」
ㅤ当時の祖母は「何私の愛する人を傷つけくさってからにうちの旦那はあんたらの都合のいい傀儡やないんよ?」という気持ちを鉄のような仮面で隠し貫いていたそうなのですが、子供(つまり伯父や伯母と母)を3人産んだあたりで祖父の家族からの立場等の改善の余地が見られない事から見切りをつけることにしたそうです。
(蛇足ですが、祖父の2番目の妹さんだけは祖父の味方で後に出奔したそうです)
ㅤ時期的に黒船来航、長崎で南蛮人がいっぱいくらいの話が聞こえてきた頃なので元々同じ場所に留まれない性分の祖母が外に興味を持つことは不思議ではなかったのです。
ㅤ結果、祖父母は子供達を連れて十何年間亜細亜を旅する事になった。日本に帰ってきたのは母が14歳の時。
ㅤしかし、土地勘がある訳でもないのに国を歩き回った祖父母がたどり着いたのは実家のある博多ではなく、北海道の小樽だった。その時はどうしようかと思ったけれど、中国で習った漢方の知識や民族衣装の裁縫知識を元に祖父母は小樽で商売を始めることにしたというのは祖母の談。
ㅤ転んでもただで起きないのが我が家の特徴、生まれながらの祖父の商売根性なわけです。
祖母が知見を広げる旅に祖父を連れ出した事で祖父は家族を愛し守るという覚悟を決め、自己を改め自信をつけた事でその商売根性が顕になった。
ㅤつまり、祖母の突拍子もない決断は間違いではなかったのです。
ㅤその後、祖父母はずっと小樽に根を下ろし祖父の死後、祖母が跡を継いで薬作りを自分の弟や妹と続けています。
「うちの家では祖父母に中国語と英語を教えられています。一等卒如きの知識が鶴見中尉殿にお役に立てられるか不安ではありますが、祖父母の教えは誇りですのでお役に立てれば幸いです。嗚呼でも、自分は弟よりも出来が悪く漢方の方はてんでダメなんですよネ」
ㅤ自虐じみた言い方で気を惹いたが、事実俺は勉学どころか生きることすら弟や妹に劣っている。そんな俺に出来ることは一等卒程度の事であり、上等兵など夢のまた夢。
ㅤ祖父母の末の娘である母から生まれた俺は、現在、軍人として第七師団27聯隊に身を寄せていた。満期を達したが、まあ運良く一等卒になれたし、家に帰っても特にすることは無いので友人達同様に鶴見中尉に着いていく事にした。
ちなみにこれから北海道のアイヌが隠していた遺産、アイヌの金塊を見つけだすという大仕事をするそうだ。
ㅤ生き残った戦友と尊敬する中尉達と共に、死んで行った仲間の弔いとその家族の将来のために金塊を見つけて武器工場を作り、武器を売りさばくという...、俺にはよくわからない大きな野望を叶える為に小樽で駐屯している。
ㅤ地元が小樽ということで、今まで普通の一等卒だった俺は、土地勘と顔が広いと言う点で金塊探しに重要な刺青人皮の情報を得るのに打って付けな人材となった。
ㅤそれで鶴見中尉殿に祖父母の恋物語を聞かせる事になったが、きっと寝る前に熱狂的な鶴見中尉の信者(人に聞かれたら誰かに殺されそうなので軽々しく言えない)である宇佐美上等兵に殴られるのは想像に難くない。
全く俺が何をしたって言うんだ。
ㅤしかし、鶴見中尉殿は悪くないので祖父母の惚気話と母が網走で看護師として働いている事や妹が家の手伝い(漢方の出張販売)で小樽の芸者や遊女達と仲がいいので聞けば教えて貰えるかもしれないというような話もした。