今日も今日とて東奔西走
『隠の後藤さん』の何でもござれっぷりは、我ながらなかなかのもんだと思う。
何を隠そう、俺たち事後処理部隊の活動は多岐にわたるんだ。まあ、全く目立たねえんだけどな。
東に復旧が必要な現場があれば道具を持って向かうし、西に傷を負った隊士がいれば全速力で駆けつける。北に隠蔽が必要な案件があれば演技のひとつもするし、南に回復の兆しが見えた隊士がいれば見舞いにも行く。
でも、いつからだろう。誇りも情熱も変わらないどころか増す一方なのに、影の存在であることに歯がゆさを感じるようになったのは。
「北北東! 北北東! ジュウショウシャ三名ッ。タダチニムカエェ!」
ああ、今夜も出番だ。もやもやとした気持ちを頭巾の下にしまいこみ、夜の闇のなか、俺は黒い影となった。
「……とう」
「……」
「はぁ……ご、とう」
「後で聞くから、無理に喋るな」
「あと、で……?」
「ああっ、後では後でだよ。いいから大人しくしてろ」
『ジュウショウシャ三名』の内の一人が、ヒューヒュー苦しげな息の合間に俺の名を呼ぶ。剣士と隠。久々の再会もいつものように緊迫感に満ちていた。
応急処置をする手が焦りで震えて仕方ない。鴉に導かれるまま一心不乱に駆けてきて、生きていてくれたことに安堵したものの、ひどい怪我を負った姿に心が痛んだ。肩口の深い裂傷から流れ出た血が隊服を濡らし、地面に小さな血だまりまでできている。
もうちょっとだからな、と巻木綿をきつく結ぶと、辛そうに顔をしかめた。担架に乗せて、応援が来るまでの一刻。まるい額を包むように手を乗せる。真夏でもないのに大粒の汗をかいていて、やけに冷たかった。
***
蝶屋敷に担架を担ぎこみ、診察の結果を聞き終えてから帰路につく。傷は深いですけれど命に別条はないし、腕に後遺症が残ることもないでしょうと胡蝶様は歌うようにおだやかに言った。
良かった。本当に良かった。アイツはこれからも剣士として闘えるんだ。もしも腕が動かなくなれば、アイツは願いを叶えられない。いろんなものを犠牲にして積み重ねた八年間があぶくみたいに消えちまう。
だから、そう。良かった。本当に良かった。
――八年前。最終選別が行われたあの日、藤の花がとんでもなく咲き狂う入山口で、俺は育手から借りた刀を持っていた。
この場に辿りつくだけでも、そりゃあもう大変だった。どんなに努力をしても、人の何倍も頑張っているつもりでも、育手からもらえたのはお情けの及第点。腹式呼吸は得意でも、全集中の呼吸は使えない。それでも意気揚々と命を懸けに行った。
俺は、自分が剣士になれると心の底から信じていた。顔のほとんどを覆って事後処理に駆けずり回る部隊の存在を知らなかったし、もしこの時点で知っていても若き俺は目指さなかっただろう。奪われた命の敵討ちは、自分が振るう刀で成し遂げたかったんだ。
自分が弱いのは分かってはいたが、正直どうにかなると思っていた。藤襲山に生け捕られているのは、人間を二、三人食ったくらいの鬼だと聞かされていたから。異能も使えねえような、鬼の中でも下級の奴らなら俺でも太刀打ちできるだろう、今は弱くても必死に修行すれば、もっと強くなれるはずだってな。
実際、対峙してみて驚いたね。生まれて初めて自分に向けられた本物の殺気と、異形の恐ろしさに。毛という毛が逆立つほどに全身が粟立って、足がすくんで、刀を持つ手がぶるぶる震えた。膝も笑ってるし、ヒーヒーハァハァいう自分の荒い息がうるさくてさ。
「ふっざけんなっ! しっ、死ねェェエ!」
そう叫んで、真正面から突っこもうとしたら、目の前の異形は塵に変わっていた。両手で刀を握る俺の前に現れた女が、事もなげに鬼の頸を斬ったからだ。
「大丈夫? そんな真正面から行ったら、死にに行くようなものですよ」
