Unchained Love

 たったひと言「もうやめたい」と伝えればいい。分かっているのにどうしても言えないまま時間だけが過ぎていく。
 だから、この一カ月は日常の至るところに種をまいた。かわいくない言葉。素直じゃない態度。気のないそぶり。会う約束をいくつも断る。そんなふうにちりばめた種のどれかが芽吹けば気まぐれも終わるだろうと思っていたのに、宇髄は変わらなかった。でも、それももう終わり。終わらせるつもりで今日ここに来たのだから。
 ちょっとでも、お前と一緒にいたいんだよ――こんな言葉を黙殺されたというのに、肉厚の大きな手はふきっさらしのホームの冷気からわたしの手を守るように包んでいた。

「こういうのすっげえ嫌なんだけど」
「……」
「言いたいことあんなら言えよ」
 向かいのプラットホームから寒風がびゅうっと吹き、宇髄が音を立てて鼻をすすった。
 あの家のリビングも、アイスが入っていた冷凍庫も、もう二度とこの目で見ることはない。恋人としての最後の景色はこの寒々しいプラットホームだ。
 息を吸いこんで、口をひらく。
「もう、終わりにしたい。ただの同期に戻りたいと、思って」
 のどにフタをされているみたいで、言い終わると、はぁっという大きなため息が出た。そのため息は白く色づいて、事のなりゆきを見守るやじ馬のようにしばらく空中にもやもや浮遊していた。
「やっぱりか。はじまりがあんなんでも、一緒にいりゃあどうにかなると思ってたけど」
「……ならないよ」
「なれるだろ。てか、それはお前の本心なわけ」
「え?」
「どっからどう見ても俺のこと好きだろ」
 一刀両断。一気に斬りこんできた。するどいこの人が気づかないはずがないのだ。鼻をすすったが、冷えて感覚のにぶった鼻の下は濡れたみたいにスースーしたままだ。
「わたしは宇髄みたいに器用じゃないし……。ちょうどいい感じで、上手に恋愛できない。頭も硬いし、重いし、宇髄もすぐに嫌になるよ、絶対」
「決めつけんな。べつに器用とか上手とかそんなもん求めてねえよ」
「だけど、でもっ……これ以上、好きになりたくない。こわい」
 向かいのホームからわたしに視線をすべらせた宇髄の目の赤と紫が、いつもより濃く感じる。
「そんなんで俺が離れると思ってんの。やっとここまできたのに、好きになった女を諦めてたまるか。もし別れたってめっちゃ追うし、派手に後腐れてやるからな。別れたいのひと言も言えねえで俺にこんな話をする理由、自分でもわかってんだろ」
 
『二番線、下りの最終電車がまいります。黄色い線の内側にお下がりください』
 最終を知らせるアナウンスがながれ、遠くからカンカンと踏切の警報機の音が聞こえる。

 わかってる。うん、すごくわかってる。めんどくさい自分がほんとうに嫌になるよ。こんな話をしたのは、もうすでに宇髄に心をあずけて甘えているからだ。宇髄に――好きな人に理解してもらいたいという希望が捨てきれていないからだ。
 心が通じてしまったあとに失うのは怖い。人の気持ちなんて変わるもの。一線を引いて、いつ独りになってもいい準備をして恋をすれば傷つくこともないだろう。けれど、わたしは宇髄と一緒にいたい。加減なんてしないで、どこまでも好きになりたい。素直にそう思えた。
「うずい、ごめ」
 冷えてもやわらかいままのくちびるで栓をされ、その先の言葉は宇髄が飲みこんでしまった。
「この先またごちゃごちゃ地味なこと考えそうになったら話せよ。片っぱしからド派手に木っ端みじんにしてやる」
「いいの……?」
「ああ。だから俺と一緒にいて」
「ありがとう、ほんとに」

 ホームにすべりこんできた電車の照明でホームは明るくなったけれど、わたしたちは乗らなかった。ほんとうの恋人になってから交わすキスで、くちびるを離すのが惜しかったからだ。プシューッとドアが閉まる音につづいて、電車の走るガタンガタンという音が遠ざかっていった。
「あー、どうしよう……。あれ終電だっけ」
「ホームにいたのに終電逃したとか、駅員もびっくりだろうな。このまんまうち来いよ。アイスあるし」
「ほんと?」
「しかも、派手に六種類!」
 宇髄が、しあわせそうに笑う。それを見てうれしくなった私も笑う。二人分の白い息が、夜の闇に絡み合いとろけて消えていった。
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