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「はぁい! どちらさまですか」
「あ、こらっ、お前は出んじゃねェ!」
へっ、というまぬけな声が自分の口から出た。
どう考えたって間違っちゃいないのは分かりつつ、格子の引き違い戸の横に目をやる。ほら、やっぱりそうだ。かまぼこ板に似た表札に並ぶのは『不死川実弥』の五文字。ここは元風柱の家だ。
薄っぺらい戸の向こうとこっち。まるでお互いの出方をうかがうように、しんと静かになった。
多くの犠牲を払った戦いが終わり、一年ほど経った。俺たち元鬼殺隊も、そこいらにいる市井の人間のようにのほほんと過ごすことが普通になった。
そんなときだ。誰にも行き先を告げず、不死川が姿を消した。今までも旅に出ることはあったが、なんの音沙汰もないまま三月 が過ぎるのははじめてで、方々から心配の声が上がるようになった。ふらっと家を訪ねたって「この暇人が、なにしに来やがったァ」という、鬱陶しさを隠さない声が返ってくることもない。並外れて頑丈な野郎なのは誰もが知るところではあるけれども、最後まで最前線で戦い抜いたこいつにもしものことがあっちゃならないし、あってほしくない。嫁や忍獣にも情報収集をするように頼んで、俺自身も定期的に不死川邸を訪れていた。
それらを経た今日。やっと呼びかけに反応があったと安堵した矢先、よく聞き慣れた声よりも先に返ってきたのは、俺の知らない声だった。
「よォ、不死川! この宇髄天元様に、居留守なんざ通用するわけねえだろうがっ。出てこいや」
均衡と沈黙をやぶったのは、俺。地味なのは嫌いだから、向こう三軒に届くくらいの大声を腹から出してやった。一拍の間をおいて、チッ、と大きな舌打ち。そして、ガラガラガラッ、ピシャンッ! と、遥か彼方にふっ飛びそうな勢いで戸が開いた。
目の前の光景に、派手におどろいた。
三和土には、仁王立ちで睨みをきかせている不死川。これはこいつの基本姿勢みたいなもんだから、どうでもいい。問題はそのうしろ。上がり框 に立つ人物。年のころは二十歳前後で、新芽のような若草色の着物を着た女が、白い丸顔に心配の色を浮かべてちんまり立っていた。
「うるっせえ! なにしに来やがった、この暇人がァ」
「お前が誰にも言わねえで消えるからだろ。輝利哉様も心配してたぞ」
「……ああ」
きまり悪そうに顔がゆがむ。鬼殺隊が解散したとて、こいつのなかには産屋敷家への尊敬と忠誠心が色濃く存在している。心配されたり気をつかわれるのが、どうにも心苦しいらしい。
「まあ、元気そうで安心したけどよ。そっちの人は?」
「兄貴ヅラすんじゃねェ。用が済んだら、とっとと帰れ」
さっさと戸を閉めようと伸びてきたきた手をおさえると、睨めつけるような視線が返ってきた。元来怒りっぽい男とはいえ、いつもここまでではない。不死川の後方に視線をわざと移すと、あからさまに嫌そうな顔をした。
「いいや、用なら他にもあるんだわ」
日常に発生する大抵のことはこなせるが、こんなちょっとしたときに自由がきかない身であることを思い知らされる。手首より先のない手では、腕に提げている袋を手渡すことすらできない。
「なあ、そこのあんた。これ受け取ってくんない?」
つとめて明るく声をかけると、女は緊張した面持ちで近づいてきた。頭の先が不死川の肩に届かないほど、ちいさい。だから、俺が目を合わせるとなると目線をかなり下げる必要があって、同じくらいの身長の胡蝶を彷彿とさせた。まあ、あいつはちいさくても派手に貫禄があったけども。
「大丈夫。変なものじゃねえ。温泉土産の饅頭だよ。今日中に食うのが一番旨いらしいから、二人仲良く食いな。渡せてよかったわ」
「ありがとう、ございます。実弥さんのご友人ですか?」
