美術教師・輩先生の昔話
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「奈桜、昼行こ」
「うん」
アトリエの一件から十日ほど経ち、講評会も終えてプレッシャーから解放された日々を過ごしていた私を宇髄くんが誘う。
今日は一限、二限と同じ授業を取っている日で、どちらもあたり前のように隣の席に座ってくるのでずっとドキドキしていた。
天気がいいから外で食いたい、というリクエストを採用して食堂ではなく購買に行くことになった。
お茶と、この購買の隠れた名物である塩焼きそばを手にレジに向かうと、横から出てきた大きな手にその二つをひょいっと取られてしまった。
「え、なに」
「他になんか食いたいものある?」
長い腕には他にもお菓子やパンなんかがたくさん抱えられていて、まるでこれからパーティーでもはじまりそうな量だ。
「いいよ、自分で買うよ」
「いいって。あ、そこのチョコとって。普通のとイチゴどっちも」
食べ物と飲み物がいっぱい入った大きなビニール袋を持った宇髄くんの隣を歩いて、お互いの名前を聞き合ったときと同じ芝生の上に腰を下ろした。
隣に座って授業を受けて、連れ立って買い物をして、並んで歩いて、一緒にごはんを食べる。こんなに何気ないことがうれしい理由を、私はもう知っている。
「講評会お疲れさん。派手に食ってくれ」
塩焼きそばを手渡しながら、晴れやかな笑顔を咲かせる。七十分の昼休みで食べきれない量だと思ったら、どうやら慰労会を開いてくれるためだったらしい。
大きな身体でビニール袋から出した食べ物をいそいそと並べたり、伏し目になっている長いまつげを見ながら、こんな計画を立ててくれることがかわいらしくて胸がきゅっとちぢんだ。
「ありがとう。宇髄くんもお疲れさま」
「その顔を見るかぎり、大丈夫だったみたいだな」
「うん。コンセプトがありきたりとか構図が全然ダメとか、きびしいことをいっぱい言われたけど、大丈夫だった。祭りの神様のお墨付きをもらえてたから」
「……ふぅん」
サンドイッチを頬張る宇髄くんの視線が一瞬泳いだ気がした。
「将来何になりたいとかあるの? 画家とか?」
「いや。前はそう思ってたけどな。今は違う」
「なんだろう、気になる」
「まあ、いいじゃん。これ食え。うめえぞ」
めずらしく歯切れが悪く、何かを濁すようにたまごサンドを渡してくる。
つぶしたゆで卵をマヨネーズで味つけをしただけのオーソドックスなものがびっくりするくらいおいしいのは、よく晴れた青空の下の効果だけじゃなくて、一緒に食べている人のおかげなのだろう。
「宇髄くんが学校の先生だったらうれしいかも。体育もいいけど、美術の先生とか」
「なんだよ、急に。似合わねえだろ」
「そんなことない。美術って正解がないから悩みやすかったりするけど、ド派手に行け、芸術は爆発だ! ってあんなに力強く言ってもらえたら、生徒はきっと救われるしうれしいよ。私がそうだったから。生徒との距離が近くて、人気の先生になりそう」
「……そうか」
少し前まで歯切れが悪かった宇髄くんの顔がゆるんで、にやにやしている。そうして、背後に置いた黒いリュックをごそごそしはじめた。
「どうしたの?」
「ほれ」
リュックから出てきたのは、教職課程のテキストだった。
「え? あっ! 教職とってるの?」
「先生って柄じゃねえとか、そんな輩みたいな教師いねえって笑われたり、ごちゃごちゃうるせえ奴が多いから言わねえようにしてるんだよ」
「似合う! 似合うよ!」
自分の予想が当たったことはもちろん、他の人にはあまり話していない話をしてくれたことも、リュックから出したテキストを照れ笑いで見せてくれたことも、全部がうれしくて、気づけば胸の前で手を叩いていた。
「ありがとな。お前、そんな顔して笑うんだ」
