おかとときの恋
なんだこれ……気持ち悪い。
身体が激しく横揺れしている。必死で目をこじ開けたが、ぼやけたままの視界がぐわんぐわん揺れていた。
「天元さまあ……! 戻ってきてくださいぃ」
「須磨っ、あんた、こんなときまでいい加減にしなっ! 首がもげちまうだろ。そんなんじゃ安らかに逝けないよ」
目覚めたばかりで、ほとんど機能していない頭に大声がガンガン響く。時を置かず、ふたり分の泣き声が部屋中に響きはじめた。
「ふたりともやめなさい。最期なのよ。きちんと見送って差し上げましょう」
落ちついた声が優しく言い聞かすと、一瞬の静寂が訪れた……が、今度は泣き声が三つに増えてしまった。
だんだんと意識が覚醒し、目だけを動かして周囲を見回した。
見慣れた寝室。寝心地のいい布団に寝かされた俺の横には、三人の嫁がいた。
項垂れて泣く雛鶴、俺の身体を布団ごと激しく揺する須磨、暴れる須磨の身体をおさえて怒りながら涙を流すまきを。三者三様、どこまでもこいつららしい。自分が死ぬのはなんとも思っちゃいなかったから、これほどまでに悲しまれるとは思っていなかった。
身体中がひどく痛むものの、どうやら無事に現世に戻ることができたらしい。
俺が意識を取り戻したことに全く気づかないまま、わんわん泣きながらいつもの騒がしいやり取りを繰り広げている。こらえきれず、小さく笑ってしまった。
「……へ?」
「よォ、ただいま。心配かけたな」
笑い声が届いたせいで、俺を凝視したまま身体を硬直させる三人に声をかけた。
「……ええっ! て、て、ててっ天元さまぁっ!!」
須磨の絶叫を皮切りに、三人が満身創痍の身体に飛びついて号泣しはじめた。手加減なしにしがみつかれるのは痛いが、それぞれの言い分を聞いているうちに落ちついたらしい。食事や清拭の準備をしてきます、と元気に宣言をして嵐のように寝室を出て行った。
静けさが訪れた部屋で、ぼんやり考える。
見たもの、聞いたもの、触れたもの。さっきまで俺を取り囲んでいたその全てが、心の奥で忘れられなかった俺の想いが作り出した夢幻なんじゃないか、と。そんなことを考えていると、『嘘でも実でもどっちでもいいじゃない』という乙羽の声が聞こえた気がした。
うん、そうだ。嘘でも実でもどっちでもいい。
なあ、乙羽。いつか必ず会いに行くよ。地球の裏側だろうが地獄の果てだろうが、土産話をいっぱい持って。だから、お前がこの世に繋ぎとめてくれたこの命、どこまでも人間臭く最後の一滴までド派手に生き抜いてやる。もちろん、勝ち逃げも許さねえ。
お前に出会えて本当に良かった。
締め切られた部屋の中。どこから入ってきたのか、一陣の風が俺の髪や頬を混ぜるように撫で、吹き去っていった。ご丁寧に花の残り香までよこして、きっと悪戯好きの誰かの仕業に違いない。
俺はひとり笑いながら乱れた髪を整え、目元を拭った。
身体が激しく横揺れしている。必死で目をこじ開けたが、ぼやけたままの視界がぐわんぐわん揺れていた。
「天元さまあ……! 戻ってきてくださいぃ」
「須磨っ、あんた、こんなときまでいい加減にしなっ! 首がもげちまうだろ。そんなんじゃ安らかに逝けないよ」
目覚めたばかりで、ほとんど機能していない頭に大声がガンガン響く。時を置かず、ふたり分の泣き声が部屋中に響きはじめた。
「ふたりともやめなさい。最期なのよ。きちんと見送って差し上げましょう」
落ちついた声が優しく言い聞かすと、一瞬の静寂が訪れた……が、今度は泣き声が三つに増えてしまった。
だんだんと意識が覚醒し、目だけを動かして周囲を見回した。
見慣れた寝室。寝心地のいい布団に寝かされた俺の横には、三人の嫁がいた。
項垂れて泣く雛鶴、俺の身体を布団ごと激しく揺する須磨、暴れる須磨の身体をおさえて怒りながら涙を流すまきを。三者三様、どこまでもこいつららしい。自分が死ぬのはなんとも思っちゃいなかったから、これほどまでに悲しまれるとは思っていなかった。
身体中がひどく痛むものの、どうやら無事に現世に戻ることができたらしい。
俺が意識を取り戻したことに全く気づかないまま、わんわん泣きながらいつもの騒がしいやり取りを繰り広げている。こらえきれず、小さく笑ってしまった。
「……へ?」
「よォ、ただいま。心配かけたな」
笑い声が届いたせいで、俺を凝視したまま身体を硬直させる三人に声をかけた。
「……ええっ! て、て、ててっ天元さまぁっ!!」
須磨の絶叫を皮切りに、三人が満身創痍の身体に飛びついて号泣しはじめた。手加減なしにしがみつかれるのは痛いが、それぞれの言い分を聞いているうちに落ちついたらしい。食事や清拭の準備をしてきます、と元気に宣言をして嵐のように寝室を出て行った。
静けさが訪れた部屋で、ぼんやり考える。
見たもの、聞いたもの、触れたもの。さっきまで俺を取り囲んでいたその全てが、心の奥で忘れられなかった俺の想いが作り出した夢幻なんじゃないか、と。そんなことを考えていると、『嘘でも実でもどっちでもいいじゃない』という乙羽の声が聞こえた気がした。
うん、そうだ。嘘でも実でもどっちでもいい。
なあ、乙羽。いつか必ず会いに行くよ。地球の裏側だろうが地獄の果てだろうが、土産話をいっぱい持って。だから、お前がこの世に繋ぎとめてくれたこの命、どこまでも人間臭く最後の一滴までド派手に生き抜いてやる。もちろん、勝ち逃げも許さねえ。
お前に出会えて本当に良かった。
締め切られた部屋の中。どこから入ってきたのか、一陣の風が俺の髪や頬を混ぜるように撫で、吹き去っていった。ご丁寧に花の残り香までよこして、きっと悪戯好きの誰かの仕業に違いない。
俺はひとり笑いながら乱れた髪を整え、目元を拭った。
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