祭りのあと

「お前よォ、今日はまじで飲み過ぎんなよ。こいつ、こないださあ」
 大きな身振り手振りに、大きな声。こういう楽しげな姿を見るのが好きで、どうしても惹きつけられて、気づいたら心のど真ん中に宇髄さんがいた。
 恋心を自覚して一番はじめに思ったのは、この気持ちを隠さなければ、ということだ。避けられたらどうしようとか、二度とあの笑顔を向けてもらえないんじゃないかとか、変化が怖かったのだ。
 でも、現実は予想もしていないものだった。
 「あっそォ。待たせたな」と言ったときの表情から自分への好意を察したのは確実なのに、あわてることも、よそよそしくなることも、デレデレすることも、馴れ馴れしくなることもない。言うなれば、『無』だ。宇髄さんにとっては、自分に向けられたたくさんの好意のひとつに過ぎないのだろう。

 ああ、やばい。むり。涙出そう。
 出会って一年ちょっと。中途半端な発言なんかしなければよかった。たまに仕掛けてくるいたずらや、ふと送られてくる視線にドキドキしているくらいが身の丈に合っていたのに。安全地帯から片想いを楽しんでいればよかった。このまま何事もなかったみたいに流せば、宇髄さんも合わせてくれるだろう。
 目にじわっと涙がたまったのをごまかしたくて、ぐちゃぐちゃに潰した梅干しが浮遊するサワーに口をつけ、笑いすぎて涙が出たフリをした。
「今日はド派手にいい日だわ」
 のんびりとつぶやくような言葉と同時に、床に置いていた左手がぬくもりに包まれた。反射的に目をやると、宇髄さんの右手が私の左手を包んでいた。
 今にも大声が出そうになるのをこらえ、重ねた手から視線を高速移動させた横顔はいつもどおりの笑顔だ。にやにやしているわけでもない。元々スキンシップが多い人だから、頭をなでられたり、肩に腕を置いたまま歩かれたことはあったけれど、手をにぎられたことはなかった。
 ずっとずっと触れてみたかった。
 はじめて触れたその手は、あたたかくて、肉厚で、骨太で、私の手などすっぽり包んでしまうほど大きかった。
 なんで私の手をにぎっているんですか?
 私のことをどう思っているんですか?
 必死で平静をよそおいながら、心の中で何度も問いかける。声に出して聞いた瞬間にすべてが終わってしまう気がして、巻きこんだ唇に力をこめてじっと耐えた。

「どうしたの? 飲みすぎちゃった?」
 ななめ前に座る鈴木さんという女の先輩が、心配そうに声をかけてきた。そう聞きたくなるほど、きっと挙動不審なのだろう。
「いえ、全然大丈夫です!」
 はい、宇髄さんに手をにぎられていまして、なんて言えるわけもなくあわてて否定する。普通にしていないと、大々的にバレるのは時間の問題に思えた。
「どうしたの? 飲みすぎちゃった? なんかあったら俺に言いな」
 鈴木さんの口真似をしながら私の手をぎゅっとにぎって、この状況を引き起こした張本人がいたずらっぽく笑う。
 これ以上つづいたらごまかしきれる自信がない。ぎりぎり隠せている今のうちに、と手を引っこめた――つもりが、できなかった。逃げようとする私の手をつかまえて、指を絡めたからだ。
 のどの奥からヒュッという音が飛び出しそうになったが、なんとか押し込める。手の甲を包まれていたときよりももっと密着した手の感触が、いよいよ本当にやばい。冗談抜きでまずい。逃亡を試みて動かした私の指を、ごつごつとした第二関節と指の股でがっちりホールドすると、パーカーのポケットに自分の手ごと閉じこめた。
 むり、むり、むり……! 本当にむり!
 自由を奪われた左手は、ポケットの中で次々にくり出される仕掛けに翻弄された。
 不規則ににぎられ、小指をからめては離すのをくり返されたり、親指が手の甲をやさしくなでたり。手に触れたよろこびを嚙みしめる余裕なんかなくて、表面に出さないよう抑えるので精いっぱい。火照った頭も顔も、生まれてこの方経験したことないほどクラクラしていた。背中に汗は流れているし、手汗だって止まらない。
 宇髄さんのいたずら好きは誰もが知るところだけど、おふざけにしては時間が長いし一向にやめる気配がない。今起こっていることがただのいたずらだと頭では分かっているのに、どこかで期待してしまう。さすがに希望的観測が過ぎるだろうけど。

 人は極限状態に追い込まれて、あるラインを超えると、プツンと何かが切れたかのように開きなおることがある。
 防戦一方だった私は、太い小指に自分の小指を絡めて手を強くにぎった。この指から、私の気持ちが伝わりますようにと願って。
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