頭に手を置くのがスイッチだったみたいに、アトリエのときに似た雰囲気が一瞬にして私たちを包んだので、動きを止めた。
じっと見つめる紅い瞳があたたかくて、大きな手の体温で頭のてっぺんもあたたかくて、今、拍手をやめて胸の前で静止させた手でそのぬくもりに触れてみたいと思った。
「……宇髄くん」
「うん?」
頭をなでながら、たまごサンドの残りを口にほうり込んでいる。どうやら好物らしく、封を開けてないものがもうひとつ置いてあった。
「えっと」
「どした」
「手を……」
手をつなぎたいにしようか、手に触れてみたいにしようか。誘い文句を決める前に見切り発車をしてしまい、焦りと怯んだ気持ちによって自分の口から出た言葉――。
「ねえ、手の大きさ……比べてもいい?」
切れ長の目と口角がきれいに上がったうすい唇をどちらも丸く開いて、きょとんとしている。
言葉に勢いをつけすぎたし、こんな変な誘い文句を言うつもりもなかったけど、もう引き返せないし取り消すつもりもない。手をパーにして、宇髄くんの顔の前に近づけた。
まん丸になっていた目が三日月目に、丸く開いていた唇がもっと大きく開いて、宇髄くんは思いきり笑い出した。頭に手を置いたまま、くすぐったそうに笑っている。
「いいよ、比べようぜ」
ひとしきり笑った後、空いている手を私の手に合わせてくれた。
ぴったり重なった手は想像以上に大きくて、指先は宇髄君の手の第二関節までしかとどかない。意味不明な誘い文句だったけど、こうして触れることができて大満足だった。
「ありがとう。やっぱり、手大きかった、ね」
離そうとした手を、すぼめられるようにきゅっとにぎられる。
「かわいすぎか。なあ、聞いて」
「……なんでしょうか」
「なんで敬語?」
小さく笑うと、すぼめられていた手がゆるんで、しっかりつなぎ直してから下ろされる。
「最初は奈桜のこと変な奴だと思ったけど、ガムを渡された時とか、見てたら不器用なだけなことに気づいてほっとけなくなった」
「……」
「お前がどんどん俺に心を開いてきて、笑ったり、俺になんか言うたび、たまらねえ気持になるんだよ。アトリエんときも、あれ以上いたら止まらなくなりそうだから帰った……って、話聞いてんのか?」
「は、い」
「俺さ、気づいたら奈桜のことすっげえ好きになってた。これからもお前の色んな顔、俺だけに見せて」
「………」
「この間 が地味に辛いんだけど」
手をにぎられ、頭にはもう片方の大きな手がのって、目をまっすぐ見つめられる。
言葉でも射抜かれ、頭も心もうれしさと驚きと恋心でいっぱいいっぱいだ。どの言葉を言えばいいのか、思考がまとまらない。
「奈桜の気持ちも聞かせて」
かたむけた顔をのぞき込むようにしてそんなことを言うものだから、息も絶え絶えの蚊の鳴くような声で答えることしかできなかった。
「わたしも、大好き、です」
「うれしいわ。俺が絶対ド派手に幸せにしてやる」
頭の上の手が後頭部にまわり、その手に引き寄せられて唇が重なった。パーカーのフードがおでこに触れて、ああ今これが触れるほど近くにいるんだな、と変なところでも実感していた。
後頭部をなでる手のやさしさや、つないだ手の強さに気持ちが溢れているように感じられるのが泣きたいほどうれしくて、自分で思っていたよりももっと私は宇髄くんのことが好きだったことに気づいた。
しばらくそうしてから顔が離れ、恥ずかしくて目を見ることができないでいると、もう一回、と言う声が聞こえて、再びび唇が重なった。
***
自分のファーストキスが大学の昼休み中に青空の下だったのは全くの予想外だったが、そんな甘酸っぱくて初々しい始まりから五年の月日が流れ、今こうしてソファーの上でぴったりと手を重ねている。
天元の手は相変わらず大きくて、私の指先も相変わらず彼の手の第二関節ほどまでしか届かない。
