いつもの寄り道
宇髄のスニーカーの足音と、わたしが鼻をすする音だけしか聞こえない。怖いくらいの静けさは、世界に自分たちだけだと錯覚してしまうほど。いつもなら宇髄を独り占めしているみたいで嬉しかっただろうけど、今夜は重苦しい空気が身体中にへばりついて苦しい。
そもそも、すでに潮時だったのかもしれない。好きだ好きだと思う反面、諦められたらいいのに、ともずっと思っていたから。
これまで短いサイクルで代替わりしていた宇髄の恋人事情だったけれど、誰かひとりを選んで本気で愛する日がきたら? それは、明日かもしれないし、一か月後かもしれない。たとえ百年与えられたって、心の準備なんてできない。いつかくる大好きな人の幸せの裏側には、自分の不幸せがべっとりくっついている。
それに、宇髄じゃない男に派手に大事にされるわたしを、一点の曇りもない笑顔で祝福してくる可能性もあるわけで……。
この恋の行く末はどう転んでも最大の恐怖だった。
新年に向けて力をたくわえるみたいにひっそりした独特な空気は、極限まで湿度を失い、いつもより澄んでいるように感じる。
年末年始はどうしようもない恋をしている人の味方だ。月が変わり、年が明ける。そのことが進む意味になり、勇気になる。その方向が前か後ろかが人それぞれなのはさておき。鮮血がだらだら流れる真新しい傷だって「去年のできごと」という絆創膏を貼ってしまえば、不思議と治りがはやまる気がする。
すっぱり諦められている未来が、この先にあるのだろうか。酔いが醒めているのに背中から降りることすら言い出せず、まったく自信はないけれど。
「うずい」
「……」
「ねえ」
「……なんだよ」
「怒ってる?」
脱がせたフードを元に戻せない。
空っ風が白銀の髪を舞い上げるたびに胸がときめいて、遅れてやってくる甘い香りが鼻をくすぐるたびに気持ちが深まる。自分が宇髄をどれだけ好きで、どれほど甘えているかを痛感していた。
「誰でもいいのかよ、お前は」
「え?」
「誰でもいいのかって言ってんの」
咎める言葉のひとつひとつに潜む棘がチクチク刺さる。宇髄の言葉も態度も受け止めきれず、どうすれば収束させられるのかも分からない。
「誰でもいいわけないじゃん」
「俺を誘うくらいやけくそになるほど、その男のこと好きなのか知らねえけどよ」
「ちょっと待って、わたしは宇髄の――」
背筋がひやりと冷える。のど元どころか、前歯の裏まで出てきていた言葉を急いで飲みくだした。
「俺がなんだよ」
「……大事な、友だち」
「なら、二度とこんなことすんな。大事な友だちなんだろ」
聞き慣れているその声からは、抑揚も感情も温度も感じられなかった。
宇髄は大事な友だち。
これは事実だ。それなのに、自分の口から出たこの言葉がみるみるうちに質量を増して、圧しかかり、わたしを押しつぶそうとしていた。
道の先に黄色っぽい横長の明かりがぼんやりと顔を出す。宇髄の足ならば、五分もかからず駅に着くだろう。
四年という短くない時間を経た片思いに、こんな結末が待っているとは思っていなかった。本当の気持ちや願いを覆い隠して、逃げて、逃げて、逃げて。最後はばかみたいに暴発してしまった。わたしの足をすくったのは、他の誰でもない自分自身だ。
でも、行き場を失った気持ちはこんなときでもしぼんでくれない。唇で知ったぬくもりも、顔のすぐそばで聞いた低く落ちついた声も、宇髄とのすべては思い出すだけで胸を苦しくさせる。懸命にこすったキスの痕みたいに、消し去ることはできそうにない。
恋の仕方も方向も、なにが、いつから、どれくらい間違っていたのだろう。
間違いだらけの恋だったかもしれないけれど、好きな気持ちはまじりっけなしの本物だ。このまま駅に送りとどけられ、一日のてっぺんを越えて朝を迎えてはいけない気がした。さみしさをアルコールで引火させた自暴自棄な奴認定されて終わるなんて、絶対に嫌。
どんなに独りよがりでも、本当の自分を見せたい。ずっと抱えてきた気持ちを知ってほしい。初めてそう思えた。困らせるだけかもしれないし、気まずくなって距離ができるかもしれない。でも、きっといつか屈託なく笑い合う友だちに戻れる。こう思えるのも、ずっと近くで宇髄天元という人間を見てきたからだ。
