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日日是好日
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なるほど、きれいなもんだ。
しばらく歩いてたどり着いたのは小高い丘。満開の一歩手前といった様相で、ゆるやかな曲線に桜が並んでいる。こんもりと咲く桜のかたまりは、薄桃色もあれば、ほとんど白みたいな花もあった。
「そっちは石が多いから駄目だ。こっちにするかァ」
「はい」
「チィッ! 風が強ェな、そっち押さえろォ!」
「はい!」
手出し無用を異口同音に命じられたので、ござを敷いたり、皿を並べている二人をながめる。嬉々としている言いだしっぺよりも、不承不承ながら受け入れた不死川の手際が異様にいいのはどういうわけだ。じわじわこみ上げる笑いをかみ殺した。
真新しいござの上に、形も大きさも統一感のない弁当箱が三つ置かれた。一つ目には、あんこのおはぎが四つ。ニつ目には、きな粉とごまのおはぎがそれぞれ二つずつ。三つ目には、煮物と漬けものが入っていた。甘味と塩味の取り合わせとは、なんとも気が利いている。しかも、よくよく聞けばすべて二人でつくったものだという。
「このにんじん、味がしみてて旨いわ。おはぎもうめえ!」
「けっ、てめえに食わせるために作ってねえよ」
実弥さん、とやさしく名前を呼ばれただけで黙ってしまった。危なっかしいところがあるこいつの横に、守り守られる相手がいるってのはいいもんだ。すっかり爺みたいな心持ちで二人を見ている自分に気づき、苦笑いを禁じ得なかった。
「あんた名前は? 俺は宇髄天元だ」
「弥生と申します」
ひょこっと下げた頭を撫でようとした手を、あわててひっこめた。わずかに動かした手を目ざとく見つけた不死川の目が血走って、大きく見ひらいたからだ。下心なんてもんは爪の先ほどもないが、もしも決行していたら、俺は塵となって桜の花びらとともに吹き飛んでいたかもしれない。
「このきゅうりも、よく漬かっててうっめえな。で、お前らどこで出会ったのよ」
不死川はもの言いたげな視線を送ってきただけで、口をはさんでこなかった。抵抗しても無駄だと悟ったのか、好きな女が楽しんでいるなら許そうと思ったのかは分からないが、静かに茶をすすっている。
「ひと月前、わたしが育った村のお寺です。実弥さんは本堂に向かって手を合わせたままじっとしていて、掃除ができないから早くどいてくださらないかな、と思って見ていたんですけれど」
その光景が眼前に広がっているみたいに、まぶしそうな顔をした。
「あまりに熱心なのが気になって声をかけましたら、『向こうに行った奴らが迷わないためだ。手間がかかってしょうがねえ』って。その瞬間……なぜでしょうね、ずっと一緒にいたいと思いました」
「ほう、一目で惚れちまったわけか。それがひと月前ってんなら、互いにそうだったんだな」
「いえ、実弥さんが村から離れるその日までずっと断られていたんですよ。お前とは一緒になれない、付いてくるなんてとんでもないの一点ばりで……。でも、どうしても諦めきれなくて、理由を教えてもらうまでどこまでも追いかけます、と言いました」
無茶苦茶ですよねえ、と笑うと、おはぎの上に落ちた花びらをつまんで取りのぞいた。縁は異なものとはよく言ったもんだ。傷だらけの強面の男に、この白くちいさい手の持ち主が迫る話はなかなかどうして興をそそった。
「やるなァ、あんた。そんでそんで?」
不死川の殺気だった視線が刺さるが構やしない。こっちには、頬も目もぴかぴか輝かせて嬉しそうに話す最強の援軍がいる。
「自分はそう遠くない先に死ぬ、俺の最期を見届ける覚悟はあんのか、そう聞かれまして」
「……へえ」
「はい、と即答したら、実弥さん目を真ん丸にして驚いてました」
「派手に愛されてんな、不死川よォ」
肩を組んだ腕を思いきり振り払われ、俺は体勢をくずした。どういうわけか、こいつらの人生が重なったその瞬間、明るい光に照らされている姿がありありと想像できた。