「……すまん。助かった」
これが俺たちの出会いだった。
七日間どうにか生き延びて入隊できたはいいが、俺は剣士になれなかった。
でも、人には適した居場所ってもんがあって、お館様は隠の任を与えてくださった。しばらくは落胆していたものの、必死に続けてみて分かったわ。俺は隠に超向いている。さすがお館様だ。八年目の今、事後処理部隊で現場の指揮をとるまでになった。まあ俺、二十三だしな。若えのばっかりだし、順当なんだろうけどさ。
役割の違いはあれど、命を助けてくれた女は数少ない同期になった。自分が立てなかった領域で頑張る姿に感じたのは尊敬と、羨ましさと、申し訳なさだった。
後藤、あのね――と、アイツはごくたまに弱音を吐く。痣と傷だらけの身体で、傷ひとつない俺に。それは担架の上だったり、俺の背におぶさっていたり、療養中の蝶屋敷だったりで、同期二人のときに申し訳なさそうに声を絞り出すんだ。申し訳なく思う必要なんて全くねえのに。
いつも陽気で冗談ばっかり言っているのと同じ口から出てくる弱音。ポンポン飛び出す冗談にはいくらでも返しが思いつくのに、こういうときは自分でも目を背けたくなるほど情けない。口をひらいたって、当たり障りのない励ましと、曖昧で箸にも棒にもかからない言葉しか出てきやしない。
だってさ、俺の手が届かなかった場所でもがくアイツに何を言ってやれる? 何をしてやれる?
傷の手当はできても、守ってやれない。倒壊した建物や壊れた物の修復はお手の物でも、アイツの前に立って鬼をバッサバッサと斬ってやれない。どれだけ頭をひねっても、俺が満足にできるのは話を聞くことくらいだ。
なんて歯がゆい。なんてもどかしい。
せめて、あの肩の傷だけでも俺のここにそっくり移ってこいや。強く願えばどうにかなる気がして、力いっぱい肩口を掴んだ。
何を隠そう、俺たち事後処理部隊の活動は多岐にわたるんだ。まあ、全く目立たねえんだけどな。
東に復旧が必要な現場があれば道具を持って向かうし、西に傷を負った隊士がいれば全速力で駆けつける。北に隠蔽が必要な案件があれば演技のひとつもするし、南に回復の兆しが見えた隊士がいれば見舞いにも行く。
でも、いつからだろう。誇りも情熱も変わらないどころか増す一方なのに、影の存在であることに歯がゆさを感じるようになったのは。
「北北東! 北北東! ジュウショウシャ三名ッ。タダチニムカエェ!」
ああ、今夜も出番だ。もやもやとした気持ちを頭巾の下にしまいこみ、夜の闇のなか、俺は黒い影となった。
「……とう」
「……」
「はぁ……ご、とう」
「後で聞くから、無理に喋るな」
「あと、で……?」
「ああっ、後では後でだよ。いいから大人しくしてろ」
『ジュウショウシャ三名』の内の一人が、ヒューヒュー苦しげな息の合間に俺の名を呼ぶ。剣士と隠。久々の再会もいつものように緊迫感に満ちていた。
応急処置をする手が焦りで震えて仕方ない。鴉に導かれるまま一心不乱に駆けてきて、生きていてくれたことに安堵したものの、ひどい怪我を負った姿に心が痛んだ。肩口の深い裂傷から流れ出た血が隊服を濡らし、地面に小さな血だまりまでできている。
もうちょっとだからな、と巻木綿をきつく結ぶと、辛そうに顔をしかめた。担架に乗せて、応援が来るまでの一刻。まるい額を包むように手を乗せる。真夏でもないのに大粒の汗をかいていて、やけに冷たかった。
***
蝶屋敷に担架を担ぎこみ、診察の結果を聞き終えてから帰路につく。傷は深いですけれど命に別条はないし、腕に後遺症が残ることもないでしょうと胡蝶様は歌うようにおだやかに言った。
