夏いきれ

 あつくて、あつくて、たまらない。
 もったりと重苦しい夏の空気。遠くからは、祭り囃子と、はしゃいでいる大勢の人の声が聞こえる。背筋を伝うように流れる汗が不快だ。

「みんなのところに戻って。お祭り終わっちゃう」
 私は今、同じバスケ部の宇髄と神社にいる。拝殿と手水舎しかないような小さな境内で、拝殿につづく階段の一番下に座って、二人ともだらだらと汗をかいていた。
「別にいい。祭りなんか興味ねえし」
 心なしか口をとがらせて、宇髄はぶっきらぼうにそんなことを言った。
「興味ない? ヨーヨー持ってるのに?」
「まあな」
 蛍光塗料が光る腕輪をつけた両手に、白地と青地とビンクのヨーヨーをひとつずつ持っている。
「そんなに派手な浴衣着てるのに?」
「関係ねえよ」
 宇髄が身に纏っているのは、半身が紺の無地で、もう一方の半身が金やら赤やらの派手な総柄が入った、とても鮮やかな浴衣だ。銀糸のような珍しい髪色も相まって、会場でもぶっちぎりで目立っていた。
「最近ずっと、祭りの神がどうこう言ってたのに。楽しみにしてたんでしょ」
「うっせえな。興味ねえって。気にすんなよ」
 脳裏に浮かぶのは、今日の部活終わりに、ゴール下で「祭りの神の季節が来た!」とか言って笑っていた宇髄の姿だ。

 祭りの神を自称する男が、今日の夏祭りを楽しみにしていなかったわけがない。今、こんなにバレバレな嘘をついて、こんな所に一緒にいてくれるのは、私を助けてくれたからだ。
 ほんの一〇分前、漫画やドラマで山ほどあるシチュエーションが自分の元に舞い降りた。あんなに広くて、人がごった返している祭り会場なのに、こんな偶然はいらないと心底思った。二週間前によく分からない理由で別れを告げてきた元彼が、女と腕を組んでいる場面にばったりと出くわしたのだ。しかも、その新彼女が同じバスケ部という最悪さ。
 向こうの二人と、こっちのグループの六人。
 全員の間になんとも言えない空気が流れる中、宇髄が私の手を引っ張って、元彼たちと逆方向に早足で歩き出した。
「え、うずいっ……、ちょっと」
 一緒にいた部活のメンバーが驚いているのもお構いなしで、ぐんぐん歩いて行く。
 ――カラン、コロン。カラン、コロン。
 喧噪から離れる夜道を、二人分の下駄の音を響かせながら、ほとんど無言で到着したのがこの神社だった。


「連れ出してくれたんだよね。ありがとう」
「別にぃ。大丈夫か」
 明かりの少ない夜の闇の中で見る宇髄の瞳の紅色は、いつもよりも濃くて深い。大きな手が頭の上に置かれると、心に刺さった棘が少しだけ抜けて、自然と涙が出てきた。
「うん。今日の宇髄、優しいね。どうしたの」
「お前なに言ってんの? 俺はいつだってド派手に優しいだろうよ」
 顔を見合わせて笑うと、いつもの調子が戻って、少し元気が出てきた。
「そろそろ、みんなのところ戻ろっか」
「……」
「あ、ド派手に優しいなら、なんかやってもらおうかな。射的とか」
 
 トン、と何かに顔がぶつかって、視界が変わった。気づいたら、首元に回された腕に抱きすくめられ、宇髄の胸元と自分の頬がぴたりとくっついていた。
 最初、いつものおふざけの延長線上にある、ヘッドロック的なものをされたのかと思った自分はまだまだ子供で、宇髄の気持ちを全く理解していなかったことを自覚した。
「行くなよ」
 あつい。耳にかかる吐息が。
「独り占めさせて」
 あつい。黙ってしまった私を抱きしめる腕が。
「今だけでいいから」
 あつい。訴えかけるような熱のこもった声が。
「う、ずい」
「ずっと好きだった」
 あつくて、あつくて、たまらない。
 でも、勢いをさらに増して背中を流れる汗が不快じゃない。こんなにあつい空気の中で、夏の熱気よりももっと熱い身体に包まれることが心地いい。
 自分の心に戸惑いながら、宙に浮いたままだった手を胸元に回すと、宇髄の身体がさらに熱を帯びた。
 この先どうなるんだろう。でも、今はこのままでいたい。
 生まれて初めての激しい胸の鼓動に戸惑いながら、じっとりと湿気を帯びた派手な浴衣の背に手を滑らせた。
1/1ページ
    スキ