きっと不死川は痛いほど分かっている。近しい人間が先立つ辛さを。そして、平和の代償として人生の終わりが設定された自分が、伴侶を得た先になにが待つかを。弥生への問いは、自らにも覚悟を問うていたのかもしれない。ふと、そんなふうに思った。
「弥生さんよ、俺になんか用があるんじゃねえの」
湯呑に茶をそそいでいる弥生に声をかけると、不死川をちらっと見てから口をひらいた。
「宇髄さまの知る実弥さんのお話、聞かせていただけませんか」
「どういうことだ? たしかにこいつは自分のことを語らねえ性質だろうけど」
あずかり知らない話らしく、不死川がもともと大きな目を一層大きくして弥生を見た。
「わたしが知ることのできない実弥さんのお話、たくさん聞いておきたいのです」
寿命がどうこうなんて信じたくないですけれど、と付け足した。どこまで仔細を聞かされているのかは分からないが、やけに平坦なその声には覚悟と恐れが満ちていた。不死川に目をやれば、口を結んでなにかを考えるような顔をしている。
だよな。俺だって信じたくないわ。
こいつは『ご友人』なんかじゃないし、笑い合ったことすらない。関わりを持とうとする俺を、うるさがっている節すらある。なんの因果かおなじ組織に属して、人生の一時おなじ方向を見て過ごしたにすぎない関係だ。
でも、爺になっても怒ってる姿を見たいと思う。
俺の戯れにいちいちむきになって、宇髄ィ、と青筋たてて怒鳴ってりゃいいんだよ。つるっぱげて、歯が抜けて、皺くちゃになっても。寿命の前借りをした者と、していない者。不死川と俺のあいだには大きな隔たりがある。それが心苦しく、寂しい。こんなこと、俺が言えた義理じゃないから明かすつもりはない。この先も抱えて生きていくつもりだ。
「俺の知ってる不死川ねえ……。いいよ、話してやる。こいつはまァ、そりゃあもうクッソ生意気で、ガキっぽくて、向こう見ずな野郎でさ。お館様に暴言吐いたり、後輩隊士との接近禁止令くらったりしてたわ」
「まあ……実弥さんが」
「いい度胸してんなァ、宇髄よォ」
きたきた。お約束のこの流れ。こめかみに青筋を立て、にぎった拳の骨を鳴らして臨戦態勢に入った不死川に笑いかけると、ぎょっとした顔をした。
「だけどな、こんなに強くて、まっすぐで、嘘のない男はいねえ。必ずあんたをド派手に幸せにするさ。一緒になれて良かったな」
虚をつかれ、やめろォ、と顔をそむける不死川を見て弥生と俺は笑った。
「宇髄さま、ありがとうございます。わたしが実弥さんと一緒にいたくて押し切った、立派な押しかけ女房ですけれど、あの日がんばって本当に良かったです」
ふふふ、といたずらっぽく笑った。話を聞いているかぎり、きっかけの大部分は弥生が押したことによるんだろう。返す言葉を探していると、不死川がゆらりと動くのが目に入った。
「おい、弥生」
「はい」
「俺の最期を見届ける覚悟はあんのかって話だけどなァ、あれは反故だ」
えっ、とつぶやいた弥生の顔がみるみる白くなった。ひらいたままの口からは、なんの言葉も続かない。さすがに調子にのりすぎたかと、場をとりなそうとしたときだった。
「一度っきりしか言わねえからよく聞け」
「はい……」
「もしも俺が死ぬことがあってもなァ、お前がこの世にいるうちは、何度でもお前のところに戻ってくる。お前より一日でも長く生きるって、約束してやらァ。だから、安心して笑ってろ」
「……」
「分かったのかよォ」
「は、い」
どう見ても、惚れた女に向ける顔には見えない。目をカッと見ひらき、生と死のはざまで一世一代の闘いに臨む。そんな顔だ。
茫然自失としている弥生の目から、涙がはらはらこぼれる。弥生に向ける愛情が、優しく包 むものではなく、烈風のように激しく強いものであることが、風の呼吸の使い手だったこいつらしい。なにをそんなに泣いてやがる、と親指で涙を拭われると、弥生はさらに泣いた。
左右に揺れながら落ちてきた花びらが、湯吞みに吸いこまれていった。ゆらゆら気持ちよさそうに浮いている花びらごと、茶を一気に飲み込んだ。こいつらの幸せを祈念する酒の代わりだ。
「そろそろ帰るわ」
「えっ」
