どうしたって愛すべき人
「恋愛なんてクソめんどくせえわ。俺もうこりごり。煉獄も一人でいたほうがいいよ」
金曜の夜。居酒屋で飲んで、〆のラーメンを食べに、油でべとついた中華屋のテーブル席に座ったときだった。ごわごわした冷たいおしぼりで手を拭きながら、向かいに座る宇髄が心底めんどくさそうな顔をする。
「そうか。なら、しばらく休むといい」
「ああ、そうするわ」
だが、実際のところ高校で知り合ってからの五年間。ニュアンスや言葉尻を変えて、この言葉は同じ口から何度も出ていた。そして、そう言った舌の根も乾かぬうちに宇髄は何度も恋をした。
年上、年下、同い年。
OL、大学生、タレントの卵、公務員、フリーター。
清楚に、派手に、ボーイッシュ。
一体どこから見つけてくるんだと聞きたくなるほど、宇髄の相手は幅広く、規則性はなかった。言葉を選ばずに言えば、来る者拒まず。そして、去って行く者を追う姿も一度も見たことがなかった。
近いうちに「なあ、煉獄ぅ。俺、彼女できた」と告げられるだろう。
ずるずると音を立てて、美味しそうに麺をすする口。ここのチャーシュー美味いよな、と共感を求める顔。俺は煉獄がいればいいわ、と屈託なく細められる目。
宇髄からどんぶりに目をうつした俺は、一心不乱に麺や具を口に運んだ。美味いから食べているのではなくて、もはや義務。早く胃におさめたかった。
俺は宇髄が好きだ。
誰かを強く思ったことなどなかったのに、初めて恋した相手が友人で、同性で、恋多き人間。隠すのが精一杯で、どうすることもできない。その男の隣が空いたって、自分がそこに入れるわけもないのに、夢を見てしまう自分と向き合いたくなかった。
「宇髄、すまないが先に帰る」
「はやっ。もう食い終わったのか。何で置いてくんだよ。ちょっと待て」
宇髄はどんぶりをつかむと、一気に口に流し込んだ。そして、それぞれ八八〇円ずつ支払って、一緒に店を出た。
「こんな時間から、なんか用でもあんの?」
「まあ、そんなところだ」
「……へえ。めずらしい。てか、まさか女できた? 俺の知らない奴?」
「君には関係ない話だ」
好奇心旺盛で話し好きの宇髄は、一旦興味を持ってしまうと気が済むまで何度も聞いてくる。長年の友人である経験から、この答えが最適解だと思った。
「関係大アリだわ」
その言葉を認識したと思ったら、次に感じたのはいつもよりも濃い甘い香り。宇髄の胸に顔が押しつけられていた。
「宇髄っ。やめろ」
「やだね。やめない」
のし掛かる巨体が重くて、後ろによろけた。身体をよじっても、やっとできた隙間に腕が回された。抵抗という抵抗が意味をなさず、宇髄の頭を殴った。
「いってえな」
「殴ったことは謝る。だが、こんな道の真ん中で悪ふざけがすぎる」
「一人でいろって言ったじゃん。他の奴のものになるな」
不満を顔いっぱい貼りつけた宇髄は、どこか子供みたいに見えた。
「何を言ってるんだ。大体、君は」
「ちょっと黙って」
今度は俺の頭を押さえつけて顔を近づけてきた。すんでのところで顔を背け、頬を叩いた。
「宇髄! 頭を冷やせ」
「超冷静だわ」
「誰でもいいのか? 前から思っていたが、君はちゃんと好きな相手を見つけろ」
「本当に誰でもいいなら良かったよ」
宇髄がうつむくと、外灯に照らされて銀色に透けた髪がさらりと流れる。
「え?」
「俺が好きなのは煉獄。ずっと煉獄。何しても、誰と付き合っても諦められなかった。いいとこの長男のお前の未来を潰す気がして、隠し通すつもりだったけど、無理だわ。俺のものになって」
「うずい」
「お願い」
「……」
「人助けだと思って」
「……人助け」
ふっ、と小さく笑う声。吊り上がる口の端には、愉悦が浮かんでいた。
「このワードで、つい迷っちゃうようなお前がほんと好き」
降ってきた唇を、俺はもう避けなかった。宇髄がくれた理由のせいにして。
