Unchained Love
あんな意味不明なはじまりだったのに、宇髄はわたしをとても大切にした。
デートの待ち合わせで顔を合わせれば満面の笑みでむかえてくれるし、宇髄の言動で喜べば、なぜかそれをした宇髄のほうがニヤニヤうれしそうに笑う。
身体をつなげているときには、これ以上ないほど丁寧に触れてくれた。中も外も。そうして、身体中にちらばる未知のドアを開けてわたしを塗りかえることを好んだ。まるで、前人未踏の地に痕跡をのこす冒険家みたいに。
予想外だった彼氏っぷりに驚きはしたけれど、素直にうれしく、誇らしくもあった。あんたよりイケメンに大事にされてるよって、こっちの状況なんか気にもしていないだろう元彼の鼻を明かしている気になっていた。
付き合いたての目新しさと、張りぼてであっても社内恋愛のスリルやドラマっぽさが宇髄にこんなふるまいをさせているのだと思った。でも、一カ月経ち、二カ月経ち、三カ月経った今も変わらない。変わらないどころか、日増しにレベルが上がる。
変わっていったのは、まさかの自分だった。
目を細めて口を横にひろげる宇髄らしい笑顔が見たくて、その笑顔をつくるために労力を惜しまなくなった。これが最初の兆候で、あとは坂を転げ落ちるようだった。宇髄の気持ちが気になって、言葉や行動の意味や理由を考えてしまう。そして、すこし先の未来を想像しては不安をおぼえた。
コントロールできないくらいの変化をしていく自分と、変わらない宇髄。とまどいが降りつもっていった。
すこし前、そのとまどいがついに可視化されてしまった。
宇髄宅のリビングでアイスを食べていると、先に食べ終わっていた家主がおおいかぶさり、くちびるをぺろっと舐めてきた。
「……アイス食べてるのに」
「食うのおっせぇんだもん。また買ってやるよ」
「ほんと?」
「ん」
そのまま倒されながら、頭のうしろがやわらかくもかたくもないソファーに触れてあっさりと諦めた。
まだ半分のこってるけど、もういいや。本当ははやく触れてほしかったし、したかった。手がのばせる最大限の場所にアイスのカップを遠ざけて、首に腕をまわすことでオッケーのサインを出した。まあ、宇髄はサインをつつましく待ってたことなんかないけど。この人はわたしをその気にさせるのが天才的にうまい。
顔を寄せた宇髄のくちびるが落ちてくる。
一度目は、やわやわとついばむように。
二度目は、すでに開いているくちびるを無視して、押しあてたまま端から端までをすべらせて焦らすように。
三度目は、我が物顔で挿し入れた舌で火をつけるように。
つめたいくちびるや、やわらかい舌はかすかにラムレーズンの味がした。さっきまで小さなスプーンですくってご満悦で食べていたものだ。
くちびるが重なるほどの至近距離で、目をそらすことも、つぶることもを許されなかった。きっと自分の目にどれだけの力があるかを理解しているんだと思う。わたしの視線をからめ取ったまま動かさない目とは対照的に、彼の口はとても器用にうごいた。
今、お前をこんなふうにしてんのが誰かよく見ろ――ひと言も発していないのに、なぜかこう言われている気がした。視界も、口の中も、頭のなかも宇髄でいっぱいだ。受けとめるのに必死で恍惚としてくる。
大きな手にあばらを下から撫で上げられ、はあ、と口の端から息がもれた。浅い呼吸しかできなくて、急にうすくなった部屋の空気をかき集めてなんとか身体に取りこんだ。
ごわごわした大きなTシャツの裾をたくし上げるように引っ張り上げようとすると、重ねられていたくちびるが離れた。
「あのさ」
「うん」
「お前のこと好きになってもいい?」
身体を重ねる直前の時間を盛り上げるときの、スパイス的な軽さや甘さがない。
赤と紫がとろけるように混ざった大きな目が、わたしの目のど真ん中をまっすぐ見据える。探るように、問うように、確かめるように。
「わたしたち、そういうのじゃないでしょ。困る」
「そ。わかった」
心臓の端っこをつねられたみたいに、胸がきりきり痛んだ。一瞬その目に透けて見えたかなしみの色が、勘ちがいだったらいいのに。
宇髄はそれ以上なにも言わず、再びくちびるを落とすと丁寧にわたしを抱いた。
次に家に行くと、がらがらの冷凍庫にアイスが寄りそうように並んでいた。宇髄の好きなラムレーズンと、わたしの好きなマカデミアナッツ。あの日、半分食べ損ねたのと同じアイスだ。あんなことを言ってしまったのに、スーパーかコンビニの冷凍ケースから取りだしたふたつのアイスをカゴに入れ、レジに並ぶ大きな背中を想像してくるしくなった。
くるしさの理由なら、自分が一番知っている。
好きだと認めてしまったら、宇髄に知られてしまったら、絶対にまた痛い思いをするから。
自分の気持ちの比重が異常におおきくて、どうしようもなくかっこわるい恋になる予感に満ちている。宇髄が好きそうなスマートで派手な恋愛なんかできそうにない。心をあずけて真面目に築いた関係が終わったときのダメージと、なんとなく続けていた関係が終わるダメージなら、前者のほうが断然きつい。関係性が後者である今のうちに終わらせたほうがいいかもしれない。