涙まみれの顔が、あわてて俺の方を向く。
「俺が言うまでもねえけど、こいつはその場しのぎのことなんか言えねえ奴だ。百万回殺したって死にゃあしねえほど頑丈だから、必ず約束を守るだろうさ。あんたに相当惚れてるようだしな」
「……は、いっ」
不死川が、まるで野良猫でも追い払うように手をひらひらさせた。
「祝言は、この宇髄様がド派手になるよう力添えしてやるから、楽しみにしてな」
「ふんっ、余計なことすんじゃねェ」
「なあ、不死川」
「なんだァ?」
愛妻から俺の方に向きなおった不死川の頭上に、数多の花びらが降る。木の根元に降り積もり、山をつくっていた花びらをつかめるだけつかんで空に投げたのだ。
「うずいっ、テメェ! 弁当に入るだろうがァ!」
「お前らの門出をド派手に祝ってやってんのよ! おめでとさんっ!」
花びらを片手でつかんで、もう一度舞い上げた。
ひらひらひらひら舞い降りる。白に、桃に、桜色。あわてて弁当のふたをしめる不死川の上にも、両の手のひらで降りそそぐ花びらを受けている弥生の上にも、容赦なく。
笑いが込み上げてしょうがない。まっすぐで不器用なこいつらの未来が、末永く幸せに満ちたものであるように。柄にもなくそんなことを願っていた。
「ったく、テメェは本当にめちゃくちゃな野郎だァ。兄貴ヅラしやがって」
めったに笑顔を見せない男が、顔を背けて肩を震わせていた。
「じゃあ、またな。お二人さん」
「はい、またぜひ。今日はありがとうございました」
「またなァ、宇髄」
はじまったばかりの二人と次を約束し、桜吹雪に背を押されるように歩く。
人生ってやつは、良いことばっかりではない。自分ではどうにもならない哀しみに飲み込まれ、無力さに打ちひしがれることだってある。不死川だって、その辛さを内包したまま日ごと夜ごと鬼殺に明け暮れて、泣き言ひとつ言わずに、てめえの足でしっかり立って生きてきたんだろう。逃げることなく全身全霊で。
日日是好日。
この現世から零れておさらばするまで、俺たちは最高の人生を生きている、そう胸を張りながら共に爺になろうじゃねえの。
褪せた世界に喜びの色を。
無音の世界に祝いの音を。
けったいな世の中だが、どうか幸せであるように願う。ド派手にな。
しばらく歩いてたどり着いたのは小高い丘。満開の一歩手前といった様相で、ゆるやかな曲線に桜が並んでいる。こんもりと咲く桜のかたまりは、薄桃色もあれば、ほとんど白みたいな花もあった。
「そっちは石が多いから駄目だ。こっちにするかァ」
「はい」
「チィッ! 風が強ェな、そっち押さえろォ!」
「はい!」
手出し無用を異口同音に命じられたので、ござを敷いたり、皿を並べている二人をながめる。嬉々としている言いだしっぺよりも、不承不承ながら受け入れた不死川の手際が異様にいいのはどういうわけだ。じわじわこみ上げる笑いをかみ殺した。
真新しいござの上に、形も大きさも統一感のない弁当箱が三つ置かれた。一つ目には、あんこのおはぎが四つ。ニつ目には、きな粉とごまのおはぎがそれぞれ二つずつ。三つ目には、煮物と漬けものが入っていた。甘味と塩味の取り合わせとは、なんとも気が利いている。しかも、よくよく聞けばすべて二人でつくったものだという。
「このにんじん、味がしみてて旨いわ。おはぎもうめえ!」
「けっ、てめえに食わせるために作ってねえよ」
実弥さん、とやさしく名前を呼ばれただけで黙ってしまった。危なっかしいところがあるこいつの横に、守り守られる相手がいるってのはいいもんだ。すっかり爺みたいな心持ちで二人を見ている自分に気づき、苦笑いを禁じ得なかった。
「あんた名前は? 俺は宇髄天元だ」
「弥生と申します」
ひょこっと下げた頭を撫でようとした手を、あわててひっこめた。わずかに動かした手を目ざとく見つけた不死川の目が血走って、大きく見ひらいたからだ。下心なんてもんは爪の先ほどもないが、もしも決行していたら、俺は塵となって桜の花びらとともに吹き飛んでいたかもしれない。
「このきゅうりも、よく漬かっててうっめえな。で、お前らどこで出会ったのよ」