天元は、この「手の大きさ比べ」がいたく気に入っているらしく、忘れた頃に定期的に持ちかけてくるので、毎回この茶番にのるようにしている。
「俺が、生徒のガキ共からなんて呼ばれてるか当てて」
「うーん……、なんだろ。あ、ウズセンかな。それとも、ミスターダイナマイト? または……輩先生とか」
「ミスターダイナマイトは流石にダサすぎるだろ。それ以外は正解。派手に勘良すぎねぇか。怖いわ」
初対面のときに輩だと思っちゃったことは一度も言ったことはない。輩っぽいスタイルは絶対変えるつもりはないようだが、そう呼ばれることは少しだけ気にしているらしいから。
美術教師になる夢を叶えた天元と、画家としては売れなかった私。でも、私は一般職に就きながら今も絵を描いていて、二人で小さな個展を開くこともある。思い思いの絵を描いて、笑い合う時間が何よりの幸せだったりもする。
「そっちの手も比べようぜ」
「こっちも?」
右手を重ねているのに、左手も要求してくるなんて。付き合う前からスキンシップが多かったが、付き合ってからはその一万倍だった。かわいいなと思いながら左手を出した。
私の左手をつかむと、重ねていた右手を離して、ポケットからごそごそと何かを取り出した。
「これからも色んな顔、ずっと俺だけに見せて。嫁さんの奈桜、母ちゃんになった奈桜、婆ちゃんになった奈桜、絵を描く奈桜。どんなお前も全部。ド派手に愛してる。俺と結婚して」
薬指にするするとはまっていくリングは、聞かなくても分かる。独創的でシンプルながらインパクトのあるデザインは、手先の器用な天元がつくったものだろう。
「私も、愛してる。よろしくお願いします」
触らぬ神に祟りなし、なんて初対面のあの講堂で思った自分に伝えたい。この神様に触ると御利益も幸せも愛情もいっぱいで、幸せだよって。
どんな私でも、特大級のド派手な愛でまるごと包 んでくれる天元の腕の中に泣き笑いしながら飛び込んだ。
「うん」
アトリエの一件から十日ほど経ち、講評会も終えてプレッシャーから解放された日々を過ごしていた私を宇髄くんが誘う。
今日は一限、二限と同じ授業を取っている日で、どちらもあたり前のように隣の席に座ってくるのでずっとドキドキしていた。
天気がいいから外で食いたい、というリクエストを採用して食堂ではなく購買に行くことになった。
お茶と、この購買の隠れた名物である塩焼きそばを手にレジに向かうと、横から出てきた大きな手にその二つをひょいっと取られてしまった。
「え、なに」
「他になんか食いたいものある?」
長い腕には他にもお菓子やパンなんかがたくさん抱えられていて、まるでこれからパーティーでもはじまりそうな量だ。
「いいよ、自分で買うよ」
「いいって。あ、そこのチョコとって。普通のとイチゴどっちも」
食べ物と飲み物がいっぱい入った大きなビニール袋を持った宇髄くんの隣を歩いて、お互いの名前を聞き合ったときと同じ芝生の上に腰を下ろした。
隣に座って授業を受けて、連れ立って買い物をして、並んで歩いて、一緒にごはんを食べる。こんなに何気ないことがうれしい理由を、私はもう知っている。
「講評会お疲れさん。派手に食ってくれ」
塩焼きそばを手渡しながら、晴れやかな笑顔を咲かせる。七十分の昼休みで食べきれない量だと思ったら、どうやら慰労会を開いてくれるためだったらしい。
大きな身体でビニール袋から出した食べ物をいそいそと並べたり、伏し目になっている長いまつげを見ながら、こんな計画を立ててくれることがかわいらしくて胸がきゅっとちぢんだ。
「ありがとう。宇髄くんもお疲れさま」
「その顔を見るかぎり、大丈夫だったみたいだな」
「うん。コンセプトがありきたりとか構図が全然ダメとか、きびしいことをいっぱい言われたけど、大丈夫だった。祭りの神様のお墨付きをもらえてたから」