「ん? そうそう。俺たちド派手に仲いいの。なあ、実弥さん」
「気色わりィ呼び方すんな。てめえと仲良くなった覚えはねえ」
妙に軽快なやり取りになってしまって、俺が吹き出すと、女もくすくす笑う。一人だけ笑い声を立てない不死川に目をやって、息をのんだ。強面がゆるみ、いつもつり上がっているまなじりが柔和に下がっている。
――ほう、これはこれは。不死川もそんな顔できんの。
俺の視線に気づくや否や、眉間に深いしわを寄せ、全身からゆらゆら殺気を出しはじめた。
「あんたも不死川の友だちだろ?」
「えっ」
ほんのいたずら心で問いを落とすと、女の頬に朱が差した。そして、もごもごさせている口と連動するように、朱の濃度が増していく。戸が開いて二人が並んでいるのを見た瞬間から分かっちゃいたが、もはや言葉なんかなくたって答えを明かしているようなもんだ。
しばしの膠着状態がつづいたあと、女とおなじ色に肌を染めた不死川が、てめえ分かって聞いてんだろォ、とつぶやいた。
俺は好奇心旺盛な性質だ。こんなもん見せられて、このまま帰ったら今夜は寝られない。二人がどこで出会って、鬼殺ひとすじだったこいつがどうやって気持ちを寄せるに至ったかとか、聞きたいことは山のようにある。だが、揃いの色で肌を染めた二人の様子を見ていると、なんともいえない甘酸っぱいものが身体に入りこんできて、俺の口をつぐませた。
近いうちに祝いの席を設けよう。たっぷり聞くのは、そのときでも遅くない。
「用も済んだし、帰ろうかねえ」
凪いだ水面に石が落ちて、水紋がひろがるように二人が同時に動いた。不死川が安堵したように大きなため息をつき、女がはっとした顔を俺に向けた。
「土産、悪かったなァ。あとで食うわ」
「ん。礼なら冨岡にも言ってやって。あいつと一緒に買ったから。それにしても、派手に似合いの二人だ。おめでとさん」
「……るせェ。悪趣味な野郎だ。やっぱり分かって聞いてたんじゃねえか」
ありがとうございます、という女の声は語尾がほとんど消えかかっていた。
「じゃ、また来るわ」
格子戸から手を離し、もと来た道を歩く。なんだか知らないが気分が良くて、鼻歌まで口ずさんでしまう。草履の裏に感じるごつごつした石の感触や、遠くから聞こえる見知らぬおやじのくしゃみまで、俺の心を踊らせた。近いうちに冨岡に声をかけて、祝の席の相談をしよう。なんなら、今から冨岡邸に乗りこむか。あいつは不死川と懇意になりたいようだから、きっと喜んで張りきるはずだ。
「あのっ、すみません。このあと、お時間ありませんか?」
やわらかい声が、背後から追いかけてきた。
「なんで?」
道に等間隔で置かれた丸い石の上で振り返ると、草履をつっかけた女が玄関の外まで出てきていた。
「今から実弥さんと、お花見に行くところだったんです。もし宜しければ、一緒にいかがでしょうか」
「いやいや、はじめての花見なんじゃねえの? 水入らずで楽しんできなって。そんな野暮なことできねえよ」
「いえ、あの、おはぎもたくさん作りましたし、ご迷惑でなければぜひ」
予想外に押しがつよく、食い下がられている理由に皆目見当がつかない。女の顔は必死ですらあった。
「なに誘ってんだァ!」
「だめでしょうか……」
「いや、まァ、だめってわけじゃねえけど」
あの不死川をたった一言で黙らせた。しぶしぶ了承した男の様子を見ていたら、さっき静まったはずの野次馬が腹のなかで騒ぎはじめる。もしもここに悲鳴嶼さんがいたら、不死川の変化を敏感に察知して穏やかに笑っていたんだろうか。胸の奥が、ちりっと痛んだ。
「せっかくの誘いだ。派手に楽しむか!」
「ありがとうございます」
いったん家のなかに戻った二人は、次に出てきたときには両手に四角い風呂敷包みやアルミの水筒なんかを持っていた。
「すこし歩いたところに咲いている桜が、見ごろらしいのです」