いいとこどりだったはずの関係は、すっかり悩ましいものになっていた。
デートの待ち合わせで顔を合わせれば満面の笑みでむかえてくれるし、宇髄の言動で喜べば、なぜかそれをした宇髄のほうがニヤニヤうれしそうに笑う。
身体をつなげているときには、これ以上ないほど丁寧に触れてくれた。中も外も。そうして、身体中にちらばる未知のドアを開けてわたしを塗りかえることを好んだ。まるで、前人未踏の地に痕跡をのこす冒険家みたいに。
予想外だった彼氏っぷりに驚きはしたけれど、素直にうれしく、誇らしくもあった。あんたよりイケメンに大事にされてるよって、こっちの状況なんか気にもしていないだろう元彼の鼻を明かしている気になっていた。
付き合いたての目新しさと、張りぼてであっても社内恋愛のスリルやドラマっぽさが宇髄にこんなふるまいをさせているのだと思った。でも、一カ月経ち、二カ月経ち、三カ月経った今も変わらない。変わらないどころか、日増しにレベルが上がる。
変わっていったのは、まさかの自分だった。
目を細めて口を横にひろげる宇髄らしい笑顔が見たくて、その笑顔をつくるために労力を惜しまなくなった。これが最初の兆候で、あとは坂を転げ落ちるようだった。宇髄の気持ちが気になって、言葉や行動の意味や理由を考えてしまう。そして、すこし先の未来を想像しては不安をおぼえた。
コントロールできないくらいの変化をしていく自分と、変わらない宇髄。とまどいが降りつもっていった。
すこし前、そのとまどいがついに可視化されてしまった。
宇髄宅のリビングでアイスを食べていると、先に食べ終わっていた家主がおおいかぶさり、くちびるをぺろっと舐めてきた。
「……アイス食べてるのに」
「食うのおっせぇんだもん。また買ってやるよ」
「ほんと?」
「ん」
そのまま倒されながら、頭のうしろがやわらかくもかたくもないソファーに触れてあっさりと諦めた。
まだ半分のこってるけど、もういいや。本当ははやく触れてほしかったし、したかった。手がのばせる最大限の場所にアイスのカップを遠ざけて、首に腕をまわすことでオッケーのサインを出した。まあ、宇髄はサインをつつましく待ってたことなんかないけど。この人はわたしをその気にさせるのが天才的にうまい。
顔を寄せた宇髄のくちびるが落ちてくる。
一度目は、やわやわとついばむように。
二度目は、すでに開いているくちびるを無視して、押しあてたまま端から端までをすべらせて焦らすように。
三度目は、我が物顔で挿し入れた舌で火をつけるように。
つめたいくちびるや、やわらかい舌はかすかにラムレーズンの味がした。さっきまで小さなスプーンですくってご満悦で食べていたものだ。
くちびるが重なるほどの至近距離で、目をそらすことも、つぶることもを許されなかった。きっと自分の目にどれだけの力があるかを理解しているんだと思う。わたしの視線をからめ取ったまま動かさない目とは対照的に、彼の口はとても器用にうごいた。
今、お前をこんなふうにしてんのが誰かよく見ろ――ひと言も発していないのに、なぜかこう言われている気がした。視界も、口の中も、頭のなかも宇髄でいっぱいだ。受けとめるのに必死で恍惚としてくる。
大きな手にあばらを下から撫で上げられ、はあ、と口の端から息がもれた。浅い呼吸しかできなくて、急にうすくなった部屋の空気をかき集めてなんとか身体に取りこんだ。
ごわごわした大きなTシャツの裾をたくし上げるように引っ張り上げようとすると、重ねられていたくちびるが離れた。
「あのさ」
「うん」
「お前のこと好きになってもいい?」
身体を重ねる直前の時間を盛り上げるときの、スパイス的な軽さや甘さがない。
赤と紫がとろけるように混ざった大きな目が、わたしの目のど真ん中をまっすぐ見据える。探るように、問うように、確かめるように。
「わたしたち、そういうのじゃないでしょ。困る」
「そ。わかった」
心臓の端っこをつねられたみたいに、胸がきりきり痛んだ。一瞬その目に透けて見えたかなしみの色が、勘ちがいだったらいいのに。
宇髄はそれ以上なにも言わず、再びくちびるを落とすと丁寧にわたしを抱いた。
次に家に行くと、がらがらの冷凍庫にアイスが寄りそうように並んでいた。宇髄の好きなラムレーズンと、わたしの好きなマカデミアナッツ。あの日、半分食べ損ねたのと同じアイスだ。あんなことを言ってしまったのに、スーパーかコンビニの冷凍ケースから取りだしたふたつのアイスをカゴに入れ、レジに並ぶ大きな背中を想像してくるしくなった。
くるしさの理由なら、自分が一番知っている。
好きだと認めてしまったら、宇髄に知られてしまったら、絶対にまた痛い思いをするから。
自分の気持ちの比重が異常におおきくて、どうしようもなくかっこわるい恋になる予感に満ちている。宇髄が好きそうなスマートで派手な恋愛なんかできそうにない。心をあずけて真面目に築いた関係が終わったときのダメージと、なんとなく続けていた関係が終わるダメージなら、前者のほうが断然きつい。関係性が後者である今のうちに終わらせたほうがいいかもしれない。
いいとこどりだったはずの関係は、すっかり悩ましいものになっていた。