不死川はもの言いたげな視線を送ってきただけで、口をはさんでこなかった。抵抗しても無駄だと悟ったのか、好きな女が楽しんでいるなら許そうと思ったのかは分からないが、静かに茶をすすっている。
「ひと月前、わたしが育った村のお寺です。実弥さんは本堂に向かって手を合わせたままじっとしていて、掃除ができないから早くどいてくださらないかな、と思って見ていたんですけれど」
その光景が眼前に広がっているみたいに、まぶしそうな顔をした。
「あまりに熱心なのが気になって声をかけましたら、『向こうに行った奴らが迷わないためだ。手間がかかってしょうがねえ』って。その瞬間……なぜでしょうね、ずっと一緒にいたいと思いました」
「ほう、一目で惚れちまったわけか。それがひと月前ってんなら、互いにそうだったんだな」
「いえ、実弥さんが村から離れるその日までずっと断られていたんですよ。お前とは一緒になれない、付いてくるなんてとんでもないの一点ばりで……。でも、どうしても諦めきれなくて、理由を教えてもらうまでどこまでも追いかけます、と言いました」
無茶苦茶ですよねえ、と笑うと、おはぎの上に落ちた花びらをつまんで取りのぞいた。縁は異なものとはよく言ったもんだ。傷だらけの強面の男に、この白くちいさい手の持ち主が迫る話はなかなかどうして興をそそった。
「やるなァ、あんた。そんでそんで?」
不死川の殺気だった視線が刺さるが構やしない。こっちには、頬も目もぴかぴか輝かせて嬉しそうに話す最強の援軍がいる。
「自分はそう遠くない先に死ぬ、俺の最期を見届ける覚悟はあんのか、そう聞かれまして」
「……へえ」
「はい、と即答したら、実弥さん目を真ん丸にして驚いてました」
「派手に愛されてんな、不死川よォ」
肩を組んだ腕を思いきり振り払われ、俺は体勢をくずした。どういうわけか、こいつらの人生が重なったその瞬間、明るい光に照らされている姿がありありと想像できた。
きっと不死川は痛いほど分かっている。近しい人間が先立つ辛さを。そして、平和の代償として人生の終わりが設定された自分が、伴侶を得た先になにが待つかを。弥生への問いは、自らにも覚悟を問うていたのかもしれない。ふと、そんなふうに思った。
「弥生さんよ、俺になんか用があるんじゃねえの」
湯呑に茶をそそいでいる弥生に声をかけると、不死川をちらっと見てから口をひらいた。
「宇髄さまの知る実弥さんのお話、聞かせていただけませんか」
「どういうことだ? たしかにこいつは自分のことを語らねえ性質だろうけど」
あずかり知らない話らしく、不死川がもともと大きな目を一層大きくして弥生を見た。
「わたしが知ることのできない実弥さんのお話、たくさん聞いておきたいのです」
寿命がどうこうなんて信じたくないですけれど、と付け足した。どこまで仔細を聞かされているのかは分からないが、やけに平坦なその声には覚悟と恐れが満ちていた。不死川に目をやれば、口を結んでなにかを考えるような顔をしている。
だよな。俺だって信じたくないわ。
こいつは『ご友人』なんかじゃないし、笑い合ったことすらない。関わりを持とうとする俺を、うるさがっている節すらある。なんの因果かおなじ組織に属して、人生の一時おなじ方向を見て過ごしたにすぎない関係だ。
でも、爺になっても怒ってる姿を見たいと思う。
俺の戯れにいちいちむきになって、宇髄ィ、と青筋たてて怒鳴ってりゃいいんだよ。つるっぱげて、歯が抜けて、皺くちゃになっても。寿命の前借りをした者と、していない者。不死川と俺のあいだには大きな隔たりがある。それが心苦しく、寂しい。こんなこと、俺が言えた義理じゃないから明かすつもりはない。この先も抱えて生きていくつもりだ。
「俺の知ってる不死川ねえ……。いいよ、話してやる。こいつはまァ、そりゃあもうクッソ生意気で、ガキっぽくて、向こう見ずな野郎でさ。お館様に暴言吐いたり、後輩隊士との接近禁止令くらったりしてたわ」
「まあ……実弥さんが」
「いい度胸してんなァ、宇髄よォ」
きたきた。お約束のこの流れ。こめかみに青筋を立て、にぎった拳の骨を鳴らして臨戦態勢に入った不死川に笑いかけると、ぎょっとした顔をした。