「……ふぅん」
サンドイッチを頬張る宇髄くんの視線が一瞬泳いだ気がした。
「将来何になりたいとかあるの? 画家とか?」
「いや。前はそう思ってたけどな。今は違う」
「なんだろう、気になる」
「まあ、いいじゃん。これ食え。うめえぞ」
めずらしく歯切れが悪く、何かを濁すようにたまごサンドを渡してくる。
つぶしたゆで卵をマヨネーズで味つけをしただけのオーソドックスなものがびっくりするくらいおいしいのは、よく晴れた青空の下の効果だけじゃなくて、一緒に食べている人のおかげなのだろう。
「宇髄くんが学校の先生だったらうれしいかも。体育もいいけど、美術の先生とか」
「なんだよ、急に。似合わねえだろ」
「そんなことない。美術って正解がないから悩みやすかったりするけど、ド派手に行け、芸術は爆発だ! ってあんなに力強く言ってもらえたら、生徒はきっと救われるしうれしいよ。私がそうだったから。生徒との距離が近くて、人気の先生になりそう」
「……そうか」
少し前まで歯切れが悪かった宇髄くんの顔がゆるんで、にやにやしている。そうして、背後に置いた黒いリュックをごそごそしはじめた。
「どうしたの?」
「ほれ」
リュックから出てきたのは、教職課程のテキストだった。
「え? あっ! 教職とってるの?」
「先生って柄じゃねえとか、そんな輩みたいな教師いねえって笑われたり、ごちゃごちゃうるせえ奴が多いから言わねえようにしてるんだよ」
「似合う! 似合うよ!」
自分の予想が当たったことはもちろん、他の人にはあまり話していない話をしてくれたことも、リュックから出したテキストを照れ笑いで見せてくれたことも、全部がうれしくて、気づけば胸の前で手を叩いていた。
「ありがとな。お前、そんな顔して笑うんだ」
頭に手を置くのがスイッチだったみたいに、アトリエのときに似た雰囲気が一瞬にして私たちを包んだので、動きを止めた。
じっと見つめる紅い瞳があたたかくて、大きな手の体温で頭のてっぺんもあたたかくて、今、拍手をやめて胸の前で静止させた手でそのぬくもりに触れてみたいと思った。
「……宇髄くん」
「うん?」
頭をなでながら、たまごサンドの残りを口にほうり込んでいる。どうやら好物らしく、封を開けてないものがもうひとつ置いてあった。
「えっと」
「どした」
「手を……」
手をつなぎたいにしようか、手に触れてみたいにしようか。誘い文句を決める前に見切り発車をしてしまい、焦りと怯んだ気持ちによって自分の口から出た言葉――。
「ねえ、手の大きさ……比べてもいい?」
切れ長の目と口角がきれいに上がったうすい唇をどちらも丸く開いて、きょとんとしている。
言葉に勢いをつけすぎたし、こんな変な誘い文句を言うつもりもなかったけど、もう引き返せないし取り消すつもりもない。手をパーにして、宇髄くんの顔の前に近づけた。
まん丸になっていた目が三日月目に、丸く開いていた唇がもっと大きく開いて、宇髄くんは思いきり笑い出した。頭に手を置いたまま、くすぐったそうに笑っている。
「いいよ、比べようぜ」
ひとしきり笑った後、空いている手を私の手に合わせてくれた。
ぴったり重なった手は想像以上に大きくて、指先は宇髄君の手の第二関節までしかとどかない。意味不明な誘い文句だったけど、こうして触れることができて大満足だった。
「ありがとう。やっぱり、手大きかった、ね」
離そうとした手を、すぼめられるようにきゅっとにぎられる。
「かわいすぎか。なあ、聞いて」
「……なんでしょうか」
「なんで敬語?」
小さく笑うと、すぼめられていた手がゆるんで、しっかりつなぎ直してから下ろされる。
「最初は奈桜のこと変な奴だと思ったけど、ガムを渡された時とか、見てたら不器用なだけなことに気づいてほっとけなくなった」