つまるところ、わたしは宇髄のことがどこまでも大好きなのだ。
そもそも、すでに潮時だったのかもしれない。好きだ好きだと思う反面、諦められたらいいのに、ともずっと思っていたから。
これまで短いサイクルで代替わりしていた宇髄の恋人事情だったけれど、誰かひとりを選んで本気で愛する日がきたら? それは、明日かもしれないし、一か月後かもしれない。たとえ百年与えられたって、心の準備なんてできない。いつかくる大好きな人の幸せの裏側には、自分の不幸せがべっとりくっついている。
それに、宇髄じゃない男に派手に大事にされるわたしを、一点の曇りもない笑顔で祝福してくる可能性もあるわけで……。
この恋の行く末はどう転んでも最大の恐怖だった。
新年に向けて力をたくわえるみたいにひっそりした独特な空気は、極限まで湿度を失い、いつもより澄んでいるように感じる。
年末年始はどうしようもない恋をしている人の味方だ。月が変わり、年が明ける。そのことが進む意味になり、勇気になる。その方向が前か後ろかが人それぞれなのはさておき。鮮血がだらだら流れる真新しい傷だって「去年のできごと」という絆創膏を貼ってしまえば、不思議と治りがはやまる気がする。
すっぱり諦められている未来が、この先にあるのだろうか。酔いが醒めているのに背中から降りることすら言い出せず、まったく自信はないけれど。
「うずい」
「……」
「ねえ」
「……なんだよ」
「怒ってる?」
脱がせたフードを元に戻せない。
空っ風が白銀の髪を舞い上げるたびに胸がときめいて、遅れてやってくる甘い香りが鼻をくすぐるたびに気持ちが深まる。自分が宇髄をどれだけ好きで、どれほど甘えているかを痛感していた。
「誰でもいいのかよ、お前は」
「え?」
「誰でもいいのかって言ってんの」
咎める言葉のひとつひとつに潜む棘がチクチク刺さる。宇髄の言葉も態度も受け止めきれず、どうすれば収束させられるのかも分からない。
「誰でもいいわけないじゃん」
「俺を誘うくらいやけくそになるほど、その男のこと好きなのか知らねえけどよ」
「ちょっと待って、わたしは宇髄の――」
背筋がひやりと冷える。のど元どころか、前歯の裏まで出てきていた言葉を急いで飲みくだした。
「俺がなんだよ」
「……大事な、友だち」
「なら、二度とこんなことすんな。大事な友だちなんだろ」
聞き慣れているその声からは、抑揚も感情も温度も感じられなかった。
宇髄は大事な友だち。
これは事実だ。それなのに、自分の口から出たこの言葉がみるみるうちに質量を増して、圧しかかり、わたしを押しつぶそうとしていた。
道の先に黄色っぽい横長の明かりがぼんやりと顔を出す。宇髄の足ならば、五分もかからず駅に着くだろう。
四年という短くない時間を経た片思いに、こんな結末が待っているとは思っていなかった。本当の気持ちや願いを覆い隠して、逃げて、逃げて、逃げて。最後はばかみたいに暴発してしまった。わたしの足をすくったのは、他の誰でもない自分自身だ。
でも、行き場を失った気持ちはこんなときでもしぼんでくれない。唇で知ったぬくもりも、顔のすぐそばで聞いた低く落ちついた声も、宇髄とのすべては思い出すだけで胸を苦しくさせる。懸命にこすったキスの痕みたいに、消し去ることはできそうにない。
恋の仕方も方向も、なにが、いつから、どれくらい間違っていたのだろう。
間違いだらけの恋だったかもしれないけれど、好きな気持ちはまじりっけなしの本物だ。このまま駅に送りとどけられ、一日のてっぺんを越えて朝を迎えてはいけない気がした。さみしさをアルコールで引火させた自暴自棄な奴認定されて終わるなんて、絶対に嫌。
どんなに独りよがりでも、本当の自分を見せたい。ずっと抱えてきた気持ちを知ってほしい。初めてそう思えた。困らせるだけかもしれないし、気まずくなって距離ができるかもしれない。でも、きっといつか屈託なく笑い合う友だちに戻れる。こう思えるのも、ずっと近くで宇髄天元という人間を見てきたからだ。
つまるところ、わたしは宇髄のことがどこまでも大好きなのだ。