「へえ。楽しみだな」
底知れない強さで隊士たちにも恐れられていた不死川が、女連れで花見に行ったなんて話が広まれば、ちょっとした騒ぎになりそうだ。ころころ笑う女の隣で、心なしかぐったりしている仏頂面の不死川。そんな二人のうしろを歩きながら、なぜ俺が誘われたのかを考えていた。
「あ、こらっ、お前は出んじゃねェ!」
へっ、というまぬけな声が自分の口から出た。
どう考えたって間違っちゃいないのは分かりつつ、格子の引き違い戸の横に目をやる。ほら、やっぱりそうだ。かまぼこ板に似た表札に並ぶのは『不死川実弥』の五文字。ここは元風柱の家だ。
薄っぺらい戸の向こうとこっち。まるでお互いの出方をうかがうように、しんと静かになった。
多くの犠牲を払った戦いが終わり、一年ほど経った。俺たち元鬼殺隊も、そこいらにいる市井の人間のようにのほほんと過ごすことが普通になった。
そんなときだ。誰にも行き先を告げず、不死川が姿を消した。今までも旅に出ることはあったが、なんの音沙汰もないまま
それらを経た今日。やっと呼びかけに反応があったと安堵した矢先、よく聞き慣れた声よりも先に返ってきたのは、俺の知らない声だった。
「よォ、不死川! この宇髄天元様に、居留守なんざ通用するわけねえだろうがっ。出てこいや」
均衡と沈黙をやぶったのは、俺。地味なのは嫌いだから、向こう三軒に届くくらいの大声を腹から出してやった。一拍の間をおいて、チッ、と大きな舌打ち。そして、ガラガラガラッ、ピシャンッ! と、遥か彼方にふっ飛びそうな勢いで戸が開いた。
目の前の光景に、派手におどろいた。
三和土には、仁王立ちで睨みをきかせている不死川。これはこいつの基本姿勢みたいなもんだから、どうでもいい。問題はそのうしろ。上がり
「うるっせえ! なにしに来やがった、この暇人がァ」
「お前が誰にも言わねえで消えるからだろ。輝利哉様も心配してたぞ」
「……ああ」
きまり悪そうに顔がゆがむ。鬼殺隊が解散したとて、こいつのなかには産屋敷家への尊敬と忠誠心が色濃く存在している。心配されたり気をつかわれるのが、どうにも心苦しいらしい。
「まあ、元気そうで安心したけどよ。そっちの人は?」
「兄貴ヅラすんじゃねェ。用が済んだら、とっとと帰れ」
さっさと戸を閉めようと伸びてきたきた手をおさえると、睨めつけるような視線が返ってきた。元来怒りっぽい男とはいえ、いつもここまでではない。不死川の後方に視線をわざと移すと、あからさまに嫌そうな顔をした。
「いいや、用なら他にもあるんだわ」
日常に発生する大抵のことはこなせるが、こんなちょっとしたときに自由がきかない身であることを思い知らされる。手首より先のない手では、腕に提げている袋を手渡すことすらできない。
「なあ、そこのあんた。これ受け取ってくんない?」
つとめて明るく声をかけると、女は緊張した面持ちで近づいてきた。頭の先が不死川の肩に届かないほど、ちいさい。だから、俺が目を合わせるとなると目線をかなり下げる必要があって、同じくらいの身長の胡蝶を彷彿とさせた。まあ、あいつはちいさくても派手に貫禄があったけども。
「大丈夫。変なものじゃねえ。温泉土産の饅頭だよ。今日中に食うのが一番旨いらしいから、二人仲良く食いな。渡せてよかったわ」
「ありがとう、ございます。実弥さんのご友人ですか?」
「ん? そうそう。俺たちド派手に仲いいの。なあ、実弥さん」
「気色わりィ呼び方すんな。てめえと仲良くなった覚えはねえ」
妙に軽快なやり取りになってしまって、俺が吹き出すと、女もくすくす笑う。一人だけ笑い声を立てない不死川に目をやって、息をのんだ。強面がゆるみ、いつもつり上がっているまなじりが柔和に下がっている。
――ほう、これはこれは。不死川もそんな顔できんの。