「だけどな、こんなに強くて、まっすぐで、嘘のない男はいねえ。必ずあんたをド派手に幸せにするさ。一緒になれて良かったな」
虚をつかれ、やめろォ、と顔をそむける不死川を見て弥生と俺は笑った。
「宇髄さま、ありがとうございます。わたしが実弥さんと一緒にいたくて押し切った、立派な押しかけ女房ですけれど、あの日がんばって本当に良かったです」
ふふふ、といたずらっぽく笑った。話を聞いているかぎり、きっかけの大部分は弥生が押したことによるんだろう。返す言葉を探していると、不死川がゆらりと動くのが目に入った。
「おい、弥生」
「はい」
「俺の最期を見届ける覚悟はあんのかって話だけどなァ、あれは反故だ」
えっ、とつぶやいた弥生の顔がみるみる白くなった。ひらいたままの口からは、なんの言葉も続かない。さすがに調子にのりすぎたかと、場をとりなそうとしたときだった。
「一度っきりしか言わねえからよく聞け」
「はい……」
「もしも俺が死ぬことがあってもなァ、お前がこの世にいるうちは、何度でもお前のところに戻ってくる。お前より一日でも長く生きるって、約束してやらァ。だから、安心して笑ってろ」
「……」
「分かったのかよォ」
「は、い」
どう見ても、惚れた女に向ける顔には見えない。目をカッと見ひらき、生と死のはざまで一世一代の闘いに臨む。そんな顔だ。
茫然自失としている弥生の目から、涙がはらはらこぼれる。弥生に向ける愛情が、優しく
左右に揺れながら落ちてきた花びらが、湯吞みに吸いこまれていった。ゆらゆら気持ちよさそうに浮いている花びらごと、茶を一気に飲み込んだ。こいつらの幸せを祈念する酒の代わりだ。
「そろそろ帰るわ」
「えっ」
涙まみれの顔が、あわてて俺の方を向く。
「俺が言うまでもねえけど、こいつはその場しのぎのことなんか言えねえ奴だ。百万回殺したって死にゃあしねえほど頑丈だから、必ず約束を守るだろうさ。あんたに相当惚れてるようだしな」
「……は、いっ」
不死川が、まるで野良猫でも追い払うように手をひらひらさせた。
「祝言は、この宇髄様がド派手になるよう力添えしてやるから、楽しみにしてな」
「ふんっ、余計なことすんじゃねェ」
「なあ、不死川」
「なんだァ?」
愛妻から俺の方に向きなおった不死川の頭上に、数多の花びらが降る。木の根元に降り積もり、山をつくっていた花びらをつかめるだけつかんで空に投げたのだ。
「うずいっ、テメェ! 弁当に入るだろうがァ!」
「お前らの門出をド派手に祝ってやってんのよ! おめでとさんっ!」
花びらを片手でつかんで、もう一度舞い上げた。
ひらひらひらひら舞い降りる。白に、桃に、桜色。あわてて弁当のふたをしめる不死川の上にも、両の手のひらで降りそそぐ花びらを受けている弥生の上にも、容赦なく。
笑いが込み上げてしょうがない。まっすぐで不器用なこいつらの未来が、末永く幸せに満ちたものであるように。柄にもなくそんなことを願っていた。
「ったく、テメェは本当にめちゃくちゃな野郎だァ。兄貴ヅラしやがって」
めったに笑顔を見せない男が、顔を背けて肩を震わせていた。
「じゃあ、またな。お二人さん」
「はい、またぜひ。今日はありがとうございました」
「またなァ、宇髄」
はじまったばかりの二人と次を約束し、桜吹雪に背を押されるように歩く。
人生ってやつは、良いことばっかりではない。自分ではどうにもならない哀しみに飲み込まれ、無力さに打ちひしがれることだってある。不死川だって、その辛さを内包したまま日ごと夜ごと鬼殺に明け暮れて、泣き言ひとつ言わずに、てめえの足でしっかり立って生きてきたんだろう。逃げることなく全身全霊で。
日日是好日。
この現世から零れておさらばするまで、俺たちは最高の人生を生きている、そう胸を張りながら共に爺になろうじゃねえの。
褪せた世界に喜びの色を。
無音の世界に祝いの音を。
けったいな世の中だが、どうか幸せであるように願う。ド派手にな。
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