「……」
「お前がどんどん俺に心を開いてきて、笑ったり、俺になんか言うたび、たまらねえ気持になるんだよ。アトリエんときも、あれ以上いたら止まらなくなりそうだから帰った……って、話聞いてんのか?」
「は、い」
「俺さ、気づいたら奈桜のことすっげえ好きになってた。これからもお前の色んな顔、俺だけに見せて」
「………」
「この
手をにぎられ、頭にはもう片方の大きな手がのって、目をまっすぐ見つめられる。
言葉でも射抜かれ、頭も心もうれしさと驚きと恋心でいっぱいいっぱいだ。どの言葉を言えばいいのか、思考がまとまらない。
「奈桜の気持ちも聞かせて」
かたむけた顔をのぞき込むようにしてそんなことを言うものだから、息も絶え絶えの蚊の鳴くような声で答えることしかできなかった。
「わたしも、大好き、です」
「うれしいわ。俺が絶対ド派手に幸せにしてやる」
頭の上の手が後頭部にまわり、その手に引き寄せられて唇が重なった。パーカーのフードがおでこに触れて、ああ今これが触れるほど近くにいるんだな、と変なところでも実感していた。
後頭部をなでる手のやさしさや、つないだ手の強さに気持ちが溢れているように感じられるのが泣きたいほどうれしくて、自分で思っていたよりももっと私は宇髄くんのことが好きだったことに気づいた。
しばらくそうしてから顔が離れ、恥ずかしくて目を見ることができないでいると、もう一回、と言う声が聞こえて、再びび唇が重なった。
***
自分のファーストキスが大学の昼休み中に青空の下だったのは全くの予想外だったが、そんな甘酸っぱくて初々しい始まりから五年の月日が流れ、今こうしてソファーの上でぴったりと手を重ねている。
天元の手は相変わらず大きくて、私の指先も相変わらず彼の手の第二関節ほどまでしか届かない。
天元は、この「手の大きさ比べ」がいたく気に入っているらしく、忘れた頃に定期的に持ちかけてくるので、毎回この茶番にのるようにしている。
「俺が、生徒のガキ共からなんて呼ばれてるか当てて」
「うーん……、なんだろ。あ、ウズセンかな。それとも、ミスターダイナマイト? または……輩先生とか」
「ミスターダイナマイトは流石にダサすぎるだろ。それ以外は正解。派手に勘良すぎねぇか。怖いわ」
初対面のときに輩だと思っちゃったことは一度も言ったことはない。輩っぽいスタイルは絶対変えるつもりはないようだが、そう呼ばれることは少しだけ気にしているらしいから。
美術教師になる夢を叶えた天元と、画家としては売れなかった私。でも、私は一般職に就きながら今も絵を描いていて、二人で小さな個展を開くこともある。思い思いの絵を描いて、笑い合う時間が何よりの幸せだったりもする。
「そっちの手も比べようぜ」
「こっちも?」
右手を重ねているのに、左手も要求してくるなんて。付き合う前からスキンシップが多かったが、付き合ってからはその一万倍だった。かわいいなと思いながら左手を出した。
私の左手をつかむと、重ねていた右手を離して、ポケットからごそごそと何かを取り出した。
「これからも色んな顔、ずっと俺だけに見せて。嫁さんの奈桜、母ちゃんになった奈桜、婆ちゃんになった奈桜、絵を描く奈桜。どんなお前も全部。ド派手に愛してる。俺と結婚して」
薬指にするするとはまっていくリングは、聞かなくても分かる。独創的でシンプルながらインパクトのあるデザインは、手先の器用な天元がつくったものだろう。
「私も、愛してる。よろしくお願いします」
触らぬ神に祟りなし、なんて初対面のあの講堂で思った自分に伝えたい。この神様に触ると御利益も幸せも愛情もいっぱいで、幸せだよって。
どんな私でも、特大級のド派手な愛でまるごと
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