金曜の夜。居酒屋で飲んで、〆のラーメンを食べに、油でべとついた中華屋のテーブル席に座ったときだった。ごわごわした冷たいおしぼりで手を拭きながら、向かいに座る宇髄が心底めんどくさそうな顔をする。
「そうか。なら、しばらく休むといい」
「ああ、そうするわ」
だが、実際のところ高校で知り合ってからの五年間。ニュアンスや言葉尻を変えて、この言葉は同じ口から何度も出ていた。そして、そう言った舌の根も乾かぬうちに宇髄は何度も恋をした。
年上、年下、同い年。
OL、大学生、タレントの卵、公務員、フリーター。
清楚に、派手に、ボーイッシュ。
一体どこから見つけてくるんだと聞きたくなるほど、宇髄の相手は幅広く、規則性はなかった。言葉を選ばずに言えば、来る者拒まず。そして、去って行く者を追う姿も一度も見たことがなかった。
近いうちに「なあ、煉獄ぅ。俺、彼女できた」と告げられるだろう。
ずるずると音を立てて、美味しそうに麺をすする口。ここのチャーシュー美味いよな、と共感を求める顔。俺は煉獄がいればいいわ、と屈託なく細められる目。
宇髄からどんぶりに目をうつした俺は、一心不乱に麺や具を口に運んだ。美味いから食べているのではなくて、もはや義務。早く胃におさめたかった。
俺は宇髄が好きだ。
誰かを強く思ったことなどなかったのに、初めて恋した相手が友人で、同性で、恋多き人間。隠すのが精一杯で、どうすることもできない。その男の隣が空いたって、自分がそこに入れるわけもないのに、夢を見てしまう自分と向き合いたくなかった。
「宇髄、すまないが先に帰る」
「はやっ。もう食い終わったのか。何で置いてくんだよ。ちょっと待て」
宇髄はどんぶりをつかむと、一気に口に流し込んだ。そして、それぞれ八八〇円ずつ支払って、一緒に店を出た。
「こんな時間から、なんか用でもあんの?」
「まあ、そんなところだ」
「……へえ。めずらしい。てか、まさか女できた? 俺の知らない奴?」
「君には関係ない話だ」
好奇心旺盛で話し好きの宇髄は、一旦興味を持ってしまうと気が済むまで何度も聞いてくる。長年の友人である経験から、この答えが最適解だと思った。
「関係大アリだわ」
その言葉を認識したと思ったら、次に感じたのはいつもよりも濃い甘い香り。宇髄の胸に顔が押しつけられていた。
「宇髄っ。やめろ」
「やだね。やめない」
のし掛かる巨体が重くて、後ろによろけた。身体をよじっても、やっとできた隙間に腕が回された。抵抗という抵抗が意味をなさず、宇髄の頭を殴った。
「いってえな」
「殴ったことは謝る。だが、こんな道の真ん中で悪ふざけがすぎる」
「一人でいろって言ったじゃん。他の奴のものになるな」
不満を顔いっぱい貼りつけた宇髄は、どこか子供みたいに見えた。
「何を言ってるんだ。大体、君は」
「ちょっと黙って」
今度は俺の頭を押さえつけて顔を近づけてきた。すんでのところで顔を背け、頬を叩いた。
「宇髄! 頭を冷やせ」
「超冷静だわ」
「誰でもいいのか? 前から思っていたが、君はちゃんと好きな相手を見つけろ」
「本当に誰でもいいなら良かったよ」
宇髄がうつむくと、外灯に照らされて銀色に透けた髪がさらりと流れる。
「え?」
「俺が好きなのは煉獄。ずっと煉獄。何しても、誰と付き合っても諦められなかった。いいとこの長男のお前の未来を潰す気がして、隠し通すつもりだったけど、無理だわ。俺のものになって」
「うずい」
「お願い」
「……」
「人助けだと思って」
「……人助け」
ふっ、と小さく笑う声。吊り上がる口の端には、愉悦が浮かんでいた。
「このワードで、つい迷っちゃうようなお前がほんと好き」
降ってきた唇を、俺はもう避けなかった。宇髄がくれた理由のせいにして。
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