俺の視線に気づくや否や、眉間に深いしわを寄せ、全身からゆらゆら殺気を出しはじめた。
「あんたも不死川の友だちだろ?」
「えっ」
ほんのいたずら心で問いを落とすと、女の頬に朱が差した。そして、もごもごさせている口と連動するように、朱の濃度が増していく。戸が開いて二人が並んでいるのを見た瞬間から分かっちゃいたが、もはや言葉なんかなくたって答えを明かしているようなもんだ。
しばしの膠着状態がつづいたあと、女とおなじ色に肌を染めた不死川が、てめえ分かって聞いてんだろォ、とつぶやいた。
俺は好奇心旺盛な性質だ。こんなもん見せられて、このまま帰ったら今夜は寝られない。二人がどこで出会って、鬼殺ひとすじだったこいつがどうやって気持ちを寄せるに至ったかとか、聞きたいことは山のようにある。だが、揃いの色で肌を染めた二人の様子を見ていると、なんともいえない甘酸っぱいものが身体に入りこんできて、俺の口をつぐませた。
近いうちに祝いの席を設けよう。たっぷり聞くのは、そのときでも遅くない。
「用も済んだし、帰ろうかねえ」
凪いだ水面に石が落ちて、水紋がひろがるように二人が同時に動いた。不死川が安堵したように大きなため息をつき、女がはっとした顔を俺に向けた。
「土産、悪かったなァ。あとで食うわ」
「ん。礼なら冨岡にも言ってやって。あいつと一緒に買ったから。それにしても、派手に似合いの二人だ。おめでとさん」
「……るせェ。悪趣味な野郎だ。やっぱり分かって聞いてたんじゃねえか」
ありがとうございます、という女の声は語尾がほとんど消えかかっていた。
「じゃ、また来るわ」
格子戸から手を離し、もと来た道を歩く。なんだか知らないが気分が良くて、鼻歌まで口ずさんでしまう。草履の裏に感じるごつごつした石の感触や、遠くから聞こえる見知らぬおやじのくしゃみまで、俺の心を踊らせた。近いうちに冨岡に声をかけて、祝の席の相談をしよう。なんなら、今から冨岡邸に乗りこむか。あいつは不死川と懇意になりたいようだから、きっと喜んで張りきるはずだ。
「あのっ、すみません。このあと、お時間ありませんか?」
やわらかい声が、背後から追いかけてきた。
「なんで?」
道に等間隔で置かれた丸い石の上で振り返ると、草履をつっかけた女が玄関の外まで出てきていた。
「今から実弥さんと、お花見に行くところだったんです。もし宜しければ、一緒にいかがでしょうか」
「いやいや、はじめての花見なんじゃねえの? 水入らずで楽しんできなって。そんな野暮なことできねえよ」
「いえ、あの、おはぎもたくさん作りましたし、ご迷惑でなければぜひ」
予想外に押しがつよく、食い下がられている理由に皆目見当がつかない。女の顔は必死ですらあった。
「なに誘ってんだァ!」
「だめでしょうか……」
「いや、まァ、だめってわけじゃねえけど」
あの不死川をたった一言で黙らせた。しぶしぶ了承した男の様子を見ていたら、さっき静まったはずの野次馬が腹のなかで騒ぎはじめる。もしもここに悲鳴嶼さんがいたら、不死川の変化を敏感に察知して穏やかに笑っていたんだろうか。胸の奥が、ちりっと痛んだ。
「せっかくの誘いだ。派手に楽しむか!」
「ありがとうございます」
いったん家のなかに戻った二人は、次に出てきたときには両手に四角い風呂敷包みやアルミの水筒なんかを持っていた。
「すこし歩いたところに咲いている桜が、見ごろらしいのです」
「へえ。楽しみだな」
底知れない強さで隊士たちにも恐れられていた不死川が、女連れで花見に行ったなんて話が広まれば、ちょっとした騒ぎになりそうだ。ころころ笑う女の隣で、心なしかぐったりしている仏頂面の不死川。そんな二人のうしろを歩きながら、なぜ俺が誘われたのかを考えていた。
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