良かった。本当に良かった。アイツはこれからも剣士として闘えるんだ。もしも腕が動かなくなれば、アイツは願いを叶えられない。いろんなものを犠牲にして積み重ねた八年間があぶくみたいに消えちまう。
だから、そう。良かった。本当に良かった。
――八年前。最終選別が行われたあの日、藤の花がとんでもなく咲き狂う入山口で、俺は育手から借りた刀を持っていた。
この場に辿りつくだけでも、そりゃあもう大変だった。どんなに努力をしても、人の何倍も頑張っているつもりでも、育手からもらえたのはお情けの及第点。腹式呼吸は得意でも、全集中の呼吸は使えない。それでも意気揚々と命を懸けに行った。
俺は、自分が剣士になれると心の底から信じていた。顔のほとんどを覆って事後処理に駆けずり回る部隊の存在を知らなかったし、もしこの時点で知っていても若き俺は目指さなかっただろう。奪われた命の敵討ちは、自分が振るう刀で成し遂げたかったんだ。
自分が弱いのは分かってはいたが、正直どうにかなると思っていた。藤襲山に生け捕られているのは、人間を二、三人食ったくらいの鬼だと聞かされていたから。異能も使えねえような、鬼の中でも下級の奴らなら俺でも太刀打ちできるだろう、今は弱くても必死に修行すれば、もっと強くなれるはずだってな。
実際、対峙してみて驚いたね。生まれて初めて自分に向けられた本物の殺気と、異形の恐ろしさに。毛という毛が逆立つほどに全身が粟立って、足がすくんで、刀を持つ手がぶるぶる震えた。膝も笑ってるし、ヒーヒーハァハァいう自分の荒い息がうるさくてさ。
「ふっざけんなっ! しっ、死ねェェエ!」
そう叫んで、真正面から突っこもうとしたら、目の前の異形は塵に変わっていた。両手で刀を握る俺の前に現れた女が、事もなげに鬼の頸を斬ったからだ。
「大丈夫? そんな真正面から行ったら、死にに行くようなものですよ」
「……すまん。助かった」
これが俺たちの出会いだった。
七日間どうにか生き延びて入隊できたはいいが、俺は剣士になれなかった。
でも、人には適した居場所ってもんがあって、お館様は隠の任を与えてくださった。しばらくは落胆していたものの、必死に続けてみて分かったわ。俺は隠に超向いている。さすがお館様だ。八年目の今、事後処理部隊で現場の指揮をとるまでになった。まあ俺、二十三だしな。若えのばっかりだし、順当なんだろうけどさ。
役割の違いはあれど、命を助けてくれた女は数少ない同期になった。自分が立てなかった領域で頑張る姿に感じたのは尊敬と、羨ましさと、申し訳なさだった。
後藤、あのね――と、アイツはごくたまに弱音を吐く。痣と傷だらけの身体で、傷ひとつない俺に。それは担架の上だったり、俺の背におぶさっていたり、療養中の蝶屋敷だったりで、同期二人のときに申し訳なさそうに声を絞り出すんだ。申し訳なく思う必要なんて全くねえのに。
いつも陽気で冗談ばっかり言っているのと同じ口から出てくる弱音。ポンポン飛び出す冗談にはいくらでも返しが思いつくのに、こういうときは自分でも目を背けたくなるほど情けない。口をひらいたって、当たり障りのない励ましと、曖昧で箸にも棒にもかからない言葉しか出てきやしない。
だってさ、俺の手が届かなかった場所でもがくアイツに何を言ってやれる? 何をしてやれる?
傷の手当はできても、守ってやれない。倒壊した建物や壊れた物の修復はお手の物でも、アイツの前に立って鬼をバッサバッサと斬ってやれない。どれだけ頭をひねっても、俺が満足にできるのは話を聞くことくらいだ。
なんて歯がゆい。なんてもどかしい。
せめて、あの肩の傷だけでも俺のここにそっくり移ってこいや。強く願えばどうにかなる気がして、力いっぱい肩口を掴んだ。
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